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11 おまけ 〜アレクサンドルの呟き〜
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「アレク様! お昼、ご一緒しましょう!」
王宮で、エルヴィールが大きな包みを持って管理部の部屋にやってきた。休憩用の部屋に案内すれば、その包みを広げる。本日の昼食である。
「私、こうやってお昼ご飯をご一緒できるとは思いませんでしたわ」
サンドイッチやボリュームたっぷりの肉料理、彩りよく飾られたサラダやフルーツなどが入ったバスケットを並べ、エルヴィールは「よろしければ皆様もどうぞ」と他の騎士たちに勧め始める。
エルヴィールの微笑みに鼻の下を伸ばした男たちがほいほいと寄ってくるが、アレクサンドルがギロリと睨みを利かせれば、顔を青くして遠慮の声を出した。
「まあ、皆様体調が悪いのでしょうか」
「腹でも痛めているのかもしれませんね」
言いながら、アレクサンドルはサンドイッチを手にする。エルヴィールが料理を学んでわざわざ作ってくれたものだ。他の者たちに渡すつもりはない。
並べられた皿やカトラリーもエルヴィールが用意して、アレクサンドルのいる管理部までやってくるのだから、婚約者以外の者が食べるべきではない。
それに、エルヴィールが昼食を持ってきてくれるという、その貴重な機会を逃すつもりもなかった。
「とてもおいしいです」
「ありがとうございます。あ、そのソテー、この間の狩りで私が得たもので。しっかり味付けできていると思うんですが」
その言葉に周囲はざわつくが、エルヴィールは狩りぐらいお手の物である。ついでに獲物を捌くのもうまかった。
(先日の狩りは鮮やかだったからな。さすがペルグラン家の娘と言うべきか)
ペルグランの家系は代々ドラゴンを守る役目を担っているが、誰もが剣の腕があると聞いている。ペルグラン夫人もその一人だ。兄のオーバンもかなりの腕で、その兄と良く剣の相手をしているのがエルヴィールである。
オーバンは妹自慢が激しく、周囲からは盛りすぎではないかと囁かれていた。なんと言っても、男顔負けの強さを自慢していたからだ。
極寒の嵐に負けぬ体力。凶暴なクマを一筋の剣で倒し、我が物顔でドラゴンを操る。それを鼻高々に話されては、余程筋力があり体躯もある令嬢だと、誰もが考えたことだろう。
しかし、実際本人を目の前にして、オーバンの妹自慢がまったく別の方向でしか表現されていないこと知った。雪の精霊の化身のような美しさと、春の暖かな陽気を思い出させる笑顔。話せば心の澄んだ純粋な女性だと分かり、すぐに惹かれた。
(いきなりの告白には驚いたが)
一瞬耳を疑ったが、冷静に対応するために、今は事件を治める為屋敷に戻ってほしいと言えば、この世の終わりのような顔をした。申し訳ないと思いつつも、その顔すら愛しく思ってしまうほど、すでに彼女に惹かれていたのである。
エルヴィールがこれほど美しく魅力的な女性だと皆が知っていれば、婚約は殺到したことだろう。オーバンのせいでエルヴィールに興味を持つ男はおらず、婚約を打診されていても断る者は何人もいたはずだ。断らないのは何かしら問題を持っている男たちばかりだっただろう。
(パーティに参加していても誰も声を掛けなかったのは、掛ける勇気がなかったのだろうな)
エルヴィールのパートナーはいつもオーバンだ。図らずもエルヴィールの婚約の邪魔をしていたわけである。オーバンはオーバンでどんなドラゴンも乗りこなし、剣の腕も王に認められた規格外の騎士である。良い壁代わりになったことだろう。
エルヴィールがオーバンと同じドラゴン騎士団に入団し妹だと知られれば、オーバンの吹聴に男たちは怒りを露わにしたが、嘘は言っていない。
(それに関してはオーバンに礼を言いたいな)
「どうかされましたか?」
「いえ、とてもおいしかったです。礼をしなければ」
「まあ、そんな。私が作りたくて作ってきているだけですわ」
「それでも、なにか礼をさせてください。よろしければ、次の休み、お時間をいただけないですか? 街へ行くのはいかがでしょう」
「はい! 是非! 休みを空けておきます! 一緒にお出かけしたいですもの!」
エルヴィールはキラキラと空色の瞳を輝かせて大きく頷く。この素直さが惹かれる理由の一つかもしれない。
「早めに、結婚したいな」
「え、何かおっしゃいました?」
「いえ。楽しみにしていますね」
「はい! 私も楽しみにしています!」
婚約者との楽しい昼食もすぐに終わり、ドラゴン騎士団の集まる部屋へ一緒に戻れば、ドラゴン騎士団の男たちが嫌そうな顔をして迎えてくれた。それを無視して、アレクサンドルはエルヴィールの手の甲に口付ける。
「では、また」
「はい。また!」
こちらを見ている男たちに睨みを利かせ、アレクサンドルは部屋に戻る。
周囲の男たちに牽制する。これが日課になっているとは、エルヴィールは気付きもしないだろう。
「心配の種が増えたな」
そう小さく呟きながら、いつも通り前髪を垂らしながら存在を隠すように気配を消して、管理部の道を戻った。
王宮で、エルヴィールが大きな包みを持って管理部の部屋にやってきた。休憩用の部屋に案内すれば、その包みを広げる。本日の昼食である。
「私、こうやってお昼ご飯をご一緒できるとは思いませんでしたわ」
サンドイッチやボリュームたっぷりの肉料理、彩りよく飾られたサラダやフルーツなどが入ったバスケットを並べ、エルヴィールは「よろしければ皆様もどうぞ」と他の騎士たちに勧め始める。
エルヴィールの微笑みに鼻の下を伸ばした男たちがほいほいと寄ってくるが、アレクサンドルがギロリと睨みを利かせれば、顔を青くして遠慮の声を出した。
「まあ、皆様体調が悪いのでしょうか」
「腹でも痛めているのかもしれませんね」
言いながら、アレクサンドルはサンドイッチを手にする。エルヴィールが料理を学んでわざわざ作ってくれたものだ。他の者たちに渡すつもりはない。
並べられた皿やカトラリーもエルヴィールが用意して、アレクサンドルのいる管理部までやってくるのだから、婚約者以外の者が食べるべきではない。
それに、エルヴィールが昼食を持ってきてくれるという、その貴重な機会を逃すつもりもなかった。
「とてもおいしいです」
「ありがとうございます。あ、そのソテー、この間の狩りで私が得たもので。しっかり味付けできていると思うんですが」
その言葉に周囲はざわつくが、エルヴィールは狩りぐらいお手の物である。ついでに獲物を捌くのもうまかった。
(先日の狩りは鮮やかだったからな。さすがペルグラン家の娘と言うべきか)
ペルグランの家系は代々ドラゴンを守る役目を担っているが、誰もが剣の腕があると聞いている。ペルグラン夫人もその一人だ。兄のオーバンもかなりの腕で、その兄と良く剣の相手をしているのがエルヴィールである。
オーバンは妹自慢が激しく、周囲からは盛りすぎではないかと囁かれていた。なんと言っても、男顔負けの強さを自慢していたからだ。
極寒の嵐に負けぬ体力。凶暴なクマを一筋の剣で倒し、我が物顔でドラゴンを操る。それを鼻高々に話されては、余程筋力があり体躯もある令嬢だと、誰もが考えたことだろう。
しかし、実際本人を目の前にして、オーバンの妹自慢がまったく別の方向でしか表現されていないこと知った。雪の精霊の化身のような美しさと、春の暖かな陽気を思い出させる笑顔。話せば心の澄んだ純粋な女性だと分かり、すぐに惹かれた。
(いきなりの告白には驚いたが)
一瞬耳を疑ったが、冷静に対応するために、今は事件を治める為屋敷に戻ってほしいと言えば、この世の終わりのような顔をした。申し訳ないと思いつつも、その顔すら愛しく思ってしまうほど、すでに彼女に惹かれていたのである。
エルヴィールがこれほど美しく魅力的な女性だと皆が知っていれば、婚約は殺到したことだろう。オーバンのせいでエルヴィールに興味を持つ男はおらず、婚約を打診されていても断る者は何人もいたはずだ。断らないのは何かしら問題を持っている男たちばかりだっただろう。
(パーティに参加していても誰も声を掛けなかったのは、掛ける勇気がなかったのだろうな)
エルヴィールのパートナーはいつもオーバンだ。図らずもエルヴィールの婚約の邪魔をしていたわけである。オーバンはオーバンでどんなドラゴンも乗りこなし、剣の腕も王に認められた規格外の騎士である。良い壁代わりになったことだろう。
エルヴィールがオーバンと同じドラゴン騎士団に入団し妹だと知られれば、オーバンの吹聴に男たちは怒りを露わにしたが、嘘は言っていない。
(それに関してはオーバンに礼を言いたいな)
「どうかされましたか?」
「いえ、とてもおいしかったです。礼をしなければ」
「まあ、そんな。私が作りたくて作ってきているだけですわ」
「それでも、なにか礼をさせてください。よろしければ、次の休み、お時間をいただけないですか? 街へ行くのはいかがでしょう」
「はい! 是非! 休みを空けておきます! 一緒にお出かけしたいですもの!」
エルヴィールはキラキラと空色の瞳を輝かせて大きく頷く。この素直さが惹かれる理由の一つかもしれない。
「早めに、結婚したいな」
「え、何かおっしゃいました?」
「いえ。楽しみにしていますね」
「はい! 私も楽しみにしています!」
婚約者との楽しい昼食もすぐに終わり、ドラゴン騎士団の集まる部屋へ一緒に戻れば、ドラゴン騎士団の男たちが嫌そうな顔をして迎えてくれた。それを無視して、アレクサンドルはエルヴィールの手の甲に口付ける。
「では、また」
「はい。また!」
こちらを見ている男たちに睨みを利かせ、アレクサンドルは部屋に戻る。
周囲の男たちに牽制する。これが日課になっているとは、エルヴィールは気付きもしないだろう。
「心配の種が増えたな」
そう小さく呟きながら、いつも通り前髪を垂らしながら存在を隠すように気配を消して、管理部の道を戻った。
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