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現れた客人のために玄関へ迎えに行く。誰が来るのか知らないが、兄のお友達でも来るのかと身なりを整える。
しかし、両親も迎えに出て、メイドたちも玄関前で並んでいた。随分大仰な迎えに、この格好のままで良いのかと少し気にする。先ほどソファーに頭を擦り付けたので、少々乱れているだろうか。
重要人物ならば先に教えてくれるだろう。まあ良いかと開き直る。
(それよりも、私は心の傷を癒すために領地に戻り、ドラゴンたちと戯れたいです)
そう思っていたのに、扉を開けば、花束を抱えた見覚えのある男性が佇んでいた。
「エルヴィール令嬢。あなたとの婚約させていただきたく、参りました。どうか受け取っていただけますか?」
突然すぎる訪問に、エルヴィールは呆然としてしまった。
目の前にいるのは、失恋したばかりの相手。断られたはずの初恋の相手が、花束を持って膝を床に突いている。
「名乗るのが遅れました。アレクサンドル・ルドバイヤンと申します。先日の告白は、まだ有効ですか? まさか、冗談だとは言いませんよね?」
「申しません!」
間髪入れずな返答に、アレクサンドルが小さく笑う。
その顔が可愛らしくて、胸がギュンと高鳴るのを感じた。
「では、受け取ってください」
大輪の花を受け取ると、後から出された小さな箱を開けてくる。そこには空色の、まるでエルヴィールの瞳のような宝石がはめられた指輪があった。
側で見守る兄と両親、集まっているメイドたちや剣の相手をしてくれる騎士たちが祝ってくれる。
おそるおそる花束を受け取り、指輪をはめてもらうが、なんだか夢を見ているようだ。
「はっ!? 私ったら、こんなひどい格好で!!」
「だからいい加減にしとけと言ったんだ」
涙に濡れて腫れぼったくなっている顔をしているうえ、髪の毛もボサボサ気味。衣装も愛する人の前に出るような姿ではないと今さら気付くと、兄がぼそりと呟く。
(先に教えてくださらないと!)
「す、すぐに着替えて参ります!!」
「大丈夫ですよ。どのような衣装を着ても美しさは変わりません」
そんな歯の浮く言葉なのに、アレクサンドルが言うと本気にしてしまう。兄が横で砂を吐きそうな顔をしていたが、エルヴィールはポッと顔を赤くした。
「エルと呼んでも良いですか? 私のことはアレクと呼んでください」
「もちろんです。アレク様! よろしくお願いしますわ!」
浮かれて飛びそうな気分のまま、エルヴィールは大きく返事をした。
そうして、二人は急遽婚約する運びとなったのだ。
そんなことがあった日が、未だ信じられない。
エルヴィールはアレクサンドルにふと問いかけた。
「どうして婚約を受けてくれたのでしょう」
素朴な疑問である。
「我が家は悪いことはしておりませんよ!!」
ぶはっと吹き出すアレクサンドル。
「当然です。兄君からあなたのことは良く聞いていましたから。実際に目にするのとは印象は違いましたが」
どこか違うところがあっただろうか。兄は一体何を話したのか。とても気になる。
口にはしないがアレクサンドルには何を考えているかすぐに分かると、小さく笑った。
「いえ、とてもお強いと聞いていたので、もう少し、体の大きい方だと思っていました」
「では、もっと筋肉をつけますわね!」
「十分ですよ」
つけろと言われれば、体が重くならない程度につけられるのだが。動きが緩慢になっても困るので、その言葉を信じておく。
「ああ、皆が待っていてくれているようですね」
アレクサンドルの声にエルヴィールは空を見上げる。
新緑に彩られた山の入り口。ペルグラン領土にアレクサンドルを連れてきた時点で、ドラゴンたちはその気配を察していた。なにせ、アレクサンドルの相棒と一緒にやってきたからだ。
いつも通り、すぐに婚約破棄にはならないと、自信を持ってドラゴンたちに紹介したい。
「私の婚約者です! 逃げも隠れもしませんわよ!」
その言葉に、アレクサンドルが再び吹き出した。
ドラゴンたちが羽ばたきながら降りてくる。大小多くのドラゴンたちだ。その迫力はいっそ清々しく、彼らを見ていると気持ちが高まるのを感じる。アレクサンドルはどうだろう。
ちらりと見た矢先。アレクサンドルはその形のいい唇に笑みを湛えていた。
「あの、一つお聞きしたいのですが」
「なんでしょう?」
「ドラゴンが好きだから、このお話に乗ってくださったんですか?」
こちらは一目惚れだったが、夜会では一度遠慮されてしまった。婚約が決まり浮かれていたがそれを思い出して、もう一度聞いてみる。婚約破棄になるのではと不安があるわけではないが、知っておきたい。
アレクサンドルはふっと微笑み、ドラゴンたちの集まる前でエルヴィールの手を取った。
「不安がらせて申し訳ありません」
そうではないと言いたかったが、やはり不安だったのかもしれない。アレクサンドルの声音は優しいものだったが、胃の中が重くなってくる。
しかし、アレクサンドルはゆっくりとかぶりを振ってエルヴィールを見つめた。
「話せばころころと表情を変え、ハキハキとした発言に嫌味はなく、好ましい明るさがありました。話すうちに、あなたに惹かれたのです」
「そんなこと、初めて言われましたわ。お兄様にはドラゴンの話ばかりするなと、たしなめられたほどですのに。もう諦めて、ドラゴン騎士団に入団すればよいと言われています。私もそのつもりだったくらいで」
「入りたいのですか?」
(ここで入団したいと言って良いのかしら?)
女性に戦いを望まない男性は多い。妻となり家を守るべきだとは思うが、その希望は捨てきれない。
黙っていると、アレクサンドルはキュッとエルヴィールの手を握った。
「私もあなたの戦いぶりに目を奪われました。そして初めて会った時からあなたに興味があったのです。告白されて驚きましたが、先を越されたと」
「まあ!」
「ここで、もう一度お伝えします。私とこれからを共に過ごしてほしい」
瞳に力強い熱を持ちながら、触れていた手に優しく口付ける。その温もりがエルヴィールの身体中を溶かすようだった。
(はあっ! どうしましょう。どうしましょう! アレク様の威力がありすぎます!!)
胸のドキドキが止まらない。
立ち上がったアレクサンドルが、エルヴィールの頬にゆっくりと顔を寄せて、静かに口付ける。ほんのりと温かな熱が残り、エルヴィールは顔が火照るのが分かった。
「愛しています。エル」
「私もです。アレク様」
ドラゴンたちが、ぎゃっぎゃと鳴き、羽ばたき始める。ドラゴンたちが祝福してくれているようだ。空に舞うように広がっていくドラゴンを眺めて、二人はもう一度口付けた。
しかし、両親も迎えに出て、メイドたちも玄関前で並んでいた。随分大仰な迎えに、この格好のままで良いのかと少し気にする。先ほどソファーに頭を擦り付けたので、少々乱れているだろうか。
重要人物ならば先に教えてくれるだろう。まあ良いかと開き直る。
(それよりも、私は心の傷を癒すために領地に戻り、ドラゴンたちと戯れたいです)
そう思っていたのに、扉を開けば、花束を抱えた見覚えのある男性が佇んでいた。
「エルヴィール令嬢。あなたとの婚約させていただきたく、参りました。どうか受け取っていただけますか?」
突然すぎる訪問に、エルヴィールは呆然としてしまった。
目の前にいるのは、失恋したばかりの相手。断られたはずの初恋の相手が、花束を持って膝を床に突いている。
「名乗るのが遅れました。アレクサンドル・ルドバイヤンと申します。先日の告白は、まだ有効ですか? まさか、冗談だとは言いませんよね?」
「申しません!」
間髪入れずな返答に、アレクサンドルが小さく笑う。
その顔が可愛らしくて、胸がギュンと高鳴るのを感じた。
「では、受け取ってください」
大輪の花を受け取ると、後から出された小さな箱を開けてくる。そこには空色の、まるでエルヴィールの瞳のような宝石がはめられた指輪があった。
側で見守る兄と両親、集まっているメイドたちや剣の相手をしてくれる騎士たちが祝ってくれる。
おそるおそる花束を受け取り、指輪をはめてもらうが、なんだか夢を見ているようだ。
「はっ!? 私ったら、こんなひどい格好で!!」
「だからいい加減にしとけと言ったんだ」
涙に濡れて腫れぼったくなっている顔をしているうえ、髪の毛もボサボサ気味。衣装も愛する人の前に出るような姿ではないと今さら気付くと、兄がぼそりと呟く。
(先に教えてくださらないと!)
「す、すぐに着替えて参ります!!」
「大丈夫ですよ。どのような衣装を着ても美しさは変わりません」
そんな歯の浮く言葉なのに、アレクサンドルが言うと本気にしてしまう。兄が横で砂を吐きそうな顔をしていたが、エルヴィールはポッと顔を赤くした。
「エルと呼んでも良いですか? 私のことはアレクと呼んでください」
「もちろんです。アレク様! よろしくお願いしますわ!」
浮かれて飛びそうな気分のまま、エルヴィールは大きく返事をした。
そうして、二人は急遽婚約する運びとなったのだ。
そんなことがあった日が、未だ信じられない。
エルヴィールはアレクサンドルにふと問いかけた。
「どうして婚約を受けてくれたのでしょう」
素朴な疑問である。
「我が家は悪いことはしておりませんよ!!」
ぶはっと吹き出すアレクサンドル。
「当然です。兄君からあなたのことは良く聞いていましたから。実際に目にするのとは印象は違いましたが」
どこか違うところがあっただろうか。兄は一体何を話したのか。とても気になる。
口にはしないがアレクサンドルには何を考えているかすぐに分かると、小さく笑った。
「いえ、とてもお強いと聞いていたので、もう少し、体の大きい方だと思っていました」
「では、もっと筋肉をつけますわね!」
「十分ですよ」
つけろと言われれば、体が重くならない程度につけられるのだが。動きが緩慢になっても困るので、その言葉を信じておく。
「ああ、皆が待っていてくれているようですね」
アレクサンドルの声にエルヴィールは空を見上げる。
新緑に彩られた山の入り口。ペルグラン領土にアレクサンドルを連れてきた時点で、ドラゴンたちはその気配を察していた。なにせ、アレクサンドルの相棒と一緒にやってきたからだ。
いつも通り、すぐに婚約破棄にはならないと、自信を持ってドラゴンたちに紹介したい。
「私の婚約者です! 逃げも隠れもしませんわよ!」
その言葉に、アレクサンドルが再び吹き出した。
ドラゴンたちが羽ばたきながら降りてくる。大小多くのドラゴンたちだ。その迫力はいっそ清々しく、彼らを見ていると気持ちが高まるのを感じる。アレクサンドルはどうだろう。
ちらりと見た矢先。アレクサンドルはその形のいい唇に笑みを湛えていた。
「あの、一つお聞きしたいのですが」
「なんでしょう?」
「ドラゴンが好きだから、このお話に乗ってくださったんですか?」
こちらは一目惚れだったが、夜会では一度遠慮されてしまった。婚約が決まり浮かれていたがそれを思い出して、もう一度聞いてみる。婚約破棄になるのではと不安があるわけではないが、知っておきたい。
アレクサンドルはふっと微笑み、ドラゴンたちの集まる前でエルヴィールの手を取った。
「不安がらせて申し訳ありません」
そうではないと言いたかったが、やはり不安だったのかもしれない。アレクサンドルの声音は優しいものだったが、胃の中が重くなってくる。
しかし、アレクサンドルはゆっくりとかぶりを振ってエルヴィールを見つめた。
「話せばころころと表情を変え、ハキハキとした発言に嫌味はなく、好ましい明るさがありました。話すうちに、あなたに惹かれたのです」
「そんなこと、初めて言われましたわ。お兄様にはドラゴンの話ばかりするなと、たしなめられたほどですのに。もう諦めて、ドラゴン騎士団に入団すればよいと言われています。私もそのつもりだったくらいで」
「入りたいのですか?」
(ここで入団したいと言って良いのかしら?)
女性に戦いを望まない男性は多い。妻となり家を守るべきだとは思うが、その希望は捨てきれない。
黙っていると、アレクサンドルはキュッとエルヴィールの手を握った。
「私もあなたの戦いぶりに目を奪われました。そして初めて会った時からあなたに興味があったのです。告白されて驚きましたが、先を越されたと」
「まあ!」
「ここで、もう一度お伝えします。私とこれからを共に過ごしてほしい」
瞳に力強い熱を持ちながら、触れていた手に優しく口付ける。その温もりがエルヴィールの身体中を溶かすようだった。
(はあっ! どうしましょう。どうしましょう! アレク様の威力がありすぎます!!)
胸のドキドキが止まらない。
立ち上がったアレクサンドルが、エルヴィールの頬にゆっくりと顔を寄せて、静かに口付ける。ほんのりと温かな熱が残り、エルヴィールは顔が火照るのが分かった。
「愛しています。エル」
「私もです。アレク様」
ドラゴンたちが、ぎゃっぎゃと鳴き、羽ばたき始める。ドラゴンたちが祝福してくれているようだ。空に舞うように広がっていくドラゴンを眺めて、二人はもう一度口付けた。
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