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8 お返しします
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エルヴィール・ペルグラン。銀髪の令嬢がドラゴンの子を抱っこしながら笑顔で屋敷から出てきた。
なぜ外に出した! 部下へそれを口にする前に、ダンベル種が羽を広げて空で雄叫びを上げる。
「くっ。なんて鳴き声だ」
耳に響くどころか、大音量で耳の鼓膜が破けそうだ。
周囲の悲鳴も掻き消えるほどの音量なのに、エルヴィールは微笑みを湛えたまま、ドラゴンの子を抱いてゆっくり歩いてくる。
「アレクサンドル様!!」
呼ばれたかよく分からなかったが、部下がドラゴンに乗って降り立ってきた。自分の相棒でもあるドラゴンを連れてきてくれたのだ。ダンベル種よりも大人しい種類だが、集まるダンベル種に怯えることのない、大切な相棒だ。
それに乗ってダンベル種を牽制するつもりだったが、エルヴィールが良いものでも見付けたかのように弾けるように笑って近寄ってくる。
「こちらの子、お借りしてもよろしいかしら?」
微かにしか聞こえなかったが、そのように聞こえた。抱き抱えているドラゴンの子は空を見上げたまま声を上げている。いかんせん上空のダンベル種の鳴き声で、そのように思えるとしか言えない状況だが、エルヴィールは手綱を引こうと手を伸ばしてきた。
その手に取られる前に自分がドラゴンにまたがると、エルヴィールの手を引いた。
エルヴィールは片手ながらドラゴンの腹を蹴ると、さっとドレスのままドラゴンの背に足を揃えて座る。
指さす先はダンベル種が飛ぶ空だ。
「大した人だな」
「この子をあの子たちにお返ししましょう!」
アレクサンドルは相棒のドラゴンの手綱を引いた。
線は細く儚げな雰囲気を持ちながら、スカートの中に短剣を隠し持つ令嬢。エルヴィールと共に空へ飛び立つ。
ダンベル種の集まる空は圧迫感があるほどで、鋭く睨み付ける赤の瞳と開いた口から見える大きな牙を見れば、冷や汗が流れそうになった。しかし、エルヴィールはその場ですっと立ち上がると、ドラゴンの子を前に差し出す。
ダンベル種に囲まれながら、なんの恐れもなく堂々とドラゴンの子を渡そうとする姿を見て、誰もが呆気に取られていることだろう。
「あなた方の赤ちゃんですね! 迎えにきてくれて良かったわ。あなたたちにお返しします!」
ダンベル種相手に攻撃されるとは思ってもいないのか。エルヴィールはドラゴンの子を掲げて、それが羽をばたつかせるのを待った。羽はしっかりしているが、まだ飛び立てるほどではない。しかし、エルヴィールは十分に飛べるほど羽ばたきするのを確認すると、パッとその手を離した。
ぎこちなくも飛び立ったドラゴンの子が、集まっていたダンベル種の方へ飛んでいく。時折バランスを崩して落ちそうに揺れた。それを、頑張って、頑張って、と呟きながらエルヴィールは応援する。
やっと辿り着いた先、親らしきダンベル種が子を咥えた。そしてゆっくりと旋回する。他のダンベル種がその後についた。問題なく戻っていく姿に安堵して力を抜いた途端、ダンベル種の一匹がこちらに向いて雄叫びを上げた。
「ひゃっ!」
その鳴き声が衝撃波となりエルヴィールが弾け飛ばされそうになって、アレクサンドルは慌てて抱きしめた。危うく落ちるところだった。エルヴィールは堂々とした態度からは想像できないほどの軽さで、抱きしめたら折れてしまいそうだった。
「大丈夫ですか!?」
「だ、大丈夫です。ああ、ほら、皆戻っていきますわ。良かったですわね」
エルヴィールが指さす先、集まってきていたダンベル種がゆっくりと戻っていく。何度も鳴き声を出したが、こちらを攻撃する気配はなかった。
ドラゴン騎士団が後を追っていったが、ダンベル種がそのまま戻るのを確認して旋回する。もう問題ないのだろう。
「素敵でしたわねえ。私、ダンベル種を見るのはまだ二度目で、こんなに間近で見たのは初めてでしたわ。なんて優雅で力強いんでしょう!」
その言葉に脱力しそうになる。誰もが緊張してダンベル種に向かっていたのに、のんびりと、しかし興奮冷めやらぬと恍惚とした顔をした。
「あなたと言う人は」
地面に降り立ってエルヴィールを下ろしたが、遠くからまだ聞こえるダンベル種の鳴き声に耳を傾けていた。
靴を履いていないのに気付き、すぐに部下に持って来させる。履かせようとひざまずくと、エルヴィールが突然声を上げた。
「はっ、そうでした」
惚けていたと思ったら、くるりとアレクサンドルの方に向く。高揚したままなのか、白皙の肌の頬をほんのり紅色に染めていた。そうして、意を決したかのように、握り拳をつくり、口を開いた。
「あの! 私と結婚してください! 一目惚れしました!」
先程の捕り物の仕事を思い出していた部下たちが、屋敷の者たちを捕らえて連れて行こうとしているのに、突飛な発言に皆がこちらに注目した。耳を疑ったことだろう。アレクサンドルもそうだ。
一瞬、何を言われたのか理解できず、エルヴィールを凝視した。
「はっ! 一目惚れとは違いますわね。前にもお会いしましたし。先程の戦いに惚れ惚れしましたわ! その無駄のない滑らかな動き、理想の戦い方。逞しい体に、力強さ。しかもドラゴンに騎乗されて、驚きの連続! 婚約破棄された者同士と言ってはなんですけれども、私とぜひ、婚約していただけないでしょうか!!」
力説してくれるが、戦い方と体格、ドラゴンのことしか言っていないような気がする。
しかし、エルヴィールは真剣だと、空色の瞳をキラキラさせて、アレクサンドルの答えを待った。
周囲はそれにどう答えるのか、動きを止めてこちらに視線を向けている。
「ゴホン」
咳払いをすれば、部下たちが一斉に動き出す。エルヴィールはそのままこちらをしっかりと見つめたままだ。
「……レディ。私はこれから本日の始末を終えねばなりません。馬車を使わせますので、どうぞ、今はお帰りください」
その言葉に、エルヴィールは分かりやすすぎるほど、沈んだ顔をしてみせた。
なぜ外に出した! 部下へそれを口にする前に、ダンベル種が羽を広げて空で雄叫びを上げる。
「くっ。なんて鳴き声だ」
耳に響くどころか、大音量で耳の鼓膜が破けそうだ。
周囲の悲鳴も掻き消えるほどの音量なのに、エルヴィールは微笑みを湛えたまま、ドラゴンの子を抱いてゆっくり歩いてくる。
「アレクサンドル様!!」
呼ばれたかよく分からなかったが、部下がドラゴンに乗って降り立ってきた。自分の相棒でもあるドラゴンを連れてきてくれたのだ。ダンベル種よりも大人しい種類だが、集まるダンベル種に怯えることのない、大切な相棒だ。
それに乗ってダンベル種を牽制するつもりだったが、エルヴィールが良いものでも見付けたかのように弾けるように笑って近寄ってくる。
「こちらの子、お借りしてもよろしいかしら?」
微かにしか聞こえなかったが、そのように聞こえた。抱き抱えているドラゴンの子は空を見上げたまま声を上げている。いかんせん上空のダンベル種の鳴き声で、そのように思えるとしか言えない状況だが、エルヴィールは手綱を引こうと手を伸ばしてきた。
その手に取られる前に自分がドラゴンにまたがると、エルヴィールの手を引いた。
エルヴィールは片手ながらドラゴンの腹を蹴ると、さっとドレスのままドラゴンの背に足を揃えて座る。
指さす先はダンベル種が飛ぶ空だ。
「大した人だな」
「この子をあの子たちにお返ししましょう!」
アレクサンドルは相棒のドラゴンの手綱を引いた。
線は細く儚げな雰囲気を持ちながら、スカートの中に短剣を隠し持つ令嬢。エルヴィールと共に空へ飛び立つ。
ダンベル種の集まる空は圧迫感があるほどで、鋭く睨み付ける赤の瞳と開いた口から見える大きな牙を見れば、冷や汗が流れそうになった。しかし、エルヴィールはその場ですっと立ち上がると、ドラゴンの子を前に差し出す。
ダンベル種に囲まれながら、なんの恐れもなく堂々とドラゴンの子を渡そうとする姿を見て、誰もが呆気に取られていることだろう。
「あなた方の赤ちゃんですね! 迎えにきてくれて良かったわ。あなたたちにお返しします!」
ダンベル種相手に攻撃されるとは思ってもいないのか。エルヴィールはドラゴンの子を掲げて、それが羽をばたつかせるのを待った。羽はしっかりしているが、まだ飛び立てるほどではない。しかし、エルヴィールは十分に飛べるほど羽ばたきするのを確認すると、パッとその手を離した。
ぎこちなくも飛び立ったドラゴンの子が、集まっていたダンベル種の方へ飛んでいく。時折バランスを崩して落ちそうに揺れた。それを、頑張って、頑張って、と呟きながらエルヴィールは応援する。
やっと辿り着いた先、親らしきダンベル種が子を咥えた。そしてゆっくりと旋回する。他のダンベル種がその後についた。問題なく戻っていく姿に安堵して力を抜いた途端、ダンベル種の一匹がこちらに向いて雄叫びを上げた。
「ひゃっ!」
その鳴き声が衝撃波となりエルヴィールが弾け飛ばされそうになって、アレクサンドルは慌てて抱きしめた。危うく落ちるところだった。エルヴィールは堂々とした態度からは想像できないほどの軽さで、抱きしめたら折れてしまいそうだった。
「大丈夫ですか!?」
「だ、大丈夫です。ああ、ほら、皆戻っていきますわ。良かったですわね」
エルヴィールが指さす先、集まってきていたダンベル種がゆっくりと戻っていく。何度も鳴き声を出したが、こちらを攻撃する気配はなかった。
ドラゴン騎士団が後を追っていったが、ダンベル種がそのまま戻るのを確認して旋回する。もう問題ないのだろう。
「素敵でしたわねえ。私、ダンベル種を見るのはまだ二度目で、こんなに間近で見たのは初めてでしたわ。なんて優雅で力強いんでしょう!」
その言葉に脱力しそうになる。誰もが緊張してダンベル種に向かっていたのに、のんびりと、しかし興奮冷めやらぬと恍惚とした顔をした。
「あなたと言う人は」
地面に降り立ってエルヴィールを下ろしたが、遠くからまだ聞こえるダンベル種の鳴き声に耳を傾けていた。
靴を履いていないのに気付き、すぐに部下に持って来させる。履かせようとひざまずくと、エルヴィールが突然声を上げた。
「はっ、そうでした」
惚けていたと思ったら、くるりとアレクサンドルの方に向く。高揚したままなのか、白皙の肌の頬をほんのり紅色に染めていた。そうして、意を決したかのように、握り拳をつくり、口を開いた。
「あの! 私と結婚してください! 一目惚れしました!」
先程の捕り物の仕事を思い出していた部下たちが、屋敷の者たちを捕らえて連れて行こうとしているのに、突飛な発言に皆がこちらに注目した。耳を疑ったことだろう。アレクサンドルもそうだ。
一瞬、何を言われたのか理解できず、エルヴィールを凝視した。
「はっ! 一目惚れとは違いますわね。前にもお会いしましたし。先程の戦いに惚れ惚れしましたわ! その無駄のない滑らかな動き、理想の戦い方。逞しい体に、力強さ。しかもドラゴンに騎乗されて、驚きの連続! 婚約破棄された者同士と言ってはなんですけれども、私とぜひ、婚約していただけないでしょうか!!」
力説してくれるが、戦い方と体格、ドラゴンのことしか言っていないような気がする。
しかし、エルヴィールは真剣だと、空色の瞳をキラキラさせて、アレクサンドルの答えを待った。
周囲はそれにどう答えるのか、動きを止めてこちらに視線を向けている。
「ゴホン」
咳払いをすれば、部下たちが一斉に動き出す。エルヴィールはそのままこちらをしっかりと見つめたままだ。
「……レディ。私はこれから本日の始末を終えねばなりません。馬車を使わせますので、どうぞ、今はお帰りください」
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