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(はあっ!? このような場所でなんてこと!!)
端の方にあるソファーの上で抱き合い、口付けをしている者たちがいる。エルヴィールは咄嗟に見えないように自分の目を隠したが、興味本位で隙間からこっそり見やると、まだ深い口付けを続けていた。
(見てはいけないわ。私にはとっても早いと思います!!)
誰に言うでもなく思って、そそくさとその場を去る。
(一体どういった趣旨の夜会なのかしら。そもそもどなたが開いているの?)
顔を隠しているとはいえ、とても高貴な者たちが人前で行う真似ではない。
元婚約者は誰から招待状をもらったのだろう。そんなこと聞きもしなかった。婚約が決まってエルヴィールも浮かれていたのだ。
数度婚約破棄されて、気持ちに焦りがあったのかもしれない。兄のオーバンもエルヴィールも何度となく破棄されてきたため、両親のことを考えると申し訳なく思った。両親も頭を悩ませ、胃が痛いことだろう。
それでやっとまとまったエルヴィールの婚約話だったため、相手のことは深く知らなかった。
お互いを知るために領土に連れてくれば、逃げられたのである。
(いただいた招待状で期待してなんだけれど、ここでお相手を見つけるのは難しいですわね。お衣装の参考にでもさせていただきましょう)
人によってはとても品のあるドレスを着ている。人によっては、だが。斜めにカットされたスカートから足が見え隠れしたり、背中に布地のない大胆なドレスを着ている人もいるので、そちらは眺めるだけにしておく。
(すごいわあ。とっても斬新。あのようなドレス、領土では絶対手に入らないですわね。都会の流行なのかしら。お店で見たことないけれども)
「皆様、お待たせしました。どうぞ、お集まりください」
「あら、なにかしら」
人々を集める声が聞こえて、そちらへ移動する。同じように声に誘われて人々が部屋へ入っていった。劇場のような大部屋で、座席があり、奥に舞台が見える。
「今日は良い品が入っているそうですよ」
「何が出るのかしら。楽しみだわ」
耳を大きくして聞いていると、競売が始まるようで、人々が集まり椅子に座り始める。気になって後ろの方に座りキョロキョロしていると、そうこうしている間に司会の口上が始まって、早速商品が運ばれてきた。まずは宝石だと、壇上で掲げられる。
「あんな宝石が出るんだね。なんて大きな宝石なんだ」
「特別に得られた宝石らしいわ。一千万はくだらないのではないかしら?」
斜め前の方に座る男女が大きな声で品物の話をしている。女性の方が関係者なのか、知ったような話し方だ。
どこかで聞いたことのある声に、エルヴィールはじっとその二人を見つめた。
(もしかして、婚約破棄の?)
仮面はしているが目元だけのもので、顔の半分は出ている。髪の毛は男女とも金髪だ。口元や顔の形、体型を見る限り、女性の方は間違いなく婚約破棄を言い渡した人だ。
男の顔は見えないが、肩の形や首の太さ、顎の形から、あのパーティにいた相手の男のようだった。
「三百から始めます!」
「六百!」
「七百五十!」
競りが始まるとどんどん高値が言い渡される。飛び交う金額に目が回りそうだ。宝石ひとつにどれだけの値段を付ける気なのだろう。
「一千二百万!」
「他におりませんか? この宝石はそちらのお客様に決まりました!」
「はあ。すごいわあ」
「珍しい品を競売する場所です。相当な金額が飛びますから、手を出すのも難しいでしょう」
不意に、いつの間にか隣に座っていた男が口を開いた。身長が高そうながっしりとした体格の男性で、黒髪が顔全体の仮面に少しだけ掛かっている。
「欲しかったのですか?」
「いえ。お高いなと聞いていただけです」
「お高い、ですか」
男性はエルヴィールの言葉に苦笑する。おかしなことを言っただろうか。宝石一つに高額を出すのはあまり理解できない。
剣であれば話は別だが。
「こちらにはお一人で?」
「招待状が一枚だったもので」
「大抵は二枚もらえるはずですが」
「元婚約者が持っているんです」
見知らぬ人に話す必要はないのだが、隠す気もなくさらりと口にしてしまった。仮面を被っているので、少々気が軽くなっているようだ。
壇上では次の商品が出されている。宝石ではなく、レンガのような硬い石のようだった。
「あの品は、なんでしょうか?」
「遺跡の一部ですね。魔窟で得たようです。不思議な力を発するとか。本当かどうかは知りませんが」
「それでもとってもお高いですね」
「ここで競りをする者は珍しいものが好きなんでしょう」
男の言う通り、次々に出てくるものは不可思議なものばかりだ。呪われた鎧が出されて、今は怪しげな薬が出されている。それにせっせと高値を言い渡して、お互い譲らず競っている。
この場所からでは遠目であまりよく見えないので、本物かどうかも分からない。少し飽きてきて、エルヴィールは隣にいる男に視線をやった。
「どこかでお会いしました?」
「会っていたら、忘れるはずはないですよ」
「そうですね。私、筋肉のある方は忘れないんです」
エルヴィールは本気で言っているのだが、男はいきなりプッと吹き出した。
「なんで笑われるんですか??」
「いえ、どういった意味でおっしゃっているのかと思いまして」
(そのままの意味なのだけれど?)
筋肉があれば剣を持つ者が多数だ。騎士であればその人がどんな攻撃をしてくるのか想定する。ドラゴンを密猟する愚か者の中には騎士がいることもあるからだ。突如攻撃を受けてもすぐに反応できるようにする必要があった。
「どれだけ腕の立つ方なのか、気になるでしょう? あなたも騎士ならば考えませんか?」
「……私が騎士だと思われるのですか?」
「思いますわ。首すじから肩甲骨。腕の膨らみ、胸板、腹筋。太もも、足首、は見えませんけれども、体の形で想定できます。それに、剣を手にしたまま入場はできずとも、小型の獲物でしたら隠して持ち運べますでしょう?」
招待状を渡す際に、警備が武器の確認をしていた。エルヴィールは剣を持っていないと思われたので身体検査はなかったが、人によっては腰などを触れられて検査されていたのである。
この男は、その検査を掻い潜ったようだが。
「令嬢は、どうにも素人とは思えない心眼をお持ちですね」
「そうでしょうか? 騎士たるもの、身を守るための武器は必ず身につけておくものですわ。ですから気付くのです。同じ匂いをする者は、一度でも見れば忘れない。はずなんですけれども。どこでお会いしたかしら」
「さて、どうでしょうか。しかしその言い分では、あなたも何かをお持ちのようだが」
「発言を差し控えさせていただきますわ」
「ククッ」
男は顔を背けつつも堪えるように笑う。
気配を消して隣に座った割に、随分と和やかな雰囲気を出してくる。
一瞬警戒したが、それをすぐに解いた。どうやらこちらを害する気はないようだ。
(誘拐犯か何かと思ってしまったわ。お兄様が警戒するように言うから、つい)
気取った風ではないのに、洒落ているように見えるのは服装のせいだろうか。話していると妙にくすぐったい気持ちになって、エルヴィールは男との会話を楽しんでいることに気が付いた。
端の方にあるソファーの上で抱き合い、口付けをしている者たちがいる。エルヴィールは咄嗟に見えないように自分の目を隠したが、興味本位で隙間からこっそり見やると、まだ深い口付けを続けていた。
(見てはいけないわ。私にはとっても早いと思います!!)
誰に言うでもなく思って、そそくさとその場を去る。
(一体どういった趣旨の夜会なのかしら。そもそもどなたが開いているの?)
顔を隠しているとはいえ、とても高貴な者たちが人前で行う真似ではない。
元婚約者は誰から招待状をもらったのだろう。そんなこと聞きもしなかった。婚約が決まってエルヴィールも浮かれていたのだ。
数度婚約破棄されて、気持ちに焦りがあったのかもしれない。兄のオーバンもエルヴィールも何度となく破棄されてきたため、両親のことを考えると申し訳なく思った。両親も頭を悩ませ、胃が痛いことだろう。
それでやっとまとまったエルヴィールの婚約話だったため、相手のことは深く知らなかった。
お互いを知るために領土に連れてくれば、逃げられたのである。
(いただいた招待状で期待してなんだけれど、ここでお相手を見つけるのは難しいですわね。お衣装の参考にでもさせていただきましょう)
人によってはとても品のあるドレスを着ている。人によっては、だが。斜めにカットされたスカートから足が見え隠れしたり、背中に布地のない大胆なドレスを着ている人もいるので、そちらは眺めるだけにしておく。
(すごいわあ。とっても斬新。あのようなドレス、領土では絶対手に入らないですわね。都会の流行なのかしら。お店で見たことないけれども)
「皆様、お待たせしました。どうぞ、お集まりください」
「あら、なにかしら」
人々を集める声が聞こえて、そちらへ移動する。同じように声に誘われて人々が部屋へ入っていった。劇場のような大部屋で、座席があり、奥に舞台が見える。
「今日は良い品が入っているそうですよ」
「何が出るのかしら。楽しみだわ」
耳を大きくして聞いていると、競売が始まるようで、人々が集まり椅子に座り始める。気になって後ろの方に座りキョロキョロしていると、そうこうしている間に司会の口上が始まって、早速商品が運ばれてきた。まずは宝石だと、壇上で掲げられる。
「あんな宝石が出るんだね。なんて大きな宝石なんだ」
「特別に得られた宝石らしいわ。一千万はくだらないのではないかしら?」
斜め前の方に座る男女が大きな声で品物の話をしている。女性の方が関係者なのか、知ったような話し方だ。
どこかで聞いたことのある声に、エルヴィールはじっとその二人を見つめた。
(もしかして、婚約破棄の?)
仮面はしているが目元だけのもので、顔の半分は出ている。髪の毛は男女とも金髪だ。口元や顔の形、体型を見る限り、女性の方は間違いなく婚約破棄を言い渡した人だ。
男の顔は見えないが、肩の形や首の太さ、顎の形から、あのパーティにいた相手の男のようだった。
「三百から始めます!」
「六百!」
「七百五十!」
競りが始まるとどんどん高値が言い渡される。飛び交う金額に目が回りそうだ。宝石ひとつにどれだけの値段を付ける気なのだろう。
「一千二百万!」
「他におりませんか? この宝石はそちらのお客様に決まりました!」
「はあ。すごいわあ」
「珍しい品を競売する場所です。相当な金額が飛びますから、手を出すのも難しいでしょう」
不意に、いつの間にか隣に座っていた男が口を開いた。身長が高そうながっしりとした体格の男性で、黒髪が顔全体の仮面に少しだけ掛かっている。
「欲しかったのですか?」
「いえ。お高いなと聞いていただけです」
「お高い、ですか」
男性はエルヴィールの言葉に苦笑する。おかしなことを言っただろうか。宝石一つに高額を出すのはあまり理解できない。
剣であれば話は別だが。
「こちらにはお一人で?」
「招待状が一枚だったもので」
「大抵は二枚もらえるはずですが」
「元婚約者が持っているんです」
見知らぬ人に話す必要はないのだが、隠す気もなくさらりと口にしてしまった。仮面を被っているので、少々気が軽くなっているようだ。
壇上では次の商品が出されている。宝石ではなく、レンガのような硬い石のようだった。
「あの品は、なんでしょうか?」
「遺跡の一部ですね。魔窟で得たようです。不思議な力を発するとか。本当かどうかは知りませんが」
「それでもとってもお高いですね」
「ここで競りをする者は珍しいものが好きなんでしょう」
男の言う通り、次々に出てくるものは不可思議なものばかりだ。呪われた鎧が出されて、今は怪しげな薬が出されている。それにせっせと高値を言い渡して、お互い譲らず競っている。
この場所からでは遠目であまりよく見えないので、本物かどうかも分からない。少し飽きてきて、エルヴィールは隣にいる男に視線をやった。
「どこかでお会いしました?」
「会っていたら、忘れるはずはないですよ」
「そうですね。私、筋肉のある方は忘れないんです」
エルヴィールは本気で言っているのだが、男はいきなりプッと吹き出した。
「なんで笑われるんですか??」
「いえ、どういった意味でおっしゃっているのかと思いまして」
(そのままの意味なのだけれど?)
筋肉があれば剣を持つ者が多数だ。騎士であればその人がどんな攻撃をしてくるのか想定する。ドラゴンを密猟する愚か者の中には騎士がいることもあるからだ。突如攻撃を受けてもすぐに反応できるようにする必要があった。
「どれだけ腕の立つ方なのか、気になるでしょう? あなたも騎士ならば考えませんか?」
「……私が騎士だと思われるのですか?」
「思いますわ。首すじから肩甲骨。腕の膨らみ、胸板、腹筋。太もも、足首、は見えませんけれども、体の形で想定できます。それに、剣を手にしたまま入場はできずとも、小型の獲物でしたら隠して持ち運べますでしょう?」
招待状を渡す際に、警備が武器の確認をしていた。エルヴィールは剣を持っていないと思われたので身体検査はなかったが、人によっては腰などを触れられて検査されていたのである。
この男は、その検査を掻い潜ったようだが。
「令嬢は、どうにも素人とは思えない心眼をお持ちですね」
「そうでしょうか? 騎士たるもの、身を守るための武器は必ず身につけておくものですわ。ですから気付くのです。同じ匂いをする者は、一度でも見れば忘れない。はずなんですけれども。どこでお会いしたかしら」
「さて、どうでしょうか。しかしその言い分では、あなたも何かをお持ちのようだが」
「発言を差し控えさせていただきますわ」
「ククッ」
男は顔を背けつつも堪えるように笑う。
気配を消して隣に座った割に、随分と和やかな雰囲気を出してくる。
一瞬警戒したが、それをすぐに解いた。どうやらこちらを害する気はないようだ。
(誘拐犯か何かと思ってしまったわ。お兄様が警戒するように言うから、つい)
気取った風ではないのに、洒落ているように見えるのは服装のせいだろうか。話していると妙にくすぐったい気持ちになって、エルヴィールは男との会話を楽しんでいることに気が付いた。
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