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「はあ。パーティでは良い人が見つかりませんでしたわ。これからどうしましょう。どこかに良い男性は落ちていないかしら」
「落ちているわけがないだろう」
「うるさいですわよ、お兄様。やっぱりまた領土へ帰ろうかしら。ここでは体が鈍ってしまいます。ドラゴンたちにも会いたいし」
最近はドラゴンの卵を盗むという不届きな者も増えている。ドラゴンの卵は高く売れるそうだ。ペットにしたがる貴族はどの国にもおり、売れば多額の金が手に入るとか。そのため、密猟者が後を絶たない。
我が領土でも卵を盗もうとした輩がいた。ドラゴンたちの返り討ちにあって事なきを得たが。他の地域にも種類の違うドラゴンは住んでおり、他の地でも密猟は警戒していることだろう。
それもあって、もう帰ろうかと算段する。
「茶会の誘いがあったんじゃないのか? それに行ったらどうだ?」
「私を嘲笑の的にしたいのですか?」
「他に招待状をもらっていただろう。あれに行ったらどうだ?」
兄は聞かぬふりをして別の話に変える。ギロリと睨め付けて、そういえばとその招待状を思い出した。
元婚約者からいただいた招待状である。特別な招待がなければ入られないとかなんとか。
「鼻を高くしてお話ししてましたわね。夜会には興味ありませんけれど、先日は不発でしたし、こちら、行ってみようかしら」
「一人で行くのか?」
「招待状は一枚ですわー」
一緒に行きたそうな顔をしてくるが、残念ながら招待状は一人一枚である。元婚約者から渡されたので、彼も行くのかもしれないが、そこは無視しておきたい。
「一人で出るのなら、ペルグラン家の者として装いだけは気を付けておけよ」
「承知しております」
兄に注意をもらいながら、エルヴィールは部屋に放置しておいた招待状を探しに部屋に戻った。
「お兄様は時折過保護でいらっしゃるのよね。私腕には自信がありますのに。お優しいお兄様にもいい人がいると良いのですけれど」
ほうっと息をついて、エルヴィールは目の前の荘厳な扉を一人潜る。
中は人々が集まり華やかな雰囲気で、しかしどこか怪しげな気配を感じた。なんといっても、本日は仮面が必要な夜会である。
扉前で招待状は渡したが、身元を問われることはなかった。
(これが元婚約者様のおっしゃっていた、選ばれた者だけが来られる場所かしら?)
「選ばれた方々は、少々羽目を外し気味のようですけれど」
ぽそりと呟き、エルヴィールは部屋の中をゆっくりと進んでいく。
大広間に入れば談笑している人々がいるが、皆が仮面や仮装のような獣の被り物をしているので、これでは顔どころか目を見ることもできない。
「レディ、どうぞこちらを」
のんびり歩いていると、さっとグラスを差し出してきた男がいた。
派手で真っ赤な仮面には、片方の耳の上から羽が何本も生えている。
あれは貴重な鳥の羽ではないだろうか。珍しい虹色の羽を持つ鳥で剥製にする貴族が多く、絶滅が危惧されている。
(お肉は美味しいのだけれど、あまり数がいないから獲ってはいけない種類になったのよね)
数年前に禁猟になったので、その前に得た羽だろうか。そんな羽をつけた男から出されたグラス。受け取ると、嗅ぎ慣れた匂いがした。
「この香り。レナ草。ラタの種?」
「なんですか。それは?」
男はなんのことかと問うてくるが、この匂いを間違えるわけがない。
(毒を抑えるために必要な、レナ草とラタの種をすりおろしたものよね。ドラゴン用だけれど)
ドラゴンは好んで毒のある草を食べることがある。体内に必要な栄養分がその植物に入っているためだが、その毒消しにレナ草とラタの木の種も食べるのだ。その毒消しは人にも効くのだが。
「人が飲むと量によっては昏倒したり、混乱したりするのですけれど、どうしてそんなものを混ぜたのかしら? 毒消しのためにしては香りが強いので、量が多いような。どこかお悪いのです?」
「な、なんのことですか? いや、あちらでお話をしましょう。こちらに来ているのですから、あなただってそのつもりでしょう。お一人なんですし」
返事もしていないのに、腕を取られて、エルヴィールはつんのめりそうになる。
高いヒールを履いているのだから、急に引っ張らないでほしい。あまり履き慣れていないのだ。
少しばかり気分が悪くなる。失礼ではなかろうか。エルヴィールでなければ転んでしまっているだろう。
(お顔も見えないし、心根も分かりにくいわ)
「さあ、さあ」
引っ張られるが、エルヴィールはそれ以上微動だにしない。男は力を入れてきた。
しかしエルヴィールがまったく動かないので、口元を歪ませる。
「失礼いたしますわ」
エルヴィールはさっとその手を取ってくるりと捻ってみた。男はあっという間にエルヴィールに背を向けて、背中に腕がつく。
「は? いっ、いたっ!」
悲鳴を上げられる前にその手を離して軽く押してやると、男はバランスを崩しながらエルヴィールから離れた。何が起きたか分かっていないか。けれど、一瞬の痛みは忘れないようで、口元をぴくぴくと引き攣らせる。
「遠慮しておきますわね」
エルヴィールはその男の反応も見ずに歩きだす。後ろにいる男を無視したまま、渡されたグラスを仮面を被ったボーイに渡して、きょろきょろと周囲の様子を伺った。
「落ちているわけがないだろう」
「うるさいですわよ、お兄様。やっぱりまた領土へ帰ろうかしら。ここでは体が鈍ってしまいます。ドラゴンたちにも会いたいし」
最近はドラゴンの卵を盗むという不届きな者も増えている。ドラゴンの卵は高く売れるそうだ。ペットにしたがる貴族はどの国にもおり、売れば多額の金が手に入るとか。そのため、密猟者が後を絶たない。
我が領土でも卵を盗もうとした輩がいた。ドラゴンたちの返り討ちにあって事なきを得たが。他の地域にも種類の違うドラゴンは住んでおり、他の地でも密猟は警戒していることだろう。
それもあって、もう帰ろうかと算段する。
「茶会の誘いがあったんじゃないのか? それに行ったらどうだ?」
「私を嘲笑の的にしたいのですか?」
「他に招待状をもらっていただろう。あれに行ったらどうだ?」
兄は聞かぬふりをして別の話に変える。ギロリと睨め付けて、そういえばとその招待状を思い出した。
元婚約者からいただいた招待状である。特別な招待がなければ入られないとかなんとか。
「鼻を高くしてお話ししてましたわね。夜会には興味ありませんけれど、先日は不発でしたし、こちら、行ってみようかしら」
「一人で行くのか?」
「招待状は一枚ですわー」
一緒に行きたそうな顔をしてくるが、残念ながら招待状は一人一枚である。元婚約者から渡されたので、彼も行くのかもしれないが、そこは無視しておきたい。
「一人で出るのなら、ペルグラン家の者として装いだけは気を付けておけよ」
「承知しております」
兄に注意をもらいながら、エルヴィールは部屋に放置しておいた招待状を探しに部屋に戻った。
「お兄様は時折過保護でいらっしゃるのよね。私腕には自信がありますのに。お優しいお兄様にもいい人がいると良いのですけれど」
ほうっと息をついて、エルヴィールは目の前の荘厳な扉を一人潜る。
中は人々が集まり華やかな雰囲気で、しかしどこか怪しげな気配を感じた。なんといっても、本日は仮面が必要な夜会である。
扉前で招待状は渡したが、身元を問われることはなかった。
(これが元婚約者様のおっしゃっていた、選ばれた者だけが来られる場所かしら?)
「選ばれた方々は、少々羽目を外し気味のようですけれど」
ぽそりと呟き、エルヴィールは部屋の中をゆっくりと進んでいく。
大広間に入れば談笑している人々がいるが、皆が仮面や仮装のような獣の被り物をしているので、これでは顔どころか目を見ることもできない。
「レディ、どうぞこちらを」
のんびり歩いていると、さっとグラスを差し出してきた男がいた。
派手で真っ赤な仮面には、片方の耳の上から羽が何本も生えている。
あれは貴重な鳥の羽ではないだろうか。珍しい虹色の羽を持つ鳥で剥製にする貴族が多く、絶滅が危惧されている。
(お肉は美味しいのだけれど、あまり数がいないから獲ってはいけない種類になったのよね)
数年前に禁猟になったので、その前に得た羽だろうか。そんな羽をつけた男から出されたグラス。受け取ると、嗅ぎ慣れた匂いがした。
「この香り。レナ草。ラタの種?」
「なんですか。それは?」
男はなんのことかと問うてくるが、この匂いを間違えるわけがない。
(毒を抑えるために必要な、レナ草とラタの種をすりおろしたものよね。ドラゴン用だけれど)
ドラゴンは好んで毒のある草を食べることがある。体内に必要な栄養分がその植物に入っているためだが、その毒消しにレナ草とラタの木の種も食べるのだ。その毒消しは人にも効くのだが。
「人が飲むと量によっては昏倒したり、混乱したりするのですけれど、どうしてそんなものを混ぜたのかしら? 毒消しのためにしては香りが強いので、量が多いような。どこかお悪いのです?」
「な、なんのことですか? いや、あちらでお話をしましょう。こちらに来ているのですから、あなただってそのつもりでしょう。お一人なんですし」
返事もしていないのに、腕を取られて、エルヴィールはつんのめりそうになる。
高いヒールを履いているのだから、急に引っ張らないでほしい。あまり履き慣れていないのだ。
少しばかり気分が悪くなる。失礼ではなかろうか。エルヴィールでなければ転んでしまっているだろう。
(お顔も見えないし、心根も分かりにくいわ)
「さあ、さあ」
引っ張られるが、エルヴィールはそれ以上微動だにしない。男は力を入れてきた。
しかしエルヴィールがまったく動かないので、口元を歪ませる。
「失礼いたしますわ」
エルヴィールはさっとその手を取ってくるりと捻ってみた。男はあっという間にエルヴィールに背を向けて、背中に腕がつく。
「は? いっ、いたっ!」
悲鳴を上げられる前にその手を離して軽く押してやると、男はバランスを崩しながらエルヴィールから離れた。何が起きたか分かっていないか。けれど、一瞬の痛みは忘れないようで、口元をぴくぴくと引き攣らせる。
「遠慮しておきますわね」
エルヴィールはその男の反応も見ずに歩きだす。後ろにいる男を無視したまま、渡されたグラスを仮面を被ったボーイに渡して、きょろきょろと周囲の様子を伺った。
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