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9 食事

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「高そうなお店。こんないいところに来るのだったら、ドレスでも着てくればよかったわ」
「必要ないよ。僕だって騎士の格好のままだしね」

 エヴァンはそう言うが、パンツ姿の女性なんて一人もいない。エヴァンにエスコートされて店に入ったが、あまりに不似合いに思えて、自分で笑いそうになった。

 オレリアの学院は、貴族だけでなく平民も通うことができる。身分に限らず、国が優秀な人間を集めているからだ。だからというわけではないが、学院でおしゃれをする理由がオレリアにはなかった。勉学に勤しんでいるし、今は研究所にいるため、装う必要がない。それに、おしゃれなどすれば、セドリックが嫌がるだろう。彼は女性の装いに敏感なはずだ。いきなり可愛らしいドレスなど着て行けば、間違いなく追い出される。
 セドリックに勘違いされないためにも、軽装、しかも男性に近い衣装が好ましい。

(やっぱり、来なければよかったかも)
 店内はいかにも貴族な人たちが集まり、優雅に食事をしている。演奏もあり、ピアノやバイオリンの音が静かに美しく響いていた。場違いにも程がある。

「オレリア、会えて嬉しいよ。ずっと会いたかったんだ。急に学院を変えたから、もう会えないと思っていたんだよ。もちろん、オレリアの夢は叶うといいと思っていたけれど」
 都の学院に変更になったと伝えただけだったが、将来薬草関係の仕事に就きたいという話はしていた。幼い頃に一度だけ言ったような話だったのに、覚えていたのか。
 そういうところが、エヴァンは素敵だと思う。小さなことでもしっかり覚えていて、それを当たり前に口にする。
(私は、こんなに感じが悪いのに)

 逃げるように学院を去って、都にやって来た。別にエヴァンが悪いわけではない。自分で勝手に勘違いして、勝手に絶望しただけだ。そう思うと、なんて心が狭くて、恥ずかしい真似をしているのだろうと、自己嫌悪に陥る。
 エヴァンはただ、久しぶりに幼馴染に会えて、純粋に懐かしく思っているだけなのに。
(私が嫌がっているだけで、エヴァンは何も悪くないのよ。それで彼を避けるのは、私の性格が悪いだけだわ)

「久しぶりに会ったんだから、僕に奢らせて」
「ありがとう。何を食べようかしら」
「オレリアの好きな貝のソテーがあるよ。クリームスープも好きだよね」
 エヴァンはオレリアの好きなものを頼んでくれる。大人になって顔も細くなり、身長も高くなったが、性格はそのままのようだ。

 今までどうしていたかの話をし始めれば、あっという間に時がすぎる。
 前に住んでいたターンフェルトは田舎の地方で、王宮まではとても距離がある。それなのに、エヴァンは王宮の騎士になった。エヴァンは地方の貴族なので、どこかの良い家に騎士見習いに入り、その家の騎士になるはずだっただろうが、紹介を得て王宮の騎士になれたという。

「学院で、剣術大会があったでしょう? その時に見学に来ていた方が、僕を誘ってくれたんだ。その家で騎士見習いとして過ごして、王宮に推薦してくれたんだよ」
「すごいわね。そんなことあるんだ」
 エヴァンは自分とオレリアだけの話をした。そこにカロリーナの話が入ってこないことに少しだけ安堵して、思ったより楽しく時間を過ごした。

 最後のお茶を飲み、店を出ようと席を立つ。エヴァンが支払ってくれるので店の外に出ていると、店から出ようとしたエヴァンに声をかけた女性がいた。見知らぬ人が声をかけてきたのか、エヴァンの顔がさっと無表情になった。女性に何かを言って、エヴァンは店を出てくると、オレリアに微笑んだ。

「オレリア、お待たせ」
「どなたか、知り合いの方?」
「王宮のメイドだよ。たまに声をかけてくる人がいるんだ」
「相変わらずなんだ」

 相変わらず、女の子に無表情で対応している。それは前と同じのようだ。
 けれど、そこに優越感はなかった。昔のように、オレリアだけの特権ではなくなっている。オレリアに向ける笑顔は、カロリーナにも向けているのだから。

「楽しかった。またご飯に来よう」
 幼馴染として見ているからか、そんなことを簡単に言ってくる。関係ないと思っているのだろう。けれど、恋人からすれば、あまり良い気持ちにはならないはずだ。
 そんなことで恨まれたくないし、期待もしたくない。オレリアは軽く返事をしておいた。エヴァンは気にしていないか、学院の寮まで送ってくれた。エヴァンは王宮の騎士寮に住んでいるそうだ。

 帰る姿を見送っていれば、何度も振り向いて手を振ってくる。
 何も変わっていない。変わったのは、純粋にエヴァンと一緒にいられなくなった、オレリアだけ。

「気持ちは残ってないわ。ただ驚いただけよ。二人のことは、わかっていたじゃない。私の気持ちは、もう、ずっと前になくなったの」
 そう言い聞かせるようにして、オレリアはエヴァンに手を振り返した。
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