夫に相手にされない侯爵夫人ですが、記憶を失ったので人生やり直します。

MIRICO

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記憶を失った侯爵夫人ですが、夫と人生やり直します。

召集されました。

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「なぜ、こんな急にパーティなんて開くのだろうか?」
「この間、建国記念のパーティがあったばかりなのに、王主催のパーティとは」

 王宮から届いた招待状を持って、私はオスカーと共に広間へ入った。

 人々の囁きはほとんどが同じで、建国記念日のパーティを終えたばかりなのに、なぜ再びパーティが行われるのか、皆が不思議そうな顔をして入場していた。
 そうして案内された王宮内。広間にはパーティらしき用意はなく、ただ集まる人々が怪訝な顔をし合って、王が座るべき雛壇にある席を見上げていた。

 人々が集まり、ざわめきがピークに達した時、王が入場した。

「王妃様は……」
「いらっしゃらないのか……?」
「王太子殿下はどこに?」

 王は杖を突きながら、侍従の助けを借りてゆっくりと席に座る。椅子は王のみに用意してあった。
 第二夫人とシャルロット王女も現れたが、二人とも王より少し離れた場所に立って控えた。
 シャルロット王女は不安げな面持ちをしているが、第二夫人はどこかを微笑むような、余裕のある顔をしている。
 王弟のバラデュール公爵もおり、ゴドルフィン侯爵やロスウェル卿も近くで待機していた。

「パーティという名で皆に集まってもらったのは、この国を揺るがす大きな事件が起きたからだ。事件の全貌を皆に知ってもらうため、このような形で急遽集まってもらった」

 王は座ったまま、口上を始めた。ざわついていた者たちは口をつぐみ、シンと静まり王へと集中する。

「心当たりの無い者たちは憂える必要はない。身に覚えのある者たちは、心して聞くが良い」
 一体何事なのか。王から一体どんな言葉が発せられるのか、ひどく困惑している者たちは周囲を心配げに見回した。

 ほとんどの者が、一同集められたことを不可思議に思っている。

「先日の建国記念日のパーティで、第二王子バスチアンを狙う事件が起きた。マルレーヌを傷付けたものの、幸い犯人は捕えられて安堵していたところだ」

 王の言葉に第二夫人がチラリと王を横目で見遣る。安堵しているのか、口元を上げて息をついたように見えた。

「悲しいことに、バスチアンを狙ったのはカルメル子爵であり、何と、王妃の命令でバスチアンを狙ったと言う手紙を入手した」

 聴衆は一気にざわめいた。大体の噂は耳にしていただろうが、王からその発言が出るとは思わなかったのだろう。

「カルメル子爵は真面目な男だったようだが、薬物に溺れ意識も虚ろなままバスチアンを殺そうとした。王族を狙ったことは許すことができぬ。よってカルメル子爵の余罪を確かめるために牢に収容。王妃は離宮にて謹慎となっている」

 王妃は謹慎のまま。未だ離宮から出ることを許されていない。それを聞いて、皆はお互い顔を合わせるように周囲を見回した。
 この集まりに現れたのは、第二夫人とシャルロット王女だ。王妃と王太子殿下の姿は見えず、王妃派たちの立場が悪くなったことに、第二夫人派たちがほくそ笑んだり、優越に浸っていたりするのが見えた。
 王妃派は終わりなのか。そんなささやきさえ聞こえた。

「そこで、バスチアンを命懸けで助けたマルレーヌには褒美をやろう」
「まあ、光栄にございます」

 第二夫人はわざとらしく驚いてみせる。王の合図でさわさわと侍従が動き出した。
 そうして王は続いて弟であるバラデュール公爵を呼んだ。

「建国記念日にて、事件後パーティの収束を迅速に行った。その褒美を」

 バラデュール公爵は少しばかり驚いたような顔をして見せたが、すぐに微笑みを湛えると、悠々と王のいる雛壇前までやってきた。
 第二夫人はその隣に移動した。二人が並列するという不思議な光景だったが、王の褒美を得られるのだ。あまり気にしていないか、晴々しい笑顔を見せていた。

「まずはワインでそなたらの功績を祝いたい。グラスを持て」

 王の合図でワインの入ったグラスが配られて、各々それを手にすると、王はグラスを上げて乾杯の音頭を取る。弱々しい声だったが、王がそれに口を付けると、皆がグラスのワインを口に運んだ。

「このワインは特別なもので、口にすればするほど強く欲したくなる上等品だそうだ」

 王が発言すると、ガシャーンと大仰な音が広間に響いた。

「も、申し訳ありません。私としたことが、手を滑らせてしまいました」

 グラスを落としたロスウェル卿がすぐに頭を下げる。グラスの破片が散らばり、ワインが床に染みた。

「一体どうした。もう酔ったのか?」
「い、いえ、ただ手を滑らせただけです」
「ふむ、誰か、新しいグラスを」

 メイドたちが破片を片し、すぐに新しいワインが届く。
 ロスウェル卿はぶるぶると震える手でそのグラスを手にした。
 なにをためらっているのか、ワインを口にしようとはしない。ワインを口にしていない者は他にもいた。王はそれらを確認するように見遣り、唐突に話を始めた。

「話は変わるが、少し前に市井で事件があったのだ。皆は知っているだろうか」

 褒美はどうしたのか、それを問う者はおらず、誰もがワイングラスを片手に王に注目した。

「街で男が一人、剣を持ち、突然人々を襲い始めたそうな。幸い死人は出なかったが、何人もが傷付けられた。痛ましい事件だ。そこに、たまたまハーマヒュール侯爵夫人が居合わせ、彼女がその悪漢に立ち向かった。素晴らしい勇気と行動。無事であった夫人に侯爵も安堵したことだろう」

 急に私の話になり、皆がこちらに注目する。突然の話題変更で私の武勇伝になり、王が何の話をしたいのか怪訝な表情を浮かべる者たちや、悪漢に向かったことに対する驚きを見せたりする者たち、勇敢さに感心の表情を浮かべる者たちがいた。

 その中で、シャルロット王女が私を射殺しそうな睨みを向けてくる。
 表情豊かな娘に対して、第二夫人は顔色を変えることなく王に顔を向けて笑顔を湛えていたが、ロスウェル卿は先ほどよりも青ざめたように見えた。

「ハーマヒュール侯爵が、その犯人をここに連れてきているという」

 王の言葉に、ロスウェル卿は視線を泳がせた。突然開いた扉に顔をぱっと向ける。
 扉からやってきたのは、ラファエウと騎士二人。そして、その二人の騎士に引きずるように連れてこられた、老人のように痩せこけた男だ。
 男の顔色は土気色でクマがあり、歩く姿はよろよろとおぼつかなく、無理やり歩かされている。視線は虚ろで、どこを見ているのか、焦点も合っていない。

「あれは、オドラン男爵では?」
「オドラン男爵? まさか、そんな」

 私を襲った男、オドラン男爵は、ふらふらと傾げながら歩くと、床に座らせられた。床に座らせられたのに怒りも見せず、ぼんやりとして、王の前に連れてこられたことも分かっていないようだった。

「理性も何もない。一体どうしてこんな風になってしまったのか。ハーマヒュール侯爵は理由を知っているのか」
「存じております」

 王の言葉に、ラファエウが近付く。ラファエウは王の元に行くと、くるりと皆の方向へ向き直した。

「オドラン男爵は薬物中毒になり、街で剣を抜くと私の妻を狙いました。薬物依存により薬をたてに誰かに命令をされ、妻を狙ったのです」

 ラファエウの発言に皆がざわつきはじめた。それも当然だ。王妃派であるカルメル子爵も薬物中毒で第二王子を狙ったと言うのに、王妃派であるラファエウの妻の私も狙われたと言うのだから。

 そうして、指で合図をすると、オドラン男爵の前に酒が運ばれてきた。途端、うつろな顔をしていたオドラン男爵が酒に飛びついた。
 まるで獣が獲物を見付けて飛びつくように、酒瓶を一気に飲み出したのだ。口元から酒をこぼしながら、だらしなく浴びるように空になるまで飲み干すと、満足したか、怪しげな笑いをし始める。

 皆は異様な光景を目にして唖然とした。周囲のざわつきも気にすることなくオドラン男爵は下卑た笑いを続けた。その姿が醜悪だと視線を背ける者が出始めるほどだ。

「なんとも奇怪なことだな。このような状態で、ハーマヒュール侯爵夫人を狙ったと言うのか?」
「薬物を餌に、妻を狙うよう命令されたのです」

 きっぱりとした返事に、王は肘掛けに乗せた指を、トントンと軽く叩く。オドラン男爵を連れて行くように命令すると、ぎろりとラファエウを睨み付けた。

「ハーマヒュール侯爵。私はつい最近そのような事件を目にしたぞ?」

 全てを言わずとも、パーティに集まっている皆が知っていることだ。それは口にはせず、王は眉間にシワを寄せる。

「……続けよ」

 王の許しを得ると、ラファエウはかしこまって王に頭を下げ、話を続けた。

「バスチアン王子を狙ったカルメル子爵は大のワイン好きで、とある者に誘われワインの試飲会へ訪れたそうです。その時飲んだワインが忘れられず、そのとある者に頼んだところ、親しい者をワインの試飲会に連れてきたら渡すと言われたそうです。そこでワインを飲んだ者たちは、次にギャンブルをしないかと誘われました」

 初めは、ワインの試飲会だった。そうしてワインを十分含んだ者たちは、ギャンブル会場へ移動する。
 そこでもワインは振る舞われ、存分に飲んだことだろう。

「ギャンブルを楽しんだ者は相当数おりました。この国でギャンブルは非合法ではありませんが、そのために借金をする者まであらわれるほど、のめり込む者が続出しました。カルメル子爵もその一人で、王妃の侍女であったドローテ子爵夫人もそうです」

 ドローテ子爵夫人は侍女だったが、その任を辞している。働けるような状態ではないからだ。
 彼女とその夫も同じ。ギャンブルにのめり込んだ。

「それで誰も彼もギャンブルにのめり込んで、他のことが考えられなくなってしまったということか? それも、王妃派の貴族たちばかり。まったく、王妃派は何をしているのか。のう、ロスウェル卿」
「は、そ、そうですね……」

 急に問われてロスウェル卿は口籠った。ワインの入ったグラスを手にしたまま、額から汗を流す。

「オドラン男爵は王妃派ではなかったようだが。何か知らぬか、ゴドルフィン侯爵」

 突然問われてゴドルフィン侯爵はグラスを揺らした。まだワインを飲み切っていなかったか、こぼれそうなほど揺れる。

「そなたとオドラン男爵は親しいと耳にしたが」
「私は、存じ上げません」
「そうか。ロスウェル卿はどうだろうか」
「わ、私も。なにも存じ上げません」
「ふむ。ハーマヒュール侯爵。それで、とある者、とは誰のことなのだ?」
「先ほどの、オドラン男爵でございます」
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