上 下
17 / 22
記憶を失った侯爵夫人ですが、夫と人生やり直します。

襲撃されました。

しおりを挟む
 襲ってきた者たちは一体何人いたのか。
 道に転がるフードの男たちと、縛り上げられて猿轡をかまされている者たちが数人いた。

 こちらも怪我人が出たか、騎士の中で手当てを受けている者がいる。死人がなかったことに安堵し、メアリやエレーナ、御者にも怪我なく私はホッと安心した。
 馬には矢が射られており、馬だけが倒れてもがいていた。

「奥様、申し訳ありません。お守りすることができずっ」
 走り寄ってきたのはユーグだ。無事を確認して大きく息を吐く。

「そんなことはないわ。ちゃんと時間を稼いでくれてありがとう」
「しかし、お衣装が、……っ」

 私は自分の姿をぱっと見遣る。手は血だらけで、ドレスにも返り血を浴びていた。髪にも付いているかべとついて、生臭い匂いもする。
 しかしユーグは肩や腕に怪我をしたか、服が切れて血が滲んでいた。

「手当てをしないと。帰りに襲われるかと思っていたのに、行きに襲ってくるとは思わなかったわ。念の為騎士の人数を増やしておいて良かったけれど」
「奥様の計画通り、発煙筒で仲間を呼ぶことができました。行きの陽のある時間で良かったかもしれません」

 そう。私たちは仲間を呼ぶための発煙筒をいくつも用意していたのである。太もものベルトに付けた発煙筒は攻撃するためのものではなく、危険を知らせるためのものだ。
 騎士たちにもそれは配り、彼らも馬車に異常があればすぐに発煙筒を使用しただろう。

 そのため、ラファエウたち他の騎士が素早く駆け付けられたのである。
 お茶会中か行き帰りに襲撃者が来ることを想定し、太ももに発煙筒と短剣を仕込み、コルセットには薄い金属を使用。馬車には弓矢を隠しておいた。

 馬車はその辺りの馬が突っ込んでこようと簡単には壊れない頑丈なもので、内鍵を付けるまでの用意をした。
 襲撃者が来ることを想定した準備が本当にうまくいって満足である。

「何が、満足だ! どれだけ心配したかと思っている!!」
「ラファ。予定では帰りだったんです。行きに襲ってくるとは思わないでしょう? 余程王女は私とお茶など飲みたくなかったのでしょうね」

 私はほうっとため息をつく。予定では帰りの襲撃だったので、侯爵家の騎士たちに途中途中の道で待機してもらうつもりだったのだ。
 そうすれば発煙筒で何人も駆け付けられるし、人数が少なくて戦いが困難になることもないと思っていた。

 シャルロット王女はどうしてもお茶会がしたくなくて、行きの襲撃を決行したようだ。短気にも程があるだろう。

「短気だろうが、何だろうが、君を傷付けようとしたことは許さない……っ」

 ラファエウは憤怒の形相で、歯噛みをして握り拳をつくった。目の前に犯人がいれば殺してしまいそうな怒りを見せる。震えるように肩を上げいきり立たせるのを、私がゆっくりと抱きしめて抑えた。

「ごめんなさい。ラファ。でも、犯人の手下は捕らえられたわ」
「————ああ。見たことのある顔が混ざっている」

 憂えながらも怒気のこもった声が、男たちを凍らせるようだ。
 猿轡をかまされている男たちの中に、ラファエウの知っている者がいる。両手足を縛られて動けなくなっている男の前に、ラファエウは凄みを増して立ちはだかった。

「誰の命令か聞いておこうか」

 ラファエウの問いに冷や汗をかきながらもがいている。猿轡をかまされて話せるわけがないのに、ラファエウは剣を出して勢いよく男の前に突き刺した。
 足が開いているその隙間。足を縛られているのに、その股の間に剣を突き刺す。
 一瞬でも足を閉じていたら足に刺さっていただろう。それを見て男は恐怖を滲ませた顔でラファエウを見上げた。

「侯爵夫人を狙って、ただで済むと思うな。簡単には殺しはしない」

 凍りつきそうな冷淡な声。声だけで刺し殺してしまえそうな鋭さがある。
 男たちは黒のマントで体を隠し、顔を布で覆っていた。私の知っている顔ではないが、顔を隠していたのだから見られては困る者が混じっているということだ。

「まあ、まあ、ラファ。ねえ、皆さん。ここで全てを話されて合法で裁きに合うのと、何もかも黙ったまま、命令された方に殺されるの、どちらがよろしいかしら? まさか、戻って殺されないだなんて、思いませんものね?」

 私の言葉に、男はびくりと体を強張らせる。

「合法で裁かれても死刑かしら? 私は生きてますけれど、罪は軽くないものね。でも、戻られたらすぐに殺されてしまうのではないかしら。あら、そうすると、どちらも同じかしら。少しだけ長く生きられるくらいで」

 私は、うふふ、と笑っておく。
 何が言いたいか。ラファエウは理解したか、肺の奥深くから吐き出すような大きなため息をついた。

「どうかしら、ラファ?」
「……証言があれば恩赦はあるだろう」

 明らかに不満げで、低音のうんざりした声音だったが、小さく口にする。

「強要しているわけではないわ。どちらか、選べるのだから、選ぶのはあなた方ね。うふふ」

 私の笑顔に、男はがくりと肩を下ろした。






 犯人の襲撃を証明し罪に問うには、確実な証拠がなければならない。

(犯人との繋がりを得ていても、どれだけの関係者を引っ張れるかしら)

「な、何なの!?」
「遅くなり申し訳ありません。こちらに参る途中トラブルに巻き込まれまして、このような姿でシャルロット王女殿下の前に現れたことをお許しください」
「な、な、な……っ」

 優雅に庭園でお茶をしていたシャルロットの前に現れた私は、うやうやしく首を垂れた。
 客がまだ訪れていないのに、既にお茶会は始まっていたようだ。
 その割には私の席はないし、シャルロット王女しか座っていない。

「王妃派を気に掛けていただき、お茶に誘っていただいたと伺っておりましたが、他に招待客はいなかったようですね」
「何なの!? ちょっと! そのような格好で、私の前に現れるだなんて、失礼ではないの!?」
「こちらに参る途中、私を襲う圧巻どもと戦いになり、このような姿になってしまいました。お詫び申し上げます。本日はご招待を受け出席の返事をしておりましたので、急いで参った次第ですわ」

 私の返答に、シャルロット王女は青ざめながらも頬を歪めてわなわなと震えた。
 立ち上がって手をついたテーブルがカタカタと揺れる。

「妙な輩に邪魔をされて、戦いになったのです。もちろん、悪漢どもは私どもの騎士たちが捕らえ、今犯人を調査しているところですわ」
「そ、それが、何だって言うのよ!!」
「私がお茶会に出席することを知っていたのか、待ち伏せをされましたので、もしやシャルロット王女殿下の元に妙な輩が入り込んでいるのではないかと心配になったのです」
「私が、何かしたって言うの!?」
「とんでもありません。そのような輩がシャルロット王女殿下の側にいないか、夫から王へ換言させていただきますわ。王女殿下にいたしましては、どうぞ平穏ご無事でお過ごしいただけますよう」

 私がゆっくり微笑むと、シャルロット王女は頬をぴくぴくとさせ、激しい憎悪をあらわにした。

「それでは、このような出立ですので、失礼させていただきます」

 私は踵を返し、そこで待っていた男へ近付いた。
 ラファエウは私の手を取ると、シャルロット王女を視界に入れることなく背を向ける。
 シャルロット王女はその姿を、肩を震わせながら憎々しげにこちらを見遣っていた。




「君の、その心臓の強さが、時折心配でならない」
「まあ、ラファ。あなたが一緒に来てくれたんじゃないですか」

 いくらお茶会の招待を得ていても、本当に王女のいる場所に入れるとは思っていなかった。入れたのはラファエウのおかげである。

 ラファエウは私に届いた招待状を持って兵を押しのけて入り込んだ。私のドレスは血に塗れていたのでマントを羽織って隠してはいたが、ラファエウが来たと聞いたシャルロット王女が許可を出したのである。
 ラファエウが来たと聞けば、誰を連れていようと気にならないようだ。兵は私に気付いていなかったのかもしれない。

 しかし、無理に入ったとはいえ、シャルロット王女はラファエウならばすぐに案内するようにしていたのだろう。呆れて物が言えないが、その期待値は一体どこから生まれるのか、一度聞いてみたい。
 ラファエウがシャルロット王女の元に来るのだと、心から信じているのだ。

「ひどい格好になってしまいましたね。着替えられたらまたすぐに王宮へ戻られるの?」
「できれば屋敷にいたいが、君はそれを望まないだろうから」

 本当は心配で一緒にいたいと思ってくれているのだが、先ほどの事件の対処をしてほしいと分かっているので、少々いじけぎみだ。
 しかし落ち落ちとはしていられないだろう。シャルロット王女が暗殺者たちを向かわせたのは間違いない。あまりに浅はかな真似であり、考えのない行動。この隙を逃すわけにはいかない。

 ラファエウの知っている男は、シャルロット王女の騎士をしている男だった。

(私が知らないわけだけれど……)

「シャルロット王女がこんな短慮な真似をしたのは、理由があると思います」
「君を殺そうとした理由などどうでもいいっ。王女は許さない。必ず罰を下す! 例え罪に問えなくとも、私が自ら罰を与えてやる!!」
「ラファ……」

 馬車の中でラファエウは今にも激昂して爆発しそうな雰囲気を醸しだした。握った手が強く握りすぎて白くなっている。戦いを思い出したか強張らせた顔は引きつり、目尻を吊り上げ険しい表情を見せた。

 確かに準備をしていなければ、私は殺されていただろう。その準備も間違えていれば、皆を大きな危険に巻き込んでいたはずだ。軽傷で済んだのは、あちらがこちらの防備を軽んじていたからである。
 侯爵夫人を襲うのに騎士を使ってはきたが、こちらの防備が勝っていた。まさか、お茶会に訪れるのに一個小隊を分けて伴っているとは思わなかったのだ。

(ある程度の騎士は連れてきていると思ったのでしょうけれど……)

 行きに襲われて対処が少々遅れたため、メアリとエレーナを危険に晒してしまったことに申し訳なく思う。馬車内には入られない予定だったのだが。

「君の身を一番に考えてくれ! 君が手を煩わす必要はなかった!!」

 ラファエウは憤りを見せる。私はラファエウの太ももに触れて、寄りかかった。
 思い出せば手が震えるか、ラファエウは私の手を取り、そっと頬に寄せる。

「あなたのおかげで助かりました。けれど、あなたまで短慮を起こさないでください。シャルロット王女の所業は第二夫人の立場を大きく傾けるでしょう。私たちは彼女たちを退けるチャンスを得たんです」
「君を、危険に晒して、このままにはしておかない」
「ええ。だからこそ、私はチャンスを得たことに喜んでいますよ」

 このままにはしておけない。それは私も言いたい。いつまでも人の夫を狙う真似をして、放っておくつもりはない。
 それに、放置しておけばこちらの身が危ない。これ以上襲撃に神経をすり減らし続けるのも、身内に何かあるのを恐れるのもごめんだ。

「売られた喧嘩を放置するつもりはありませんからね。それこそ報いを受けてもらいましょう。うふふ。ふふ」

 そう。放置などしない。必ず報いは受けてもらう。
 恐ろしさに震えるも、怒りでも震えていた。

 私は怒っているのだ。

 私の笑い声は、後に、すごく怖かった。とラファエウにまで言われ続けるのである。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。

天織 みお
恋愛
「おめでとうございます。奥様はご懐妊されています」 目が覚めたらいきなり知らない老人に言われた私。どうやら私、妊娠していたらしい。 「だが!彼女と子供が出来るような心当たりは一度しかないんだぞ!!」 そして、子供を作ったイケメン王太子様との仲はあまり良くないようで――? そこに私の元婚約者らしい隣国の王太子様とそのお妃様まで新婚旅行でやって来た! っていうか、私ただの女子高生なんですけど、いつの間に結婚していたの?!ファーストキスすらまだなんだけど!! っていうか、ここどこ?! ※完結まで毎日2話更新予定でしたが、3話に変更しました ※他サイトにも掲載中

【完結】婚約破棄される未来を変える為に海に飛び込んでみようと思います〜大逆転は一週間で!?溺愛はすぐ側に〜

●やきいもほくほく●
恋愛
マデリーンはこの国の第一王子であるパトリックの婚約者だった。 血の滲むような努力も、我慢も全ては幼い頃に交わした約束を守る為だった。 しかしシーア侯爵家の養女であるローズマリーが現れたことで状況は変わっていく。 花のように愛らしいローズマリーは婚約者であるパトリックの心も簡単に奪い取っていった。 「パトリック殿下は、何故あの令嬢に夢中なのかしらッ!それにあの態度、本当に許せないわッ」 学園の卒業パーティーを一週間と迫ったある日のことだった。 パトリックは婚約者の自分ではなく、ローズマリーとパーティーに参加するようだ。それにドレスも贈られる事もなかった……。 マデリーンが不思議な日記を見つけたのは、その日の夜だった。 ーータスケテ、オネガイ 日記からそんな声が聞こえた気がした。 どうしても気になったマデリーンは、震える手で日記を開いたのだった。

もう尽くして耐えるのは辞めます!!

月居 結深
恋愛
 国のために決められた婚約者。私は彼のことが好きだったけど、彼が恋したのは第二皇女殿下。振り向いて欲しくて努力したけど、無駄だったみたい。  婚約者に蔑ろにされて、それを令嬢達に蔑まれて。もう耐えられない。私は我慢してきた。国のため、身を粉にしてきた。  こんなにも報われないのなら、自由になってもいいでしょう?  小説家になろうの方でも公開しています。 2024/08/27  なろうと合わせるために、ちょこちょこいじりました。大筋は変わっていません。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

記憶がないなら私は……

しがと
恋愛
ずっと好きでようやく付き合えた彼が記憶を無くしてしまった。しかも私のことだけ。そして彼は以前好きだった女性に私の目の前で抱きついてしまう。もう諦めなければいけない、と彼のことを忘れる決意をしたが……。  *全4話

その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*

音爽(ネソウ)
恋愛
義妹に優しく、婚約者の令嬢には極寒対応。 塩対応より下があるなんて……。 この婚約は間違っている? *2021年7月完結

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~

Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。 走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。

処理中です...