上 下
53 / 61

33 対抗

しおりを挟む
「北の居住区で臨時の治療場所を作り、聖女が待機しているが、患者が減らない。お前の妻を派遣することになるだろう」
 王に呼ばれて王宮に訪れれば、話題は今はやっている風邪についてだった。

 聖女アティが妊娠中のため、治療に出ることができない。エヴリーヌからその話を聞いたのは数日前。町で妙な違和感を感じたことも聞いた。

 告白してから何日か経ったが、エヴリーヌはカリスと話す時にぎこちなく、緊張した面持ちをしていた。負担をかけたくないためできるだけ接触しないようにはしているが、会うと明らかに動揺を見せるので、どうすべきか悩んでいる時に王のお呼びがかかった。

「エヴリーヌからも聞きました。神殿でも把握していると聞きましたが、そこまで広がった要因はなんでしょうか?」
「原因はシモンが調べている。が、今のところわからないと言った方がいいだろうな。治療しても同じ者がまた治療に訪れる。神殿では他の者にうつしてしまうから、一番はやっている場所に治療場所を作り、様子を見たいと言うのがシモンの意見だ。それに許可を出した」
「そこに、エヴリーヌを呼べと?」
「都の神殿の聖女では対応できないと判断したんだろう。実際、病は増えていくばかりだ」

 反対する気などはない。エヴリーヌはこの病について気を揉んでいる。呼ばれればすぐに対応できるように、自作の薬草も用意していた。それが彼女の仕事だ。

「問題ありません。エヴリーヌは待機していますから」
「それはありがたいな。それと、ぶしつけな命令だが、しばらく妊娠には気をつけてくれ。聖女アティとエヴリーヌは特別な聖女だ。同時に二人妊娠されては困る」
「それは、」

 問題ないと言いたいが、王に話すことではない。その不安は結婚前にも聞いていた。そこまでの問題は出ないだろうということになり、もしもの場合、避けるよう命令は出るかもしれないとは言われていたが。

「ここでこんな問題があるとはな。申し訳ないが、気をつけるに越したことはない。聖女アティが無事に子を産めば、あちらに控えるよう伝える」
「承知しました」
 



 王がそこまで口を出してくるということは、ただの風邪がはやっているわけではないということだ。

「こんにちは、ヴォルテール公爵」

 考えながら歩いていると、不快な笑みを浮かべる男が前から歩いてきた。その笑い方が気に食わない。自分が有利に立ったような、こちらを見下すような顔。
 その通りであろう、シモンは周囲に誰もいないとわかっていながら、通り過ぎ際ささやくように小声を出す。

「離婚予定だそうですね」
「なに?」
「安心しました。あなたが彼女を縛る気がなくて。二年後の離婚。いえ、あと一年と少しですね」

 なぜそれを知っている。そう問う前に、シモンは心からの笑顔ではない、含んだ笑みを深めた。

「エヴリーヌ聖女様に申し上げたんです。離婚されたら僕の手を取ってはいただけないかと。返事はまだですが、二年で離婚を約束した男が止める権利はないですよね。それでは、失礼します」
 シモンは言いたいことは言ったと、通り過ぎていく。

 どうしてそれを知っているのか。彼女が話したのか?
 そんなこと、口にできない。

(エヴリーヌは私の話を、どんな気持ちで聞いていたんだ?)

 最初からエヴリーヌを受け入れなかったのはカリスだ。エヴリーヌを咎めることなどできない。黙っていろという話もしていないのだから、疑問を持つことも許されない。
 ただ、誰かにエヴリーヌを奪われるという恐れを感じて、きつく拳を握ることしかできなかった。







「お帰りなさい。王の呼び出しはなんだったんです?」

 屋敷に戻ればエヴリーヌが迎えに出てきてくれた。すぐに聖女として出た方がいいのか、それを待っていたようだ。薬草などの用意も終わっているのだろう。あとは声がかかるのを待つだけ。自分を迎えてくれたわけではないと、落胆しそうになる。

(わがまますぎて笑えるな。彼女を追いかける権利もないのに)

「王からは君に聖女の仕事をしてもらう予定があると話が出ただけだ。まだ出ろとは言われていないよ」
「用意はできているから、いつでも出れるわ。それよりカリス、顔色が悪くない? もしかして、体調が悪いの?」
「少し寒かったのかもしれない。早めに休むことにするよ」

 エヴリーヌに心配されるのは嬉しいが、避けるように部屋に戻る。避ける資格もないのに。だが、彼女を前にすると、問いただしそうになってしまう。

 離婚をシモンに伝えて、離婚後シモンの元へ行く気なのか?
 そんなこと、口を出す資格も権利もないのに。

「苦しくておかしくなりそうだ」
 それも自業自得だと思えば、笑いしか出ない。

 なにも考えずに無心で書類仕事をしていれば、すぐに眠る時間になる。夜になると冷える時期になった。
 冬になれば公爵領も魔物が出る。その討伐に毎年カリスも同行していたが、今年はどうするべきか。神殿に頼むほどではないが、神殿は忙しくなる時期になる。エヴリーヌが神殿に行くならば付き合いたい。

 それまで、エヴリーヌが公爵家にいればの話だが。
 ため息しか出ない。より良い返事がもらえるとは思っていないため、明るい未来が見えなかった。

「カリス、起きてます?」
「エヴリーヌ!? 起きているが!?」
 寝室に入れば、エヴリーヌの部屋に繋がる扉がノックされる。開けて良いかと問われて、急いで応えた。

「ごめんなさい。体調が悪そうだったから」
 エヴリーヌは申し訳なさそうにしながら、カリスの手を取った。ふいに、体が軽くなる。聖女の癒しだ。
 体調が悪いわけではなかったが、疲労はあったらしい。体だけでなく、心も穏やかになった気がする。エヴリーヌの手の温もりが伝わって、気持ちも温かくなるようだ。

「お疲れなんでしょう? ゆっくり休めるようにね」
 優しい言葉を聞きながら、温もりが手から離れていくのを感じて、その手を握りしめた。驚いた顔に胸が痛むが、その手を離す気が起きなかった。

「ありがとう。もう少し、もう少しだけ、ここにいてくれないか?」
 無理強いはしたくないが、手を離さずにいると、エヴリーヌは驚いた顔をしながらもカリスの手を引っ張り、ベッドに座らせた。自身はそのまま立っているが、ベッドに座れとは言えない。

「疲れているのね。おまじないもしておきましょう。心安らかに眠れるように」
 そう言って、エヴリーヌは手のひらをカリスの額に当てようとした。

「加護を、もらえないか?」
「え?」
「前にしてくれたように、加護があればよく眠れると思う」

 前にしてくれた、聖女の加護。あの少女がしてくれた、おまじないだ。
 それがわかって、エヴリーヌは頬を染めて、口を閉じる。

 嫌ならいいと言えば、エヴリーヌはむしろ加護をくれるだろう。言ってしまった手前、今の言葉を消すことができなくなってしまい、お互いに沈黙が訪れる。

「いや、いいんだ。なんでもないんだ。エヴリーヌももう眠ってくれ」
 なんて馬鹿なことを頼んだのだろう。エヴリーヌを彼女の寝室に送ろうとすると、エヴリーヌの顔が近づいた気がした。
 額に触れる温もりが、体全体に広がっていくのを感じる。

「じゃ、じゃあ!」
 礼を言う前に、エヴリーヌは逃げるように部屋に戻っていってしまった。
 扉が閉まってしまい、残念に感じていると、もう一度扉が開く。

「お、おやすみなさい」
 真っ赤な顔。囁くように言って、またすぐに扉を閉める。

 その仕草が愛らしく、嬉しくも感じた。
 彼女を、誰にも奪われたくない。

(誰にも、渡したくないんだ。どんな手を使っても)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

何を間違った?【完結済】

maruko
恋愛
私は長年の婚約者に婚約破棄を言い渡す。 彼女とは1年前から連絡が途絶えてしまっていた。 今真実を聞いて⋯⋯。 愚かな私の後悔の話 ※作者の妄想の産物です 他サイトでも投稿しております

婚約者のいる側近と婚約させられた私は悪の聖女と呼ばれています。

鈴木べにこ
恋愛
 幼い頃から一緒に育ってきた婚約者の王子ギルフォードから婚約破棄を言い渡された聖女マリーベル。  突然の出来事に困惑するマリーベルをよそに、王子は自身の代わりに側近である宰相の息子ロイドとマリーベルを王命で強制的に婚約させたと言い出したのであった。  ロイドに愛する婚約者がいるの事を知っていたマリーベルはギルフォードに王命を取り下げるように訴えるが聞いてもらえず・・・。 カクヨム、小説家になろうでも連載中。 ※最初の数話はイジメ表現のようなキツイ描写が出てくるので注意。 初投稿です。 勢いで書いてるので誤字脱字や変な表現が多いし、余裕で気付かないの時があるのでお気軽に教えてくださるとありがたいです٩( 'ω' )و 気分転換もかねて、他の作品と同時連載をしています。 【書庫の幽霊王妃は、貴方を愛することができない。】 という作品も同時に書いているので、この作品が気に入りましたら是非読んでみてください。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

【完結】薔薇の花をあなたに贈ります

彩華(あやはな)
恋愛
レティシアは階段から落ちた。 目を覚ますと、何かがおかしかった。それは婚約者である殿下を覚えていなかったのだ。 ロベルトは、レティシアとの婚約解消になり、聖女ミランダとの婚約することになる。 たが、それに違和感を抱くようになる。 ロベルト殿下視点がおもになります。 前作を多少引きずってはいますが、今回は暗くはないです!! 11話完結です。

婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい

矢口愛留
恋愛
【全11話】 学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。 しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。 クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。 スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。 ※一話あたり短めです。 ※ベリーズカフェにも投稿しております。

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

舞台装置は壊れました。

ひづき
恋愛
公爵令嬢は予定通り婚約者から破棄を言い渡された。 婚約者の隣に平民上がりの聖女がいることも予定通り。 『お前は未来の国王と王妃を舞台に押し上げるための装置に過ぎん。それをゆめゆめ忘れるな』 全てはセイレーンの父と王妃の書いた台本の筋書き通り─── ※一部過激な単語や設定があるため、R15(保険)とさせて頂きます 2020/10/30 お気に入り登録者数50超え、ありがとうございます(((o(*゚▽゚*)o))) 2020/11/08 舞台装置は壊れました。の続編に当たる『不確定要素は壊れました。』を公開したので、そちらも宜しくお願いします。

前世の記憶を取り戻したら貴男が好きじゃなくなりました

砂礫レキ
恋愛
公爵令嬢エミア・シュタイトは婚約者である第二王子アリオス・ルーンファクトを心から愛していた。 けれど幼い頃からの恋心をアリオスは手酷く否定し続ける。その度にエミアの心は傷つき自己嫌悪が深くなっていった。 そして婚約から十年経った時「お前は俺の子を産むだけの存在にしか過ぎない」とアリオスに言われエミアの自尊心は限界を迎える。 消えてしまいたいと強く願った彼女は己の人格と引き換えに前世の記憶を取り戻した。 救国の聖女「エミヤ」の記憶を。 表紙は三日月アルペジオ様からお借りしています。

処理中です...