上 下
8 / 14

5−3 貴族が嫌になった理由

しおりを挟む
 瞳の色が同じだとか、髪色が同じだとか、そんなことで大聖女を名乗れるわけではない。その大聖女がたまたま金の髪と金の瞳をしていただけだ。
 現在の聖女の中で、アティとエヴリーヌが一、二を争う力の持ち主だと言われてはいるが、だからと言って大聖女と同格にされては困る。

「その大聖女って、誰が言ったんですか?」
「王から聞きました。大聖女候補を二人、公爵家に嫁がせると」

 なるほど、理解した。国民の不満を緩和させるために、大聖女候補二人としたわけだ。
 もしかしなくとも、都ではそんな噂になっているのだろう。大聖女を連呼していた理由がわかった。

(荷が重すぎない? 王は聖女にすべてを託して、国民の不安を消し去る気だわ)

 これで、二年で離婚できるのか? カリスはそのつもりだが、王が許さない気がする。
 利用できるならば、なんでも利用する。その心が見えてきて、寒気を感じた。

(だから嫌なのよ。貴族を相手にするのは)

 その昔、エヴリーヌが幼い頃、都で聖女として癒しを行っていた時、自分の屋敷に連れ込もうとした貴族がいた。
 平民だと侮っていたのか、並んでいた人々を押し除けて、エヴリーヌを拉致しようとしたのだ。
 一人息子の病が思わしくなく、死んでしまいそうだったからというのが理由だった。
 しかし、その貴族の男は落ち着くようにと道を遮った神殿の者を蹴り付け、聖騎士相手に自分の騎士を向かわせた。

 その男は侯爵で、聖騎士たちも手向かうことができず、エヴリーヌは引きずられながら侯爵家に連れていかれた。
 子供はエヴリーヌと同じくらいの年で、たしかに命が危険な状況だった。必死で男の子を助け、治療すれば帰れると思ったが、まだ目覚めない男の子のために、侯爵はエヴリーヌを監禁したのだ。

 病は完全に治療したが、体力が戻らず目が覚めない。数日で目が覚めるとわかっていたが、侯爵はエヴリーヌを叱咤し、殴りつけもした。

 その時の恐怖が心的外傷となり、一時期大人の男を見るだけで恐怖に苛まれるほどだった。
 それが落ち着くのには時間がかかった。神殿の裏の森で野生動物たちと戯れて、聖女の仕事を放棄していたくらいだ。

(それから貴族の相手するの、嫌になっちゃったのよね)

 王の命令で公爵家に嫁いだが、やはり碌でもない理由だったなと、思い知らされる。

「アティは大丈夫かしら」
「なにか言ったか?」
「いえ、神殿の許可なく行って、大丈夫だったかしら?」
「それならば、連絡はしておいた。王も特に問題はないと言われるだろう。神殿の権威を高めるためにも、良いことだと思う。それよりも、疲れていないか? どこかで休憩をしたらどうだろうか。あんなに魔力を使ったのだし、疲労もあるだろう」
「大丈夫よ。あの程度ならば力を使ったことになりません」
「あれで? 大聖女候補は都の聖女たちとは比べものにならないんだな」

 カリスは元神殿の聖騎士だ。都の神殿に通っていたので、都の聖女の力量はわかっているのだろう。魔物と対峙しないため、彼女たちの力が少ないことはエヴリーヌも知っている。
 地方であの程度で音を上げていたら役に立たない。都の神殿も改革する必要がある。王はきっとその気だ。

「人々はあなたに感謝するだろう。神から与えられた聖女の力を目の当たりにし、あなた方の前に膝を突くはずだ」
「大げさよ」
「屋敷内の声もすぐに収まるはずだ。あなたの所業を悪く言う者はいない」

 知っていたのか。カリスに振り向くと、申し訳なさそうに目をすがめていた。咎めて口に出す者を止めるより、エヴリーヌの行いで黙らせた方がいいと判断したのだ。

(外に出るのを止めたくせに、結果を考えて手伝ったってこと?)

 アティを望む声が屋敷で多い中、エヴリーヌが平民を癒しに街に出た。屋敷の関係者を治療したのだから、これからその噂が屋敷内で囁かれるだろう。
 わざと騒ぎにするようにカリスが出てきたのか。

(甘っちょろい男だと思ってたのに、案外考えてるのね)

「気分を害しましたか?」
 性格がいいというのは間違いではないだろう。耳の垂れた子犬みたいな顔をして、怒られるのを怯えて待っている。
 エヴリーヌが知っている貴族とは、少々違うのかもしれない。

「怒ってませんよ。別に気にしてないですから。うるさいなとは思いますけど」
「なにかある前に、必ず私に言ってください。あなたの存在を自ら証明した後、文句を言う者はいないでしょう。いれば公爵家から追い出します」
「その気持ちだけで十分です」
「本気ですよ」
「その本気を敬語に使わないでいいですからね」

 笑って返せば、カリスは恥ずかしそうに口を閉じた。どうしても敬語が抜けないらしい。
 いい人なのだろう。エヴリーヌにはもったいない。アティと共に生きられればよかったのだろうが、運がなかった。

 貴族なんて碌でもないと思っていたが、公爵家でこんな人に会えるとは思わなかった。

(この人に惚れてはだめよ。二年後には離婚するのだから)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王太子さま、側室さまがご懐妊です

家紋武範
恋愛
王太子の第二夫人が子どもを宿した。 愛する彼女を妃としたい王太子。 本妻である第一夫人は政略結婚の醜女。 そして国を奪い女王として君臨するとの噂もある。 あやしき第一夫人をどうにかして廃したいのであった。

【完結】魅了が解けたあと。

恋愛
国を魔物から救った英雄。 元平民だった彼は、聖女の王女とその仲間と共に国を、民を守った。 その後、苦楽を共にした英雄と聖女は共に惹かれあい真実の愛を紡ぐ。 あれから何十年___。 仲睦まじくおしどり夫婦と言われていたが、 とうとう聖女が病で倒れてしまう。 そんな彼女をいつまも隣で支え最後まで手を握り続けた英雄。 彼女が永遠の眠りへとついた時、彼は叫声と共に表情を無くした。 それは彼女を亡くした虚しさからだったのか、それとも・・・・・ ※すべての物語が都合よく魅了が暴かれるとは限らない。そんなお話。 ______________________ 少し回りくどいかも。 でも私には必要な回りくどさなので最後までお付き合い頂けると嬉しいです。

貴方を捨てるのにこれ以上の理由が必要ですか?

蓮実 アラタ
恋愛
「リズが俺の子を身ごもった」 ある日、夫であるレンヴォルトにそう告げられたリディス。 リズは彼女の一番の親友で、その親友と夫が関係を持っていたことも十分ショックだったが、レンヴォルトはさらに衝撃的な言葉を放つ。 「できれば子どもを産ませて、引き取りたい」 結婚して五年、二人の間に子どもは生まれておらず、伯爵家当主であるレンヴォルトにはいずれ後継者が必要だった。 愛していた相手から裏切り同然の仕打ちを受けたリディスはこの瞬間からレンヴォルトとの離縁を決意。 これからは自分の幸せのために生きると決意した。 そんなリディスの元に隣国からの使者が訪れる。 「迎えに来たよ、リディス」 交わされた幼い日の約束を果たしに来たという幼馴染のユルドは隣国で騎士になっていた。 裏切られ傷ついたリディスが幼馴染の騎士に溺愛されていくまでのお話。 ※完結まで書いた短編集消化のための投稿。 小説家になろう様にも掲載しています。アルファポリス先行。

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

【完結】王太子妃の初恋

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
カテリーナは王太子妃。しかし、政略のための結婚でアレクサンドル王太子からは嫌われている。 王太子が側妃を娶ったため、カテリーナはお役御免とばかりに王宮の外れにある森の中の宮殿に追いやられてしまう。 しかし、カテリーナはちょうど良かったと思っていた。婚約者時代からの激務で目が悪くなっていて、これ以上は公務も社交も難しいと考えていたからだ。 そんなカテリーナが湖畔で一人の男に出会い、恋をするまでとその後。 ★ざまぁはありません。 全話予約投稿済。 携帯投稿のため誤字脱字多くて申し訳ありません。 報告ありがとうございます。

彼を追いかける事に疲れたので、諦める事にしました

Karamimi
恋愛
貴族学院2年、伯爵令嬢のアンリには、大好きな人がいる。それは1学年上の侯爵令息、エディソン様だ。そんな彼に振り向いて欲しくて、必死に努力してきたけれど、一向に振り向いてくれない。 どれどころか、最近では迷惑そうにあしらわれる始末。さらに同じ侯爵令嬢、ネリア様との婚約も、近々結ぶとの噂も… これはもうダメね、ここらが潮時なのかもしれない… そんな思いから彼を諦める事を決意したのだが… 5万文字ちょっとの短めのお話で、テンポも早めです。 よろしくお願いしますm(__)m

処理中です...