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21 誕生日パーティ

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「王妃様。お誕生日おめでとうございます。この祝いの席に参加させていただいたこと、嬉しく思います」

 父親のエングブロウ侯爵は、礼をとって静々と頭を下げた。祝いの言葉とは裏腹に、なにを考えているか。王妃の隣にいる王は、笑いながらも眇めた目で父親を眺めている。
 目を付けられているのはわかっているだろうか。父親の後ろでシモンもまたうやうやしく頭を下げた。

「エングブロウ侯爵子息は神殿に通っているようだな。聖騎士になる用意は着々と進んでいるようだ」
「あとは聖騎士の試験に受かるのみでございます」
「侯爵子息が聖騎士の試験を受けることは、大きな影響があるだろう。受かることを祈っているよ」
「ありがとうございます」

 王妃の誕生日パーティだと言うのに、王はエングブロウ侯爵の言葉など聞く必要もないと、シモンに話しかけるのだから、どれだけ存在を無視されているやら。

(自分の父親ながら、相手にされていないな)
 王を背にした途端、目つきを変えて怒りを滲ませる。これで隠しているつもりなのだろうか。

「聖騎士だと? 先に言葉をかけることがそれか?」
「僕が聖騎士になることを喜んでいるだけですよ。油断しているのですから、そうお怒りにならないでください」
「下手に出ていれば、若造が」

 小声のつもりだろうが、声が大きい。横目で周囲を確認して、シモンは近くにいた知り合いに挨拶をする。父親はそれに気づいて作り笑いをした。
 集まっている人々と挨拶を交わしている間、後ろで待機する。その度に愚息が愚息がと、他をけなして自分を上げようとする父親にうんざりしながら、自分もまた笑顔を絶やさずその場に居続けなければならない。

「シモン様、娘のリリアーヌです。お見知りおきを」
「はじめまして、リリアーヌ令嬢。前にもお見かけしましたが、ご挨拶が遅くなり申し訳ありません。髪飾りが髪色に似合って、とても美しいですね」
「まあ、そんな」

 おべっかを使い、笑顔をたたえたまま意味のない会話を続けるのは苦痛だ。それでも敵を作る必要はない。相手を威嚇して嫌味を言うことが美徳だと思っているのか、父親は偉そうな態度を崩すことなく、周囲からのへつらいを当たり前のように受ける。

 それが馬鹿にされているのに気づくのはいつなのだろうか。
 馬鹿な父親を横にしていると、自分まで馬鹿になる気がしてくる。

(エヴリーヌ聖女様はいらしていないのか。この間の事件で、まだ体調を崩しているのだろうか)

 魔物が溢れ出た場所で多大な魔力を使い、意識を失ったと聞いた。その時に限って、彼女の側にいることができなかった。緊急で呼ばれたことは後で耳にし、駆けつけた時にはすでに公爵家に戻っていた。

 聖騎士であれば、共に動けるはずだった。

 聖騎士になるには試験が必要だ。その試験は半年に一度行われるため、それを待たなければならない。その間に神殿のあれこれを知ることは侯爵家の特権として許されたが、王の許可があっても緊急の連絡が自分に来るわけではない。

(ただでさえ後を追っているような状態なのに、出遅れるなんて)

 エヴリーヌに手紙を出せばすぐに戻ってきたため、手紙を書けるくらいには回復しているのだろうが、公爵家に行っても会えなかったため、本当の容体はわからない。ヴォルテール公爵も来ていないのか、姿が見えなかった。
 代わりに、もう一人の聖女、アティ・ブラシェーロ公爵夫人の姿が見えた。

 都にばかり姿を現す聖女。公爵夫人になっても地方の神殿に顔を出すエヴリーヌと違い、アティは都の神殿に顔を出した。前は都の神殿の意向で貴族ばかり診ていたが、今は王の命令で平民も診ている。今の王が王太子だった頃は、都の神殿は高位貴族の命令で動いていたからだ。しかし、王太子が王になり、特定の貴族ばかりひいきする動きに歯止めをかけた。

 平民のためとも見えるが、王の意向に背く者たちを端から弾圧しているだけだ。公爵家子息二人を公爵にして、若手を重宝し、聖女を優遇する動きを見せたのもその一環。

(その意見を出したのは、僕だったのに)

 アティ・リオミントン子爵令嬢を、公爵家子息のどちらかの妻にする。王太子だった頃にその意見を伝えた時は、聖女一人の話だった。しかし王太子は聖女を二人召し上げることにした。
 ならば、侯爵家に! その意見を汲むと言いながら、エヴリーヌはカリス・ヴォルテール公爵に嫁がせたのだ。

 公爵子息は王太子と交流があり三人は仲が良いとはいえ、聖女二人を二人に与えるとは考えなかった。いや、王太子の狡猾さを甘くみていた。都の聖女と地方の聖女二人を使った方が、王太子にとって利益があることを考えなかった。

「聖女様は美しいわね。もう一人はどうしたのかしら?」
「田舎育ちの子爵令嬢でしょ? 恥ずかしくて出てこれないのではないの?」

 ブラシェーロ公爵夫人が現れて、周囲は聖女の話をしはじめた。聖女アティは都で有名な聖女だ。都の神殿には他にも何人か聖女はいるが、聖女アティの力に遠く及ばない。聖女と言えば、アティ。それが浸透しているため、地方で活躍するエヴリーヌのことを、都に住むほとんどの貴族が知らない。

「ヴォルテール公爵様は不参加なのかしら? 奥様が倒れたという噂は耳にしたけれど」
「私も聞きましたわ。崖崩れを止めて聖騎士たちを助けたとか」
「本当の話なの? 聖女だからと言って、そんなことできるのかしら?」

 女たちは聖女の力量など知らないと、好き勝手な噂を口にする。聖女アティの癒しの力しか見たことがないので、聖女が討伐に加わることが不思議なのだ。癒しをかけるだけでも伴うことはあるのに、聖騎士と一人の聖女が行動を共にしていることが気になると、下世話な想像を口にする。

(あいつら、切り殺してやろうか)

 会話に人が加わって、声が大きくなっていく。周りに声が届いているのに気にしないのは、エヴリーヌの相手がヴォルテール公爵だからだろう。ヴォルテール公爵は女性に囲まれることはあっても、笑顔を見せることのない女性嫌いで有名だった。近寄ってきた女の好意に興味がなく、公爵子息であるのに婚約者もいなかった。そのカリスの妻になったエヴリーヌがうらやましくて仕方がないのだ。
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