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20 見舞い

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「旦那様から、贈り物が」
「また? 今度は一体なにをくれたのかしら」
 使用人たちが荷物を部屋に運んでくる。

 昨日は花束が贈られてきて、生けられないほどの大量の花だったため、風呂に入れたり、ポプリにしたりするほどだった。その前は珍しい薬草たち。他国から取り寄せたらしい。装うことに興味を持たないエヴリーヌのために、植物系を選んで贈ってくるのはカリスらしい。そして、今日贈られてきたのは、珍しい他国のお菓子と、酒だ。

 心配をかけたせいか、カリスの心配性が増して、なにか望みはないか攻撃が始まったのだ。
「大丈夫か? 欲しいものは? してほしいことは? なにもないか?」
 特になにもないと言ったのだが、遠慮していると思われているのか、続々と贈り物が届く。

 前から贈り物はしてくれていたが、夫婦が良い関係である演技のためだ。しかし今は、怒涛の贈り物攻撃すぎて、正直なところ、申し訳なさがまさっている。

「心配されているんですよ。私たちも心配しました。目が覚めないほど魔力を使われたのですから」
 メイドの一人が贈り物のワインを取り出す。ワインを贈られても置く場所などないのだから、寝酒しろと言うことだろうか。この間カリスを酔いつぶしたので、酒好きはバレてしまったようだ。甘いものも神殿で食べていたので、好みに気づいたのだろう。

 メイドたちの生暖かい目がつらい。愛されているわあ。みたいな視線を向けないでほしい。
(そんなんじゃないのに)

「王妃様の誕生日パーティも出席できなかったし」
「仕方ありませんよ。旦那様が激しく大反対されて」

 王妃から誕生日パーティの招待状が届いていたが、倒れて間もないのに無理する必要はないと言ってくれた。公爵夫人として出席すべきだったが、カリスがまだ療養が必要だと言って、断りを入れてくれたのだ。
 それもあって、申し訳なく思っているのに。

「奥様、お手紙が届いています」
 受け取った手紙の差出人はシモンだ。神殿から戻って気を失っている間に訪れてくれていたようだが、カリスが追い返したらしい。そのため手紙をよこしてきたので返事をしたのだが、その返しの手紙だった。

 案の定、心配の言葉が連ねられていた。
『一日眠り続けたとのこと、心から心配しております。怪我もなく無事だったことはなによりですが、どうか無理はなさらぬように。早くお会いできることを祈っています』

 緊急の要請だったので、シモンは神殿に来ていなかった。意識を失って屋敷へ戻ったことに驚いたのか、届いた手紙にも焦燥が見えたほどだ。

(心配かけちゃったわよね。目が覚めないからって追い返されてるんだもの)

「奥様、お客様がいらっしゃっています」
「今行くわ」

 倒れた後、手紙はもう一通来ていた。ビセンテである。神殿に目覚めたことを伝えてもらったが、すぐに連絡が届いた。会える日はないかという内容だった。その約束をしていたのだ。

「エヴリー。大丈夫なのか? 体調は?」
「魔力が切れて気絶しただけよ。眠れば治るものだわ。わざわざ来てくれてありがとう」
「わかったことがあるから、伝えに来ただけだ」

 ビセンテはぶっきらぼうに答えるが、心配していたのだろう。照れて頬を赤く染めた。顔に出るのでわかりやすい。

「お前のおかげでみんな無事だったが、守れなくて悪かった」
「なに言ってるの。あんな地滑り、どうにもならないわ。お互い様でしょう? 私の魔法で崩れるのを防御できても、その間に魔物が襲ってきたら終わりだわ。聖騎士たちが頑張ってくれたから、みんなで逃げられたんだし」
「崖崩れに気づくべきだったんだ。山の振動があったんだから、上から崩れるのはわかることなのに」

「でも、上から地滑りを起こすとは思わなかったわ。地盤沈下も広範囲だったし、繁殖期とはいえ、そんなに浅い場所で巣穴を作ったのかしらね」
「深層の地盤が硬いせいで、深く掘れなかったんじゃないかって意見が出てるんだが、まだわからない」

 ビセンテは地図を開き、地盤沈下と地滑りの規模を教えてくれる。思った以上に広範囲で山崩れが起きていた。
 あんなことがまたあれば、部隊が全滅するかもしれない。原因を究明しなければならなかった。魔物の巣穴の位置は調べてはいるが、深さまではわからなかった。対策が必要だ。

「エヴリー、公爵は、本当に離婚する気あるのか?」
「なによ、急に」
「神殿に伝言頼んで、公爵が追いかけてこないようにしたのに、わざわざ来たからさ」

 それのおかげでエヴリーヌが助かったことについては、不承不承礼を言いつつ、けれど、そこまでして追いかけてきたのはなぜなのかと気になっているようだ。

「危険と言ったことが悪かったのかも。なににでも気にする人だから、急いで来てくれたのよ。離婚云々関わりなく優しい人だから、気にしてくれてるだけよ」
「そうか? そんな風に見えないけどな」

 他に理由がないのだから、ビセンテが疑問に思ってもそれしかないだろう。ビセンテは眉を寄せたまま、黙り込む。そこまで気になることだろうか。

「エヴリー、離婚したら、神殿に戻ってくるだろ?」
「もちろんよ。子爵家に戻ると思う? 離婚した聖女が普通に令嬢やれると思う?」

 想像するだけで寒気がする。離婚して社交界など出る勇気はない。前と同じく神殿に戻り、聖女の役目をまっとうしたい。カリスが原因で離婚したと公表しても、女性たちの恨みの目は変わらないだろう。カリス大好きっこたちがなにをしてくるか、考えるだけでもおっくうだ。

「だったら、その時にさ、言いたいことあるんだ」
「言いたいこと? 今じゃダメなの?」
「今、じゃ、ない方がいい……」

 珍しくビセンテがいいよどみ、エヴリーヌから視線を外した。言いにくいことなのか、照れるようによそを向いて腕を組み、冷静であるようなふりをする。
 落ち着かない雰囲気を隠しているつもりなのだろうが、ビセンテは嘘がつけないので、なにかを誤魔化しているのはわかる。

「いいけど。変なことじゃないでしょうね」
「変なことじゃ、ない、」

 その言い方が怪しいのだが。突っ込んでも口を割りそうにないので、とりあえず頷いておいた。了承しただけで機嫌が良くなったようだ。出されたお菓子を口にして、満足げにしている。

 話していると、ノックの音が聞こえた。ビセンテがあからさまに嫌そうな顔をする。カリスだ。

「お客様がいらっしゃっていると聞いたので」
「お客様が来てるんだから、顔を出さなくていいのですがね」
「妻の客に挨拶をしてはいけないと?」

 カリスが笑顔でビセンテに対応すると、ビセンテが敵対心丸出しで応対した。シモンと違って二人はそこまで歪み合うようなことはなかったのに、なぜか火花が散る。
(カリスは笑ってるけど、ちょっと不機嫌? 二人の間になにかあったのかしら)

 気を失っている間に、一悶着でもあったのだろうか。討伐中に来るなと言ったカリスが来たので、ビセンテが怒っているのだろうか。

「地図など広げて、なにかあったのか?」
「この間の地滑りの規模を教えてもらっていたの。山の上の方から崩れたから、魔物の巣がどれだけ陥没したのか知っておいた方がいいでしょう?」
「この辺りは岩場が多いから、魔物は住処を作りにくいのだが。そんなに規模の大きな巣ができていたんだな」
「へえ、公爵様は詳しいんですね」
「領地への通り道に近い」

 ヴォルテール公爵領。そこへ行く途中の道だ。カリスはよく通る道だと、地図をなぞった。この付近は通らないように伝えておくかと呟く。エヴリーヌは公爵領に行ったことはないが、地図を見る限り土地は広大だ。そこへの道ひとつ封じられても問題ないのだろう。

「ところで、仕事の話をしにきたのか?」
「それだけじゃありませんけども?」
 なにか文句があるのかと言わんばかりにビセンテが返すと、カリスは嘘くさい笑顔を見せた。

「妻は病み上がりだ。仕事の話をするならば、今日は早めの帰宅をお勧めする」
 そう言って、ビセンテを追い返したのだ。
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