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17 アティの悩みについて

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 フレデリクの屋敷に足を踏み入れるのは久しぶりだった。

 幼馴染でもあり、年が近いこともあって、兄弟のように育った相手。よくブラシェーロ公爵家で剣の相手をしあった。二つ年上のフレデリクは体格も良く、幼い頃はまったくと言ってもいいほど勝てなかった。

「相変わらず、図体がでかいな」
「カリス、お前は会うたびそれしか言えないのか?」

 実際に一回りくらい大きくなっていないか? 喉元までその言葉が出そうになって、隣にいた聖女アティを前に呑み込んだ。夫の悪口を言われていると感じたら、気分が悪いだろう。
 長い金髪が肩から流れて、まるで金糸のように美しかった。琥珀色の瞳はこちらをとらえ、口元を綻ばす。

 幼い頃、彼女に助けられたと思っていた。面影はないとは思ったが、年の近い金髪の聖女が彼女しかいなかったため、そこまで気にしなかった。なにせゆうに十年以上前の話だ。幼い頃の記憶なので、正確に記憶していない。

(一度会っただけだからな)

 それでも、あの少女だけが心の中に残った。緩やかなウェーブのある金髪。花が咲いたような金の瞳。暗がりで会った、愛らしい救世主。
 探して、諦めそうになって、やっと見つけたと思ったのに、その人は別人で、本物はどこかに隠れたまま。今では探すこともできない。

(助けられた時に、探していれば)

 王の許可を得て神殿の聖女たちを調べたが、金髪かどうかを調べる術がなかった。聖女の登録は十四歳からで、それより下の年は記されていない。リストを手に入れても、名前だけ見てどうにかなるものではなかった。
 当時の人たちに聞ければいいのだが、詳しく聞くのに、エヴリーヌでは気が引けた。

「それでは、ゆっくりなさっていってください」
 聖女アティが布の擦れる音を出しながら去っていく。背中を向けた聖女は、記憶の中の聖女とは別人だった。衝撃的な事実だったのに、どこか安堵している自分がいた。

「それで、どうかしたか?」
「つま、から、」
「あ?」
「ゴホン。妻から、夫人の悩みについて聞いたんだ。茶会に元婚約者が現れて、面倒があったと」
「アティが? 茶会? ああ、あの日か」

 思い出すことがあったか、フレデリクは苦虫を潰したような顔をして、頭をかいた。
 茶会から帰ってきた聖女が、いつもより顔色が悪く、気になっていたそうだ。いつも笑顔を絶やさないのに、どこかぎこちない笑いをしていたのを不思議に思い、招待客を調べさせるように伝えていたところだった。

「あの女が参加していたとはな。まったく、どこまでもしつこい。情報を表に出さなかったために、好き勝手するとは。なめられたものだな」

 フレデリクは強面にすごんだ。なまじ体格があるので迫力がある。この顔で迫られたら女性は恐怖でうちひしがれるだろう。下手をした令嬢が悪いわけだが、睨まれるのはその両親もだ。今後、表舞台には出られなくなる。

「未だ手紙が届いて、困っているところだったんだ。妻には話したんだが、そんなことがあったとは思いもしなかった」
 元婚約者のことは話していたのか。
 あまり気にしていない風だったのだが、気にしていたのかもしれない。と落胆を見せる。

「大切にしているんだな」
「お前は違うのか?」
 問われて、息が詰まりそうになった。フレデリクが怪訝な顔をしてくる。

「聖女エヴリーヌは性格でも悪いのか?」
「そんなことはない!」
「ならば、なにが気に食わないんだ?」
「気にくわないことなどない」
「だが、大切にできないんだろう?」

 本質を迫られて、言葉が出なかった。
 大切にしたくとも、大切にできないと言ってしまった。妻になる予定の女性に、共に生きることはできないのだと。

「お前が女を理解できないのは仕方がないと思うが」
「そんなんじゃない。エヴリーヌは素敵な女性だ。私にはもったいないほどの」
「ふうん。なにに引っ掛かっているか知らんが、今までお前の周りにいた女にそんな言葉は出なかったから、お前は彼女を認めているのだろう? 聖女エヴリーヌは民に公平な子爵令嬢だと聞いている。都嫌いなところがあるらしいから、むしろ彼女の方が公爵家を望んでいないのか?」
「それは、わからないが。……エングブロウ侯爵子息が、付きまとってはいる」
「シモン・エングブロウ? また面倒なのに付きまとわれているな。エングブロウ侯爵の命令か?」
「本人がエヴリーヌを好いている。あれは、命令で来ているわけではないだろう」
「恋人だったのか?」
「違う!」

 つい大声を出すと、フレデリクは笑い出した。嫉妬するなよ。と。
(そんなことではない。いや、これは嫉妬なのか?)

「公爵家まで押しかけてくるのか?」
「神殿に押しかけてくるんだ」
「聖女は神殿に行くふりをして、シモンと会っているのか?」
「違う! 忙しいだけだ!」
「怒鳴らなくていい。恋人との逢瀬に神殿を使っているのではないなら、やはり、公爵家が嫌なのか?」

 言われて、そうかもしれないと思い直す。結婚してからというもの、ほとんど神殿に通い詰めだ。聖女の仕事をしなければならないのはわかっているが、他の聖女がいるのに、エヴリーヌは呼ばれすぎだった。それほどの能力者なのは間違いないが、ここまで公爵家を空けるとは思っていなかった。

「忙しいのは確かだ。総神殿の周囲だけでなく、他の神殿からも呼ばれる。聖騎士の討伐に同行するからだ。その討伐も、危険な状況の時ばかり」
「大聖女再来と言われている聖女だろう。それは当然ではないか。公爵家を空けてばかりでも仕方がないな。アティは都の神殿に呼ばれてばかりだ。これは王の指示なのだから、避けることはできない。妻が側にいなくて寂しいわけではないのだろう? 神殿まで追いかけているのだから。それで、大切にできないと?」

「危険が伴うとわかっているから、昔聖騎士だったこともあって、彼女の手伝いをしたいだけだ。王にも許可をとっている。大切にできないのは、そういったことではなくて」
「お前は深く考えすぎなんだ」

 フレデリクは呆れ声を出す。それだけ追いかけていて、なにを言っているのかと。
 そうではない。離婚を前提にした関係だからだ。
 そんなこと、口にできない。

(なんて、卑怯な真似をしたのだろう)
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