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16 アティの悩み
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アティから手紙が届き、仕事の合間に会うことになって、ブラシェーロ公爵の屋敷に訪れた。
フレデリクは王からの呼び出しで不在だったが、公爵家の使用人たちはエヴリーヌを歓迎してくれた。
にこやかに迎えられたが、沈鬱な表情で来るようにとの追記があったので、暗い顔をしてやってきたわけだが。
「アティ、顔色悪過ぎじゃない?」
「えぶりいい」
人払いをした途端、アティが鼻に目と口を集めるような変顔をして、飛びついてきた。
嫌なことがあった時、アティはその顔をして、猫のようにまとわりついて人肌を得ようとする。それから落ち着くとワインのがぶ飲みが始まるのだが、公爵家でくだは巻けないか。とりあえず癇癪が治まるまで頭をなでてやる。
「どうした、どうした。痛い痛い問題か?」
「それは解決した。誘導効きました」
「なるほど。さすがアティ。そしたら何事かしら。嫌な女でもうろついていた?」
「なんでわかるの!?」
「うろついてるの? 公爵の周りに?」
「元婚約者が現れたの」
どこかで聞いた話だ。こちらは元、婚約しそうになった女。だったが。
アティはソファに座ると、クッションに拳を繰り出す。我慢できなかったようなので、エヴリーヌもソファに移動して、拳を握るアティの話に耳を傾けた。
「お茶会に参加したら、元婚約者だったの。ってのが来たのよ。公爵子息に婚約者がいなかった方が信じられないから、いたのは仕方がないかなって思ってたのよ。でもその女が、面倒、くさく、って!」
ボスン、とクッションがへこんだ。アティの渾身の拳がクッションを貫きそうになる。
その元婚約者はお茶会の主催者に招待されていたので、計画的だったようだ。集まった令嬢や夫人たちから、散々嫌味を言われたという。
普段のアティならば、腹が立っても華麗にやり過ごすのだが、アティが一番嫌いな、両親についての悪口を言われたそうだ。
リオミントン子爵夫妻。祖父の代は問題はなかったが、父親が子爵を継いでから家は一気に傾いた。アティの両親は強欲なところがあり、下手な賭け事や投資が好きで、借金を繰り返した。そこでまだ十三歳だったアティを、四十歳近い男に嫁がせようとしたのである。
アティは家を出て、神殿に助けを求めた。前々から家を出る計画をしていたのがアティだ。聖女になって子爵夫妻はアティを取り戻そうと躍起になっていたが、神殿長は聖女を理由に追い出していた。それが神殿での話。
そして今度はそのアティが公爵家の夫人になった。そうすれば、リオミントン子爵夫妻がどう出てくるか。考えなくともわかる。金の無心に来たのだ。
ブラシェーロ公爵はアティのためにリオミントン子爵夫妻に金を渡した。かなりの額で、アティは反対したそうだが、アティを育てた恩分は渡すべきだと言う夫の言葉に頷いて、両親へ手切れ金を渡した。しかし、一度得られた大金で再び賭け事と投資を行い、ほとんど使い果たしてしまった。そして、またもお金の無心に来たのである。
そのことを元婚約者が知っていて、貧乏だの、そんな家で育てば無教養だの、散々なことをしつこく話題に出された。
「それは、流していいわ」
「でしょ!? 流そうかと思ったわ。ドブにでも、流して、けちょんけちょんよ!」
アティは夫のために耐えたが、その怒りが静まらず、エヴリーヌを呼んだのである。誰にも本性を表していないこともあって、愚痴れる相手がいないアティは、エヴリーヌを呼ぶしかなかったのだ。
(友よ。せめて神殿に来られれば、ビセンテたちも聞いてくれたのに)
「アティ、総神殿には来ないの? 私は何度か行ってるんだけど」
「都の神殿には呼ばれてるのよ。治療しろって、列なして来てるわ。話を聞いて、治療して。前と変わんない。屋敷に来いって言われないだけマシね」
「下級貴族や、平民も相手にしてる?」
「してるわよ。順番待ち。そこに貴族とか、平民とか関係ないの。集まりの日にちが違ったりするわ。今日は平民。明日は貴族。みたいなかんじ。緊急の場合はこれに当てはめないで、患者のところまで私が行くけどね。平民は無料になったらしいし」
やはりアティも聖女の仕事をしているのか。王の意向だと見せるためにも、人々を神殿に集めているのだ。今までは気楽に呼べた聖女も、今や公爵の妻。そして、その聖女は身分に分け隔てなく、治療をしてくれる。今まで金を払わせていたのも無料にした。
高位貴族は文句を言いたくなるかもしれないが、これは善行だ。悪いことをしているわけでない。反対することはできない。下位貴族や平民からすれば、聖女は女神に見えるだろう。今まで治療してもらえなかった分、アティへの敬意はさらに上がる。それを許した現王にも。
「都でずっと生活してるからかな。我が家が懐かしい」
「私はちょくちょく行ってるからそこまでではないけど、ずっとこっちにいたら発狂するかも」
「あなたは神殿が好きだものね」
「アティは違うの」
「好きよ。二人でお酒飲んで、愚痴って。楽しかったもの。そっちはうまくいってるんでしょ? 公爵が妻のために討伐について行ってるって、すごい噂になってるわよ。私もうまくいってるのよ? ただ、あの女がムカついただけ」
情緒不安定になっているのか、アティは懐かしげにした。ついでに惚気もくれる。
愚痴にワインでも贈れば良かったか。いや、ここでは飲めないだろうから、神殿に戻って、泊まりがけで酒盛りがいいだろう。
アティは話せてすっきりしたと、見送りをしてくれた。次は神殿に泊まるのもいいかもしれないと提案して、帰路についた。
フレデリクは王からの呼び出しで不在だったが、公爵家の使用人たちはエヴリーヌを歓迎してくれた。
にこやかに迎えられたが、沈鬱な表情で来るようにとの追記があったので、暗い顔をしてやってきたわけだが。
「アティ、顔色悪過ぎじゃない?」
「えぶりいい」
人払いをした途端、アティが鼻に目と口を集めるような変顔をして、飛びついてきた。
嫌なことがあった時、アティはその顔をして、猫のようにまとわりついて人肌を得ようとする。それから落ち着くとワインのがぶ飲みが始まるのだが、公爵家でくだは巻けないか。とりあえず癇癪が治まるまで頭をなでてやる。
「どうした、どうした。痛い痛い問題か?」
「それは解決した。誘導効きました」
「なるほど。さすがアティ。そしたら何事かしら。嫌な女でもうろついていた?」
「なんでわかるの!?」
「うろついてるの? 公爵の周りに?」
「元婚約者が現れたの」
どこかで聞いた話だ。こちらは元、婚約しそうになった女。だったが。
アティはソファに座ると、クッションに拳を繰り出す。我慢できなかったようなので、エヴリーヌもソファに移動して、拳を握るアティの話に耳を傾けた。
「お茶会に参加したら、元婚約者だったの。ってのが来たのよ。公爵子息に婚約者がいなかった方が信じられないから、いたのは仕方がないかなって思ってたのよ。でもその女が、面倒、くさく、って!」
ボスン、とクッションがへこんだ。アティの渾身の拳がクッションを貫きそうになる。
その元婚約者はお茶会の主催者に招待されていたので、計画的だったようだ。集まった令嬢や夫人たちから、散々嫌味を言われたという。
普段のアティならば、腹が立っても華麗にやり過ごすのだが、アティが一番嫌いな、両親についての悪口を言われたそうだ。
リオミントン子爵夫妻。祖父の代は問題はなかったが、父親が子爵を継いでから家は一気に傾いた。アティの両親は強欲なところがあり、下手な賭け事や投資が好きで、借金を繰り返した。そこでまだ十三歳だったアティを、四十歳近い男に嫁がせようとしたのである。
アティは家を出て、神殿に助けを求めた。前々から家を出る計画をしていたのがアティだ。聖女になって子爵夫妻はアティを取り戻そうと躍起になっていたが、神殿長は聖女を理由に追い出していた。それが神殿での話。
そして今度はそのアティが公爵家の夫人になった。そうすれば、リオミントン子爵夫妻がどう出てくるか。考えなくともわかる。金の無心に来たのだ。
ブラシェーロ公爵はアティのためにリオミントン子爵夫妻に金を渡した。かなりの額で、アティは反対したそうだが、アティを育てた恩分は渡すべきだと言う夫の言葉に頷いて、両親へ手切れ金を渡した。しかし、一度得られた大金で再び賭け事と投資を行い、ほとんど使い果たしてしまった。そして、またもお金の無心に来たのである。
そのことを元婚約者が知っていて、貧乏だの、そんな家で育てば無教養だの、散々なことをしつこく話題に出された。
「それは、流していいわ」
「でしょ!? 流そうかと思ったわ。ドブにでも、流して、けちょんけちょんよ!」
アティは夫のために耐えたが、その怒りが静まらず、エヴリーヌを呼んだのである。誰にも本性を表していないこともあって、愚痴れる相手がいないアティは、エヴリーヌを呼ぶしかなかったのだ。
(友よ。せめて神殿に来られれば、ビセンテたちも聞いてくれたのに)
「アティ、総神殿には来ないの? 私は何度か行ってるんだけど」
「都の神殿には呼ばれてるのよ。治療しろって、列なして来てるわ。話を聞いて、治療して。前と変わんない。屋敷に来いって言われないだけマシね」
「下級貴族や、平民も相手にしてる?」
「してるわよ。順番待ち。そこに貴族とか、平民とか関係ないの。集まりの日にちが違ったりするわ。今日は平民。明日は貴族。みたいなかんじ。緊急の場合はこれに当てはめないで、患者のところまで私が行くけどね。平民は無料になったらしいし」
やはりアティも聖女の仕事をしているのか。王の意向だと見せるためにも、人々を神殿に集めているのだ。今までは気楽に呼べた聖女も、今や公爵の妻。そして、その聖女は身分に分け隔てなく、治療をしてくれる。今まで金を払わせていたのも無料にした。
高位貴族は文句を言いたくなるかもしれないが、これは善行だ。悪いことをしているわけでない。反対することはできない。下位貴族や平民からすれば、聖女は女神に見えるだろう。今まで治療してもらえなかった分、アティへの敬意はさらに上がる。それを許した現王にも。
「都でずっと生活してるからかな。我が家が懐かしい」
「私はちょくちょく行ってるからそこまでではないけど、ずっとこっちにいたら発狂するかも」
「あなたは神殿が好きだものね」
「アティは違うの」
「好きよ。二人でお酒飲んで、愚痴って。楽しかったもの。そっちはうまくいってるんでしょ? 公爵が妻のために討伐について行ってるって、すごい噂になってるわよ。私もうまくいってるのよ? ただ、あの女がムカついただけ」
情緒不安定になっているのか、アティは懐かしげにした。ついでに惚気もくれる。
愚痴にワインでも贈れば良かったか。いや、ここでは飲めないだろうから、神殿に戻って、泊まりがけで酒盛りがいいだろう。
アティは話せてすっきりしたと、見送りをしてくれた。次は神殿に泊まるのもいいかもしれないと提案して、帰路についた。
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