上 下
19 / 66

10 睨み合い

しおりを挟む
「おい、あいつ、いつまでいる気だ?」
「私に聞かないで」
 ビセンテの問いに、こちらが聞きたいと言い返す。

 神殿に来てから数日、シモンは未だ神殿に残っていた。
 聖騎士すら嫌う、魔物の卵の破棄や、しつこい魔物たちの退治をするために山へ登り野宿。などにも関わらず、会った時から同じ笑顔でエヴリーヌの側を守っていた。
 二日くらいで音を上げると思っていたのだが。

「腕は問題ないってわかったけど」
「聖騎士になる気なんだろ。あれくらいできなきゃ受かれないって」
「そうだけど、結構戦力になってるから、ビセンテだって楽なんじゃない?」
「……そこまでじゃない」

 よどみながら答えておいて、そこまでとは言えないだろう。シモンの働きは最初の心配を吹き飛ばし、今や聖騎士と同じくらいの戦力になっている。

「お前に付きまとっているようにしか見えないんだよ」
「まだ聖騎士じゃないから、護衛になってるだけよ」

 あの腕ならば聖騎士の試験に落ちることはない。侯爵子息が聖騎士になるのは珍しい例になる。カリスのような公爵子息が聖騎士であったことは、稀どころではないが。
 カリスが聖騎士になったのは、アティのためだったのだろうか。都の神殿で会ったのではなく、別の場所で出会って、アティのために聖騎士になったのかもしれない。

 気のせいかな、胸が苦しいような気がして、無造作に胸をなでた。

 神殿の滞在にまだ三日と経っていない頃、カリスは手紙をよこしてきた。無事であるか、必要なものはないか。本当の夫婦のように、妻を心配した夫が、妻のためになにかできることはないかと手紙に綴り、もしも怪我などあれば大変だと、傷薬を送ってきたのだ。

 聖女に傷薬。自身で傷など癒せるのに。それくらい知っているだろうが、なにか送らねばならないほど心配してくれているのかと思うには、十分な贈り物だった。

(しかも高級傷薬。私が軽い傷を放置するのを知っているのかしら?)

 庭園で、いばらで指を傷つけてもそのままにしていたのを見て、カリスが急いで医者を呼んだことがある。この程度の傷など討伐中よくあることなので気にしないのだが、公爵夫人は気にしなければならなかったようだ。医者に治してもらわずとも簡単に癒せるのだが、面倒なのでやらないだけ。討伐でかすり傷程度を治療する暇はない。その慣れもあって放置していただけなのに。

 手紙には、もう少しで仕事が終わるから、終わったらすぐに駆けつけると続いていた。その気持ちだけでも心が温まる。
 傷薬を塗った指先を眺めて、いつもより肌が滑らかになっているのを確かめた。

「なに、ニヤニヤしてんだよ」
「し、してないわよ。あーあ、神殿の生活が楽すぎて、不思議だわあ」
「前は忙しいってぼやいてたのに。公爵家どうなってんだよ」
「ボロが出ないようにするのに、緊張感が半端ないのよ」
「泥酔するとか?」
「しないわよ。失礼ね」
「それで、離婚できんのかよ」
「ちょ、大きな声で言わないでよ!」

 エヴリーヌは急いでビセンテの口を塞ぐ。塞いだ顔が赤くなって、ビセンテは頬を膨らませた。廊下は声が響くのだから、ビセンテの地声ではどこまでも届いてしまう。
 子供のように口を尖らせて、二年て結構長くね? 本当にあいつから離婚してくれんのかよ? とまだ続ける気なので、膝裏を蹴っておいた。

「ほら、さっさと行くわよ。今日は結界を張りに行くんだから」
 聖女たちがせっせと魔力を込めた魔石を、山道に設置する作業を行う予定で、本日は朝から忙しい。こんなのんびり歩いている場合ではない。ビセンテを急かして歩かせようとすると、後ろから声が届いた。

「おはようございます。エヴリーヌ聖女様。本日もよろしくお願いします」
「エングブロウ卿……、おはよう」

 今のは、聞かれていなかったよな? ビセンテがそんな視線を向けてくるが、あんたの声が大きかったんでしょ? とは言えない。さすがに聞こえていなかっただろう。シモンはいつも通りの笑顔で、小型犬のように寄ってくる。

「魔石の設置を行うと聞いています。エヴリーヌ聖女様もその作業を?」
「私は周囲に結界を張って、魔物が近寄らないようにするだけよ。先に聖騎士たちに追っ払ってもらった後ね」

 聖騎士たちが魔物を追い払い、そこに結界を張り、魔物を近づけないようにする。聖女たちは魔力を込めた結界用の魔石を埋める。そこでもう一度魔石の範囲内で結界を張るのだ。

 伝説の大聖女は魔石なしで持続性のある結界を張ったと言われているが、現在の聖女の能力では魔石が必要だった。そこまでの魔力を持っていないのだ。

 大聖女の結界は魔物の多かった地域に未だ存在するが、さすがに何百年と経っているので、魔力を注いだ魔石を各所に打ち込んで持続させていた。その魔石の力がゆるむ時期になると、大掛かりの遠征に参加したりする。

「エヴリーヌ様、あの、お客様がいらっしゃってます」
「お客?」

 外に出たら、聖騎士の一人が転げるように走ってきた。こんな朝早くからお客など誰だ? と想像する前に、その人が近づいてきた。

「カリス!? 来てくれたんですか!?」
「仕事が終わったから、王の許可を得て来たんだ。これから移動すると聞いていて、……なぜ、彼がここに?」

 現れたのはカリスで、話し途中に視線がエヴリーヌの背後に向いた。後ろにいたのは、シモンだ。シモンはカリスの鋭い視線に物ともせず、うっすらと微笑む。その微笑みが、どこか余裕を持たせたような、カリスより優位に立ったような、悠々とした微笑みに見えた。

「ヴォルテール公爵、お久しぶりです。僕は今、エヴリーヌ聖女様の護衛をさせていただいているんです。王からの許可も得ていますから、資格を持ってここにいるんですよ」
「エヴリーヌの護衛? 王の許可を得て?」
「エングブロウ卿は、聖騎士になられるそうよ。その予行みたいなものかしら?」
「聖騎士? 侯爵家の嫡男が?」
「あなたも公爵家の後継者であった時に、神殿で聖騎士をされていたではないですか」

 シモンが堂々と、なぜかカリスに張り合うように、顔を上げてはっきりと発言した。身長はシモンの方が低いが、優越にひたるようにクスリと笑う。いつもの微笑みではなく、意識して作られた冷たい笑みだ。

「私が来たからには、エヴリーヌの護衛は必要ない」
「そう言われましても、王から許可を得ているのは、僕ですから」
「王から許可を得たのは私も同じだ。エヴリーヌを守るために来たのだから」
「僕は神殿の聖騎士になりますから、ただの公爵であるあなたは神殿に関わる必要はないのでは?」

(なんでそんなに喧嘩腰なの!?)

 エヴリーヌの居心地が悪くなってくる。どうして二人が険悪な雰囲気になるのかわからない。
 普段穏やかで柔らかな態度でいるカリスが、眉を吊り上げてシモンを睨みつけている。怒った姿を見るのは初めてだ。シモンもまた、不敵な笑みを浮かべて、別人のようにカリスへの反感を見せた。

「二人とも邪魔するなら帰ったらどうですかね。エヴリー、行くぞ!」
「ええ、ああ? そ、そうよ。今日は忙しいから、言い合うならよそでしてください」
「エヴリーヌ。今行く!」
「エヴリーヌ聖女様! すぐに行きます」

 言って、お互い睨みつけ合う。
(一体、何が起きてるの??)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

公爵令嬢の立場を捨てたお姫様

羽衣 狐火
恋愛
公爵令嬢は暇なんてないわ 舞踏会 お茶会 正妃になるための勉強 …何もかもうんざりですわ!もう公爵令嬢の立場なんか捨ててやる! 王子なんか知りませんわ! 田舎でのんびり暮らします!

婚約者のいる側近と婚約させられた私は悪の聖女と呼ばれています。

鈴木べにこ
恋愛
 幼い頃から一緒に育ってきた婚約者の王子ギルフォードから婚約破棄を言い渡された聖女マリーベル。  突然の出来事に困惑するマリーベルをよそに、王子は自身の代わりに側近である宰相の息子ロイドとマリーベルを王命で強制的に婚約させたと言い出したのであった。  ロイドに愛する婚約者がいるの事を知っていたマリーベルはギルフォードに王命を取り下げるように訴えるが聞いてもらえず・・・。 カクヨム、小説家になろうでも連載中。 ※最初の数話はイジメ表現のようなキツイ描写が出てくるので注意。 初投稿です。 勢いで書いてるので誤字脱字や変な表現が多いし、余裕で気付かないの時があるのでお気軽に教えてくださるとありがたいです٩( 'ω' )و 気分転換もかねて、他の作品と同時連載をしています。 【書庫の幽霊王妃は、貴方を愛することができない。】 という作品も同時に書いているので、この作品が気に入りましたら是非読んでみてください。

舞台装置は壊れました。

ひづき
恋愛
公爵令嬢は予定通り婚約者から破棄を言い渡された。 婚約者の隣に平民上がりの聖女がいることも予定通り。 『お前は未来の国王と王妃を舞台に押し上げるための装置に過ぎん。それをゆめゆめ忘れるな』 全てはセイレーンの父と王妃の書いた台本の筋書き通り─── ※一部過激な単語や設定があるため、R15(保険)とさせて頂きます 2020/10/30 お気に入り登録者数50超え、ありがとうございます(((o(*゚▽゚*)o))) 2020/11/08 舞台装置は壊れました。の続編に当たる『不確定要素は壊れました。』を公開したので、そちらも宜しくお願いします。

殿下、幼馴染の令嬢を大事にしたい貴方の恋愛ごっこにはもう愛想が尽きました。

和泉鷹央
恋愛
 雪国の祖国を冬の猛威から守るために、聖女カトリーナは病床にふせっていた。  女神様の結界を張り、国を温暖な気候にするためには何か犠牲がいる。  聖女の健康が、その犠牲となっていた。    そんな生活をして十年近く。  カトリーナの許嫁にして幼馴染の王太子ルディは婚約破棄をしたいと言い出した。  その理由はカトリーナを救うためだという。  だが本当はもう一人の幼馴染、フレンヌを王妃に迎えるために、彼らが仕組んだ計略だった――。  他の投稿サイトでも投稿しています。

元聖女は新しい婚約者の元で「消えてなくなりたい」と言っていなくなった。

三月べに
恋愛
聖女リューリラ(19)は、ネイサン王太子(19)に婚約破棄を突き付けられた。 『慈悲の微笑の聖女様』と呼ばれるリューリラは、信者や患者にしか、微笑みを向けない。 婚約者の王太子には、スンとした無表情を見せるばかりか、嫌っているような態度まで見せる。 『慈悲の聖女』に嫌われていると、陰で笑われていると知った王太子は、我慢の限界だと婚約破棄を突き付けた。 (やったぁ!! 待ってました!!) 思惑通り、婚約破棄をしてもらえたことに、内心満面の笑みを浮かべていたリューリラだったのだが。 王太子は、聖女の座を奪った挙句、「オレが慈悲をくれてやる!!」と皮肉たっぷりに、次の縁談を突き付けたのだった。 (クソが!! また嫌われるために、画策しないといけないじゃないか!!) 内心で荒れ狂うリューリラの新しい婚約者は、王太子の従弟にして若くして公爵になったばかりのヘーヴァル(17)。 「爵位を受け継いだばかりで、私のような元聖女である元婚約者を押し付けらるなんて、よほど殿下に嫌われてしまっているのですか?」 「うわあ。治療するわけでもないのに、リューリラ様が、微笑んでくださった! 早速あなたの笑顔が見れて、嬉しいです!」 憐れんで微笑んだだけなのに、無邪気に大喜びされて、これは嫌われることが難しいな、と悟ったリューリラ。 年下ワンコのような公爵の溺愛を受けても、リューリラには婚約破棄をしてもらいたい秘密を抱えていた。 (『小説家になろう』サイトにも掲載)

側妃を迎えたいと言ったので、了承したら溺愛されました

ひとみん
恋愛
タイトル変更しました!旧「国王陛下の長い一日」です。書いているうちに、何かあわないな・・・と。 内容そのまんまのタイトルです(笑 「側妃を迎えたいと思うのだが」国王が言った。 「了承しました。では今この時から夫婦関係は終了という事でいいですね?」王妃が言った。 「え?」困惑する国王に彼女は一言。「結婚の条件に書いていますわよ」と誓約書を見せる。 其処には確かに書いていた。王妃が恋人を作る事も了承すると。 そして今更ながら国王は気付く。王妃を愛していると。 困惑する王妃の心を射止めるために頑張るヘタレ国王のお話しです。 ご都合主義のゆるゆる設定です。

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

いつまでも変わらない愛情を与えてもらえるのだと思っていた

奏千歌
恋愛
 [ディエム家の双子姉妹]  どうして、こんな事になってしまったのか。  妻から向けられる愛情を、どうして疎ましいと思ってしまっていたのか。

処理中です...