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6 聖女の仕事

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 真っ赤な皮膚を持った魔物が尻尾を振り回すと、辺りに炎が散らばった。
 エヴリーヌは聖騎士たちを守るために、防御魔法を繰り出した。青白い光が彼らに灯り、熱を消し去る。
 その隙に一人の聖騎士が魔法剣を振るった。長い胴体から延びた首を切り付けて、魔物の悲鳴が山にこだました。

「エヴリー! 大丈夫だったか!?」
「大丈夫よ。あんたの方が大変なことになってるじゃない。ほら、腕出す」

 聖騎士の一人、ビセンテの腕を引っ張ると、ビセンテは顔をしかめた。先ほどの魔物に尻尾に当たり、肩から腕にかけてざっくり切れてしまっている。かなりの傷だ。悶えるほどの痛みだろう。

 後ろで適当に結んだ赤茶色の髪はざんばらで、いつも以上にぐちゃぐちゃだ。魔物の紫色の血と、自分の血の色が混ざって、髪にまでついている。
 厚い胸板とがっしりとした体格はいかにも騎士のそれだが、鎧を突き抜けた魔物の攻撃はその体に傷を付けていた。

「後方支援にお前がいてよかったよ。他の聖女は魔物と戦いながら癒しがかけられないから」
「劣勢だったものね。聖女の数を増やした方がいいんじゃない? 戦闘型と治療型と、別々にして連れて行った方がいいって、前から神殿長に言ってたんだけど」
「お前らが公爵に嫁いだから、これから聖女になりたがるやつが増えるって言ってたけど、当分先だな」

 ビセンテは癒された太い腕を軽く回して、問題ないかを確認する。礼を言うと、死屍累々たる有様を見つめて大きくため息をついた。魔物が折り重なって転がっている。こんなに多くの魔物を倒すのは久しぶりだと、ビセンテは愚痴を口にした。
 何匹か逃げていったので、夜になって戻ってくるかもしれない。まだ警戒が必要だ。

「公爵家からわざわざ来てくれるとは思わなかった」
「私は来る気だったわよ。到着に時間がかかるのが難点ね」
「アティは来ないのか?」
「あの子は都専用になるんじゃないかしら」

 ビセンテは納得だと肩をすくめて、他の聖騎士たちを集める。癒しをかけられたので怪我は消えたが、鎧やマントがボロボロになっていた。エヴリーヌが来るまで、大変な戦いだったのだろう。
 魔物から逃げた村の人々も心配だ。誘導した聖騎士や聖女たちが守っているだろうが、そちらに移動して確認しなければ。

 神殿から連絡が届いたのは数日前。とある地方で多くの魔物が出没し、聖女の力を賜わりたいという内容だった。
 公爵家に届いた手紙に、カリスは急いで馬車の用意をしてくれた。妻の仕事を邪魔する気はないと、必要な物資も集め、騎士たちも連れていくように言ってくれた。道途中でなにかあったら困るからと。

 手紙はアティにも届いただろうか。アティは地方の災害には派遣されないので、手紙が出されていないかもしれない。

「崖崩れがひどいわね」
「山で魔物が暴れたからだ。地下から出てきたせいで、地面も揺れたしな」

 エヴリーヌがこの場所に来る前に、ビセンテたち聖騎士は神殿から派遣され、すでに戦いを行っていた。エヴリーヌは半日遅れでやってきている。これでも早く出発したつもりだったのだが、都の神殿から地方の神殿への転移が可能でも、転移用の魔力を溜めるのにどうしても時間がかかるのだ。転移した先の神殿からその場所に行くには、歩くか馬しかない。公爵家にいるため、エヴリーヌの移動に無用な時間が必要となった。

 嫁ぎ制度のせいで、国の有事なのに弊害が起きている。
(想定通りだけどね。私が到着する間、他の聖女たちに頑張ってもらわないと)

 避難場所に着くと、聖女たちが集まっていた。治療はまだ終わっていないのか、皆疲れた顔をしながら動いている。

 人々が逃げた場所に、いくつかのテントが張られていた。聖騎士がいつも用意するテントだ。外では村人が地面に座り込んだり、固まって身を寄せ合ったりしていた。避難後の建物に関しては領主の仕事だ。聖騎士と聖女の仕事は魔物を倒し、人々に癒しを与えること。神殿に助けを求めたのは領主なのだから、その後は関与しない。神殿は儲けが少ないので、彼らに施しを行うこともなかった。領主が早く動いてくれればいいのだが。

 もう日が暮れて、辺りは真っ暗になっている。再び魔物が降りてくるかもしれない。早めの援助が必要だ。

「エヴリーヌ! 来てくれてたの!?」
「毛布は足りている? 夜になったらもっと冷えるわよ」
「さっきどっかの騎士が毛布を配ってくれたから大丈夫よ。この土地の領主が出してくれたんじゃない?」
「多分うちの騎士だわ」
「うちの?」
「奥様! ご無事でしたか!」

 うちの騎士、公爵の騎士たちがエヴリーヌを見つけて駆け寄ってくる。彼らは聖騎士ではないので、避難所の手伝いを優先するよう伝えていた。

 カリスは出発する前に必要なものはないか聞いてくれた。その時に、食料や毛布、着替えやタオルなどをお願いしていたので、それらを振り分けてくれたようだ。

「私は大丈夫よ。今日は野宿になるから、申し訳ないけれど、自分たちで集まって一晩過ごしてね。魔物が出るかもしれないから、夜中交代して見張りをするように。聖騎士も行うけれど、念のためね」
「承知しました。聖女様たちの寝床は私たちが用意しますので、ご安心ください!」

 騎士は胸を張ると、テントの用意を始めた。聖女も簡単なテントを自分たちで作り、野宿するのだが、用意をしてくれるのはありがたい。そこは公爵夫人の特権か。

「エヴリーヌ様! こちらの患者の手当てをお願いします!」
 声が届いてエヴリーヌは患者の方へ向かった。顔色の悪い女性が倒れ込んで、苦しそうに息をしている。

「魔法が効かなかったんです。持病みたいで!」
 まだあどけない顔をした聖女だ。能力が足らないのだろう。女性に触れて癒しをかけてやる。表面的な傷はなく、内臓の疾患があるようだ。癒しをかけてやれば女性の息がゆっくりになった。

「女性が起きたら、薬草を煎じてあげてちょうだい。薬の知識はあるわね?」
「あります! 大丈夫です!」
「病は治したけれど、体力がなくなっているから、栄養のある食べ物を与えて、滋養の出る薬草を飲ませるように」
「わかりました!」

 簡易的なテントの中で、エヴリーヌは指示をした。いつも通りなので、聖女たちはエヴリーヌの指示に従い、対処をしてくれる。

 その間にも魔物の咆哮が聞こえた。山に響く鳴き声に、村人たちが体を縮こませた。
 騎士たちも驚いたか、警戒するように周囲を見回した。ビセンテたち聖騎士もまだ気は抜けないと、周囲に目を配る。
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