6 / 62
5 貴族が嫌になった理由
しおりを挟む
「さすがに、ちょっときついわね」
「なにかおっしゃられました?」
「なんでもないわ。あの薬草をこちらに植えるから、持ってきてくれる?」
庭園の一画で、エヴリーヌは早速薬草を植えていた。カリスの命令で庭師たちが手伝ってくれるので、エヴリーヌは指示をするだけだ。自ら土に触れて植えようとすれば、カリスが手が汚れるからと庭師たちを呼んだのである。
これくらい、たいしたことではないのだが、メイドたちの視線を見るに、公爵夫人が自ら手掛けることではないのだろう。
カリスの言うことは聞いておいた方が良さそうだ。
アティが訪れてから数日。屋敷はアティの話で盛り上がっていた。一部の者たちがアティの方が良かったと口にするくらいには騒がしかったのだ。
アティと共に公爵家に嫁ぐことになり、比べられるとしても二人一緒にいる時くらいと思っていたが、甘かった。
(そりゃ、アティの方がいいでしょうよ。私もそう思うわ。公爵夫人なんて、私には似合わないくらいわかっているし)
二年の間我慢するだけ。使用人たちの言葉など気にする必要はないと思っていたが、いかんせん、耳に入ってくる。そればかりは気分が落ち込んだ。
王はなにを考えてアティとエヴリーヌを公爵子息に当てがったのだろう。アティの方が人気が高いことくらいわかっているはずなので、意図してカリスにエヴリーヌを選んだのだろうか。
貴族の話を神殿で聞くことがあっても、エヴリーヌはあえて避けていたので、貴族社会の問題はよくわからなかった。
(貴族名鑑でももらおうかしら。少しくらいは社交界に出た方がいいのかしらねえ)
公爵夫人となったからには社交界に出なければならない。しかし、契約が二年だからか、カリスはそれを強要しなかった。社交界を知らない妻など娶る予定はなかったのだから、学ばせることも考えていないかもしれない。とはいえ、エヴリーヌは名ばかりの子爵令嬢である。家庭教師の一人や二人を与えるべきと使用人たちは思っていないだろうか。
自分から頼んだ方が良いだろうか。それとも二年間社交界にも出ずに屋敷に引きこもっていようか。
「うーん。迷うわー」
「え、奥様!? 今、なにをされたんですか!?」
「うん? 栄養を与えただけよ?」
「栄養……。聖女様。奥様は本当に聖女様なんですね」
なにを今さら。庭師の男は三十代くらいだろうが、聖女が植物に生命力を与える姿を見たことがないらしい。他の庭師たちも集まって、聖女の所業を珍しそうにながめてきた。
植えた植物にはすぐ水を与えなければならないように、聖女の生命力を与えれば、水を与えるよりずっと早い成長を促せる。自然に反した力がかえって寿命を縮めることもあるので、適度な栄養を与えるだけになるが、水よりも効果があった。
手のひらの光をまじまじと見つめてくるが、これくらいは序の口の力なので、驚くほどではないだろう。
「聖女様が治療するのは貴族ばかりなので、見たことがないんです」
「都だとどうしても優先順位ができてしまうものね。私は地方で活動していたから、貴族の治療なんてほとんどしないわ。そこに住む、癒しを求める者たち誰でも対象よ」
「魔物がいる地方ならば、そうならざるを得ないんでしょうね」
そうでなくとも、目の前に治療が必要な相手がいれば、癒しくらいかけてやる。アティも都で目の前に弱きが現れれば、身分関係なく人々を助けるだろう。神殿に直接行くのでそんな偶然はないだろうが。
まるで、貴族しか癒さないんだろう? と言われているみたいで、気分は良くない。
(災害地に行ったら、選んでる暇なんてないわよ。怪我した者たちがあちこちで転がってるんだから)
魔物が出る場所は火山地帯が多く、湯治場があるため、そこで老人たちの話し相手もしていた。エヴリーヌの話し相手はいつも平民で、老人だけでなく子供たちもやってきて、賑やかだ。
「都の神殿で治療を受けたことはないの?」
「身分で順番待ちですから。俺たちのような平民には高い金も払わないといけませんし」
「そういえば、こちらではお金を取るんだったわね」
都の神殿は地方にある神殿に比べて小さめだ。地方の神殿は人々が魔物に襲われることを前提として作られたため、建物も大きく、力のある聖女が多い。都の神殿にいる聖女は魔物に特化した力を持つ聖女ではなく、ただ癒しだけを与える者ばかり。その人数も少ないので、地方の神殿と規律が違い、管理しているのも神殿長ではなく貴族だ。そのため、都の神殿では、金を払わせて癒しを行っていた。
平民に聖女の手が伸びないのは、王がその対処をしなかったからだ。
アティが呼ばれるのは、彼女たちに対処できない、大きな病を持つ者たち。そのうちアティの方が腕が良いとなって、身分の高い貴族はアティを指名した。
都でのアティの噂は良いものばかりだ。その噂をしているのは貴族だけではないと思うのだが。
貴族の屋敷でメイドたちなどは診ていただろうが、平民まで手が回らないのだろうか。金のある平民までに留まっているのだろうか。
庭師などの平民までは診ていないのかもしれない。
(神殿長も、都の神殿は管轄外で、聖女の質も悪いって言ってたものね)
都に住む平民は、聖女になれるほどの能力を持っていない、軽い癒しの力を持つ者に治療を頼むというのも聞いたことがある。
地方の神殿は都とは違い仕事が多い。魔物や魔物によって起きる疫病、災害。無惨に魔物にやられた怨霊が人を呪いにかけることもあった。それらに対処するのが神殿に所属する聖女と聖騎士だ。
地方の神殿は寄付金や魔物討伐の報酬でまかなわれた。聖騎士なども出して移動するため、お金がないと遠征できないのだ。依頼者が支払うことにより、神殿は生きながらえている。
「なにかおっしゃられました?」
「なんでもないわ。あの薬草をこちらに植えるから、持ってきてくれる?」
庭園の一画で、エヴリーヌは早速薬草を植えていた。カリスの命令で庭師たちが手伝ってくれるので、エヴリーヌは指示をするだけだ。自ら土に触れて植えようとすれば、カリスが手が汚れるからと庭師たちを呼んだのである。
これくらい、たいしたことではないのだが、メイドたちの視線を見るに、公爵夫人が自ら手掛けることではないのだろう。
カリスの言うことは聞いておいた方が良さそうだ。
アティが訪れてから数日。屋敷はアティの話で盛り上がっていた。一部の者たちがアティの方が良かったと口にするくらいには騒がしかったのだ。
アティと共に公爵家に嫁ぐことになり、比べられるとしても二人一緒にいる時くらいと思っていたが、甘かった。
(そりゃ、アティの方がいいでしょうよ。私もそう思うわ。公爵夫人なんて、私には似合わないくらいわかっているし)
二年の間我慢するだけ。使用人たちの言葉など気にする必要はないと思っていたが、いかんせん、耳に入ってくる。そればかりは気分が落ち込んだ。
王はなにを考えてアティとエヴリーヌを公爵子息に当てがったのだろう。アティの方が人気が高いことくらいわかっているはずなので、意図してカリスにエヴリーヌを選んだのだろうか。
貴族の話を神殿で聞くことがあっても、エヴリーヌはあえて避けていたので、貴族社会の問題はよくわからなかった。
(貴族名鑑でももらおうかしら。少しくらいは社交界に出た方がいいのかしらねえ)
公爵夫人となったからには社交界に出なければならない。しかし、契約が二年だからか、カリスはそれを強要しなかった。社交界を知らない妻など娶る予定はなかったのだから、学ばせることも考えていないかもしれない。とはいえ、エヴリーヌは名ばかりの子爵令嬢である。家庭教師の一人や二人を与えるべきと使用人たちは思っていないだろうか。
自分から頼んだ方が良いだろうか。それとも二年間社交界にも出ずに屋敷に引きこもっていようか。
「うーん。迷うわー」
「え、奥様!? 今、なにをされたんですか!?」
「うん? 栄養を与えただけよ?」
「栄養……。聖女様。奥様は本当に聖女様なんですね」
なにを今さら。庭師の男は三十代くらいだろうが、聖女が植物に生命力を与える姿を見たことがないらしい。他の庭師たちも集まって、聖女の所業を珍しそうにながめてきた。
植えた植物にはすぐ水を与えなければならないように、聖女の生命力を与えれば、水を与えるよりずっと早い成長を促せる。自然に反した力がかえって寿命を縮めることもあるので、適度な栄養を与えるだけになるが、水よりも効果があった。
手のひらの光をまじまじと見つめてくるが、これくらいは序の口の力なので、驚くほどではないだろう。
「聖女様が治療するのは貴族ばかりなので、見たことがないんです」
「都だとどうしても優先順位ができてしまうものね。私は地方で活動していたから、貴族の治療なんてほとんどしないわ。そこに住む、癒しを求める者たち誰でも対象よ」
「魔物がいる地方ならば、そうならざるを得ないんでしょうね」
そうでなくとも、目の前に治療が必要な相手がいれば、癒しくらいかけてやる。アティも都で目の前に弱きが現れれば、身分関係なく人々を助けるだろう。神殿に直接行くのでそんな偶然はないだろうが。
まるで、貴族しか癒さないんだろう? と言われているみたいで、気分は良くない。
(災害地に行ったら、選んでる暇なんてないわよ。怪我した者たちがあちこちで転がってるんだから)
魔物が出る場所は火山地帯が多く、湯治場があるため、そこで老人たちの話し相手もしていた。エヴリーヌの話し相手はいつも平民で、老人だけでなく子供たちもやってきて、賑やかだ。
「都の神殿で治療を受けたことはないの?」
「身分で順番待ちですから。俺たちのような平民には高い金も払わないといけませんし」
「そういえば、こちらではお金を取るんだったわね」
都の神殿は地方にある神殿に比べて小さめだ。地方の神殿は人々が魔物に襲われることを前提として作られたため、建物も大きく、力のある聖女が多い。都の神殿にいる聖女は魔物に特化した力を持つ聖女ではなく、ただ癒しだけを与える者ばかり。その人数も少ないので、地方の神殿と規律が違い、管理しているのも神殿長ではなく貴族だ。そのため、都の神殿では、金を払わせて癒しを行っていた。
平民に聖女の手が伸びないのは、王がその対処をしなかったからだ。
アティが呼ばれるのは、彼女たちに対処できない、大きな病を持つ者たち。そのうちアティの方が腕が良いとなって、身分の高い貴族はアティを指名した。
都でのアティの噂は良いものばかりだ。その噂をしているのは貴族だけではないと思うのだが。
貴族の屋敷でメイドたちなどは診ていただろうが、平民まで手が回らないのだろうか。金のある平民までに留まっているのだろうか。
庭師などの平民までは診ていないのかもしれない。
(神殿長も、都の神殿は管轄外で、聖女の質も悪いって言ってたものね)
都に住む平民は、聖女になれるほどの能力を持っていない、軽い癒しの力を持つ者に治療を頼むというのも聞いたことがある。
地方の神殿は都とは違い仕事が多い。魔物や魔物によって起きる疫病、災害。無惨に魔物にやられた怨霊が人を呪いにかけることもあった。それらに対処するのが神殿に所属する聖女と聖騎士だ。
地方の神殿は寄付金や魔物討伐の報酬でまかなわれた。聖騎士なども出して移動するため、お金がないと遠征できないのだ。依頼者が支払うことにより、神殿は生きながらえている。
565
お気に入りに追加
2,480
あなたにおすすめの小説
何を間違った?【完結済】
maruko
恋愛
私は長年の婚約者に婚約破棄を言い渡す。
彼女とは1年前から連絡が途絶えてしまっていた。
今真実を聞いて⋯⋯。
愚かな私の後悔の話
※作者の妄想の産物です
他サイトでも投稿しております
婚約者のいる側近と婚約させられた私は悪の聖女と呼ばれています。
鈴木べにこ
恋愛
幼い頃から一緒に育ってきた婚約者の王子ギルフォードから婚約破棄を言い渡された聖女マリーベル。
突然の出来事に困惑するマリーベルをよそに、王子は自身の代わりに側近である宰相の息子ロイドとマリーベルを王命で強制的に婚約させたと言い出したのであった。
ロイドに愛する婚約者がいるの事を知っていたマリーベルはギルフォードに王命を取り下げるように訴えるが聞いてもらえず・・・。
カクヨム、小説家になろうでも連載中。
※最初の数話はイジメ表現のようなキツイ描写が出てくるので注意。
初投稿です。
勢いで書いてるので誤字脱字や変な表現が多いし、余裕で気付かないの時があるのでお気軽に教えてくださるとありがたいです٩( 'ω' )و
気分転換もかねて、他の作品と同時連載をしています。
【書庫の幽霊王妃は、貴方を愛することができない。】
という作品も同時に書いているので、この作品が気に入りましたら是非読んでみてください。
【完結】薔薇の花をあなたに贈ります
彩華(あやはな)
恋愛
レティシアは階段から落ちた。
目を覚ますと、何かがおかしかった。それは婚約者である殿下を覚えていなかったのだ。
ロベルトは、レティシアとの婚約解消になり、聖女ミランダとの婚約することになる。
たが、それに違和感を抱くようになる。
ロベルト殿下視点がおもになります。
前作を多少引きずってはいますが、今回は暗くはないです!!
11話完結です。
婚約破棄されたら魔法が解けました
かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」
それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。
「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」
あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。
「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」
死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー!
※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です
舞台装置は壊れました。
ひづき
恋愛
公爵令嬢は予定通り婚約者から破棄を言い渡された。
婚約者の隣に平民上がりの聖女がいることも予定通り。
『お前は未来の国王と王妃を舞台に押し上げるための装置に過ぎん。それをゆめゆめ忘れるな』
全てはセイレーンの父と王妃の書いた台本の筋書き通り───
※一部過激な単語や設定があるため、R15(保険)とさせて頂きます
2020/10/30
お気に入り登録者数50超え、ありがとうございます(((o(*゚▽゚*)o)))
2020/11/08
舞台装置は壊れました。の続編に当たる『不確定要素は壊れました。』を公開したので、そちらも宜しくお願いします。
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。
そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?
氷雨そら
恋愛
結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。
そしておそらく旦那様は理解した。
私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。
――――でも、それだって理由はある。
前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。
しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。
「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。
そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。
お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!
かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。
小説家になろうにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる