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4 聖女アティ
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「奥様、エヴリーヌ様! お客様が!」
メイドの一人がテラスに駆け込んできて、エヴリーヌは飛び上がりそうになった。
朝、庭園を散歩し終え部屋に戻ったら、カリスが離れの建物を寄越してきた。
薬草を作るために部屋で草を広げていると、広い場所の方が良いだろうと何故か離れの建物ごとくれたのである。その離れの中にはテラスがあり、植物園のようになっていたためちょうど良いということだった。
そのテラスの中で、どんな薬草を育てようかと算段している時だ。
どうした。落ち着け。焦ったメイドを落ち着かせ、客人をテラスに呼ぶと、金髪の美しい女性が静々とやってくる。
「お手紙も出さずにごめんなさい。嫁いだ聖女同士、お話がしたいと思って、約束もないのに来てしまったわ」
「構わないわ。久しぶりね。アティ」
ストレートの金髪を後ろで軽く結び、宝石のついた髪飾りで押さえている。それだけの髪型なのに、どこか儚げで、深窓の令嬢のように見えた。美しさにメイドたちや警備の騎士が刮目したほどだ。
メイドたちは落ち着きを取り戻そうと静かにしていたが、ちらちらとアティを見やる。初めて訪れた客人をテラスに呼んだため、咎めるような視線を向ける者もいた。
公爵家のメイドでありながらアティばかり気にして。と言いたいところだが、主人も同じなので黙っていよう。
「お茶をどうぞ。とても上品な味でおいしいのよ」
「まあ、嬉しいわ。急な訪問に申し訳なく思っているのよ。受け入れてくださってありがとう。あの、ところで」
アティが話題を口にする前に、ちろりと横目で見やる。そんな目をしなくても、急に訪れたのだからなにかあったのかは察している。
メイドたちに下がるように伝えると、渋々下がっていく。不満げな顔をしないでほしい。アティのご要望だ。
彼女たちの気配が遠ざかった途端、アティが椅子を引きずると、エヴリーヌの横にくっついて座った。
「わあああ、エヴリー、聞いてよー!」
「どうした、どうした。なにがあった」
「公爵が、旦那が、すっ、ごい下手なんだけど。どうすればいい!?」
「そんな話題なの!?」
「そんな話題よ! もう、どうすればいいの!?」
「それはなんていうか、なんていうかねえ」
「本当に、ちょっと、勘弁してよって!」
アティはお茶そっちのけで泣き喚く。ハンカチを取り出して涙を拭いてやると、肩を震わせて口元を歪めた。鼻の上に皺を寄せ、唇を突き出して変顔をしてくる。
この姿を見て、人々は何を思うだろうか。
アティ。それは作られた聖女。
本物のアティは清々しいほどの、外面良し猫被り、イケイケ聖女である。
「そっちはどうなの? どうだった!?」
「来てすぐそんな話しかできんのか、あんたは」
「だって、気になるじゃない!」
「まー、ぼちぼちよ」
何もなかったとは言えない。そして一生ないとも言えない。
これは秘密である。そう、夫の願いだ。嘘はつきたくないけれど、仕方のないことなのだ。
「はあ、うちの旦那、イケメンだけど、そっちのがイケメンよねえ」
「そうなの? アティの相手、見る余裕なかったわ」
アティの旦那。フレデリク・ブラシェーロ公爵。覚えているのはカリスより身長が高く、がっしりとした体を持っていること。後ろ姿を見ただけなので、顔はあまり覚えていない。髪色は栗色だったような気がする。
「もちろん中々のイケメンよ? むちむちイケメン。好みとまではいかないけどー、イケメン。ガタイが良くて、頼り甲斐がある、素敵な体をしててー、筋肉質でー、」
「ガタイはわかったわよ。他に褒めるとこないの?」
「ちょっと俺様のとこあって、引っ張ってくれる感じはあるんだけど、一人よがりなところもあるみたいな」
「あー。貴族多いよね。えらそう」
「あんたも貴族でしょ」
「あんたもよ。でも、念願夢叶ったじゃない。公爵家は最初っから狙ってたでしょ。あわよくばって」
「そうなのよー!」
アティはエヴリーヌの手を握り、鼻息荒く興奮した様子を見せた。この姿を皆に見せてやりたい。
「いけて侯爵家くらいかなって思ってたけど、公爵家よ。すごくない!? 聖女やってて良かったわあ。公爵家に嫁いだ聖女なんて、二百年くらいないでしょう? それくらい、最近国内が大変なんだろうけど。でも、努力した甲斐あったわ」
アティは偉そうにふんぞり返る。そう。アティは狙っていたのだ。
アティの家は名ばかり子爵家で、驚くほど貧乏だった。その美貌で良い家に嫁げるはずだったが、聖女の方が稼げるわけでもないのに、聖女となった。最初の婚約者候補があまりにも年上だったからである。安売りされるのを避け、アティは神殿に逃げ込んだ。聖女の質があるとわかっていたアティは、神殿でその力を発揮し、おじさんの妻になるより聖女になることを選んだのだ。
だからアティはエヴリーヌと違い、少し大きくなってから聖女になった。家出したというところが、アティである。
メイドの一人がテラスに駆け込んできて、エヴリーヌは飛び上がりそうになった。
朝、庭園を散歩し終え部屋に戻ったら、カリスが離れの建物を寄越してきた。
薬草を作るために部屋で草を広げていると、広い場所の方が良いだろうと何故か離れの建物ごとくれたのである。その離れの中にはテラスがあり、植物園のようになっていたためちょうど良いということだった。
そのテラスの中で、どんな薬草を育てようかと算段している時だ。
どうした。落ち着け。焦ったメイドを落ち着かせ、客人をテラスに呼ぶと、金髪の美しい女性が静々とやってくる。
「お手紙も出さずにごめんなさい。嫁いだ聖女同士、お話がしたいと思って、約束もないのに来てしまったわ」
「構わないわ。久しぶりね。アティ」
ストレートの金髪を後ろで軽く結び、宝石のついた髪飾りで押さえている。それだけの髪型なのに、どこか儚げで、深窓の令嬢のように見えた。美しさにメイドたちや警備の騎士が刮目したほどだ。
メイドたちは落ち着きを取り戻そうと静かにしていたが、ちらちらとアティを見やる。初めて訪れた客人をテラスに呼んだため、咎めるような視線を向ける者もいた。
公爵家のメイドでありながらアティばかり気にして。と言いたいところだが、主人も同じなので黙っていよう。
「お茶をどうぞ。とても上品な味でおいしいのよ」
「まあ、嬉しいわ。急な訪問に申し訳なく思っているのよ。受け入れてくださってありがとう。あの、ところで」
アティが話題を口にする前に、ちろりと横目で見やる。そんな目をしなくても、急に訪れたのだからなにかあったのかは察している。
メイドたちに下がるように伝えると、渋々下がっていく。不満げな顔をしないでほしい。アティのご要望だ。
彼女たちの気配が遠ざかった途端、アティが椅子を引きずると、エヴリーヌの横にくっついて座った。
「わあああ、エヴリー、聞いてよー!」
「どうした、どうした。なにがあった」
「公爵が、旦那が、すっ、ごい下手なんだけど。どうすればいい!?」
「そんな話題なの!?」
「そんな話題よ! もう、どうすればいいの!?」
「それはなんていうか、なんていうかねえ」
「本当に、ちょっと、勘弁してよって!」
アティはお茶そっちのけで泣き喚く。ハンカチを取り出して涙を拭いてやると、肩を震わせて口元を歪めた。鼻の上に皺を寄せ、唇を突き出して変顔をしてくる。
この姿を見て、人々は何を思うだろうか。
アティ。それは作られた聖女。
本物のアティは清々しいほどの、外面良し猫被り、イケイケ聖女である。
「そっちはどうなの? どうだった!?」
「来てすぐそんな話しかできんのか、あんたは」
「だって、気になるじゃない!」
「まー、ぼちぼちよ」
何もなかったとは言えない。そして一生ないとも言えない。
これは秘密である。そう、夫の願いだ。嘘はつきたくないけれど、仕方のないことなのだ。
「はあ、うちの旦那、イケメンだけど、そっちのがイケメンよねえ」
「そうなの? アティの相手、見る余裕なかったわ」
アティの旦那。フレデリク・ブラシェーロ公爵。覚えているのはカリスより身長が高く、がっしりとした体を持っていること。後ろ姿を見ただけなので、顔はあまり覚えていない。髪色は栗色だったような気がする。
「もちろん中々のイケメンよ? むちむちイケメン。好みとまではいかないけどー、イケメン。ガタイが良くて、頼り甲斐がある、素敵な体をしててー、筋肉質でー、」
「ガタイはわかったわよ。他に褒めるとこないの?」
「ちょっと俺様のとこあって、引っ張ってくれる感じはあるんだけど、一人よがりなところもあるみたいな」
「あー。貴族多いよね。えらそう」
「あんたも貴族でしょ」
「あんたもよ。でも、念願夢叶ったじゃない。公爵家は最初っから狙ってたでしょ。あわよくばって」
「そうなのよー!」
アティはエヴリーヌの手を握り、鼻息荒く興奮した様子を見せた。この姿を皆に見せてやりたい。
「いけて侯爵家くらいかなって思ってたけど、公爵家よ。すごくない!? 聖女やってて良かったわあ。公爵家に嫁いだ聖女なんて、二百年くらいないでしょう? それくらい、最近国内が大変なんだろうけど。でも、努力した甲斐あったわ」
アティは偉そうにふんぞり返る。そう。アティは狙っていたのだ。
アティの家は名ばかり子爵家で、驚くほど貧乏だった。その美貌で良い家に嫁げるはずだったが、聖女の方が稼げるわけでもないのに、聖女となった。最初の婚約者候補があまりにも年上だったからである。安売りされるのを避け、アティは神殿に逃げ込んだ。聖女の質があるとわかっていたアティは、神殿でその力を発揮し、おじさんの妻になるより聖女になることを選んだのだ。
だからアティはエヴリーヌと違い、少し大きくなってから聖女になった。家出したというところが、アティである。
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