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14−2 買い物

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 馬車に乗らず、ヴァレリアンは店を出て、迷うことなく道を歩く。街歩きは慣れていると言わんばかりだ。
 警備の者はつけていない。単独で、独り歩きとは。王妃に狙われていながら、堂々としすぎだろう。

「大丈夫なのですか? お一人でお出掛けになるなんて」
「問題ない」
 そうは言うが、心配になる。ラシェルが気付かないだけで、警備がいるのだろうか。
 ヴァレリアンは店に着くと、中で菓子を購入して、手持ちで出てきた。渡された焼き菓子を持って、水路の方へ進み、ベンチに腰掛ける。

「ほら、食べろ」
「いただきます……」
 何を考えているやら。

 手渡された菓子は、前に食べたものよりさっくりとした固めの焼き菓子だが、甘さもそれなりで、口当たりがよく、爽やかな味の中に甘みもあって、とても美味しい。
 横でヴァレリアンも一緒に菓子を口にした。およそ、公爵がする真似ではない。しかし、慣れているのも間違いではなかった。

「公爵が街をうろついていたら、おかしいか?」
「そういうわけでは。危険が多いのではと思っただけです」
「君も同じだろう。それに、自分の領土だ。見るのは当然だ。街に行くことは仕事でもある。遠い場所まで目を光らせる必要もあるからな」

 王妃のこともあり、公爵領をくまなく監視する必要もあるのだろう。
 ヴァレリアンは小さく笑う。いつもの嫌味っぽい笑い方ではなく、自然な、年相応の笑い方だ。
 クリストフとそう年は変わらない。ラシェルよりは年上だが、それでも、公爵を担う年ではない。本当ならば、もう少し苦労の少ない人生だっただろうに。

「俺の両親は、事故に遭って死んだ。賊に襲われてな」
 その話をしてくるのか。できれば耳にしたくない。これを聞いたら、逃げられなくなる。
 だが、その場所を立つことはできなかった。ヴァレリアンが物悲しそうに話し始めたからだ。

「王宮へ行く途中、賊から逃げるため山道を走り、崖に転落した。事故ではなく、王妃の命令で賊が追ったせいだとわかったが、その時にはもう既に賊は殺されていた」
「それで、どうして、王妃の仕業とわかったのですか?」
「賊のリーダーが疑り深い男で、依頼者の弱点を保管しておく用心深さを持っていたからだ」

 依頼をしてきた者と、公爵夫妻の関係がわからないため、独自に調べていた。依頼者の上に、さらに依頼者がいるとわかり、それが誰だかつきとめた。運が良ければ、脅してさらに金を巻き上げられるからだ。
 しかし、相手が王妃とわかった。公爵夫妻暗殺依頼を聞いてしまった手前、成功しなければ身の危険があると気づいた。

 結局殺されてしまったが、殺されることも予測していたのかもしれない。依頼者を脅すための資料と、王妃との繋がりが記されたメモが、隠れ家で発見されたのだ。

「それが、公爵領の貴族の一人だったわけだ。王妃に繋がっている男だが、その後、その男すら殺された」
「では、証拠という証拠は」
「なにもない。受け取った前金と共に、その資料が残っていただけだ。その貴族は、王妃からの援助を受けていた。両親が亡くなってからは、露骨に公爵家に介入しようとしてきたが、余計な真似をして王妃の機嫌でも損ねたのだろう」

 王妃との繋がり。それだけで王妃が真の犯人だと思うのは、早計な気もするが、ヴァレリアンは確信しているようだ。
 ヴァレリアンと妹だけになれば、王妃の息がかかった者たちが公爵家に近付いてくる。それらから公爵家を守る間、王妃の関わりを感じたのかもしれない。
(王妃の表と裏の顔はまったく違うもの。被害者は気付くでしょうね)

「王妃に復讐する気はないのか?」
「興味ありませんので」
「それは残念だ。妹を外に出してからは、俺は一人で戦っている。それはこれからも同じということだな」

 ヴァレリアンは立ち上がると、手を伸ばしてきた。申し訳なさが込み上げてくるが、協力はできない。王妃に立ち向かうほど恨みはないし、そこまでする相手ではない。手伝えれば良かったが、相手が悪すぎる。
 ヴァレリアンの、その手を取ろうとした時、ヴァレリアンは静かに微笑んだ。

「同情を買うような真似をする男に、騙されるなよ」
「……は?」
 ヴァレリアンは意地悪く薄笑いをして、差し伸べた手を戻せば、笑いながら、すたすたと歩き始めた。

「帰るぞ。さっさと歩け」
「はあ!?」
『え、殴っちゃう!?』

 殴りたい。今のは本当に殴りたい。トビアの応援もあって、後ろから殴り倒したい。
 伸ばしたこの手をどうしてくれる。ヴァレリアンはラシェルを忘れたかのように、さっさと先へ行ってしまう。
 足の長さの違いで、後を追っても、どんどん進んで追いつかない。待つ気はないのか。後少しで、袖に手が届くと思った瞬間、ヴァレリアンがいきなりラシェルを小道に引き摺り込んだ。

「な! むご」
「静かにしろ」

 人に口に蓋をして、ヴァレリアンは壁の影に隠れて、何かを見つめた。何が見えるのか。遠目に赤いマントの軍団が見える。よく気付いたものだ。トビアも気付いていなかったのに。
 腕を引くと、裏道へ走る。また迷路の道を通り過ぎるつもりだ。

 妙な気がするのは、今まで守ることばかりで、誰かに促されるのは初めてのような感覚があるからだろうか。
 クリストフといる時は、ラシェルの方が街を知っているため、手を引くばかりだった。面倒を見てやらなければならないわけではなかったが、そうなることが多かった。
 こうやって、誰かの背中を追って、誘導されるというのは、不思議な感じだ。

 ヴァレリアンは水路まで来ると、やっと走るのをやめた。息を切らすほどではないが、呼吸が速くなっているため、ラシェルの足にあわせて、ゆっくりと水路の脇を歩んでいく。
 自分の体温なのか、ヴァレリアンの体温なのかわからないが、走ったせいで手も温かいだろう。手を繋いだままなのが、とてつもなく居心地悪い。

「公爵様、手を」
「迷子になるだろう?」
「なりませんよ」
「なると面倒だからな」
「なりませんって」

 そう言い合いながら、結局馬車に辿り着くまで、ヴァレリアンがその手を離すことはなかった。
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