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232 ー陰謀ー
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「皇帝が憎いですか?」
「どうかな。愚かだとは思うけれどね」
「エンシさんも皇帝は恨んでいたと思いますよ。毒を用意していましたから」
皇帝しか治療させず、あまつさえ両腕を切断されてしまった。皇帝の度重なる自分本位の所業に許しがたきものがあっただろう。
エンシもまた、どの皇帝にも同じ恨みを持ったのではないだろうか。
「あの男も愚かなんだよ。罪の意識があったのか、後宮にもラカンの城にも薬草園を作った。毒にも薬にもなるような、使う者の手によって効果が変化する薬草をね」
「知ってたんですか…」
「どこにでも病んでいる者はいるんだよ。自分に使うか相手に使うか。曖昧な者に曖昧な物を渡す。エンシも充分病んでいるだろう?」
判断によっては死に至る。それを使用する側に選ばせた。生殺与奪の権を与え、その人に選択をさせる。
「自分だけが助けなかったわけではない。他の誰も同じだと誇示したいのさ。リオンちゃんはエンシを聖人のように思っているかもしれないけれど、あの男は気弱で他人の顔色ばかりうかがっている、姑息な男だったんだよ」
哀れなエンシ。その技術を知られてしまったために、皇帝に捕らわれた。助けられる人も助けられず、結局その技術も腕と一緒に奪われてしまう。
「捨てられたエンシは当時の州侯に拾われた。薬草を作るのに弟子を選び、その技術を伝えようとした。けれどその弟子も、エンシが何で死んだかわからなかったようだけれど」
レイシュンはくつくつと笑う。エンシの不幸を嘲笑っているのだろうか。
レイシュンの苦しみなどわからない。婚約者が奪われて死を覚悟しながら逃亡しようとした。それでも婚約者は死亡し、恨みをエンシや皇帝に向けた。
「お弟子さんにお会いしましたか?」
「会ったよ。かなり昔だけれど。未来に希望を抱いている人だった」
「私もこの間会いましたよ。エンシさんの元で真面目に学び、エンシさんの死後、薬草の教科書とも言える木札が燃やされようが、挫けずに南の国で医療を学んで帰ってきました。これから彼を中心に医療の技術を上げていくことになっています」
レイシュンはピクリを眉を上げた。どこに反応したか、聞くまい。聞かずともレイシュンは小さく自嘲のような笑いをした。
「理音ちゃんは何でも知ってるね」
「全部勘ですよ」
「その勘で何もかも気付けたのならば、ここで寝転がってはいなかったのに」
軽い嫌味に強い悪意はない。レイシュンはぽんぽんと理音の布団をあやすように叩く。
「君がここを出るのは難しいよ。マウォは兵を集めている」
「マウォは反乱でも起こす気ですか?」
「どうだろうねえ。けれど、皇帝の妃をずっと狙っていたのは確かだね。人の城に入り込んでこそこそと。子供でもできたらと邪魔したかったようだよ」
「マウォだったんですか…」
シヴァ少将が小河原に変わったのは王都にいた頃。リオンと同じ時間にこの世界に来たのならば、シヴァ少将の身代わりを得て理音を狙ったのだ。
フォーエンが宮を与えるほどの女が現れた。そうなればいつ後継者として子供ができるのかと恐れたらしい。
「今回君を襲ったのは、皇帝が躍進し始めた知恵を得たいと思ったからじゃない?」
「私は入れ知恵なんてしてませんよ。フォーエンは元々色々考えていたみたいだし」
「けれど具体的に動き始めたのは君が現れてからだ」
「だからってレイシュンさんがそれの手伝いをするとは思いませんけれど。ここには何をしに来たんですか?」
「さあ、何だと思う?」
レイシュンは胡座をかいたまま、余裕綽々の笑顔でにこやかにするだけ。こちらは頭痛がひどくてあまり考え事をしたくないのに。
「君は、シヴァ少将とも知り合いだったんだね」
「シヴァ少将が何か言っていましたか?」
「大慌てだったんだよ。君が担がれてきた時に」
想像はつく。理音が血まみれになって男に担がれてこの場所にやってきた。小河原は何事かと目を疑ったことだろう。
「マウォとひどい言い合いになってね。あんなシヴァ少将の剣幕は見たことがない。急いで医者を呼ばせて治療させたけれど、シヴァ少将は君の側から離れようとしなかった。いつからそんなに仲良くなったの?」
「話すようになったのは王都に戻ってきてからですよ」
嘘は言っていない。シヴァ少将と話すようになったのは、ラカンの城から戻りヘキ卿の元で働くようになってからだ。
レイシュンは頬杖をつくと、ふうん、と適当な相槌をうった。
「シヴァ少将と仲良かったんですよね」
「まあそれなりにね」
ならば気付かぬわけがない。いくら顔が同じだと言っても、他人になり済ますのは難しい。病気で長く仕事を休み復帰できたと偽っても、親しい者であれば話し方や仕草で違和感を覚えるはずだ。
仕事上ではともかく、親しい中で話す相手ならば、レイシュンなどは特におかしいと感じたのではないだろうか。
「いつから、知ってたんですか?」
主語のない言葉にレイシュンは澄ました顔を向けた。
「もう会うこともないだろうと別れた友人が、元気に仕事に戻ったと聞いて、耳を疑ったんだよね」
レイシュンは誤魔化すことなく、どこか切なげにして呟くように言った。
前にも言っていた、シヴァ少将との別れを惜しんだ話。州侯になれば簡単に王都には戻れない。最後の別れと分かって見舞いに行った。
だからシヴァ少将の病が治ったと聞いても、どこか信じていなかったのだろう。
「騙し切れないでしょう。遠くにいたレイシュンさんだっておかしいって思うんだから」
「会った時に驚いたけれどね。口を開かなければそっくりだ。話すと…、違うところは多いかな。本物の方が柔らかい」
フォーエンも同じようなことを言っていた。発言も多くない大人しいイメージ。小河原は優しいが優しいだけの男ではない。理音の前では頬を赤らめるが他の人の前では時折冷えた対応をする。
顔が同じでも性格が同じなわけではない。
「騙し切れませんよ」
「そうだね。だから色々手を回したみたいだよ?」
「ルファン様の女官を使って?」
理音の言葉にレイシュンが目を丸くする。驚きながらも吹き出すように笑った。
「あーあ、どこまで知ってるの?いや、エンシの話までしてきたんだから、気付けるものかな」
「調べてもらったら繋がりが確認できたので。でもルファン様の女官のスミアさんがなぜ協力したかは知りません。何度かお会いした時に少し怖い人だなとは思いましたが、協力する理由まではわかりません」
レイシュンは笑いつつもどこか憐れむような顔をした。
「後宮では出られる者と出られない者がいる。リオンちゃんのように自由にできる者は一人としていない」
理音が後宮に住んでいることはわかっている。ギョウエンから後宮の外で働いていることも聞いているだろう。後宮を行き来する妃は理音だけだ。
「出られない者がどんなことを考えるのか。私にはわからないよ。けれど、小さなわだかまりが歳をとるにつれて、何かに変化していくのは、あるんじゃないかな?」
レイシュンの婚約者は後宮の外に出られなかった。スミアはその手立てを与えたが敢えなく死亡した。
スミアも外には出られない。レイシュンの婚約者に自分の希望を託したのかもしれない。けれどレイシュンに会うことなく亡くなってしまった。
スミアがもしその人を大切にしていたら、自分のことのように恨むだろうか。
自分が幸福でないのならば、他人の幸福を恨むように。
だからと言って、人が死ぬとわかっていながら手を貸すのか。
否定しようとしてかぶりを振った。長い年月を女だらけの住処に閉じ込められ、自由を失った者たちを見てきたら、自分だって何を考えるかわからない。
「さて、私は直接関わっていないから確かではないけれど、どこから手を回したと思う?どこが、始まりだと思う?」
レイシュンは話を変えた。
シヴァ少将の周りで人が死にすぎている。後宮から逃げ出した相手の男が始まりなわけではない。おそらく、
「シヴァ少将のお父さん?」
理音の言葉にレイシュンは頬杖をついて笑んでいるまま。黒緋の瞳は肯定していない。
「…まさか」
「何が、まさか?」
ぞくりと寒気がした。
シヴァ少将の父親は理音がラカンの城にいた頃に亡くなっていた。フォーエンはその影響で王都から出られなかったのだ。
そのシヴァ少将の父親が亡くなる前だとしたら。
「シヴァ少将も…?」
「死にそうだったのに身代わりが現れた。本物は死にそうなのにまだ生きている。勿論長い命ではなかった。けれど、生きていることは屋敷の者たちが知っている。ならば、どうすると思う?」
「嘘でしょ…」
死にそうだった。長く生きられそうになかった。けれどまだ生きていて、すぐに亡くなるほどではない時に小河原が現れた。
シヴァ少将が二人いる。その事態を、マウォが利用しようとしたら?
「奥方、少しおかしかったでしょう」
「それは…」
怯えているのにヒステリックで、情緒不安定な状態。ルファンのように常に同じ状態ではないが、ファリアは人の言葉に反応しては、意味のわからない言葉を綴った。
「彼女が最初に彼を見付けたらしいんだけれどね。そのことは覚えている。だから別人だと知っているのだけれど、時折本人を相手にしているかのように話をするんだ。彼は戸惑いながらも相手をしているよ」
小河原は何を思ってファリアの言葉を聞いているのだろう。
恩があると言っていた。その恩に報いることができればと。
きっと、ファリアを心配してのことなのだろう。
顔がそっくりだったせいで、ファリアの夫が殺されたとしたら、小河原は何を思っただろうか。
「眠りなよ、顔色が悪い。君をここに連れてきたのはマウォの失策だね。皇帝が君をどれほど大切にしているのか、理解していない。後宮に住まう妃と君が同一人物だと気付いていないしね」
気付いていないのか。ラカンの城で会ったのに。いくら今男装していても、あの時はナチュラルな化粧でそこまで変装していなかったのだが。
「君の顔をちゃんと見ていないんだよ。女の姿ではなくて、君の今の姿でね」
また考えていることに答えてくれる。レイシュンはだからこそ君を連れる愚かな真似をしたのだろうと呟く。
「皇帝は君を探しているだろう。君を助けにハク大輔を名乗りラカンまでやって来たんだ。いつも冷静で表情もない方だったけれど、随分と人の心を持ったものだ」
レイシュンは感慨深いように言うが、フォーエンの気質は周りには気付かれない物だっただけな気がする。
「フォーエンは意外に短気で怒りんぼですよ。ただ口にしないだけで」
「そう?私の知っているカオウとは違うな」
カオウ宮と同じカオウだ。気になる言葉が出てくると、レイシュンはすぐに察して意味を教えてくれる。
「華の王だよ。美しく気高い王の意味だね。陛下の異名だよ。彼の美貌がそう言わしめるのだろう」
美しく気高くもあるだろうが、フォーエンはそれだけではない。
「美しい花には棘があるんですよ」
「その棘が刺さらないようにお暇しようかな」
レイシュンは何のためにここに来たのか語らないが、マウォと手を組んでいるわけではなさそうだ。
変な動きに気付いてやってきたのかな。シヴァ少将に会いに。それともギョウエンから話を聞いておかしいと思ったのだろうか。
レイシュンがもし皇帝をどうにかしようと思っても、用意に時間を掛けて万全で行うだろう。ウーゴの葉が増えた今では反乱は起こしにくい。
だから、彼は関わっていないはずだ。
目を付けられても証拠は残さないのではないだろうか。
「はあ…」
逃げるにしても頭痛がひどく走ることもできない。
今のところ殺されるわけではなさそうだ。とにかくこの頭痛を何とかしなければ。
今は眠って傷を癒すことかできない。
「フォーエン、また探してくれてるのかな」
小さく呟いて、理音はゆっくりと眠りについた。
「どうかな。愚かだとは思うけれどね」
「エンシさんも皇帝は恨んでいたと思いますよ。毒を用意していましたから」
皇帝しか治療させず、あまつさえ両腕を切断されてしまった。皇帝の度重なる自分本位の所業に許しがたきものがあっただろう。
エンシもまた、どの皇帝にも同じ恨みを持ったのではないだろうか。
「あの男も愚かなんだよ。罪の意識があったのか、後宮にもラカンの城にも薬草園を作った。毒にも薬にもなるような、使う者の手によって効果が変化する薬草をね」
「知ってたんですか…」
「どこにでも病んでいる者はいるんだよ。自分に使うか相手に使うか。曖昧な者に曖昧な物を渡す。エンシも充分病んでいるだろう?」
判断によっては死に至る。それを使用する側に選ばせた。生殺与奪の権を与え、その人に選択をさせる。
「自分だけが助けなかったわけではない。他の誰も同じだと誇示したいのさ。リオンちゃんはエンシを聖人のように思っているかもしれないけれど、あの男は気弱で他人の顔色ばかりうかがっている、姑息な男だったんだよ」
哀れなエンシ。その技術を知られてしまったために、皇帝に捕らわれた。助けられる人も助けられず、結局その技術も腕と一緒に奪われてしまう。
「捨てられたエンシは当時の州侯に拾われた。薬草を作るのに弟子を選び、その技術を伝えようとした。けれどその弟子も、エンシが何で死んだかわからなかったようだけれど」
レイシュンはくつくつと笑う。エンシの不幸を嘲笑っているのだろうか。
レイシュンの苦しみなどわからない。婚約者が奪われて死を覚悟しながら逃亡しようとした。それでも婚約者は死亡し、恨みをエンシや皇帝に向けた。
「お弟子さんにお会いしましたか?」
「会ったよ。かなり昔だけれど。未来に希望を抱いている人だった」
「私もこの間会いましたよ。エンシさんの元で真面目に学び、エンシさんの死後、薬草の教科書とも言える木札が燃やされようが、挫けずに南の国で医療を学んで帰ってきました。これから彼を中心に医療の技術を上げていくことになっています」
レイシュンはピクリを眉を上げた。どこに反応したか、聞くまい。聞かずともレイシュンは小さく自嘲のような笑いをした。
「理音ちゃんは何でも知ってるね」
「全部勘ですよ」
「その勘で何もかも気付けたのならば、ここで寝転がってはいなかったのに」
軽い嫌味に強い悪意はない。レイシュンはぽんぽんと理音の布団をあやすように叩く。
「君がここを出るのは難しいよ。マウォは兵を集めている」
「マウォは反乱でも起こす気ですか?」
「どうだろうねえ。けれど、皇帝の妃をずっと狙っていたのは確かだね。人の城に入り込んでこそこそと。子供でもできたらと邪魔したかったようだよ」
「マウォだったんですか…」
シヴァ少将が小河原に変わったのは王都にいた頃。リオンと同じ時間にこの世界に来たのならば、シヴァ少将の身代わりを得て理音を狙ったのだ。
フォーエンが宮を与えるほどの女が現れた。そうなればいつ後継者として子供ができるのかと恐れたらしい。
「今回君を襲ったのは、皇帝が躍進し始めた知恵を得たいと思ったからじゃない?」
「私は入れ知恵なんてしてませんよ。フォーエンは元々色々考えていたみたいだし」
「けれど具体的に動き始めたのは君が現れてからだ」
「だからってレイシュンさんがそれの手伝いをするとは思いませんけれど。ここには何をしに来たんですか?」
「さあ、何だと思う?」
レイシュンは胡座をかいたまま、余裕綽々の笑顔でにこやかにするだけ。こちらは頭痛がひどくてあまり考え事をしたくないのに。
「君は、シヴァ少将とも知り合いだったんだね」
「シヴァ少将が何か言っていましたか?」
「大慌てだったんだよ。君が担がれてきた時に」
想像はつく。理音が血まみれになって男に担がれてこの場所にやってきた。小河原は何事かと目を疑ったことだろう。
「マウォとひどい言い合いになってね。あんなシヴァ少将の剣幕は見たことがない。急いで医者を呼ばせて治療させたけれど、シヴァ少将は君の側から離れようとしなかった。いつからそんなに仲良くなったの?」
「話すようになったのは王都に戻ってきてからですよ」
嘘は言っていない。シヴァ少将と話すようになったのは、ラカンの城から戻りヘキ卿の元で働くようになってからだ。
レイシュンは頬杖をつくと、ふうん、と適当な相槌をうった。
「シヴァ少将と仲良かったんですよね」
「まあそれなりにね」
ならば気付かぬわけがない。いくら顔が同じだと言っても、他人になり済ますのは難しい。病気で長く仕事を休み復帰できたと偽っても、親しい者であれば話し方や仕草で違和感を覚えるはずだ。
仕事上ではともかく、親しい中で話す相手ならば、レイシュンなどは特におかしいと感じたのではないだろうか。
「いつから、知ってたんですか?」
主語のない言葉にレイシュンは澄ました顔を向けた。
「もう会うこともないだろうと別れた友人が、元気に仕事に戻ったと聞いて、耳を疑ったんだよね」
レイシュンは誤魔化すことなく、どこか切なげにして呟くように言った。
前にも言っていた、シヴァ少将との別れを惜しんだ話。州侯になれば簡単に王都には戻れない。最後の別れと分かって見舞いに行った。
だからシヴァ少将の病が治ったと聞いても、どこか信じていなかったのだろう。
「騙し切れないでしょう。遠くにいたレイシュンさんだっておかしいって思うんだから」
「会った時に驚いたけれどね。口を開かなければそっくりだ。話すと…、違うところは多いかな。本物の方が柔らかい」
フォーエンも同じようなことを言っていた。発言も多くない大人しいイメージ。小河原は優しいが優しいだけの男ではない。理音の前では頬を赤らめるが他の人の前では時折冷えた対応をする。
顔が同じでも性格が同じなわけではない。
「騙し切れませんよ」
「そうだね。だから色々手を回したみたいだよ?」
「ルファン様の女官を使って?」
理音の言葉にレイシュンが目を丸くする。驚きながらも吹き出すように笑った。
「あーあ、どこまで知ってるの?いや、エンシの話までしてきたんだから、気付けるものかな」
「調べてもらったら繋がりが確認できたので。でもルファン様の女官のスミアさんがなぜ協力したかは知りません。何度かお会いした時に少し怖い人だなとは思いましたが、協力する理由まではわかりません」
レイシュンは笑いつつもどこか憐れむような顔をした。
「後宮では出られる者と出られない者がいる。リオンちゃんのように自由にできる者は一人としていない」
理音が後宮に住んでいることはわかっている。ギョウエンから後宮の外で働いていることも聞いているだろう。後宮を行き来する妃は理音だけだ。
「出られない者がどんなことを考えるのか。私にはわからないよ。けれど、小さなわだかまりが歳をとるにつれて、何かに変化していくのは、あるんじゃないかな?」
レイシュンの婚約者は後宮の外に出られなかった。スミアはその手立てを与えたが敢えなく死亡した。
スミアも外には出られない。レイシュンの婚約者に自分の希望を託したのかもしれない。けれどレイシュンに会うことなく亡くなってしまった。
スミアがもしその人を大切にしていたら、自分のことのように恨むだろうか。
自分が幸福でないのならば、他人の幸福を恨むように。
だからと言って、人が死ぬとわかっていながら手を貸すのか。
否定しようとしてかぶりを振った。長い年月を女だらけの住処に閉じ込められ、自由を失った者たちを見てきたら、自分だって何を考えるかわからない。
「さて、私は直接関わっていないから確かではないけれど、どこから手を回したと思う?どこが、始まりだと思う?」
レイシュンは話を変えた。
シヴァ少将の周りで人が死にすぎている。後宮から逃げ出した相手の男が始まりなわけではない。おそらく、
「シヴァ少将のお父さん?」
理音の言葉にレイシュンは頬杖をついて笑んでいるまま。黒緋の瞳は肯定していない。
「…まさか」
「何が、まさか?」
ぞくりと寒気がした。
シヴァ少将の父親は理音がラカンの城にいた頃に亡くなっていた。フォーエンはその影響で王都から出られなかったのだ。
そのシヴァ少将の父親が亡くなる前だとしたら。
「シヴァ少将も…?」
「死にそうだったのに身代わりが現れた。本物は死にそうなのにまだ生きている。勿論長い命ではなかった。けれど、生きていることは屋敷の者たちが知っている。ならば、どうすると思う?」
「嘘でしょ…」
死にそうだった。長く生きられそうになかった。けれどまだ生きていて、すぐに亡くなるほどではない時に小河原が現れた。
シヴァ少将が二人いる。その事態を、マウォが利用しようとしたら?
「奥方、少しおかしかったでしょう」
「それは…」
怯えているのにヒステリックで、情緒不安定な状態。ルファンのように常に同じ状態ではないが、ファリアは人の言葉に反応しては、意味のわからない言葉を綴った。
「彼女が最初に彼を見付けたらしいんだけれどね。そのことは覚えている。だから別人だと知っているのだけれど、時折本人を相手にしているかのように話をするんだ。彼は戸惑いながらも相手をしているよ」
小河原は何を思ってファリアの言葉を聞いているのだろう。
恩があると言っていた。その恩に報いることができればと。
きっと、ファリアを心配してのことなのだろう。
顔がそっくりだったせいで、ファリアの夫が殺されたとしたら、小河原は何を思っただろうか。
「眠りなよ、顔色が悪い。君をここに連れてきたのはマウォの失策だね。皇帝が君をどれほど大切にしているのか、理解していない。後宮に住まう妃と君が同一人物だと気付いていないしね」
気付いていないのか。ラカンの城で会ったのに。いくら今男装していても、あの時はナチュラルな化粧でそこまで変装していなかったのだが。
「君の顔をちゃんと見ていないんだよ。女の姿ではなくて、君の今の姿でね」
また考えていることに答えてくれる。レイシュンはだからこそ君を連れる愚かな真似をしたのだろうと呟く。
「皇帝は君を探しているだろう。君を助けにハク大輔を名乗りラカンまでやって来たんだ。いつも冷静で表情もない方だったけれど、随分と人の心を持ったものだ」
レイシュンは感慨深いように言うが、フォーエンの気質は周りには気付かれない物だっただけな気がする。
「フォーエンは意外に短気で怒りんぼですよ。ただ口にしないだけで」
「そう?私の知っているカオウとは違うな」
カオウ宮と同じカオウだ。気になる言葉が出てくると、レイシュンはすぐに察して意味を教えてくれる。
「華の王だよ。美しく気高い王の意味だね。陛下の異名だよ。彼の美貌がそう言わしめるのだろう」
美しく気高くもあるだろうが、フォーエンはそれだけではない。
「美しい花には棘があるんですよ」
「その棘が刺さらないようにお暇しようかな」
レイシュンは何のためにここに来たのか語らないが、マウォと手を組んでいるわけではなさそうだ。
変な動きに気付いてやってきたのかな。シヴァ少将に会いに。それともギョウエンから話を聞いておかしいと思ったのだろうか。
レイシュンがもし皇帝をどうにかしようと思っても、用意に時間を掛けて万全で行うだろう。ウーゴの葉が増えた今では反乱は起こしにくい。
だから、彼は関わっていないはずだ。
目を付けられても証拠は残さないのではないだろうか。
「はあ…」
逃げるにしても頭痛がひどく走ることもできない。
今のところ殺されるわけではなさそうだ。とにかくこの頭痛を何とかしなければ。
今は眠って傷を癒すことかできない。
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