群青雨色紫伝 ー東雲理音の異世界日記ー

MIRICO

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225 ー災いー

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 ぽつりと植えられたウーゴの木。周囲は暗く、けれどウーゴだけが光っているかのように良く見えた。

 一枚だった葉が重なるように芽吹き育ち、花が開いた景色が浮かぶ。
 ピンク色の花びらが流れて視界を遮るように舞うと、その先にちらりと朱色が見えた。

 赤い星が落ちてくる。それは王都に落ち、闇の中雷雨となった。
 小河原が手の中に赤い星を持っている。周囲は一気に燃え上がり、小河原を囲んだ。

 ———要くんが。

 叫び小河原を呼んだが、小河原はこちらを見るだけ。炎に駆られてもその場を逃げようともしない。

 ———要くん。要くん!



「……オン、リオン!」
「……フォーエン?」
「うなされていた。大丈夫か?」
「夢…?」

 月明かりでかろうじて見える部屋の中。フォーエンが理音にのしかかるように肩を押さえていた。
 寝言が激しかったらしい。うるさくてフォーエンを起こしてしまったようだ。

「変な夢、見てて」
 ぶるりと寒気がして自分を抱きしめる。星見のニルカの話を聞いてウーゴを見たからだろうか。
 桜のような花びらが舞う景色。ウーゴの樹液を口移しで飲まされた時に見た景色と同じだった。
 思い出そうとして先にフォーエンの顔が間近に寄ったのを思い出す。枕の上でぶんぶん頭を振ると、横に寝そべっていたフォーエンと目が合った。

「大丈夫か?」
「だ、大丈夫。何か、夢が、変で」
 さっきと同じことを口にして、理音は口籠もった。

 あの時ウーゴの花びらが散る時に、別の映像が目に入った。すぐに気を失ってしまって忘れていたけれど、今の夢で思い出した気がする。

「ウーゴは、予言とかの力を授けてくれるのかな」
「聞いたことはないが、何かあったのか?」
 フォーエンとあの時見えたものを擦り合わせたことはない。自分が見えていたものとフォーエンが見えていたものは同じだったのだろうか。

「ウーゴの葉が生えた時、お花が咲いたのは見えたでしょ?」
「淡い朱色の花が咲き、溢れるように花びらが舞った。景色全てが花びらで覆われるほどに」
「その後、フォーエンは何か見た?」
「いや、すぐにお前が倒れてしまい、気付いたら花びらも何も無くなっていた。私が見たのは花が散るまでだ」

 自分には花びらが散った後に別の映像が見えた。周囲は薄暗くなり闇のように暗くなると共に、赤い炎が燃え盛った。
 そこから誰ともない、伸びてきた手が見えて、そのまま気を失った。

「フォーエンが呼んだのは聞こえていたし、フォーエンの姿も見えたけれど、呼ばれる前に誰かが私に手を伸ばしていた。さっきまで忘れていたけれど、今ので思い出した」
「不吉なのか?」
「あの時は別に、そんな感じはなかったな。でも今、変な夢見たけど、それがちょっと、同じような感じで…」

 小河原が、炎の先へ背を向けて歩んで行ってしまった。不吉なのだろうか。小河原が炎に向かって姿を消すような…。
「ニルカさんの話聞いて、変な夢見ちゃったのかも」
「眠れ。まだ朝には早い」
「うん…」

 眠ってまた同じ夢を見たくはないが。ごろりと横になりフォーエンを背にする。寝言は仰向けになっていると口にしやすいとか何とか。横になっていれば口にしないだろうか。
 流星のある時期について聞きに行ったのに話が逸れてしまったが、結局ニルカに聞いてもわからなかった。その時期が来れば星を見ていればわかるらしいが、その兆候は今のところないそうだ。

 何かあれば知らせてくれると言う。
 それまでに、何もなければいいのだが。




 変な時間に起きてしまったせいで朝寝坊をしてしまった。
 起きた時には既に仕事に行く時間を過ぎており、慌ててツワを呼んだ。フォーエンからはそのまま寝かせておけと言われたらしい。

「甘やかされてるなあ…」
 結局午前はさぼることになってしまった。
 午後はいつも通りヘキ卿の元で仕事をする。ウンリュウは後宮の抜け道から少し離れた建物で理音を待ち、帰りはそこでお別れをする。
 しかし午前の仕事をさぼった分少し早くから出勤したため、ウンリュウに伝わっていなかったのか、いつもの場所にウンリュウがいなかった。
 そうすると、別の人に会うものなのである。

「今日は保護者はいないのかよ」
「誰が保護者よ」
 レイセン宮の付近をうろちょろしているのか、兵士の格好をしたナラカに出会った。
 隙を見て話でもしたかったのかもしれない。偶然にはできすぎている。

「いつもこの辺いるの?」
「別に」
 塩対応のナラカだが、いつも通り情報のすり合わせに来たのだろう。草陰に隠れて手招きしてきたので、そちらに近寄って座り込む。

「今日は何を教えてくれるの?」
「け。お前が話すんだよ」
 相変わらずの不貞腐れたような態度だが、前に比べて対応は柔らかくなったと思う。自分が慣れただけかもしれないが、どこの誰かも未だ分かっていないのに、ナラカの性格は理解しつつあった。

「シヴァ少将の周囲はいかがでしょうか?」
「何か揉め事がある話は聞いている。前と同じだな」
 問うてきたくせに、人の問いに答えるのだから、ナラカは意外に優しい。こちらを然程警戒していないこともあるが、誰かに依頼されて調べているスパイにしては緩いように思い始めていた。
 誰の手下なのかはさっぱりわからないわけだが。

「皇帝がシヴァ少将に、暗殺の犯人を再度調査し直すように命じたらしいな」
「自殺しちゃった犯人の?」
 シヴァ少将を狙った者の調査は行われていたわけだが、自殺として処理されたはずである。それを再調査となると、フォーエンはシヴァ少将の内部を表立って明らかにするように命じたのだ。

 シヴァ少将が小河原だと知ったのだから、シヴァ少将の命令でフォーエンに仇なすわけではない。何か別の勢力が動きシヴァ少将の内部で動いたとフォーエンは理解した。
 シヴァ少将が偽物だと知っている者たちの争いが起きたと、フォーエンは考えただろう。
 それを表立って調査させることにより、窮地に立たされるのは小河原を中心とした陣営になる。

 フォーエンは小河原を偽物として立てた者を抑える気だろうか。再調査があれば小河原が偽物であると気付かれないようにするため、動きは鈍くなるかそれとも別の動きをするか。
 小河原が突然現れたことを考えれば、偽物と断定するのは難しいだろうけれども、調査が入ればフォーエンに取ってかわらせようとする者たちの動きも鈍化するだろう。
 小河原の周囲は騒がしくなるが、フォーエンを狙うような真似はしにくくなる。小河原にとっては良い動きだ。

「シヴァ少将が何かしようとするのは、邪魔できてるってことだよね」
「そうなるな。調査する者の中には皇帝の手下もいる。おかしな真似でもすれば別の情報が皇帝に入るだろう。シヴァ少将が狙われたこととは関係なくとも、皇帝はシヴァ少将を調べることが可能になった。運のいい事件になったわけだ」

 その言い方はどうかと思うが、それは概ね正しい。
 小河原を保護できれば一番良いが、シヴァ少将を捕らえる真似でもしない限り、シヴァ少将を保護することはできない。偽物だと気付かれたらフォーエンが例え庇おうとしても、皇帝を謀った罪は重い。
 おそらく死罪になってもおかしくないのだ。それはシヴァ少将本人だけでなく、隠してきたシヴァ少将の部下たちも同じ。
 暗殺を目論んだ者たちも免責は逃れられないかもしれない。

 だとしたら彼らができることはシヴァ少将の暗殺。証拠隠滅しかない。
 しかし、フォーエンの皇帝の座を奪う者たちは、小河原を守る必要がある。
 水面下での戦いにより、フォーエンを皇帝の座から引きずり落とすと言う一定の動きは封じられるだろう。
 ただし、膠着状態になるだけであって、決着はつかない。隙を見せれば小河原が危険に晒されるのだ。
 小河原の危険が回避できるわけではない。

「フォーエンに代わる皇帝として立つための動きは止められる。再調査がある間は」
「その間に皇帝が何をするかだな」
 シヴァ少将が偽物であると公表せずとも、シヴァ少将の周囲がフォーエンを引きずり落とそうとしているのが気付かれれば、どちらにしてもシヴァ少将の身が危険に晒される。
 時間は稼げるが、解決には至らないのだ。

「ううう————————っ!!!」
「何だよ!?」
 いきなり叫んで頭を抱える理音に、ナラカが本気でおののいた。そんなに驚かなくていいのに。
 小河原をこっそり助けるとしても、小河原は真実を話してくれないだろう。誰が主犯なのか分からないが、小河原は自分を助けてくれた人を犠牲にはしたくないと思っている。

「ナラカはさ、恩を受けた人っている?」
「…何だよ。別にいねえよ」
「どうやって報いればいいかなって考える?」
「知らねえよ。皇帝に報いる必要でもあんのか?」
「それはたくさんあるけどさ」
 助けてもらったお礼のために、自分ができることを行う。役に立てればいいと思う。

「要くんも、そうなのかな…」
「は?かなめくん?」
 もしも、シヴァ少将の奥さんが初めに気付いて小河原を保護した場合、夫にそっくりな人物を不気味と思うだろうか。瓜二つの男を殺そうとするだろうか。
 もし良心的な人であれば見付けた時に助けるかもしれない。その時にはシヴァ少将の身代わりにするつもりはなくとも。

「もしばれたら偽証罪的な罪…」
「おい、また訳のわからないこと言うなよ。説明しろ」
「フォーエンに助けてもらった私は、フォーエンの役に立てたらいいなって思うじゃない?」
「だからそんな真似してんだろ。男のふりしてんだ。罪になる」

 それと同じように、シヴァ少将を偽ることになってしまった小河原は、助けてくれた人に報いたいと思っている。
 周囲に気付かれてはならない。注意をしてシヴァ少将のふりをする。気付かれたら助けてくれた人に迷惑が掛かる。だとしたら演じ続けなければならない。

 しかし、こちらが小河原を保護しても、フォーエンはきっと偽物を立てたシヴァ少将の周囲を放置したりしない。何かしらの罰は与えるだろう。
 当然だ。皇帝を前にして偽物を用意し謀ったのだから。

「ううううっっ!!」
「だから、何だよ!」
「自分の馬鹿さ加減に腹が立つ!」
「意味わからねえ」

 小河原を助けたいけれど、その周囲までなんて頭は回らない。小河原が報いたいと思っている人たちを、助けてやろうとまで思えない。小河原を窮地に陥れているのはその人たちなのだ。
 そう思うしかない。
 それが独りよがり。

「目先のことしか考えてないから、人を傷つける」
「お前が何悩んでるんだか知らねえけど、報いたかったら報えばいいだろ」
 ナラカは座り込みながら、呆れるように言った。突然悶えだした理音を慰めようとしたのかもしれない。

「どうやって報いればいいのかなんて考えても仕方ないだろ。尽くすだけだ、その礼を」
 遠くを見るように口にしたその言葉は、重い何かが込められているように聞こえる。
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