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223 ー気付きー

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「ギョウエンさん」
 午後になってヘキ卿の下に行く前に、昼食を終えて部屋に行くギョウエンを捕まえた。驚いた顔を見せたが、理音が隠れるように待っていたのに気付き、すぐに小道へと隠れる。

「どうしました。何かありましたか」
「聞きたいことがあるの」
 始まりはレイシュンの婚約者の逃亡。抜け道を通り倒れた婚約者に医者を呼んだ。呼ばれたエンシは皇帝の命令で医療が行えなかった。そのまま亡くなった婚約者。その恨みは、どこへ転ぶだろうか。
 理音は今まで考えていた一通りの話をギョウエンにした。その道筋を通るとどこに辿り着くのか。ギョウエンが思案顔をする。

「レイシュンさんは花言葉に詳しいですよね。ギョウエンさんは詳しいですか?」
「私は花言葉は分かりません。花言葉に詳しい者はそういないと思います。ですが、その話からいくと、リオン様はレイシュン様がエンシを殺したと思われるんですか」
「エンシさんが皇帝を恨んで毒を隠していたけれど、それは隠されていただけです。誰か殺してくれればと願っていてもそのまま。でもエンシさんはその毒で死んだ。あの城のお庭で薬を育てて人を助けるために働き、後任の人にもその薬について教えていたけれど、急に亡くなった。それは月桂樹が届いてからって聞いてます。月桂樹の花言葉は裏切り。じゃあ、誰が送ったの?ってなりますよね」

「レイシュン様が植物を送られたことで、エンシが自殺したと?」
「エンシさんは自ら毒を飲んで死んだ。毒を育てていたのは皇帝への恨みもあったけれど、きっといつかそうやって医療に関して追い詰められる日が来ると、感じてたからじゃないかな」
「自殺のために自殺用の植物を植えていたと?皇帝陛下の命令により、医療が行えなかったため死んだ者たちがいたとして、それに対しての後ろめたさを持ち続けていたと言うことでしょうか」

「両手首がなくなっても医療を他に伝えようとした人でしょう。医療が行えなかったのは、エンシさんにとっても辛い日々だったんじゃないかな」
「そうかもしれません。多くを助けるために植物園まで造った方です。毒も薬にするような方でしたし、それを信じてリンネも植物の手入れを行っていました」
 エンシは自殺だった。皇帝を恨み木を植えたかもしれないが、けれどその木は誰を殺すわけではなく、結局犠牲にしたのは自分だけ。

「送った人はエンシさんを憎んでいただろうけど、それでエンシさんが自殺してしまったかもしれない。でも私が気にしているのは、そこじゃないの」
 本当にレイシュンがエンシに月桂樹を送ったとして、レイシュンはエンシが死んで溜飲が下がったのだろうか。エンシが婚約者の手当をせずに婚約者が死んだとしても、恨むのはエンシだけでは足りない。
 知りたがっていた毒の種類。何のために欲しがっていたのか。

「もしも、次にレイシュンさんが狙うとしたら誰になる?」
「…皇帝陛下になるでしょう」
「でも、もう殺されてるよね」
「では、誰だと思われるのですか?」

 もし皇帝という存在を恨むとしたら、フォーエンを筆頭にその血筋も許せなくなるだろう。フォーエンが死ねばまた次の皇帝が現れる。シヴァ少将も同じだ。
 だとしたら誰に加担するとはない気がする。けれど、一定の繋がりは見せた。レイシュンは何かに関わっているのではないだろうか。

「レイシュンさんは、皇帝に対して何かわだかまりを持っている気がするんです。なんて言うのかな、敬いはなくてどこか見下しているって言うか…」
 話していて時折感じた違和感。皇帝自体に何か思うところがあるのではないか。それをずっと考えていた。
「レイシュン様ならば、皇帝自体を覆すかもしません」
 ギョウエンは理音と同じことを考えている。皇帝の存在が許せない。レイシュンが狙っているのは、皇帝に立つ者全てなのだろうか。

 しかしギョウエンは首を振った。そう言う意味だけではないと。
 それが指す意味は革命。皇帝制度への不満になる。
 理音はごくりと喉を鳴らした。そこまでレイシュンが追い詰められるほどの出来事だったのだろうか。
 いや、愛する者を奪われた恨みは計り知れないのかもしれない。しかし、そこまでの熱をレイシュンが持っているとすれば、どこからどこまでレイシュンの考えなのだろうか。

「そこまで、レイシュンさんは力がありますか?そんな、影響力を持ってるの?」
「お父上は元宰相になられます。レイシュン様は今は地方の領主ですが、昔は陛下の下で働いていた実績があります。ただ、現実的ではないと思いますが」
「そう、ですよね。そこまで大ごとじゃないですよね。でも、毒を欲しがっていることが、ずっと、気になっていて」
 知って、それを誰に使いたいのか。もしそれがフォーエンなら?
 自分は、それは許せない。

「シヴァ少将と皇帝陛下を対立させれば、上手くいけば二分できたかもしれません」
「え?」
「以前はシヴァ少将のお体の問題でそのようなことはできなかったでしょうが、最近のシヴァ少将はお風邪を召されることも休まれることもなく宮中にいらっしゃっておいでです。そのためシヴァ少将にたかる者たちが増えました。皇帝陛下が気にされているほどです」
「じゃあ、」
 それを煽ったりするのではないだろうか。

 そう思ったが、ギョウエンはかぶりを振った。
「ウーゴの葉が生えたことは、大きな誤算になるでしょう」
 ナラカも言っていた、ウーゴの葉が生えた事件。それは宮廷内だけでなく民衆も喜ぶ大きな事件だった。
「影響力は、ありますか」
「ございます。かつてないほど、皇帝陛下への期待が高まっています。その大きな力を壊そうとする者は期待している者たちの希望を覆すようなもの。戦いにでもして命をとるとなれば、民衆が一同押し寄せる可能性も出てきます」

 そうなれば二分どころかフォーエンの一人勝ちを後押しするようなものだ。もしレイシュンが皇族自体を陥れたい場合、逆効果になってしまう。
「それと、レイシュン様はシヴァ少将とは古いご友人。皇帝陛下という立場を忌んでいらっしゃっても、親しい方を表立って唆すことはしないでしょう」
 表立って、のところが強調されていたような気がするのだが。
 ギョウエンの顔を見上げると、青灰色の瞳は相変わらず何を映しているのか分からない。それでも、真実は話してくれていると思う。

「レイシュンさんて、最近シヴァ少将と会ってないですよね」
「会われておりませんね」
 会ったら、間違いなく気付かれると思う。
 いくら小河原が気を付けようと思っても、旧知であるレイシュンに気付かれないのは無理な話だ。そうすれば、レイシュンだって何かしら考えるかもしれない。
 小河原の周りは緊張続きだろう。小河原だって、いつバレるのか気が気じゃないはずだ。

「シヴァ少将、変わったことないですか?この間顔色悪そうだったけれど」
「殆どお会いすることはありませんので」
「そっか」
「ですが、口論があったという話は耳にしてます」
「口論?シヴァ少将と誰とですか?」
「マウォ殿と」

 マウォはシヴァ少将の屋敷に行くことがある。身体が健康になったと言って会いに行くのをやめたりはしないだろう。
 最悪のことを考えれば、小河原の命がなくなる。既に危険に晒されているのだから、もう放置することはできない。
 レイシュンでなくても、小河原が偽物であると気付く者は増えてくるだろう。




「また、何を気付いたと?」
 ギョウエンに何か言えばすぐにフォーエンに通る。むしろ伝言ゲームが上手くいくので、ホウレンソウがしっかりしていてありがたい。
 そんな感想を持ちつつ、フォーエンが紺色の瞳をこちらに向けて凄んできたのを見上げた。
 レイシュンの話をしっかり聞いたようで、詳しく話せと脅してくる。

「重要な話したいから、星見さんに会いたい!」
 全く違う話を口にすると、フォーエンの表情が急激に不機嫌に変わった。
「聞いていた話と違うようだな」
「同じだよ!これから何かあったら嫌だから、星見さんに会って話が聞きたい!フォーエン、大事な話なの!」
「何の話だ。ソウが何か企む可能性の話ではないのか!?」

 フォーエンは苛立たし気に言い放つ。
 星見の話をするとやけに不機嫌になるが、会いたくない理由でもあるのだろうか。それでも星見と話す必要があった。
 何とかして小河原をシヴァ少将としての役目から外さなければならない。

「レイシュンさんが絡む前に、シヴァ少将に起こる可能性を止めたいの!」
「そこでなぜニイフェンが出る」
 話の合わない会話だと、フォーエンは眉を寄せた。一度息を吐いて怒りを外に出すように咳払いをした。
「お前は突飛なことをすぐに口に出しすぎる。もう少し私に分かるように話せ」
「それは…」

 詳しく話すことなどできない。シヴァ少将が実は偽物だったと、話してどうなる。
 偽物であることが気付かれれば、小河原が罰を受けることになる。
 口籠るとフォーエンは着物を直して立ち上がる。扉の方へ歩むのは拒否の意だ。

「待って。だめ!本当に必要なの!星見さんに会って、流星がある日を聞かなきゃ!」
 着物をがっしと掴んで歩みを止めると、フォーエンは瞳孔が開くくらい目を開け、唇を噛み締めるように顔を歪めた。

「…帰りたいのか?」
「へ?どこに?」
「どこにとは、どこへ帰るつもりだ」
「え、何の話?」
 話が通じない。そうはてなを頭に浮かばせていると、フォーエンは脱力したように頭を押さえ、どすんとベッドに座り直した。

「お前の、家にだ。戻りたいのか?」
「いえ…。家!?私!?ちが、違うよ!」
 ぶんぶんかぶりを振るが、そりゃ流星がある日を聞きたいなんて言うならば、自分が家に帰りたいと思うのが当然だった。
 そして、流星があれば家に帰れるのは自分も同じだったことに今更気付く。

「流星あれば私も帰れるんだった。あはは、すごい他人事だった」
 恥ずかしいくらい他人事で考えていた。小河原が帰れるのならば自分も帰れるのだ。そのことを本当に頭からすっぽり抜かして考えていた。
 とてつもなく馬鹿な発言に、フォーエンが言葉を失った。自分も失う。
 もう、今のでフォーエンは気付いてしまった。

「誰の、話をしている。誰を帰らせるつもりだ!?」
 なんて馬鹿なミス。頭が悪いにも程がある。頭を抱えてごろごろ転がりたい。転がっても無駄だけれど、馬鹿すぎて転がるしかない。
 フォーエンは隣でツノが出そうなほど剣呑な顔をしている。迫力美人、凄まないでほしい。美人が怒ると怖いんだよ。

「リオン!」
 声音に低い響きが混ざり脅してきた。眇めた瞳は空気すら凍らせてしまいそうなほど、鋭く冷えた視線だ。
「星見さんに会わせてくれたら言う」
 良く言えたな、私!

 しかしそう言わざるを得なかった。教えるならば小河原には無事家に帰ってもらわなければならない。小河原の無事が確保できなければ、答えることなどできない。
 冷眼に挑みその視線を返すごとく睨みつける。負けてたまるか。フォーエンは見下すように理音を睨みつけたままだ。

「…ニイフェンか」
 フォーエンの呟きに、理音は脱力するしかなかった。
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