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220 ー後宮ー
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「シヴァ少将は、お前さんのことは認識してるんだな」
ぎくりとして振り向くと、ウンリュウがしっかりシヴァ少将の背を追っていた。今の笑みを見られたようだ。小河原は気を付けているだろうが、ウンリュウは武人である。見ていないようで見ていた。
「認識って言うか、この間体調悪そうにしてたの、声掛けちゃって、顔覚えられてるんだと思います」
前にシヴァ少将と話した時のことを軽く話すと、ウンリュウは呆れた顔をして頭を押さえた。
「何でお前さんはわざわざ災いになるような相手に近付くんだ?」
それは笑ってごまかすしかない。小河原だと思って近付いたとは言えぬのだ。
「シヴァ少将には懐くなよ」
まるでペットのように言ってくれるが、ウンリュウの表情は本気だ。身分気にせず話しかける姿がほとんど犬猫らしい。すみません。
「陛下を狙っている可能性がある」
「でもそれは、シヴァ少将じゃなくて、他の人ですよね。例えば、奥さんの親戚関係とかあり得ないですか?」
「皇帝の座を狙うのならば喜ぶ者は多いだろう」
ウンリュウは小声になると周囲を見回しながら先に進んだ。倉庫に行けば人はいない。
「外戚になれば権力が手に入る。シヴァ少将の奥方やマウォが皇帝陛下の外戚を望んでいてもおかしくはない」
だから小河原がシヴァ少将のふりをし、その手伝いをマウォがしていても、何の不思議もない。しかしそこで奥さんが反対していたらどうだろう。小河原を殺そうとするだろうか。
どちらにしても、シヴァ少将が狙われたのは事実だ。一刻も早く犯人を見付けるか、帰ることができれば。
「ウンリュウさん、星見の人って会ったことあります?」
「星見は、ほとんど聖王院より出てこない。星を見て陛下に進言することはあるが、陛下が直々に院へ行かれるからなあ。俺は会ったことすらない」
星見がいる聖王院の位置は何となくわかるのだが、後宮からでしか行ったことがない。仕事の合間にこっそり行くことはまずいだろうか。そう思ったのだが、聖王院は許された者しか行くことができないらしく、皇帝のいる場所へ行くくらい警備が厳重だそうだ。
最初に会った星見、彦星に会うことはできない。
フォーエンに聞いた時、今は忙しいと一掃されてしまったのだから、簡単には会えないのだろうけれど、小河原の安全を考えたらあまり猶予はない。
「ああ、あと、奥方と言えばな。後宮の女官はその昔、シヴァ少将の奥方の、元乳母だったようだぞ」
「は!?」
人気がないことを確認しなければ口にできなかったのだろうが、驚きに大声を出してしまった。ウンリュウがすかさず口を押さえてくる。
「調べてわかったことだ。かなり古い話らしいがな。乳母を途中で辞め女官になり後宮へ入ったそうだ。奥方も後宮入りできる人物だが、シヴァ少将の婚約者となった。そのため乳母だった女は後宮に女官として選ばれたのだろう。乳母として別の妃についた」
また何だかごちゃごちゃしてきて、理音は頭を抱えた。ここで繋がるのか。スミアがあちこち顔を出してきて、橋渡しをしているようだ。
しかも乳母として後宮に入ったのならば。
「皇帝って連続で死んでるじゃないですか。その間に皇帝のお子さんがいたってことですよね?」
スミアが乳母として後宮に入ったのならば、皇帝に子供がいたわけだ。フォーエンは父親が皇帝だったため後継者としてそれを継いだが、その前の皇帝たちに子供がいればフォーエンに継承権は来ないような気がする。ただ、この世界の継承権がどんな順になっているのかいまいち理解できないので、自分の常識とは合わせられないが。
今更だが、そんなことを不思議に思っていると、ウンリュウは微妙な表情を見せた。
「そうか、知らんのか。皇帝陛下が続いて亡くなったように、子ができても死んだり、子が生まれる前に死んでしまっているんだ。特に男子がな。女は皇帝陛下が亡くなれば、後宮から出される。だから、お前さんが知らなくても当然か」
理音はごくりと喉を鳴らした。
つまり実害があったのだ。皇太后は妃たちにお茶や食べ物を出していた。子供の発育に悪かったり、妊娠中に口にしてはならないものを。
自分の察しが悪すぎる。フォーエンの前の皇帝時代はそれがまかり通っていたのだ。
その皇太后は連続で死んだフォーエンの父親の兄弟たちの母親で、実の息子の嫁たちに薬を与えていたことになる。
その人も後宮に何か思うことがあったのか、皇帝に恨みでもあったのか、闇すぎてあまり聞きたくない話だ。その皇太后は既に亡くなっているため、今はルファンが皇太后となっているわけだが、昔の事情を知っているスミアがルファンについている。
「後宮、こわ…」
フォーエンには敵が多い。皇帝が続け様に暗殺され、不満のある者がいれば暗殺くらい身近に危険がある。それは後宮も同じで、妃にしたい人がいても狙われる可能性があり、その子供にも危険が及んだ。
それは安心安全を求めるわけである。
レイセン宮は今の所それを満たしているだろう。自分はほとんどレイセン宮にいないが、ナラカの言う通り侵入は難しくなっている。もしここに妃にしたい女性を入れるならば、子供にもそれは及ぶのだし、レイセン宮で安全は確保されつつある。
一応自分は役に立ったはずだ。
「でも、お役目って言われて宮出ることもあるみたいだし、そうなるとまた心配の種ができちゃうのか」
フォーエン、ちゃんと妃選べるのか?
銃刀法とか薬物の許可性とか行った方がいいんではなかろうか。法整備必要だろうに。
ため息しか出ない。
「また、ため息―」
隣にいたルーシが口を尖らせて言った。もう何度目だと思っているのかと叱られる。そんなため息を吐いていたか、理音は持っていた雑巾から糸を抜いた。
今日は布のほつれを縫うと言う縫製を頼まれたのである。縫い物なんて中学生の家庭科以来だ。あまりに下手なため、余った布を集めて雑巾用に縫えと言われたわけだが。
「リン。もっと縫い物練習したほうがいいわよ!手先不器用なんだし、これくらい縫えるようにならないと!」
ルーシのお叱りに苦笑いを返す。縫い物が上手いとは言わない。言わないが、この針長いし、糸も太いんですよ。そのため縫うのに力がいる。そして早く縫いにくいのだ。何だこれ、布団針か。
「おうちで練習しなかったの?だめよ。刺繍だってできないんだし」
「刺繍ですかー。むかーし、昔、やったことあります」
「今、やりなさいよ!」
えー、できないよー。その言葉はぐっと我慢して、うふふと笑ってみせておく。刺繍も中学校でやったことはある。
こちらで女性たちは針と糸を持つのが普通だ。お着物を自分で縫えて当然な方々に下手と言われて凹む気も起きない。まつり縫いくらいならできるんですよ。上手いかはともかく。
「縫い終わった布はいつものところに置いておいて」
「了解です」
雑巾にするのに縫い方が下手と小言をもらうとは思わなかった。雑巾縫いで練習しろとのことだったらしい。これは今後もやらされそうである。
ルーシが着物のほつれをいくつも直している横で、せっせと雑巾を縫い終えた理音はそれを倉庫へと持っていく。今日は縫い物しかしていないが、午前だけだとそれだけで仕事が終わりだ。
お腹がぐうと鳴れば昼時間が近いことがわかる。そうして、この腹時計がなる頃、ジョアンがウの姫に昼食を配膳するのだ。
ウの姫の昼食はジョアンが必ず持っていく。他の女官たちもウの姫の部屋には入るが、昼食はジョアンが運んだ。
理音に気付いたジョアンがウの姫の部屋のをノックしながらこちらを見遣る。にこりと笑んだがさっさと通れと言われている気がした。頭を下げてそそとその部屋の前を通り過ぎる。
あれはもう知らんぷりをしよう。
自分が口を出す話ではない。ウの姫は部屋から出てこないと言うことになっているのだから、それに対して疑問を持つべきではないのだ。
「ねえねえ、春の宴には何を飾る?」
部屋に戻ればルーシの他にユエインとミアンがいた。どうやらお祭りがまたあるらしい。その時の飾りは何にするのか相談している。ユエインとルーシはのほほんと話しているが、ミアンが張り切るように髪型や飾りについて、今の後宮での流行りを説いていた。
三人で何だか女子会のようだな。と思いながら、使っていた裁縫箱を片付ける。
「ねえ、リンはどんな簪持っているの?」
「簪ですか?」
持っているわけがないが、持っていないとは言えない。レイセン宮で勝手に着けてもらえるので気にしたことがなかった。今、頭に挿しているのはどんな物だっただろうか。飾り着けられても鏡を見てじっくり確認しないので、どんな飾りか覚えていない。
「えーと、こんなのばっかりです、ね」
「リンの髪飾りって素敵なの多いわよね。いつも自分で選んでいるんでしょう?行商が来た時に買ったの?家から持ってきたの?」
「えーと、家からですが」
行商って何?とは聞けない。ユエインとミアンは次行商が来たらいいのがあるといいな。などと話していたからだ。後宮に商人が来るのは知っているが、それを行商と言うのか知らなかった。
「春の宴の前に行商が来てくれればいいのに」
「本当よね。冬でほとんどの品が届かないのに、先に宴があるんだから」
雪で商人が来にくいのか、宴の前には行商は来ないようだ。最近寒くても雪は降らないのだが、商人が新しい品を届けるにはまだ寒いらしい。
「初めてお会いできるのだし、それなりに装いたいわよねえ」
「そうよ!ウの姫の女官として恥のないようにしなくちゃ!」
張り切って装わなければとミアンが意気込むが、誰に初めて会うのだろう。首を傾げていると、三人に呆れた顔をされてしまった。
「皇帝陛下にお目通りできるから頑張るんですか?」
「違うわよ!そうだけど!」
どっちなんだ。ミアンが力強く言うが、宴でフォーエンに会えるのが楽しみでも、気合を入れるのはそれだけではないらしい。
「レイセン宮の方に決まっているでしょ!」
ばばーんと握り拳を作って言われ、つい仰け反りそうになった。レイセン宮の方?それって、自分でしょうか。
「何でまた…?」
「初めてお会いするのよ!ウの姫の女官として装うのは当然でしょ!」
そうなの?つまり対抗意識があると言うことだろうか。確かに皇帝がたった一人を見初めているとなれば、対抗意識は当然にあり、ウの内大臣の姫の女官としてはしっかりと装い、レイセン宮の方に張り合う必要がある。
レイセン宮の方とか、後ろめたくて仕方がないが。
しかしそれにしては三人とも楽しみにしているように見える。装うのが嬉しいのかもしれない。
ウの姫が参加するイベントはこれが初めてだ。宴では必ず女性たちの挨拶を受けるので、そこでやっと姫が見られる。
フォーエンの相手となる人だ。ウの姫もその女官たちも、その人の容姿などしっかり目に焼き付けたいのだ。会う時におかしな顔をしないようにしなければならなかった。億劫である。
「それで、宴っていつやるんですか?」
「明後日よ?」
あっさりと言われ、理音はそっと目を閉じた。
ぎくりとして振り向くと、ウンリュウがしっかりシヴァ少将の背を追っていた。今の笑みを見られたようだ。小河原は気を付けているだろうが、ウンリュウは武人である。見ていないようで見ていた。
「認識って言うか、この間体調悪そうにしてたの、声掛けちゃって、顔覚えられてるんだと思います」
前にシヴァ少将と話した時のことを軽く話すと、ウンリュウは呆れた顔をして頭を押さえた。
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「シヴァ少将には懐くなよ」
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「陛下を狙っている可能性がある」
「でもそれは、シヴァ少将じゃなくて、他の人ですよね。例えば、奥さんの親戚関係とかあり得ないですか?」
「皇帝の座を狙うのならば喜ぶ者は多いだろう」
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「外戚になれば権力が手に入る。シヴァ少将の奥方やマウォが皇帝陛下の外戚を望んでいてもおかしくはない」
だから小河原がシヴァ少将のふりをし、その手伝いをマウォがしていても、何の不思議もない。しかしそこで奥さんが反対していたらどうだろう。小河原を殺そうとするだろうか。
どちらにしても、シヴァ少将が狙われたのは事実だ。一刻も早く犯人を見付けるか、帰ることができれば。
「ウンリュウさん、星見の人って会ったことあります?」
「星見は、ほとんど聖王院より出てこない。星を見て陛下に進言することはあるが、陛下が直々に院へ行かれるからなあ。俺は会ったことすらない」
星見がいる聖王院の位置は何となくわかるのだが、後宮からでしか行ったことがない。仕事の合間にこっそり行くことはまずいだろうか。そう思ったのだが、聖王院は許された者しか行くことができないらしく、皇帝のいる場所へ行くくらい警備が厳重だそうだ。
最初に会った星見、彦星に会うことはできない。
フォーエンに聞いた時、今は忙しいと一掃されてしまったのだから、簡単には会えないのだろうけれど、小河原の安全を考えたらあまり猶予はない。
「ああ、あと、奥方と言えばな。後宮の女官はその昔、シヴァ少将の奥方の、元乳母だったようだぞ」
「は!?」
人気がないことを確認しなければ口にできなかったのだろうが、驚きに大声を出してしまった。ウンリュウがすかさず口を押さえてくる。
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理音はごくりと喉を鳴らした。
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自分の察しが悪すぎる。フォーエンの前の皇帝時代はそれがまかり通っていたのだ。
その皇太后は連続で死んだフォーエンの父親の兄弟たちの母親で、実の息子の嫁たちに薬を与えていたことになる。
その人も後宮に何か思うことがあったのか、皇帝に恨みでもあったのか、闇すぎてあまり聞きたくない話だ。その皇太后は既に亡くなっているため、今はルファンが皇太后となっているわけだが、昔の事情を知っているスミアがルファンについている。
「後宮、こわ…」
フォーエンには敵が多い。皇帝が続け様に暗殺され、不満のある者がいれば暗殺くらい身近に危険がある。それは後宮も同じで、妃にしたい人がいても狙われる可能性があり、その子供にも危険が及んだ。
それは安心安全を求めるわけである。
レイセン宮は今の所それを満たしているだろう。自分はほとんどレイセン宮にいないが、ナラカの言う通り侵入は難しくなっている。もしここに妃にしたい女性を入れるならば、子供にもそれは及ぶのだし、レイセン宮で安全は確保されつつある。
一応自分は役に立ったはずだ。
「でも、お役目って言われて宮出ることもあるみたいだし、そうなるとまた心配の種ができちゃうのか」
フォーエン、ちゃんと妃選べるのか?
銃刀法とか薬物の許可性とか行った方がいいんではなかろうか。法整備必要だろうに。
ため息しか出ない。
「また、ため息―」
隣にいたルーシが口を尖らせて言った。もう何度目だと思っているのかと叱られる。そんなため息を吐いていたか、理音は持っていた雑巾から糸を抜いた。
今日は布のほつれを縫うと言う縫製を頼まれたのである。縫い物なんて中学生の家庭科以来だ。あまりに下手なため、余った布を集めて雑巾用に縫えと言われたわけだが。
「リン。もっと縫い物練習したほうがいいわよ!手先不器用なんだし、これくらい縫えるようにならないと!」
ルーシのお叱りに苦笑いを返す。縫い物が上手いとは言わない。言わないが、この針長いし、糸も太いんですよ。そのため縫うのに力がいる。そして早く縫いにくいのだ。何だこれ、布団針か。
「おうちで練習しなかったの?だめよ。刺繍だってできないんだし」
「刺繍ですかー。むかーし、昔、やったことあります」
「今、やりなさいよ!」
えー、できないよー。その言葉はぐっと我慢して、うふふと笑ってみせておく。刺繍も中学校でやったことはある。
こちらで女性たちは針と糸を持つのが普通だ。お着物を自分で縫えて当然な方々に下手と言われて凹む気も起きない。まつり縫いくらいならできるんですよ。上手いかはともかく。
「縫い終わった布はいつものところに置いておいて」
「了解です」
雑巾にするのに縫い方が下手と小言をもらうとは思わなかった。雑巾縫いで練習しろとのことだったらしい。これは今後もやらされそうである。
ルーシが着物のほつれをいくつも直している横で、せっせと雑巾を縫い終えた理音はそれを倉庫へと持っていく。今日は縫い物しかしていないが、午前だけだとそれだけで仕事が終わりだ。
お腹がぐうと鳴れば昼時間が近いことがわかる。そうして、この腹時計がなる頃、ジョアンがウの姫に昼食を配膳するのだ。
ウの姫の昼食はジョアンが必ず持っていく。他の女官たちもウの姫の部屋には入るが、昼食はジョアンが運んだ。
理音に気付いたジョアンがウの姫の部屋のをノックしながらこちらを見遣る。にこりと笑んだがさっさと通れと言われている気がした。頭を下げてそそとその部屋の前を通り過ぎる。
あれはもう知らんぷりをしよう。
自分が口を出す話ではない。ウの姫は部屋から出てこないと言うことになっているのだから、それに対して疑問を持つべきではないのだ。
「ねえねえ、春の宴には何を飾る?」
部屋に戻ればルーシの他にユエインとミアンがいた。どうやらお祭りがまたあるらしい。その時の飾りは何にするのか相談している。ユエインとルーシはのほほんと話しているが、ミアンが張り切るように髪型や飾りについて、今の後宮での流行りを説いていた。
三人で何だか女子会のようだな。と思いながら、使っていた裁縫箱を片付ける。
「ねえ、リンはどんな簪持っているの?」
「簪ですか?」
持っているわけがないが、持っていないとは言えない。レイセン宮で勝手に着けてもらえるので気にしたことがなかった。今、頭に挿しているのはどんな物だっただろうか。飾り着けられても鏡を見てじっくり確認しないので、どんな飾りか覚えていない。
「えーと、こんなのばっかりです、ね」
「リンの髪飾りって素敵なの多いわよね。いつも自分で選んでいるんでしょう?行商が来た時に買ったの?家から持ってきたの?」
「えーと、家からですが」
行商って何?とは聞けない。ユエインとミアンは次行商が来たらいいのがあるといいな。などと話していたからだ。後宮に商人が来るのは知っているが、それを行商と言うのか知らなかった。
「春の宴の前に行商が来てくれればいいのに」
「本当よね。冬でほとんどの品が届かないのに、先に宴があるんだから」
雪で商人が来にくいのか、宴の前には行商は来ないようだ。最近寒くても雪は降らないのだが、商人が新しい品を届けるにはまだ寒いらしい。
「初めてお会いできるのだし、それなりに装いたいわよねえ」
「そうよ!ウの姫の女官として恥のないようにしなくちゃ!」
張り切って装わなければとミアンが意気込むが、誰に初めて会うのだろう。首を傾げていると、三人に呆れた顔をされてしまった。
「皇帝陛下にお目通りできるから頑張るんですか?」
「違うわよ!そうだけど!」
どっちなんだ。ミアンが力強く言うが、宴でフォーエンに会えるのが楽しみでも、気合を入れるのはそれだけではないらしい。
「レイセン宮の方に決まっているでしょ!」
ばばーんと握り拳を作って言われ、つい仰け反りそうになった。レイセン宮の方?それって、自分でしょうか。
「何でまた…?」
「初めてお会いするのよ!ウの姫の女官として装うのは当然でしょ!」
そうなの?つまり対抗意識があると言うことだろうか。確かに皇帝がたった一人を見初めているとなれば、対抗意識は当然にあり、ウの内大臣の姫の女官としてはしっかりと装い、レイセン宮の方に張り合う必要がある。
レイセン宮の方とか、後ろめたくて仕方がないが。
しかしそれにしては三人とも楽しみにしているように見える。装うのが嬉しいのかもしれない。
ウの姫が参加するイベントはこれが初めてだ。宴では必ず女性たちの挨拶を受けるので、そこでやっと姫が見られる。
フォーエンの相手となる人だ。ウの姫もその女官たちも、その人の容姿などしっかり目に焼き付けたいのだ。会う時におかしな顔をしないようにしなければならなかった。億劫である。
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