群青雨色紫伝 ー東雲理音の異世界日記ー

MIRICO

文字の大きさ
上 下
219 / 244

219 ー身上ー

しおりを挟む
「ソウの婚約者と同じだ。母には婚約者がいた。だが身分を嵩にし父が無理に娶った。母は生みたくもない子を身篭り子を生んだ。それからすぐに実の子を放置し孤児を集めた。母なりの抗議だろう」

 フォーエンは淡々と自分の身の上を口にした。

 それはつまり、ルファンは生みたくないのに、フォーエンを生み。あまつ他人の子供を可愛がったのだ。
 そして、その頃から少しずつルファンは病んでいったと言う。
 フォーエンの父親は元々皇族だ。当時継承権は低かったかもしれないが、ルファンの身分では結婚を断れなかったのだろう。けれど、だからと言って、フォーエンを蔑ろにする必要はない。

「それは、抗議って言わない。幼稚な嫌がらせだよ。フォーエンには関係ないじゃない!」
「あの男の子供だからな」
 他人事のように口にされて、腹が立つ思いがした。
「それでも、お母さんの子供でしょ!?」
「お前が泣くことじゃない」

 腹が立ちすぎて、涙が流れていた。フォーエンは乳母に育てられ、ルファンとはほとんど話したことがないと言う。子供を多く連れたルファンに父親はすぐに興味を失くし、愛人の元に身を寄せたそうだ。
 そして皇帝の座が舞い込んできた。ルファンは後宮に入ることに。孤児はバラバラに。皇帝は後宮の妃たちを何人も手付きにした。

「母がああなったのは、私も知らない。いつからああだったのか、前からああだったのか。子供の頃すぐに離れて暮らしたから、気付きもしない。それを言うなら、私もまた薄情なのだろう」
 ルファンは後宮に入りながらあのカオウ宮に閉じ込められた。皇帝の妃として、唯一の東宮を生んだ女性として扱われたが、表に出ることはない。

「だが、父が死んだ時、恐ろしいほど美しく笑っていた。精神を病んでいるとは思えないほどに。それほど父への恨みは強かったのだろう」
 ルファンは精神を病んでもなお、皇帝が死去したことを喜んだ。そこまで恨むほどだったのだ。そのルファンはカオウ宮でゆっくりと過ごしている。外には出られないが、恨む相手はこの世にはいない。
 フォーエンに関しては生んだことすらもなかったことにしていたのだろう。ルファンのあの愛らしく笑う姿を見た後では、フォーエンがあまりにも不憫に思えた。

 そろりと伸ばした先、フォーエンの指先はひどく冷えていた。
「フォーエンが生まれてきてくれて良かったって思ってる人は、きっとたくさんいるよ。コウユウさんとか、ハク大輔とかヘキ卿もそうでしょ。私も、フォーエンがいてくれなかったら、この世界で生きてこれなかっただろうし。これからは、フォーエンが皇帝じゃなきゃダメだって思う人も増えるからね」

 家族の話は難しい。自分は家族に恵まれている方で、喧嘩があってもすぐに忘れるような仲の良さだった。フォーエンの気持ちは自分では推し量れない。
 フォーエンは触れていた手を抜いた。やはり口先だけすぎたかもしれない。フォーエンにとって両親がどんな相手なのかわからないのに、おざなりに皆がいると言っても根本の解決にはならないのだろう。

 理音から離れた手のひらは、理音の頬に伸びていた。引き寄せられた身体はフォーエンのぬくもりに触れ、そっとうなじに暖かさを感じた。
「父も母も側にいることはなかった。それが当然で気にしたこともない。昔は恨んだが、今ではどうでもいいことだ。だが、生まれていなければ、私はここにはいなかった。お前にとっては、良かったことなのか?」
「フォーエンがいなかったら、私はその辺でのたれ死んでるよ。言葉もわからなかったし、ご飯も寝るとこもあって良かったって思ったくらいだし。自分本位ですみませんが」

 だから生まれてきてくれてありがとうなんて失礼なことは言えない。自分のことは棚に上げておいてほしい。他の人たちはちゃんとフォーエンを必要としてくれている。そこは信じてほしいのだが。
 フォーエンは理音の頭を抱いたまま、背中に手を伸ばしてきつく抱きしめる。フォーエンの胸元におでこを押し付けたまま、その力を感じた。

「えっと、だから、えーと、身体に気をつけてください」
 何か気の利いたことを言おうと思ったのに頓珍漢なことが口から出ると、頭の上でぷっとフォーエンが吹き出した。
「そうだな。身体に気をつけて。ぷ、くく…」

 頭の上で笑うフォーエンは我慢できないと笑い出したが、ひとしきり笑った後、静かに、「ありがとう」と礼を口にした。




 お礼言われたの初めてかも。穏やかに緩やかに、それはまるで女神のような笑みだった。
 ルファンと同じ顔なんだよなあ。びっくりするほどそっくりで、笑い方も同じだった。間違いのない母子なのに、そのルファンは、フォーエンを子供と認めていない。

「孤児を集めて育ててフォーエンは無視とか、どんな当て付け。それはひどいよ」
 ルファンはカオウ宮で精神を病んだまま、静かに暮らしている。皇帝が亡くなっても自由になることはなく、フォーエンが皇帝を継ぎ皇太后になった。
 それを、スミアは見てきた。精神を病んだルファンを哀れに思ったか。皇帝への恨みを感じ取ったか。
 だからシーニンが外に出る手助けをしても、殺す理由はない。関わりはないのか。
 スミアの話からルファンへ話が逸れてしまったけれど、スミアが何かをしているか証拠があるわけではない。ただ、胡散臭い気がするだけで。

「リオン、これはお前さんには重すぎるだろう」
「え、大丈夫ですよ」
 分析し終えた資料を物置に返すため、風呂敷をもらって背中に背負うと、ウンリュウがするりとそれを奪った。護衛をしてくれているのに、ウンリュウが荷物を持っては意味がない。

「しかし、かなり重いんじゃないか?」
「平気ですって。あ、じゃあ、ウンリュウさん、これ持ってください」
 理音は箱の中から木簡一つを手渡し、もう一度箱を背負う。ウンリュウが大きく首を振ってきたので三つ程手渡して諦めてもらう。

「他に役立てることないんですから、やらせてくださいよ」
「いや、お前さん、何かしらやっているんだろう。本来なら宮でゆっくりされるべきなのに」
「じっとしてたら、私暴れだすかもです」
 地面を転がる勢いで暴れると思う。それを言うと納得してくれたが、ため息混じりだ。

「中でもお役目をもらってるんだろう?」
「んー。まあ、ほんの少し」
「俺も詳しくはないが、中では中のお役目がある。まだ、表立って活躍するわけにはいかぬから、行えないだけだろう」

 後宮では妃の身分によってお仕事がたくさんあるらしい。皇帝の相手として選ばれたならば身分も上がり、後宮の女性たちをまとめる役目があるそうだ。イベントなどにも積極的に関わり、皇帝のために働く必要がある。
 頷きながら聞いてはいるが、ウンリュウが後宮での理音をどう聞いているのか知らないので、詳しくは話さなかった。他の妃の女官をやっているとは言えない。

 そもそも、自分は表立つことはできないので、その役目は一生来ないのだ。そうなるとむしろ誰が後宮をまとめているのだろうか。謎だ。
 ウの姫はお部屋におらず、外に出ているようだし、他にえらい妃と言えばグイの姫くらいしか知らない。グイの姫は身分が高いのでまとめ役は彼女が担っているのかもしれない。

 荷物を運び戻り運びを繰り返していると、廊下を歩くシヴァ少将が見えた。ウンリュウが少し待つように足を止めさせる。不用意に近づかないようにされた。
「まだ何とも言えんからな。もし陛下に害をなす場合、お前さんにもそれが行われる可能性がある」
 シヴァ少将にその気がなくとも、周囲がどうするかはわからない。フォーエンを狙っていないとシヴァ少将が言っても、周囲がどう動くのかはわかっていないのだ。シヴァ少将はそれを調査中としているが、それが本当に行われているかもわからないと、ウンリュウは言う。

 シヴァ少将は何もしない。それを言っても周囲がどうだかは理音にだってわからない。無言でそれに頷き従うしかなかった。男の姿でも囮になるのだから、後宮以外の敵を見つけるのに丁度いいのかもしれない。
 少し距離をあけたところで、ウンリュウが歩き出す。ウンリュウは廊下を歩くだけでも注意して動いているのだろう。横目で見た先に男が二人、びくりと肩を震わせる。何をしたでもないのに、目線だけで男二人を黙らせた。

 ほんの少し、小さな声で、あれが陛下の?と言う言葉が聞こえた。それはごくたまに言われることがあったが、本当にごくたまにだ。そのごくたまにしかない相手に、ウンリュウは凄みを出す。
 それって、完全に肯定してるんだけど、いいのだろうか。

 前に言われた皇帝陛下男色の噂をである。一人でいると気付かれないのだが、ウンリュウはハク大輔の臣下として有名なのか、ウンリュウついでに理音を見る視線を感じた。
 そこで、あ、あの子供か。と気付かれるのだ。
 だからか、最近、そのごくたまに言われていたことが増えてきた気がする。

 コウユウに殺される案件、再び。理音を殺そうとしたのではないかと、一時期疑っていたが、殺そうとはしていないが殺したいんだろうな、くらいはコウユウに嫌われているのは間違いない。
 この頃後宮以外でフォーエンに会うため、もっと殺意が増えていそうで怖い。

 先を歩いていたシヴァ少将がふと足を止め、誰かと挨拶をする。ウの内大臣だ。廊下で会うのは初めてだが、ここで挨拶をどうすべきか、頭を巡った。周りが道を開けるのを見て、理音もすぐに習う。
 頭を下げて通るのを待てば、ウの内大臣はちろりとこちらを横目で見だだけ、挨拶はしてこなかったので、これで合っていたとほっと安堵する。

「珍しい方がいらっしゃるものだな」
「そうなんですか。そう言えば見たの初めてです」
「こちらに用はない方なんだがな」
 こちらの棟は祭りなどのイベントを司る部署が多いため、ウの内大臣が来ることは稀にしかないらしい。ふうんと相槌を打ちながら先を見ると、シヴァ少将と視線が合った。

 それは一瞬だったけれど、小河原が小さく目元を綻ばせる。
 こちらにはウンリュウがおり、あちらには麿と武士がいる。そう簡単には話せなくなってしまったが、会えて姿を見るとホッとする。それは小河原も同じだろうか。

 近くで見えないためわからないが、体調は大丈夫だろうか。心配でならない。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

処理中です...