群青雨色紫伝 ー東雲理音の異世界日記ー

MIRICO

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213 ー狙いー

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「皇帝陛下が狙った?」
「そのように噂をしている者が一定数いるようです」

 ギョウエンは人の目から隠れた庭園の隅で、周囲に目を向けながら注意深く口にした。つい大きく声が出てしまって、慌てて小声にする。
 ギョウエンは一人で歩いている理音を当たり前のようについてくるように促し、人気のない庭の一角に連れた。寒い中外に面した庭を歩む者などいない。回廊もない庭にくれば時折すぎる風の音だけが耳元を過ぎていく。

「最近シヴァ少将の部下が続いて亡くなっております。それに関しても陛下の命令ではないかと言う者もおります。シヴァ少将は陛下の次に皇帝に近いと思う者も多くなっていますから」
「世間ではそうやって誘導されてるってことですか…」

 犯人はシヴァ少将暗殺失敗をフォーエンに被せる気のようだ。この間の事件に気づいていた者は少なかったのに、儀式でシヴァ少将が狙われたことを噂する者たちがいたのは理音も気づいていた。
 廊下を歩いていれば、シヴァ少将に矢を射た者がいたという話を耳にする。それがフォーエンの仕業だとは聞いたことはなかったが、犯人はフォーエンを犯人にしたいらしい。
 理音が口元を歪めると、ギョウエンはなぜかまじまじと、不思議そうに理音を捉えた。

「何ですか?」
「いえ、そう言う発想をされるんですね」
「噂をわざと流したんじゃないんですか?皇帝陛下がやったって」
「そうですね。おそらく、犯人が意図的にまいた話だと思われます」
 だったら、なぜそんな怪訝な顔をされるのか不思議なのだが。ギョウエンはこほんと咳払いをする。

「リオン様は、物事を考え進めていないように見えて、よくお気づきになるなと」
 今失礼なこと言ったぞ。その顔を見上げると、ギョウエンはもう一度咳払いをして見せる。
「陛下もそのようにお考えでした。犯人だと気づかれたくない者が、陛下の仕業だと噂させているだろうと。対立させようとする意図もあるのではないかと。これについて陛下からリオン様にお伝えする時間がないため、私がお伝えすることになりました」

 そんな噂を聞いたら、理音がどこから聞いたのかその噂を口にしている者たちに突撃すると思ったのか。フォーエンは早めに理音に伝えるためにギョウエンを使ったようだ。
 概ね間違っていない。陛下がやったみたいだ。なんて言葉を聞いたら、それ誰に聞いたんです?とか問うて、どこが発信したか突き詰めると思う。

「犯人て、全然掴めてない感じですか?」
「残念ながら」
 それもそうか。あの暗闇で見つけられなければ、犯人を探すのは難しいだろう。何か落とし物でもしてくれない限り、見つけることは難しい。

「皇帝陛下のせいにしたい誰かがシヴァ少将を狙ったとしたら、誰になるんだろう」
 その場合、フォーエンを陥れたいが先なのか、シヴァ少将を殺したいが先なのか。
 動機が見えない。ギョウエンはそんな動機に心当たりはあるのだろうか。理音がちろりと顔を見やったが、ギョウエンは変わらず塩対応の無表情のままだ。

「存じ上げません。ですが、シヴァ少将は病も治り、政務も活動的になっていらっしゃいます。次期皇帝と考える者が増えてきたのは否めません。皇帝陛下は思慮深い方ですが、改革は急で突飛な内容に眉を傾げる者は少なくない」
 敵は多い。ギョウエンは最後まで言わず、口を閉じる。フォーエンはあまり人気がないのか、聞いても仕方がないので聞かないが、市井の話を聞く限り、フォーエンの行いが上向きに捉えられているわけではないように思う。
 安堵させられたのが、ウーゴの葉が生えたことと言うのだから、皇帝の行いの評価は皆辛口だ。

「皇帝陛下を陥れたい者なんて、どこにでもいるってことですね」
「何とも申し上げられません」
 ギョウエンはシヴァ少将の周囲を探る役目だが、フォーエンの信頼は半々である。ギョウエン全てを信じるなと言われて、理音も少し困るのだが、ギョウエンには伝えたいことがあった。
「ギョウエンさん、シヴァ少将のとこいるんですよね。シヴァ少将じゃなくて、他の周囲の人のこと注視してくれません?」
「シヴァ少将以外、ですか。何か根拠が?」
 根拠と言われると困るが、小河原が自ら自分を狙わせ、それをフォーエンに擦るのも無理がある。だが、シヴァ少将を殺したい人が、シヴァ少将の近くにいないわけでもない。何せ小河原の着物に蛍光塗料を付けられるわけで。通りすがりに液体垂らすとかは難がある。

「皇帝陛下が狙ったと噂して、得する人って、シヴァ少将ですよね。それなのにシヴァ少将を狙うってちょっとおかしい。でも、シヴァ少将も自分を犠牲にして皇帝陛下に擦るのも変だし。だから、シヴァ少将を狙った人と、噂を流した人が同じとは限らないかなって」
「皇帝陛下を犯人に仕立てた者は、本来の犯人を隠すために噂を流したと?」
「そうとは言いませんけど、ちょっと変だなって」
「シヴァ少将がなぜ狙われたか理解している者が、その犯人を庇う。シヴァ少将の周囲で狙った理由を隠したい者がいると言うことですか」

 全てを言っていないのにギョウエンは理音の考えを口にした。
 シヴァ少将が小河原だと知っている者がシヴァ少将を殺したがっている。偽物だとわかっているので、それを許せない者の仕業だ。そしてそれが理由だと知られたくない者が、その暗殺未遂をフォーエンが行なったと噂する。
 内輪揉めしている理由は外には出せない。だとしたら、シヴァ少将を狙った者は、今後シヴァ少将を小河原と知っている者に狙われるだろう。
 小河原が身代わりをしていることは、シヴァ少将の周辺の者にとって極秘事項だ。秘密を知っている者はそう多くないはず。けれど勘の良い者は気づくかもしれない。人が入れ替わっていて全く気づかないと言うのもないと思う。親しい人やよく接していた人は尚更。

 そうであれば身内だ。暗殺未遂になったのだから、これから小河原の周囲は厳戒態勢だろうし、小河原周辺でも身内にいる犯人を躍起で探す。
 近くにいるギョウエンなら、気づけるかもしれない。
 ただ、理由を知られた時の小河原の立場は、とても難しいことには変わりない。
 フォーエンの噂は消したいが、それ自体が小河原を苦しめることになる。しかし、小河原が狙われても困る。

「陛下にも、そのようにお伝えします」
 ギョウエンの言葉に一瞬詰まりそうになったが、フォーエンに伝わるのは当然だ。軽く頷いて、他に情報がないかギョウエンに確認する。
「今のところはそれだけです。陛下はレイシュン様と同じで局面を見定めるのがとてもお早い。今回の件もシヴァ少将について早くから何かに気づいておいででした」

 それは小河原がシヴァ少将として現れたからだろうか。病気で死んだ、もしくは死にそうなシヴァ少将の代わりが現れた。そのため皇帝になれる者が現れたと動き始めた。
 その考えでいくと、フォーエンにも危険が及ぶ。小河原が身代わりを行うならば、それなりに元気であるところや業績などは必要だとは思うが。
 そもそも、小河原は皇帝に成り代わるつもりがあるのだろうか。

「陛下もシヴァ少将の周辺を注視せよと仰せでした。シヴァ少将自身の発言ではなく」
「そうなんですか…?」
 倒れてばかりであまり親しいようには聞こえなかったが、フォーエンはシヴァ少将が皇帝を望んでいるとは思っていないのだろうか。
 内情に詳しくない理音には判別はつかない。話が聞ける者も限られているので、ある情報だけで想定するだけだ。

 事件が起これば理音を探す者もいる。
 ギョウエンと別れてレイセン宮に戻ろうとした時、当たり前のように手招きをしている男を見て、こちらも当然と周囲を注意深く見回し、茂みにと走った。
 この男、レイセン宮への道を知っているんじゃなかろうか。

「ナラカ、相変わらずタイミングいー」
「たいみん?お前こそ相変わらず意味のわからない言葉を使うな」
 短髪の男、ナラカはいつも通り兵士の姿で茂みに座り込んでいる。付け毛である髪が首元に隠れているが、そのせいで短髪にしか見えない。付けている意味あるのだろうか。理音はヤンキー座りをして人にガン付けしてくるナラカを見下ろした。

「不機嫌だね。何かあったの?」
 いつもより目付きが鋭いナラカは、さっさと座りこめと地面を指さした。茂みなので立っていると他所から見られる。人の通らない林に近い茂みなので誰に見つかるでもないだろうが、理音も姿を見られるのは困るので座り込んで小さくなる。

「シヴァ少将が狙われて、皇帝に面白い噂が流れているらしいな」
 不機嫌はスルーされ、ナラカはやはり不機嫌そうに言った。お疲れだろうか。
「ね、私も聞いた。フォーエンがシヴァ少将襲うなら、もっと良い方法選ぶと思うけど」
「お前の感想どうかしてるぞ」

 無表情で冷静に突っ込まれて理音は肩を竦めた。フォーエンだったらあんな運任せの真似はしないだろうと、本気で思っているだけである。雪になったら暗殺中止すれば良いのに。などと口にはしないが、闇夜で雪が降る中、淡い光だけで矢を射るのは、相当な腕と運が必要だと思う。
 確実に仕留めたいならば、日は改めるだろう。狙われていると気づかれるよりマシだ。
 そんな暗殺者みたいなことを思いながら、他に狙う日が計画できなかったのだろうとも想定する。

「無理あるんでしょ?あの遠さで雪舞ってて風もあったし、気づかれないように射るとしても、一本はないかなって。もっと打ちなよって思わない?」
 ナラカならどこから犯行が行われているかわかっているとの前提で話したが、案の定特に何も問われることなく返答が来る。
「お前の案外客観的に物事見る性格、不思議だわ」
「そう?」
「炎が点火されるまでの暗闇はそう長くない。二本も矢を番えなかったわけではないだろうが…」

 暗い中でも感覚で矢を番えるくらいできると思う。完全な暗闇でも目が慣れていれば手元は見えるだろうし、矢は二本くらい一度に持てる。しかし、行わなかった。暗闇の時間が短かったからか?

 小河原は矢が射られたのに気づいて立ち上がった。だから二本目は打てなかった?いや、立ち上がったのならばもっと狙いやすくなるだろう。しかし行わなかった。
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