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204 ー協力ー
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理音は仕事を終えると走っていた。
ヘキ卿の棟とは別の棟への移動だが、自分の服装なら問題ないと言われて廊下を駆け抜ける。走る中数人に横目で見られたりもしたが、お偉いさん団体様はこの時間うろついていないので、気にしない。
今シヴァ少将の家にレイシュンさんの部下が来訪している。食客とは違うようで、出張お手伝いの立場らしい。出向みたいなものだろう。
その出向に一人の異国人が来ている。
「ギョウエンさん!ギョウエンさん!」
丁度部屋から出てきた灰色の着物を着た男の後ろ姿を見て、理音は大声を上げてその男を呼んだ。
灰色の濃い目の着物が銀色の髪を引き立てている。こちらに振り向いた薄い青の瞳は怪訝だったが、理音の姿を見てとって一度目を瞬かせた。それも一瞬。頭痛でもあるかのようにおでこにかかる銀髪を抑える。
「ギョウエンさん!」
そんな表情など気にもしない。理音ががしり、とギョウエンの腕をしがみ付くように握りしめると、ギョウエンはもう一度目を瞬かせた。
「声が大きいですよ」
そして汚れ物を落とすように人の手を振り払う。しかし負けない。もう一度腕をぞうきんしぼりのように握って、逃げられまいと掴んだ。
「ギョウエンさん!」
「聞こえています。まったく、またそのような格好を」
ギョウエンは理音の服装を上から下まで見てから、ため息を吐き、腕を理音に掴まれたまま、気にせず歩き出した。理音もそれに倣って掴んだまま歩く。
「目立ちますから、ちゃんと歩いてください」
「歩いてます。歩いてます」
「歩いていませんよ。相変わらずお元気でいらっしゃる」
「お元気です!」
答えるとギョウエンはちらりとこちらを横目で見て、他所に大きな息を吐いた。面倒なのに捕まったとでも言わんばかりのため息である。だが私は離さない。
ギョウエンは掴んで離さない理音をそのままにして、人気の少ない通りへ移動する。使われていない部屋の前まで来ると、握っている理音の手の指を外しにきた。
「ギョウエンさん!」
「聞いていますから。いい加減手を離してください。お怪我の具合はいかがですか」
「全然何ともないです。元気です。元気いっぱいです」
「そのようですね。本日はどうされましたか。陛下からは私の話はお伝えしないと伺っておりましたが」
フォーエンと組んで何かやっているのか、ギョウエンは理音の手を剥がすと、もう一度ため息をついてこちらを見つめた。面倒そうな顔をしている。
「皇帝陛下からは何も聞いてないです。教えてくれたのヘキ卿。ちょっと間違えて口にしちゃったみたいな。無理に吐かせました」
「…左様ですか」
ギョウエンこそ相変わらず塩対応である。無表情のまま、色素の薄い瞳をこちらに向けるが、何を考えているのかわからない雰囲気でいつも通りだ。
「お礼。お礼をですね。ヘキ卿に時計送ってくれてありがとうございました。あとたくさん色々助けてくれてありがございました。あとあと、あとあと」
聞きたいことがたくさんありすぎて何から聞けばいいのか分からない。落ち着かないように足をパタパタ動かして、理音はやはりぎゅっとギョウエンの腕を掴んだ。
「あとギョウエンさん、大丈夫でしたか?レイシュンさんに時計送ったことばれちゃいませんでしたか?レイシュンさんから疑われたりしてない?ジャカは?みんな無事ですか!?」
聞きたいことは山ほどある。何もかも途中で投げ出すように、あの場を離れることになった。冬が深いと聞いてもう連絡も取れないと思っていたのに、ギョウエンが何故か王都にいる。
冬の間は行き来ができないと聞いていたが、裏道でもあるのか。矢継ぎ早に頭に浮かんだことを口にすると、ギョウエンは呆れるような顔をした。
「そう簡単に行き来ができなくなるわけではありません。冬に入り雪も降りましたが、閉じられても積もっていなければ通れます。陛下よりすぐに王都へ入るよう命令を受けてこちらに参りました。来ているのは私だけですから、今現状ジャカがどうなったかはわかりません」
ギョウエンはフォーエンの命令でシヴァ少将の屋敷に入ることになったそうだ。表向きはレイシュンからの命令で王都の様子見のためらしく、レイシュンを陥れようとした者を探すという話になっているらしい。
シヴァ少将とレイシュンは旧知の中なので、その辺りは融通が利くそうだ。
理音がこちらに戻りそこまで間もない頃、ギョウエンは王都に来ていたのだ。まだ理音がヘキ卿ところへ働きに行っていない頃である。
そのためジャカがどうなっているのか、現在はわからないそうだ。ただ、出る頃にも特に咎めはなく、城でいつも通りの仕事を行なっていたのは間違いないらしい。
「毒物の使用方法がわからないから、罰せられないのか…」
あるいは、フォーエンに知られているから、無理に口を割らせたりしなかったのか。
理音の呟きにギョウエンが片眉を動かした。
「あなたが、何を考えて動いたのかは、陛下より伺っております。おそらく、レイシュン様も気付いていたでしょう。誤算だったのは、あなたが陛下と懇意だったことです」
それもそうだろう。そこだけが想定外だったはずだ。ハク大輔の愛人は信じていなくとも、関わりを持つ程度で考えていたのに、まさかの皇帝陛下である。さすがのレイシュンだって想定しない。
「レイシュン様があなたを利用しようとしていたのは間違いありません。お陰で邪魔者は一掃できた。しかし、陛下が直々にいらっしゃるのは想定できませんでした。今後も迂闊な行動はできない。だからこそ、ジャカは命拾いをした」
ギョウエンは微かに目を眇めた。ジャカは罰を受けていない。しかし、ジャカにとってはそれが罰になるだろうと。ジャカは真面目な子供で、罪について何の罰がないことは逆に彼を苛ませることになる。罪を罪と認めてもらえないことが、ジャカを苦しめるだろう。
恩赦ではない。ギョウエンはきっぱりと口にする。
「レイシュン様は陛下の意向を受け、私をシヴァ少将の元へ。陛下より承った命令はお話しできませんが、レイシュン様もご存知のこと。私はしばらくこちらに滞在する予定です」
シヴァ少将の元に滞在。フォーエンは前々からシヴァ少将があやしいと踏んでいたのだろう。それを親しい者であるレイシュンを使い、ギョウエンを送り込んだ。
ギョウエンにシヴァ少将の周囲を調べさせているのだ。フォーエンはすでに手を打っていたのである。
けれど、シヴァ少将は。
「しばらくこの棟にいるんですよね」
ここはシヴァ少将が働く棟で、ギョウエンは近い場所で動いている。部屋が同じとかではないが、シヴァ少将の周辺を監視できるところにいた。
しかもレイシュンは皇帝への不信をあらわにしているらしい。フォーエンの妃が逃げてきた。そんな噂話で城に騒ぎがあったことを伝えているそうだ。その上でギョウエンをシヴァ少将の屋敷へと侵入させている。
レイシュンがシヴァ少将とどう取引したのかは口にできないが、協力体制を強いているふりをしているのだ。ここに理音が来るのは確かによろしくない。理音はフォーエンに助けられたことで実は有名である。
「また、またちゃんと話しましょう。こっちには来ないようにしますから」
「わかりました。ヘキ卿のところにいらっしゃるのは存じています。余裕があれば参りますので」
絶対余裕作らないで来なさそうな気がする。じっと見つめると、コホンと咳払いをした。
「参りますので。今日はここで」
「ちゃんとですよ。来てくださいよ!?」
「承知しました」
「来なかったら、来ますから」
「…承知しております」
その間は何だ。理音はじとりと睨みつけたが。ギョウエンはいつも通り済ました顔で頭を下げた。
ギョウエンにとってレイシュンと離れることは、よかったのだろうか。ギョウエンは理音に頼まれた通り時計をヘキ卿に送っている。それをレイシュンが知らないとは思えない。
そこでも何か取引があったのではないだろうか。レイシュンとギョウエンの間での取引が。
ヘキ卿の棟とは別の棟への移動だが、自分の服装なら問題ないと言われて廊下を駆け抜ける。走る中数人に横目で見られたりもしたが、お偉いさん団体様はこの時間うろついていないので、気にしない。
今シヴァ少将の家にレイシュンさんの部下が来訪している。食客とは違うようで、出張お手伝いの立場らしい。出向みたいなものだろう。
その出向に一人の異国人が来ている。
「ギョウエンさん!ギョウエンさん!」
丁度部屋から出てきた灰色の着物を着た男の後ろ姿を見て、理音は大声を上げてその男を呼んだ。
灰色の濃い目の着物が銀色の髪を引き立てている。こちらに振り向いた薄い青の瞳は怪訝だったが、理音の姿を見てとって一度目を瞬かせた。それも一瞬。頭痛でもあるかのようにおでこにかかる銀髪を抑える。
「ギョウエンさん!」
そんな表情など気にもしない。理音ががしり、とギョウエンの腕をしがみ付くように握りしめると、ギョウエンはもう一度目を瞬かせた。
「声が大きいですよ」
そして汚れ物を落とすように人の手を振り払う。しかし負けない。もう一度腕をぞうきんしぼりのように握って、逃げられまいと掴んだ。
「ギョウエンさん!」
「聞こえています。まったく、またそのような格好を」
ギョウエンは理音の服装を上から下まで見てから、ため息を吐き、腕を理音に掴まれたまま、気にせず歩き出した。理音もそれに倣って掴んだまま歩く。
「目立ちますから、ちゃんと歩いてください」
「歩いてます。歩いてます」
「歩いていませんよ。相変わらずお元気でいらっしゃる」
「お元気です!」
答えるとギョウエンはちらりとこちらを横目で見て、他所に大きな息を吐いた。面倒なのに捕まったとでも言わんばかりのため息である。だが私は離さない。
ギョウエンは掴んで離さない理音をそのままにして、人気の少ない通りへ移動する。使われていない部屋の前まで来ると、握っている理音の手の指を外しにきた。
「ギョウエンさん!」
「聞いていますから。いい加減手を離してください。お怪我の具合はいかがですか」
「全然何ともないです。元気です。元気いっぱいです」
「そのようですね。本日はどうされましたか。陛下からは私の話はお伝えしないと伺っておりましたが」
フォーエンと組んで何かやっているのか、ギョウエンは理音の手を剥がすと、もう一度ため息をついてこちらを見つめた。面倒そうな顔をしている。
「皇帝陛下からは何も聞いてないです。教えてくれたのヘキ卿。ちょっと間違えて口にしちゃったみたいな。無理に吐かせました」
「…左様ですか」
ギョウエンこそ相変わらず塩対応である。無表情のまま、色素の薄い瞳をこちらに向けるが、何を考えているのかわからない雰囲気でいつも通りだ。
「お礼。お礼をですね。ヘキ卿に時計送ってくれてありがとうございました。あとたくさん色々助けてくれてありがございました。あとあと、あとあと」
聞きたいことがたくさんありすぎて何から聞けばいいのか分からない。落ち着かないように足をパタパタ動かして、理音はやはりぎゅっとギョウエンの腕を掴んだ。
「あとギョウエンさん、大丈夫でしたか?レイシュンさんに時計送ったことばれちゃいませんでしたか?レイシュンさんから疑われたりしてない?ジャカは?みんな無事ですか!?」
聞きたいことは山ほどある。何もかも途中で投げ出すように、あの場を離れることになった。冬が深いと聞いてもう連絡も取れないと思っていたのに、ギョウエンが何故か王都にいる。
冬の間は行き来ができないと聞いていたが、裏道でもあるのか。矢継ぎ早に頭に浮かんだことを口にすると、ギョウエンは呆れるような顔をした。
「そう簡単に行き来ができなくなるわけではありません。冬に入り雪も降りましたが、閉じられても積もっていなければ通れます。陛下よりすぐに王都へ入るよう命令を受けてこちらに参りました。来ているのは私だけですから、今現状ジャカがどうなったかはわかりません」
ギョウエンはフォーエンの命令でシヴァ少将の屋敷に入ることになったそうだ。表向きはレイシュンからの命令で王都の様子見のためらしく、レイシュンを陥れようとした者を探すという話になっているらしい。
シヴァ少将とレイシュンは旧知の中なので、その辺りは融通が利くそうだ。
理音がこちらに戻りそこまで間もない頃、ギョウエンは王都に来ていたのだ。まだ理音がヘキ卿ところへ働きに行っていない頃である。
そのためジャカがどうなっているのか、現在はわからないそうだ。ただ、出る頃にも特に咎めはなく、城でいつも通りの仕事を行なっていたのは間違いないらしい。
「毒物の使用方法がわからないから、罰せられないのか…」
あるいは、フォーエンに知られているから、無理に口を割らせたりしなかったのか。
理音の呟きにギョウエンが片眉を動かした。
「あなたが、何を考えて動いたのかは、陛下より伺っております。おそらく、レイシュン様も気付いていたでしょう。誤算だったのは、あなたが陛下と懇意だったことです」
それもそうだろう。そこだけが想定外だったはずだ。ハク大輔の愛人は信じていなくとも、関わりを持つ程度で考えていたのに、まさかの皇帝陛下である。さすがのレイシュンだって想定しない。
「レイシュン様があなたを利用しようとしていたのは間違いありません。お陰で邪魔者は一掃できた。しかし、陛下が直々にいらっしゃるのは想定できませんでした。今後も迂闊な行動はできない。だからこそ、ジャカは命拾いをした」
ギョウエンは微かに目を眇めた。ジャカは罰を受けていない。しかし、ジャカにとってはそれが罰になるだろうと。ジャカは真面目な子供で、罪について何の罰がないことは逆に彼を苛ませることになる。罪を罪と認めてもらえないことが、ジャカを苦しめるだろう。
恩赦ではない。ギョウエンはきっぱりと口にする。
「レイシュン様は陛下の意向を受け、私をシヴァ少将の元へ。陛下より承った命令はお話しできませんが、レイシュン様もご存知のこと。私はしばらくこちらに滞在する予定です」
シヴァ少将の元に滞在。フォーエンは前々からシヴァ少将があやしいと踏んでいたのだろう。それを親しい者であるレイシュンを使い、ギョウエンを送り込んだ。
ギョウエンにシヴァ少将の周囲を調べさせているのだ。フォーエンはすでに手を打っていたのである。
けれど、シヴァ少将は。
「しばらくこの棟にいるんですよね」
ここはシヴァ少将が働く棟で、ギョウエンは近い場所で動いている。部屋が同じとかではないが、シヴァ少将の周辺を監視できるところにいた。
しかもレイシュンは皇帝への不信をあらわにしているらしい。フォーエンの妃が逃げてきた。そんな噂話で城に騒ぎがあったことを伝えているそうだ。その上でギョウエンをシヴァ少将の屋敷へと侵入させている。
レイシュンがシヴァ少将とどう取引したのかは口にできないが、協力体制を強いているふりをしているのだ。ここに理音が来るのは確かによろしくない。理音はフォーエンに助けられたことで実は有名である。
「また、またちゃんと話しましょう。こっちには来ないようにしますから」
「わかりました。ヘキ卿のところにいらっしゃるのは存じています。余裕があれば参りますので」
絶対余裕作らないで来なさそうな気がする。じっと見つめると、コホンと咳払いをした。
「参りますので。今日はここで」
「ちゃんとですよ。来てくださいよ!?」
「承知しました」
「来なかったら、来ますから」
「…承知しております」
その間は何だ。理音はじとりと睨みつけたが。ギョウエンはいつも通り済ました顔で頭を下げた。
ギョウエンにとってレイシュンと離れることは、よかったのだろうか。ギョウエンは理音に頼まれた通り時計をヘキ卿に送っている。それをレイシュンが知らないとは思えない。
そこでも何か取引があったのではないだろうか。レイシュンとギョウエンの間での取引が。
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