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197 ー計算ー
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ヨウが隣で計算機を使って計算をしている。
カチカチと球を移動させているが、桁数がすごそうだ。計算し終えた数が一瞬読めない。
「やりたい?」
見すぎていたか、ヨウがくすくす笑いながら言ってきた。
見た感じ、そろばんに似ていると思うのだが、理音はうーんと唸る。そろばんを使うより、メモに計算を書いた方が早いと思う。
「使い方わかんないです」
「興味ありそうに見てたのに」
「桁数すごいなって」
「読める?名算は得意?」
「めいさん?」
聞きなれない言葉に首を傾げる。そろばんの使い方は足し算引き算なら覚えているが、掛け算などはうろ覚えだ。交互に計算するんだっけ?
「算術だよ」
ヨウは棚から別の計算機を持ってきてくれて、計算機の使い方を軽く教えてくれる。使い方は似ているようだが、球の置く位置が少し違った。桁数が多ければ計算は楽そうだが、慣れるまでに計算間違いしそうだ。
「試しに計算してみて」
3桁の宿題を出されたが、これなら暗算の方が楽だった。
そう思いながらも練習をさせてもらう。
「暗算の方が早いです」
「この桁暗算でいける?4桁は?」
「紙があればいけますけど」
メモ代わりの紙はここにはない。指でイメージしながら計算して、計算機で計算し直す。
「あれ、違うな」
自分の暗算と計算機の数が違うのでそう呟くと、ヨウが計算機の間違いを指摘した。
「結構大きい数まで暗算できるんだね。じゃあ、これやってみる?年次の予算案なんだけど」
ヨウは冗談混じりでヨウが行なっていた木札を渡してくる。桁数が多い。これをそろばんで計算するとか、絶対間違える。昔の人天才。
理音がぶるぶる頭を左右に振ると、ヨウは大きな口で笑った。
「こっちはもう終わるんだ。これからこれを計算確認しなきゃいけなくてね」
「これは何ですか?」
設計図のような線が描かれた木札がいくつもあり、それを並べた。
どうやらまたイベントがあるらしい。寒い中外で舞台を作るため、その見取り図を計算し直しているようだ。
「建築の重量計算とかも、ヨウさんがやられるんですか?」
高さや容積量が細かく書かれている。授業で習った三角関数を思い出す。
「これは秘密だから、他で話さないようにね」
「はあ…」
よくわからないが、使う物の影の距離が計算されている。行うのは夜で、松明の位置や座席が細かく記されていた。
「ああ、ギミックか」
「ぎみっく?」
「ここに陛下が立つ感じですかね」
「…まいったな。設計図見てわかるの?」
ヨウは困ったように頭をかいた。近くにいた他の男たちやメイラクがこちらに注目する。
「リオン。なぜわかったんですか?」
メイラクが近寄って説明を求めにきた。どうやらまずいことを言ったらしい。
天文学部で三角関数はやたら聞かされる話だ。我が部では基礎として、影の長さから太陽の角度について、よく説明される。
太陽を中心にして、地球から目的の星までどれくらいの距離なのか。三角測量と同じように、設計図にフォーエンの位置と、松明の位置、それから松明の移動が記されていた。
松明の位置をずらしてフォーエンの影の距離を伸ばすのだ。
「祭壇に皇帝陛下が立って、影を使って何かを見せるんだろうなって。角度を変えて皇帝陛下の影を伸ばすと、丁度舞台の真ん中に伸びていく。ここに置く物も松明になっているから、ここで何かするんじゃないんですか?」
メイラクは頷きもせず、理音が指差す先を見つめる。ヨウは肩を竦めた。
影が伸びた先で何をやるのかわからないが、フォーエンがこう言ったパフォーマンスを行うように思えない。嫌嫌行うのが目に浮かぶ。
「収穫祭に行う、神事の一つですよ。来年多くの実りがあるようにと」
「収穫祭?こんな時期にですか?」
冬に収穫祭を行うのも珍しい。大抵秋に行うものだろう。日本での宮中祭祀は11月23日。勤労感謝の日だ。真冬に行うものではない。
この寒空外で催事も大変だ。雪でも降っていたら、いるだけで風邪を引いてしまう。
「旧暦ですから」
寒さを考えていると、メイラクがクスリと笑った。それはそれは寒いそうだ。
「遥か昔は、もう少し暖かかったそうですよ。年々寒くなってきているんです。今年も冬が厳しい」
そう言って、この設計図のことは誰にも告げないようにと注意される。
大昔は日光で行えたようだが、今は曇りの日ばかりで松明に変更されているそうだ。
日光で行えていたら、かなりのパフォーマンスになったのではないだろうか。年に一度の一大イベントだろう。
松明のせいでうさんくさいギミックになっているのが悲しい。
一応松明は建物の後ろに隠されているのだが、やはりそれはギミックで、手動で行われるものだ。
毎年必ず奇跡が起きなければならないので、天気に左右されることなく行うのだ。
フォーエン間違いなく嫌がると思う。
「って言うのを見たんだけど」
フォーエンが来たその夜。早速その話をしたら、ちらりと横目で見られた。嫌そうな顔だ。
「下らん催事の一つだ。皇帝を神格した民に見せるためのものだが、季節がずれるにつれ民に見せることもなくなった。形だけの儀式になっている」
「昔は昼間やってたんだってね」
「古き時代は暁の光でできたそうだ。季節がずれてきているからな」
暁の光とは太陽のことだ。
夏至でもあるまいし、冬の太陽でよく今までやっていたと思うのだが、相当古い時代だったらしいので、季節が違うのかもしれない。
「今はじゃあ、寒冷期とかなのかね」
「かんれいき?」
地球にある周期がこちらにもあるのか、それとも一年の数え方が間違っており、ずれてきてしまっているのか。微妙な時間のずれで大きく季節が変わるなど、古い時代にはあったことなので、それだろうか。
「寒冷期と温暖期ってのがあってね。長い時間周期的に来ることがあるんだけど、もしかしたら寒冷期に入ってるのかなあって」
説明するにも恒星の周期の話が必要なのだが、この世界の常識がどうなっているのか、ふと疑問に思う。変なことを言ってガリレオの二の舞はしたくない。
フォーエンは眉を寄せる。よくわかっていない顔だ。
「周期的に来るのはなぜだ?」
疑問に思ったのはそこか。また説明しづらいことを聞いてくる。
「こっちって、えー、大地があってそれが固定されていて、空が動いているって感じ?」
言うとフォーエンの眉の間が狭まった。
「動くのは地面だ。暁の光を中心としている」
意外にも地動説だった。星見がいるので、調査も進んでいるのかもしれない。
「今いる大地がある星?の角度が変わったり、その暁の光を回る軌道が長い間でゆっくり変化してくるんだよね。そうすると日照量変わるんだ。私の世界だと、寒冷期と温暖期が約十万年周期で交互に来る」
詳しく説明するのが難しい。
簡単な絵を書いて説明し続けること数十分。納得したように思わせて、別のことに疑問を持ってくる。
「なぜそんな過去の気温までわかるんだ?」
至極真面目な顔で問うてくる。この真面目人間め。
「氷床の分析とかだったと思うよ?永久凍土っていう、年中溶けない氷がある地域があるんだけど、その氷で氷に含まれてる気体とかを調べるの」
生徒が真面目すぎて先生が難しい。何とか説明して許してもらうが、フォーエンに何かを説明するには、多くの時間が必要になる。
探究心もあるが、わからないことがあるのが嫌いなのだと思う。勉強家らしい感情だ。
「太陽でやる方がよっぽど神格化するだろうな。そのやり方ちょっと見てみたかった」
フォーエンが何かを手にして光を当てると、何が起きるのだろうか。お祭りは同席するのだろうし、楽しみにしておくことにする。
「大雪でなければ行う」
フォーエンは不機嫌な声音で呟いた。大雪が降ってほしいようだ。
天体関係はやはり追求する人がいるのだろう。そう言ったイベントは大切にしてほしいと言ったら怒られるだろうか。古の儀式などロマンだと思う。自然現象を使う物は特に。
「ウーゴを遣わした大司の尊は、夜空から現れたそうだ。本来なら夜に行うものだと言う星見もいる」
「預言と一緒じゃん。暁の光を得た人が降りてくる?」
正確な詩は忘れたが、暁の光をまとう者は災いとともに降りてきた。
「別の世界から使者が来ると言う意味だったのかもしれない。お前と同じだな」
フォーエンは小さく口端を上げる。
別世界から来たかもしれない大司の尊は、ウーゴの種を初代皇帝に与えた。
「そんな実は私の世界にもありません」
種は木になって飢えを満たすほどの実を付けた。
おとぎの国のおとぎ話だ。
「これどこ置けばいいですか?」
花瓶を倉庫から出して洗ってほしいと言われて、ごしごし洗い終わった花瓶を抱えながら部屋に入ると、そこにはユイとジョアンがいた。
「あら、ありがとう。水も入れてきてくれたのね」
ジョアンは机にあった枝を花瓶に入れると、火鉢の前で温まるように言う。
花は梅で枝ぶりも良く花瓶に入れると豪華だ。お高いホテルのラウンジにあるような大きな花瓶なので、花を入れると一人では持てない気がする。
しかしジョアンは気にしないと、花瓶を持ち上げた。水も入っているので結構重いだろうが、音も立てずに廊下へと出て行く。
この部屋は女官が集まる部屋で、主に縫い物やアイロンなどの手作業を行う部屋だ。
たまに女官たちが井戸端会議を行なっているが、ジョアンがいるのは珍しかった。
「お姫様のとこ持ってくんですかね」
「そうね。外に出られない方だから、部屋の中に花があるのは喜ばれると思うわ」
ジョアンはウの姫の部屋を行き来しているようで、今の花瓶をウの姫の部屋に置きにいったのだ。
自分はあの部屋に入ることを許されていない。その為、ウの姫の顔を見ることはできなかった。
お姫様には全く会えない。
やはり暗殺を恐れているのだろうか。
「ずっとお部屋こもってて、体力減っちゃいませんかね」
引きこもり続けると血の巡りも悪くなり、頭痛とか起きやすくなりそうだ。ブルーライト浴びて引きこもるわけではないので、目は悪くならないと思うが。
自分のいない午後には部屋から出たりしているのだろうか。運動不足で足腰弱まりそう。
「気になるの?」
「暇じゃないのかなって思いまして」
「暇だと気になられる?」
「私つらいです」
言うと、ユイは納得するような顔をした。好きで動きたいと言っているのは知っているのかもしれない。何もすることのないレイセン宮でじっとしていたら、きっと発狂すると思う。昼眠って夜空をずっと見上げているしかない。
「あなたと同じで、ししゅうをよく手にされていらっしゃるわ」
「私と同じ?」
刺繍なんて授業でちょこっと習ったくらいしかしたことがない。レイセン宮で縫い物などは行なっていなかった。それはもしややらなければならいと言うことだろうか。
遠慮したいと首を振ると、ユイは軽く眉を寄せた。
「刺繍ではないわ。詩を読まれているの。詩をよく書かれているでしょう」
習字の練習をして紙ゴミが出ることを言われて、理音はかしわ手を打った。ししゅうって詩集か。刺繍かと思っていた。勉強をしているらしい。偉すぎる。
ウの姫は部屋にこもり勉強をしているので、部屋を快適にしてやろうと言う、ジョアンの心遣いなのだろう。
「いきなり後宮に入って学ぶ必要性を感じるのは、誰しも同じなのでしょう」
ユイは意味ありげに言ってくるが、自分の場合あまりにもこちらのことを知らなすぎることと、せめて役立つために字の練習をしているだけだった。勉強としては小学校低学年レベルではないだろうか。
今だって仕草などを学べるようにと女官をしているが、主に一人で掃除や洗い物をしているので、美しい姿勢を心がけられるには程遠い。
「さっきの梅って、どこから取ってきたんですかね。お花咲いているとこあるんですか?」
「庭園の庭師からもらうのよ」
「へえー」
後宮には庭園だけでなく、植物園のように同じ種類の植物が植えられているそうだ。そこに梅や桃など、樹木が植えられている。
「春になれば、花の宴などもあるわ」
それはとても見に行きたい。宴はフォーエンが不機嫌になるので、普通にお花見に行きたい。
「その前に収穫祭ね」
「収穫祭にはお姫様たちも出席ですか?」
真冬の夜空の下、寒い中外で宴とか、女子にはきついかろう。冷えてお腹痛くなる。
ツワに座っている間、湯たんぽみたいなものを作ってもらえるように頼もうかと算段する。
しかし、ユイは首を横に振った。
「収穫祭に女性は入られないわ。ウーゴを祀るものだし」
「入れないんですか?収穫なのに?ウーゴを祀る時って女性は関わっちゃいけないんですか?」
まさかの男尊女卑。呆れに口を間抜けに開けると、むしろ呆れられてしまった。なぜだ。
「大司の尊が初代皇帝陛下へウーゴを与えられ、皇帝陛下は多くの男たちに実を渡し、男たちは家族に与えたのよ。収穫祭は男たちの祭りで、女が入るものではないわ」
えー。何それー。
あと少しで口から出そうになったが、かろうじて堪えた。
こちらの文化は古き時代と同じものだ。男性が外で狩りをして女性がそれを料理するような時代を経ていると、どうしても偏るのだろう。役目が決まっている時代をそのまま受け継いでいる生活をしているのだし、女性が外で働くことが当たり前にならないと、そう言った考えが覆るのは難しい。
フォーエンの神格化儀式を見られないことは残念だが、真冬極寒の外にい続けなければならないことを考えれば、出席しなくてラッキーくらいに思っておこう。
カチカチと球を移動させているが、桁数がすごそうだ。計算し終えた数が一瞬読めない。
「やりたい?」
見すぎていたか、ヨウがくすくす笑いながら言ってきた。
見た感じ、そろばんに似ていると思うのだが、理音はうーんと唸る。そろばんを使うより、メモに計算を書いた方が早いと思う。
「使い方わかんないです」
「興味ありそうに見てたのに」
「桁数すごいなって」
「読める?名算は得意?」
「めいさん?」
聞きなれない言葉に首を傾げる。そろばんの使い方は足し算引き算なら覚えているが、掛け算などはうろ覚えだ。交互に計算するんだっけ?
「算術だよ」
ヨウは棚から別の計算機を持ってきてくれて、計算機の使い方を軽く教えてくれる。使い方は似ているようだが、球の置く位置が少し違った。桁数が多ければ計算は楽そうだが、慣れるまでに計算間違いしそうだ。
「試しに計算してみて」
3桁の宿題を出されたが、これなら暗算の方が楽だった。
そう思いながらも練習をさせてもらう。
「暗算の方が早いです」
「この桁暗算でいける?4桁は?」
「紙があればいけますけど」
メモ代わりの紙はここにはない。指でイメージしながら計算して、計算機で計算し直す。
「あれ、違うな」
自分の暗算と計算機の数が違うのでそう呟くと、ヨウが計算機の間違いを指摘した。
「結構大きい数まで暗算できるんだね。じゃあ、これやってみる?年次の予算案なんだけど」
ヨウは冗談混じりでヨウが行なっていた木札を渡してくる。桁数が多い。これをそろばんで計算するとか、絶対間違える。昔の人天才。
理音がぶるぶる頭を左右に振ると、ヨウは大きな口で笑った。
「こっちはもう終わるんだ。これからこれを計算確認しなきゃいけなくてね」
「これは何ですか?」
設計図のような線が描かれた木札がいくつもあり、それを並べた。
どうやらまたイベントがあるらしい。寒い中外で舞台を作るため、その見取り図を計算し直しているようだ。
「建築の重量計算とかも、ヨウさんがやられるんですか?」
高さや容積量が細かく書かれている。授業で習った三角関数を思い出す。
「これは秘密だから、他で話さないようにね」
「はあ…」
よくわからないが、使う物の影の距離が計算されている。行うのは夜で、松明の位置や座席が細かく記されていた。
「ああ、ギミックか」
「ぎみっく?」
「ここに陛下が立つ感じですかね」
「…まいったな。設計図見てわかるの?」
ヨウは困ったように頭をかいた。近くにいた他の男たちやメイラクがこちらに注目する。
「リオン。なぜわかったんですか?」
メイラクが近寄って説明を求めにきた。どうやらまずいことを言ったらしい。
天文学部で三角関数はやたら聞かされる話だ。我が部では基礎として、影の長さから太陽の角度について、よく説明される。
太陽を中心にして、地球から目的の星までどれくらいの距離なのか。三角測量と同じように、設計図にフォーエンの位置と、松明の位置、それから松明の移動が記されていた。
松明の位置をずらしてフォーエンの影の距離を伸ばすのだ。
「祭壇に皇帝陛下が立って、影を使って何かを見せるんだろうなって。角度を変えて皇帝陛下の影を伸ばすと、丁度舞台の真ん中に伸びていく。ここに置く物も松明になっているから、ここで何かするんじゃないんですか?」
メイラクは頷きもせず、理音が指差す先を見つめる。ヨウは肩を竦めた。
影が伸びた先で何をやるのかわからないが、フォーエンがこう言ったパフォーマンスを行うように思えない。嫌嫌行うのが目に浮かぶ。
「収穫祭に行う、神事の一つですよ。来年多くの実りがあるようにと」
「収穫祭?こんな時期にですか?」
冬に収穫祭を行うのも珍しい。大抵秋に行うものだろう。日本での宮中祭祀は11月23日。勤労感謝の日だ。真冬に行うものではない。
この寒空外で催事も大変だ。雪でも降っていたら、いるだけで風邪を引いてしまう。
「旧暦ですから」
寒さを考えていると、メイラクがクスリと笑った。それはそれは寒いそうだ。
「遥か昔は、もう少し暖かかったそうですよ。年々寒くなってきているんです。今年も冬が厳しい」
そう言って、この設計図のことは誰にも告げないようにと注意される。
大昔は日光で行えたようだが、今は曇りの日ばかりで松明に変更されているそうだ。
日光で行えていたら、かなりのパフォーマンスになったのではないだろうか。年に一度の一大イベントだろう。
松明のせいでうさんくさいギミックになっているのが悲しい。
一応松明は建物の後ろに隠されているのだが、やはりそれはギミックで、手動で行われるものだ。
毎年必ず奇跡が起きなければならないので、天気に左右されることなく行うのだ。
フォーエン間違いなく嫌がると思う。
「って言うのを見たんだけど」
フォーエンが来たその夜。早速その話をしたら、ちらりと横目で見られた。嫌そうな顔だ。
「下らん催事の一つだ。皇帝を神格した民に見せるためのものだが、季節がずれるにつれ民に見せることもなくなった。形だけの儀式になっている」
「昔は昼間やってたんだってね」
「古き時代は暁の光でできたそうだ。季節がずれてきているからな」
暁の光とは太陽のことだ。
夏至でもあるまいし、冬の太陽でよく今までやっていたと思うのだが、相当古い時代だったらしいので、季節が違うのかもしれない。
「今はじゃあ、寒冷期とかなのかね」
「かんれいき?」
地球にある周期がこちらにもあるのか、それとも一年の数え方が間違っており、ずれてきてしまっているのか。微妙な時間のずれで大きく季節が変わるなど、古い時代にはあったことなので、それだろうか。
「寒冷期と温暖期ってのがあってね。長い時間周期的に来ることがあるんだけど、もしかしたら寒冷期に入ってるのかなあって」
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フォーエンは眉を寄せる。よくわかっていない顔だ。
「周期的に来るのはなぜだ?」
疑問に思ったのはそこか。また説明しづらいことを聞いてくる。
「こっちって、えー、大地があってそれが固定されていて、空が動いているって感じ?」
言うとフォーエンの眉の間が狭まった。
「動くのは地面だ。暁の光を中心としている」
意外にも地動説だった。星見がいるので、調査も進んでいるのかもしれない。
「今いる大地がある星?の角度が変わったり、その暁の光を回る軌道が長い間でゆっくり変化してくるんだよね。そうすると日照量変わるんだ。私の世界だと、寒冷期と温暖期が約十万年周期で交互に来る」
詳しく説明するのが難しい。
簡単な絵を書いて説明し続けること数十分。納得したように思わせて、別のことに疑問を持ってくる。
「なぜそんな過去の気温までわかるんだ?」
至極真面目な顔で問うてくる。この真面目人間め。
「氷床の分析とかだったと思うよ?永久凍土っていう、年中溶けない氷がある地域があるんだけど、その氷で氷に含まれてる気体とかを調べるの」
生徒が真面目すぎて先生が難しい。何とか説明して許してもらうが、フォーエンに何かを説明するには、多くの時間が必要になる。
探究心もあるが、わからないことがあるのが嫌いなのだと思う。勉強家らしい感情だ。
「太陽でやる方がよっぽど神格化するだろうな。そのやり方ちょっと見てみたかった」
フォーエンが何かを手にして光を当てると、何が起きるのだろうか。お祭りは同席するのだろうし、楽しみにしておくことにする。
「大雪でなければ行う」
フォーエンは不機嫌な声音で呟いた。大雪が降ってほしいようだ。
天体関係はやはり追求する人がいるのだろう。そう言ったイベントは大切にしてほしいと言ったら怒られるだろうか。古の儀式などロマンだと思う。自然現象を使う物は特に。
「ウーゴを遣わした大司の尊は、夜空から現れたそうだ。本来なら夜に行うものだと言う星見もいる」
「預言と一緒じゃん。暁の光を得た人が降りてくる?」
正確な詩は忘れたが、暁の光をまとう者は災いとともに降りてきた。
「別の世界から使者が来ると言う意味だったのかもしれない。お前と同じだな」
フォーエンは小さく口端を上げる。
別世界から来たかもしれない大司の尊は、ウーゴの種を初代皇帝に与えた。
「そんな実は私の世界にもありません」
種は木になって飢えを満たすほどの実を付けた。
おとぎの国のおとぎ話だ。
「これどこ置けばいいですか?」
花瓶を倉庫から出して洗ってほしいと言われて、ごしごし洗い終わった花瓶を抱えながら部屋に入ると、そこにはユイとジョアンがいた。
「あら、ありがとう。水も入れてきてくれたのね」
ジョアンは机にあった枝を花瓶に入れると、火鉢の前で温まるように言う。
花は梅で枝ぶりも良く花瓶に入れると豪華だ。お高いホテルのラウンジにあるような大きな花瓶なので、花を入れると一人では持てない気がする。
しかしジョアンは気にしないと、花瓶を持ち上げた。水も入っているので結構重いだろうが、音も立てずに廊下へと出て行く。
この部屋は女官が集まる部屋で、主に縫い物やアイロンなどの手作業を行う部屋だ。
たまに女官たちが井戸端会議を行なっているが、ジョアンがいるのは珍しかった。
「お姫様のとこ持ってくんですかね」
「そうね。外に出られない方だから、部屋の中に花があるのは喜ばれると思うわ」
ジョアンはウの姫の部屋を行き来しているようで、今の花瓶をウの姫の部屋に置きにいったのだ。
自分はあの部屋に入ることを許されていない。その為、ウの姫の顔を見ることはできなかった。
お姫様には全く会えない。
やはり暗殺を恐れているのだろうか。
「ずっとお部屋こもってて、体力減っちゃいませんかね」
引きこもり続けると血の巡りも悪くなり、頭痛とか起きやすくなりそうだ。ブルーライト浴びて引きこもるわけではないので、目は悪くならないと思うが。
自分のいない午後には部屋から出たりしているのだろうか。運動不足で足腰弱まりそう。
「気になるの?」
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「暇だと気になられる?」
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言うと、ユイは納得するような顔をした。好きで動きたいと言っているのは知っているのかもしれない。何もすることのないレイセン宮でじっとしていたら、きっと発狂すると思う。昼眠って夜空をずっと見上げているしかない。
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遠慮したいと首を振ると、ユイは軽く眉を寄せた。
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習字の練習をして紙ゴミが出ることを言われて、理音はかしわ手を打った。ししゅうって詩集か。刺繍かと思っていた。勉強をしているらしい。偉すぎる。
ウの姫は部屋にこもり勉強をしているので、部屋を快適にしてやろうと言う、ジョアンの心遣いなのだろう。
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ユイは意味ありげに言ってくるが、自分の場合あまりにもこちらのことを知らなすぎることと、せめて役立つために字の練習をしているだけだった。勉強としては小学校低学年レベルではないだろうか。
今だって仕草などを学べるようにと女官をしているが、主に一人で掃除や洗い物をしているので、美しい姿勢を心がけられるには程遠い。
「さっきの梅って、どこから取ってきたんですかね。お花咲いているとこあるんですか?」
「庭園の庭師からもらうのよ」
「へえー」
後宮には庭園だけでなく、植物園のように同じ種類の植物が植えられているそうだ。そこに梅や桃など、樹木が植えられている。
「春になれば、花の宴などもあるわ」
それはとても見に行きたい。宴はフォーエンが不機嫌になるので、普通にお花見に行きたい。
「その前に収穫祭ね」
「収穫祭にはお姫様たちも出席ですか?」
真冬の夜空の下、寒い中外で宴とか、女子にはきついかろう。冷えてお腹痛くなる。
ツワに座っている間、湯たんぽみたいなものを作ってもらえるように頼もうかと算段する。
しかし、ユイは首を横に振った。
「収穫祭に女性は入られないわ。ウーゴを祀るものだし」
「入れないんですか?収穫なのに?ウーゴを祀る時って女性は関わっちゃいけないんですか?」
まさかの男尊女卑。呆れに口を間抜けに開けると、むしろ呆れられてしまった。なぜだ。
「大司の尊が初代皇帝陛下へウーゴを与えられ、皇帝陛下は多くの男たちに実を渡し、男たちは家族に与えたのよ。収穫祭は男たちの祭りで、女が入るものではないわ」
えー。何それー。
あと少しで口から出そうになったが、かろうじて堪えた。
こちらの文化は古き時代と同じものだ。男性が外で狩りをして女性がそれを料理するような時代を経ていると、どうしても偏るのだろう。役目が決まっている時代をそのまま受け継いでいる生活をしているのだし、女性が外で働くことが当たり前にならないと、そう言った考えが覆るのは難しい。
フォーエンの神格化儀式を見られないことは残念だが、真冬極寒の外にい続けなければならないことを考えれば、出席しなくてラッキーくらいに思っておこう。
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ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
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