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196 ー花ー
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情報が漏れていることなど、本人が一番よくわかっているだろう。余計なことを言った。
しかし、ナラカみたいなのがその辺をうろついていたら、フォーエンも安心できないと思う。
隠密のような警備がいるようだが。
「忍者かな」
完全にフォーエンに張り付いていた警備だが、後宮で見たことはない。いても気づかなかっただけかもしれないが。
真っ黒づくめの二人の警備。顔も布で隠れていてわからなかった。自分が知らないだけで隠れている警備がいるわけだ。それも当然か。気安くしているが、この国の皇帝だ。何人も暗殺されているのならば警備も強めるだろう。
しかし、その周囲から情報が奪われている。
「あ、リン、丁度よかった。これルーシに持って行ってくれない?」
寒さにかじかむ手を擦って、外廊下から部屋に入ると、火鉢の上で温めていた銅製のやかんを握っていたミアンに声を掛けられた。
本日ルーシは体調不良でお休みらしく、部屋で眠っているそうだ。その薬湯を部屋に持って行けと頼まれる。
「悪いわね。部屋は奥の角で、左から二番目の部屋だから」
「はーい」
持っていたゴミ箱を元の位置に戻して、ミアンから湯呑みをもらう。言われた通りに奥へ進んで、ルーシの部屋に向かった。
レイセン宮と違って、同じ建物の中に女官たちの住む部屋がある。レイセン宮だと母屋の他に建物があるので、女官の多くがそちらに住んでいた。
こちらは規模が小さいので、女官たちも比較的姫に近い場所に住んでいるのだ。
迷うことなく部屋について、ノックをする。
「だあれ…」
部屋の中からくぐもった声が届いた。名乗って薬湯を持ってきたことを言う。
「入って」
中から鍵が外れた音がして、扉が開いたので中に入ろうとすると、部屋にいた女性を一瞬二度見してしまった。
ずいぶん顔色が悪く、真っ青な顔をしていたが、髪型のせいかずいぶん印象が違う。
「これ、薬湯だそうです」
「ありがとうー。助かるわ」
ルーシは薬湯の入った湯呑みを受け取ると、ベッドに座ってそれを熱そうにすすった。
いつものお団子頭はといており、ストレートの黒髪が背中に流れた。休んでいたので化粧をしていないのだが、いつもよりずっと大人っぽく見える。髪型のせいだろうか。
「はー、もー、つらいー」
ルーシはベッドの上で体育座りをしている。薬湯を飲み終えると丸いクッションのような物を抱きしめて、前後にゆらゆら揺れ始めた。
生理痛か。
うーうー言いながら、ゆらゆらし続けている。よほど重いらしい。
生理痛の薬なら持っているが、飲ませるのはまずかろう。薬湯も飲んだことだし、頑張って耐えてくれと扉を閉める。
顔色が悪いはずだ。痛みにのたうちまわっているようだ。可哀想すぎる。
「どうだった?起きてた?」
「起きてましたけど、かなりひどそうです」
部屋に戻るとミアンは刺繍を始めていた。理音の返答に同情の声を上げる。
「あの子いつもひどいのよ。寒いからなおさらひどいのかもね」
確かに今日も冷える。雪は降っていないが、風があって時折窓が揺れた。
「何かやることありますか?」
ミアンは刺繍、隣でレンカも縫い物をしている。ユエインとユイはジョアンに何か頼まれて、部屋にいなかった。
ミアンは唸りながら周囲を見回す。
「また外出てもらって悪いんだけれど、木炭を持ってきてくれるかしら?」
「わかりました」
「助かるわ」
木炭は配られる日があり、配分量が決まっている。それを倉庫に保管しているのだが、部屋から遠い。外廊下に出なければならないので、みんな行きたがらなかった。
縫い物や刺繍は理音はできないので、ここでも荷物運びなどの雑用しか頼まれない。役立たずである。
「うー、さむー」
おこたに入ってぬくぬくしたい。冬は苦手だ。冬眠したい。
しかし冬は星がよく見える。一番嫌いな季節で、一番楽しみな季節だ。
だが、しばらく天気が悪いため、流星どころか星が見えなかった。空は灰色で日光を最近見ていない。
風が吹いて雲が流れるが、すっきりしない空色だ。風が吹くと冷たさで耳が痛くなる。
そそくさと倉庫の方へ歩いていると、他の棟の女官たちが歩いていた。服の色は濃い黄色で寒そうに見える。その服の一人、頭の上でお団子一つに髪をまとめている女性が、こちらを見てきた。
「ねえ、あんたウの姫の女官?ユエインって子知ってる?」
「知ってますが」
女性は理音より背が高く、若干つり目で理音を上から見下ろした。
「その子に、シーニンの花壇何とかしてって伝えておいて、言えばわかるだろうから」
女性は言うだけ言うと、さっさと踵を返す。
言えばわかると言うのだから伝えるが、名ぐらい名乗っていけよと言いたい。これで通じなかったら困るなーと思いつつ。顔だけはしっかり覚えておいた。
遠くで似たような化粧をした女性たちが、くすくす笑っている。
「ウの姫の女官って、なんでみんな似てるの?」
「知らない。田舎から出てきたからじゃない?」
まあ馬鹿にされたことはわかりましたけれども、反応しても面倒にしかならないので、知らんぷりで倉庫へ向かう。
言ってるあなた方も似てるんだが。とは言わないでおく。
みなさん案外化粧や髪型が似ているので、こちらとしても区別が付きにくいのだ。何せ、着ている服が同じ色である。
従えている姫に系統を似せるのかもしれない。化粧や髪型は女官同士で似ていた。
ウの姫の女官たちも雰囲気が似ている。ルーシ、ユエイン、レンカは特に似ていた。髪型が同じなのもあるが、化粧の仕方が同じなのだ。
それで何で似ているのって言われても、みなさん同じでしょうよ。
個性出していいなら、付け毛取るよ。
倉庫から木炭を運んで部屋に戻ると、ユエインとユイが戻っていた。
「ユエインさん、先ほど、黄土色の服を着た女性が、ユエインさんに伝言をと。シーニンさんと言う方の花壇を、どうにかしてほしいとのことです」
「シーニンって誰?」
「この間死んじゃった、女官の名前…」
ミアンの言葉に、ユエインが小さな声で答えた。抜け穴で死んでいた女官のことだ。
「シーニン、花を育てるのが好きで、花壇作ってたの。それの手伝い、ちょっとしただけなんだけど、内緒で作ってたみたいだから、撤去しろってことなのかも」
後宮の茂みに花壇を作っていたらしい。花を植えていたと言うので、それくらい構わないような気もするが。後宮の中で勝手なことは許されないのだろうか。
雑木林があるくらいだ。後宮はだだっ広いのだし、問題ない気がする。
「何でユエインに言うのよ。自分たちでやればいいでしょう」
「注意されるようなところに作ったの?」
「そんな、邪魔になるところには作ってないけど、お花は咲いてたから、知ってる人はいるかも」
目立つ場所ではなければ、放っておけばいいとミアンは言う。ユイは場所だけでも確認しておいた方がいいと提案した。グイの姫の女官に変なあやを付けられても困るからだ。
「場所の確認だけしておきましょう。他のことで何か言われても面倒だから。ユエイン、場所を教えて」
ユイが場所の確認をするためにユエインを呼ぶ。
「そろそろ、お昼よ?早く戻ってきてよね?」
もう少ししたら、ウの姫の食事の用意をしなければならないのだ。部屋を整えて、料理を運ぶので、人数がいる。理音はその前にここを出なければならないので、手伝えない。
「すぐ戻るわ。リン、一緒に来て」
ここにいてもすぐに昼だ。そのままレイセン宮に戻ればいいと考えたのだろう。ユイに呼ばれて理音もついていく。
「花壇なんて、いつから作っていたの?」
「私が手伝ったのは、ここに来て少し経ってからだけど、そんなに何度も行ってたわけじゃないよ。休憩の時とか、たまに」
ユエインは小さな花壇に水をやるくらいで、手伝うと言ってもその程度だったと漏らす。
シーニンは随分前から花壇を作り、よく種を植えていたそうだ。
「ルファンの方の女官から、種をもらっていたみたい。花を植えられるのが好きなんですって」
「ルファン様の女官?」
他の姫の女官から種をもらっていたのか。女官同士で交流もしているのだと思っていたら、ユイがひどく驚いて、怪訝な顔をよこした。
「たまにいらっしゃるみたい。懐かしいからと言っては、こちらに来ることがあるらしいの。私も聞いただけだから、どこでお会いしたのか知らないけど」
「ルファン様の女官が、こちらに来るなんて…」
ユイは気になるようだ。眉間にしわを寄せると黙りこくってしまった。
「ルファン様って誰なんですか?」
聞いてもわからないかもしれないが、一応聞いておく。
理音は小声でユエインに問うと、ユエインは知らないのかと、逆に驚かれてしまった。
「ルファン様は、皇帝陛下のお母様だよ」
「皇帝陛下の、お母様…」
フォーエンの母親は、生きているのか。
いや、そんなことをすぐに思ってしまうのは失礼だと思うが、どんどん死んでいる近親の話を聞いていると、生きていることすら驚いてしまう。
それに、母親なのに一度も見たことがない。イベントごとに現れてもいいはずなのに、一度も姿を現したことはない。
「ルファンの方は、宮で休息をされていらっしゃるから、女官たちもこちらには来ないのよ。でも、その方だけいらっしゃるみたい」
「宮で、休息…」
気になる言い方だ。病気にでもなっているのだろうか。しかし、ユエインは周囲を横目で見てから、小さな声で周りに聞こえないように言ってくる。口にしてはいけない案件のようだった。
「あ、ほら、あそこだよ」
花壇のある場所は、ゴミを置きに行く収集所に近いところで、手入れのされた低木の植わる土地の隅にあった。
電信柱の周囲に花を植えるように、低木の周りに囲まれた花壇がある。花壇とわかるのは、割り箸のような棒で柵が作られていたからだ。
自分がイメージしていた花壇はレンガなどで囲まれた、学校にあるような花壇だったのだが、随分違った。
小さすぎて、わざわざ撤去しろと言われるものではないと思う。
「これに目くじら立ててきているの?」
ユイも呆れた顔をしている。
シーニンはグイの姫の女官の中でも、つらさを吐露していた女性だ。もしかしたら、他の者たちに嫌がらせをされていたのではないかと、ユエインは言った。
「いつもため息ばかりしてた。花を育ててると、気持ちも落ち着くって。外にいる恋人のことを考えてるからかと思ってたけど、女官として仕えるのも辛かったんだと思う」
花は何種類か植えられているが、まだ花はついていない。葉を見た感じ、キク科の花が多いようだ。
「花言葉もね、教えてもらったの。シーニン、その女官の方に色々教えてもらったんだって」
ユエインは話してもらったことを思い出したか、目元を拭った。思い出の残った花壇だ。このまま残しておきたいだろう。
「これ、撤去しなきゃいけないほどですかね?」
「そのままで構わないと思うわ。柵だけ取っておけばいいんじゃない?」
ユイもわざわざ掘り起こす必要性は感じないと、肩を竦める。
キク科は多年草で増えるのも早いが、木の下に植わっている程度ならば、邪魔にならないだろう。
ユイは放置を決めて、柵だけ取ることにした。棒があると目立つそうだ。
「リン、ここはいいわ。もう戻って」
「わかりました」
棒を取っている間に、レイセン宮に戻れと言う指示だ。
理音は頭を垂れて、手伝わずにその場を去ることにした。ユエインにどこへ行くのか問われても困るからだ。
周囲を確認して奥へと進み、人気のない場所に行く。ここで誰かに見られても困るので、慎重に進まなければならない。
それにしても、フォーエンの母親はどこを住まいにしているのだろう。
宮と言っていたので、レイセン宮のような確立された場所があるのかもしれない。そこも警備が厳重なのだろうか。
母親の話は一切出ていない。父親や伯父たちが死んだ話も聞いているわけではないが、今まで他の人たちからもその話を聞いたことがなかった。
皇帝の母親になるのだから、皇太后になるのだろうか。こちらの言葉が自分の世界とイコールではない時があるので、何とも言えないが、皇帝の母親にも力はあるだろう。
息子の妃について、気になったりしないのだろうか。
それとも、病弱で会話がまともにできないとか、あるだろうか。
「フォーエンには聞けないな…」
家族問題は自爆する。フォーエンにそんな話は危険だ。聞いても、それは自分が知りたいだけなので、フォーエンからすれば必要のない情報だった。
「聞かなかったことにしよ」
理音はそう呟いて、急ぎ足でレイセン宮へと戻っていった。
しかし、ナラカみたいなのがその辺をうろついていたら、フォーエンも安心できないと思う。
隠密のような警備がいるようだが。
「忍者かな」
完全にフォーエンに張り付いていた警備だが、後宮で見たことはない。いても気づかなかっただけかもしれないが。
真っ黒づくめの二人の警備。顔も布で隠れていてわからなかった。自分が知らないだけで隠れている警備がいるわけだ。それも当然か。気安くしているが、この国の皇帝だ。何人も暗殺されているのならば警備も強めるだろう。
しかし、その周囲から情報が奪われている。
「あ、リン、丁度よかった。これルーシに持って行ってくれない?」
寒さにかじかむ手を擦って、外廊下から部屋に入ると、火鉢の上で温めていた銅製のやかんを握っていたミアンに声を掛けられた。
本日ルーシは体調不良でお休みらしく、部屋で眠っているそうだ。その薬湯を部屋に持って行けと頼まれる。
「悪いわね。部屋は奥の角で、左から二番目の部屋だから」
「はーい」
持っていたゴミ箱を元の位置に戻して、ミアンから湯呑みをもらう。言われた通りに奥へ進んで、ルーシの部屋に向かった。
レイセン宮と違って、同じ建物の中に女官たちの住む部屋がある。レイセン宮だと母屋の他に建物があるので、女官の多くがそちらに住んでいた。
こちらは規模が小さいので、女官たちも比較的姫に近い場所に住んでいるのだ。
迷うことなく部屋について、ノックをする。
「だあれ…」
部屋の中からくぐもった声が届いた。名乗って薬湯を持ってきたことを言う。
「入って」
中から鍵が外れた音がして、扉が開いたので中に入ろうとすると、部屋にいた女性を一瞬二度見してしまった。
ずいぶん顔色が悪く、真っ青な顔をしていたが、髪型のせいかずいぶん印象が違う。
「これ、薬湯だそうです」
「ありがとうー。助かるわ」
ルーシは薬湯の入った湯呑みを受け取ると、ベッドに座ってそれを熱そうにすすった。
いつものお団子頭はといており、ストレートの黒髪が背中に流れた。休んでいたので化粧をしていないのだが、いつもよりずっと大人っぽく見える。髪型のせいだろうか。
「はー、もー、つらいー」
ルーシはベッドの上で体育座りをしている。薬湯を飲み終えると丸いクッションのような物を抱きしめて、前後にゆらゆら揺れ始めた。
生理痛か。
うーうー言いながら、ゆらゆらし続けている。よほど重いらしい。
生理痛の薬なら持っているが、飲ませるのはまずかろう。薬湯も飲んだことだし、頑張って耐えてくれと扉を閉める。
顔色が悪いはずだ。痛みにのたうちまわっているようだ。可哀想すぎる。
「どうだった?起きてた?」
「起きてましたけど、かなりひどそうです」
部屋に戻るとミアンは刺繍を始めていた。理音の返答に同情の声を上げる。
「あの子いつもひどいのよ。寒いからなおさらひどいのかもね」
確かに今日も冷える。雪は降っていないが、風があって時折窓が揺れた。
「何かやることありますか?」
ミアンは刺繍、隣でレンカも縫い物をしている。ユエインとユイはジョアンに何か頼まれて、部屋にいなかった。
ミアンは唸りながら周囲を見回す。
「また外出てもらって悪いんだけれど、木炭を持ってきてくれるかしら?」
「わかりました」
「助かるわ」
木炭は配られる日があり、配分量が決まっている。それを倉庫に保管しているのだが、部屋から遠い。外廊下に出なければならないので、みんな行きたがらなかった。
縫い物や刺繍は理音はできないので、ここでも荷物運びなどの雑用しか頼まれない。役立たずである。
「うー、さむー」
おこたに入ってぬくぬくしたい。冬は苦手だ。冬眠したい。
しかし冬は星がよく見える。一番嫌いな季節で、一番楽しみな季節だ。
だが、しばらく天気が悪いため、流星どころか星が見えなかった。空は灰色で日光を最近見ていない。
風が吹いて雲が流れるが、すっきりしない空色だ。風が吹くと冷たさで耳が痛くなる。
そそくさと倉庫の方へ歩いていると、他の棟の女官たちが歩いていた。服の色は濃い黄色で寒そうに見える。その服の一人、頭の上でお団子一つに髪をまとめている女性が、こちらを見てきた。
「ねえ、あんたウの姫の女官?ユエインって子知ってる?」
「知ってますが」
女性は理音より背が高く、若干つり目で理音を上から見下ろした。
「その子に、シーニンの花壇何とかしてって伝えておいて、言えばわかるだろうから」
女性は言うだけ言うと、さっさと踵を返す。
言えばわかると言うのだから伝えるが、名ぐらい名乗っていけよと言いたい。これで通じなかったら困るなーと思いつつ。顔だけはしっかり覚えておいた。
遠くで似たような化粧をした女性たちが、くすくす笑っている。
「ウの姫の女官って、なんでみんな似てるの?」
「知らない。田舎から出てきたからじゃない?」
まあ馬鹿にされたことはわかりましたけれども、反応しても面倒にしかならないので、知らんぷりで倉庫へ向かう。
言ってるあなた方も似てるんだが。とは言わないでおく。
みなさん案外化粧や髪型が似ているので、こちらとしても区別が付きにくいのだ。何せ、着ている服が同じ色である。
従えている姫に系統を似せるのかもしれない。化粧や髪型は女官同士で似ていた。
ウの姫の女官たちも雰囲気が似ている。ルーシ、ユエイン、レンカは特に似ていた。髪型が同じなのもあるが、化粧の仕方が同じなのだ。
それで何で似ているのって言われても、みなさん同じでしょうよ。
個性出していいなら、付け毛取るよ。
倉庫から木炭を運んで部屋に戻ると、ユエインとユイが戻っていた。
「ユエインさん、先ほど、黄土色の服を着た女性が、ユエインさんに伝言をと。シーニンさんと言う方の花壇を、どうにかしてほしいとのことです」
「シーニンって誰?」
「この間死んじゃった、女官の名前…」
ミアンの言葉に、ユエインが小さな声で答えた。抜け穴で死んでいた女官のことだ。
「シーニン、花を育てるのが好きで、花壇作ってたの。それの手伝い、ちょっとしただけなんだけど、内緒で作ってたみたいだから、撤去しろってことなのかも」
後宮の茂みに花壇を作っていたらしい。花を植えていたと言うので、それくらい構わないような気もするが。後宮の中で勝手なことは許されないのだろうか。
雑木林があるくらいだ。後宮はだだっ広いのだし、問題ない気がする。
「何でユエインに言うのよ。自分たちでやればいいでしょう」
「注意されるようなところに作ったの?」
「そんな、邪魔になるところには作ってないけど、お花は咲いてたから、知ってる人はいるかも」
目立つ場所ではなければ、放っておけばいいとミアンは言う。ユイは場所だけでも確認しておいた方がいいと提案した。グイの姫の女官に変なあやを付けられても困るからだ。
「場所の確認だけしておきましょう。他のことで何か言われても面倒だから。ユエイン、場所を教えて」
ユイが場所の確認をするためにユエインを呼ぶ。
「そろそろ、お昼よ?早く戻ってきてよね?」
もう少ししたら、ウの姫の食事の用意をしなければならないのだ。部屋を整えて、料理を運ぶので、人数がいる。理音はその前にここを出なければならないので、手伝えない。
「すぐ戻るわ。リン、一緒に来て」
ここにいてもすぐに昼だ。そのままレイセン宮に戻ればいいと考えたのだろう。ユイに呼ばれて理音もついていく。
「花壇なんて、いつから作っていたの?」
「私が手伝ったのは、ここに来て少し経ってからだけど、そんなに何度も行ってたわけじゃないよ。休憩の時とか、たまに」
ユエインは小さな花壇に水をやるくらいで、手伝うと言ってもその程度だったと漏らす。
シーニンは随分前から花壇を作り、よく種を植えていたそうだ。
「ルファンの方の女官から、種をもらっていたみたい。花を植えられるのが好きなんですって」
「ルファン様の女官?」
他の姫の女官から種をもらっていたのか。女官同士で交流もしているのだと思っていたら、ユイがひどく驚いて、怪訝な顔をよこした。
「たまにいらっしゃるみたい。懐かしいからと言っては、こちらに来ることがあるらしいの。私も聞いただけだから、どこでお会いしたのか知らないけど」
「ルファン様の女官が、こちらに来るなんて…」
ユイは気になるようだ。眉間にしわを寄せると黙りこくってしまった。
「ルファン様って誰なんですか?」
聞いてもわからないかもしれないが、一応聞いておく。
理音は小声でユエインに問うと、ユエインは知らないのかと、逆に驚かれてしまった。
「ルファン様は、皇帝陛下のお母様だよ」
「皇帝陛下の、お母様…」
フォーエンの母親は、生きているのか。
いや、そんなことをすぐに思ってしまうのは失礼だと思うが、どんどん死んでいる近親の話を聞いていると、生きていることすら驚いてしまう。
それに、母親なのに一度も見たことがない。イベントごとに現れてもいいはずなのに、一度も姿を現したことはない。
「ルファンの方は、宮で休息をされていらっしゃるから、女官たちもこちらには来ないのよ。でも、その方だけいらっしゃるみたい」
「宮で、休息…」
気になる言い方だ。病気にでもなっているのだろうか。しかし、ユエインは周囲を横目で見てから、小さな声で周りに聞こえないように言ってくる。口にしてはいけない案件のようだった。
「あ、ほら、あそこだよ」
花壇のある場所は、ゴミを置きに行く収集所に近いところで、手入れのされた低木の植わる土地の隅にあった。
電信柱の周囲に花を植えるように、低木の周りに囲まれた花壇がある。花壇とわかるのは、割り箸のような棒で柵が作られていたからだ。
自分がイメージしていた花壇はレンガなどで囲まれた、学校にあるような花壇だったのだが、随分違った。
小さすぎて、わざわざ撤去しろと言われるものではないと思う。
「これに目くじら立ててきているの?」
ユイも呆れた顔をしている。
シーニンはグイの姫の女官の中でも、つらさを吐露していた女性だ。もしかしたら、他の者たちに嫌がらせをされていたのではないかと、ユエインは言った。
「いつもため息ばかりしてた。花を育ててると、気持ちも落ち着くって。外にいる恋人のことを考えてるからかと思ってたけど、女官として仕えるのも辛かったんだと思う」
花は何種類か植えられているが、まだ花はついていない。葉を見た感じ、キク科の花が多いようだ。
「花言葉もね、教えてもらったの。シーニン、その女官の方に色々教えてもらったんだって」
ユエインは話してもらったことを思い出したか、目元を拭った。思い出の残った花壇だ。このまま残しておきたいだろう。
「これ、撤去しなきゃいけないほどですかね?」
「そのままで構わないと思うわ。柵だけ取っておけばいいんじゃない?」
ユイもわざわざ掘り起こす必要性は感じないと、肩を竦める。
キク科は多年草で増えるのも早いが、木の下に植わっている程度ならば、邪魔にならないだろう。
ユイは放置を決めて、柵だけ取ることにした。棒があると目立つそうだ。
「リン、ここはいいわ。もう戻って」
「わかりました」
棒を取っている間に、レイセン宮に戻れと言う指示だ。
理音は頭を垂れて、手伝わずにその場を去ることにした。ユエインにどこへ行くのか問われても困るからだ。
周囲を確認して奥へと進み、人気のない場所に行く。ここで誰かに見られても困るので、慎重に進まなければならない。
それにしても、フォーエンの母親はどこを住まいにしているのだろう。
宮と言っていたので、レイセン宮のような確立された場所があるのかもしれない。そこも警備が厳重なのだろうか。
母親の話は一切出ていない。父親や伯父たちが死んだ話も聞いているわけではないが、今まで他の人たちからもその話を聞いたことがなかった。
皇帝の母親になるのだから、皇太后になるのだろうか。こちらの言葉が自分の世界とイコールではない時があるので、何とも言えないが、皇帝の母親にも力はあるだろう。
息子の妃について、気になったりしないのだろうか。
それとも、病弱で会話がまともにできないとか、あるだろうか。
「フォーエンには聞けないな…」
家族問題は自爆する。フォーエンにそんな話は危険だ。聞いても、それは自分が知りたいだけなので、フォーエンからすれば必要のない情報だった。
「聞かなかったことにしよ」
理音はそう呟いて、急ぎ足でレイセン宮へと戻っていった。
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