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189 ー渡りー
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「ちょっと、見て、陛下よ」
「へ?」
ルーシが力一杯理音の袖を引っ張るので、よろけて壁に頭をぶつけるところだった。
視線の先、遠目にある渡り廊下で、次々に跪く女性たちの先に身長の高い男を含む団体が歩いている。
中心にいるのはフォーエンだ。後ろからお付きの人が追って、塊となって動いていた。
「素敵…」
ルーシが星に願うように両手を胸の前で組んで、うっとり言った。
よく見ると、周囲にいた女子たちが皆、同じようにフォーエンを見ている。遠目だからと跪いたりはせず、惚けるように見つめた。
レイセン宮の女官たちも、フォーエンが来ると浮き足立つような雰囲気はあるが、遠くにいるとこんな感じなのだろう。
そう考えると、最初の自分の反応って、結構ひどかったんじゃないかと思い直す。まず女性と思っていたし、その後男だと気づいても、綺麗顔好きじゃないとか思っていた。
よく考えなくても結構ひどい。
そんなフォーエンをうっとり見ることはないが、遠目で眺めることはないので、やはり目で追ってしまう。
最近夜にしか会わないので、寝間着姿ではない着物は久しぶりに見た。
濃い紺を基調とした着物に金色の刺繍が見える。上掛けに白か灰色のものを着ていたが、女性たちが明るい暖色系を着ているのを見ると、フォーエンの服はとても目立っている。
女性たちは通りすぎていったフォーエンが見えなくなると、吐息をつきながら動き始めた。
学校内で憧れの先輩をつい見ちゃう。みたいなことを友人が言っていたが、気分はそんな感じなのだろう。相手は皇帝陛下様であるが。
「どこに行かれるのかしら。こんな時間にお出でになるなんて、とても珍しいことよ。どなたかに会いに行かれるつもりなんだわ。レイセン宮へはこちらを通ったりはしないし」
そう言われて、どきりとした。
ここは後宮だ。フォーエンが後宮内にいるのならば、誰かに会いに行くために後宮へ入る。そうでなければ入る必要なんてないからだ。
心臓が突然波打つように、どくどくと言い始めた。
自分以外に、誰かに会いに行く。
そんなこと当たり前にある。誰かを選ぶには会って話をする必要があった。夜その人の部屋に行くことはしなくても、昼間話をしに会いに行くことは、当然あるのだ。
「ああ、どなたに会いに行かれるのか、気になるわ。早く戻りましょ」
気にならないふりをずっとしてきた。気づかされる度に、なんてことない話だと思ってきた。
それが、いざ現実になれば、こんなにも動揺するのか。
「リン?」
「いえ、寒いから、早く戻りましょう」
傷つくなと、毎回思う。
けれど、思っていても、どうやったって、息ができないくらい、苦しくなるのだ。
「先ほど陛下がいらっしゃっていたけど、どなたに会いに行かれたか、誰か聞いている?」
ルーシは戻るなりその話をして、皆の注目をあびた。
部屋にはユイやミアンがいる。ジョアンはいなかったが、その他に見たことのない女性たちもいた。服装が同じなので同じ仕事をする人たちだ。
一人はミアンと同じお団子二つの髪型をしており、淡い色の化粧をしていた。ミアンに雰囲気が似ている。名前はユエイン。
もう一人も二つお団子だったが、彼女は前髪が綺麗に切りそろえられていて、人形のように可愛い。名前はレンカ。
みんな歳は同じくらいだろうか。女性というより女の子だ。
部屋では火鉢を中心に集まっている。仕事が一区切りついて皆で暖をとっていたのかと思ったが、今まさにその話をしていたらしい。
「グイの方に会いに行かれたそうよ。今回の事件でお話がしたいとか」
ユイが冷静な返事をする。ミアンや他の女性たちも頷いた。すでに情報は得ているようだ。
今回の事件とは、先ほど聞いた後宮から行方不明になって、倒れて発見された女官のことだ。ルーシが驚愕に目を見開いた。驚く話らしい。
「わざわざそのためにお会いになるの?おかしいんじゃない?その話をされると言う前提を持っているだけで、グイの姫に会われるんじゃなくて?」
「わからないけれど、調べを聞きに来られたのは間違いないわ。グイの女官たちが騒いでいたから」
言ったのはミアンだ。丁度用があってグイの姫の棟の近くにいたらしい。仕返しのために様子を見に行っていたようだ。ユイに言われて口を尖らす。
「それだけならいいけど、気になるわよね」
「ウの方が姫を入内させたことに、グイの方がお怒りだって話だものねえ」
ユエインがため息交じりに言うと、皆が唸るように頷く。元皇帝の血筋とやらはやはり厄介らしい。そのため配慮して会いに行ったのではないかと言う意見だ。
「陛下はレイセン宮の姫以外、通われることはないって聞いてたのにね」
レンカが頬杖をついて口を尖らせた。
「陛下が御渡りになられて、やっと他の姫も機会があるのかとお待ちして、結局何もないのだって、他の女官から愚痴られたのだけれど。入内しても無駄よって」
ユエインとレンカが口々に言う。その言葉を聞いて顔を背けたくなった。ユイと目が合って、とても気まずい。
それ囮のためですし。何もございませんので心配しないでいただきたい。
口にするのをこらえて、聞こえないふりをする。微妙な話すぎて顔に出そうだ。
「レイセン宮の姫は全く姿現さないし、レイセン宮は警備が厳重だから、どんな方か未だわからないのよね」
ミアンがため息交じりに言う。隣でルーシがうんうん頷いた。ウの姫は最近後宮に入ったので、フォーエンと理音が一緒に現れたイベントに出席したことがないのだ。
イベントに出ることがなければ、理音は人々の目に触れない。
それは後宮にいる限り、フォーエンも同じだと思ったのだが、どうやら違うらしい。
月に一度、後宮の女性はフォーエンに会う機会があるそうだ。朝礼みたいなものがあり、そこに出席してご挨拶があるらしい。挨拶って、フォーエンがするのではなくて、女性たちが挨拶をするそうだ。
ただそれは団体で行うので、顔を覚えられるかと言ったら、中々難しいようだ。
それでも後宮の女性たちが唯一フォーエンに会える機会であり、その機会がなければフォーエンの顔すら見れない。
フォーエンに会わなければ何も始まらない。それを考えれば、大事な集まりなのだろう。
理音に至っては殆ど皆無だ。それは生きているんだか死んでいるか分からない存在で、死んだと思ってたら生きていたため、あやかしとか言われるわけである。
「陛下だって、結局、一度しかお目見えしていないものね」
入内した時に丁度その朝礼があったらしい。それでフォーエンを見た女官の皆様は、フォーエンに釘付けだったとか。
ただし女官たちは遠目なので、ほとんど見えなかったようだが、フォーエンが美女よりも美男という話は有名で、周知されているらしい。
美女って…。
「前よりずっとお近くでご尊顔を拝見できたけれど。とてもお近くにいらっしゃったのよ。ねえ、リン?」
「へ!?ああ、はい。そうですね」
いきなり振られて、挙動不審になってしまった。ユイの視線が痛い。
ユイ以外の皆が、いーなーとはもりながら羨望の目を向けてくる。
「結構、遠目でしたから」
苦笑いで返すと、ルーシがあれでもものすごく近かったのだと、噛みつくように言った。
なまじ後宮で見ることなどないのだから、殆どレアモンスター扱いである。それは皆フォーエンに釘付けになるはずだった。
羨ましがられて当然と、ルーシが鼻を高くする。その時だった。
めきり、と小さな家鳴りがしたかと思うと、一瞬めまいが起きたかのように身体が揺れた。
「きゃあ」
「何!?」
立っていた皆が地面にへばりつくように座り込む。一瞬ぐらっと揺れたが時間は短い。十秒もない。震度二あるかないかくらいの、小さな地震だった。
なのに、
「な、何が起きたの…!?」
「建物が揺れたわっ!!」
「たたり!?呪い!?」
ルーシとミアンは抱き合って怯え、ユエインは近くの壁にしがみついている。レンカは座り込んで棚に抱きついていた。ユイだけが立っていたが、若干中腰になっている。座ろうとして揺れが収まったのでやめた風だった。
「今のは、地震?」
「あれが!?」
「あんなに揺れるものなの!?」
「建物が鳴ったわよ!?」
口々に言う言葉から察すると、こちらは地震があまりないようだ。じっとしていなければ気付かないような揺れだったと思うが、立ち尽くして話していたせいでかなり揺れを感じたのかもしれない。
「ウの方の住む辺りでは地震は少いものね。この辺りはたまにあるのよ」
ユイの言葉に他の皆が嫌そうな顔をする。あれが何度も起きるの?と言う顔だ。
これだけ広大な国ならば、地域によって地震の多い少ないはあるだろう。ユイ以外の反応が激しいのも頷けた。
「リンも平然としてたわね。あんな揺れたのに」
「そうですね…」
年間どれほど揺れているのか、調べると驚愕するレベルの地震大国に、震度二なんてちょろすぎる。眠っていたら気付かないくらいだと思う。
そう思っていたら、外から喧騒がしてきた。出てみると女性たちが一様に不安げな顔して外に出てきている。これは地震が怖くて外に出てきたのではないだろうか。
「みんな怖くて外に出てきた感じ…」
「そうね。怖かったもの…」
そうかー、あれで怖いのかー。慣れってすごいな。
なんて思っていると、フォーエンが団体を連れて現れた。話は終わったようで、戻る途中なのだろう。渡り廊下を歩んでいる。
地震の揺れに恐れていた女子たちが、一斉に安堵とともにほうっと息をついた。
存在だけで癒しを施している。すごい存在感だ。
フォーエンは足早に過ぎようとして、一瞬、視線がこちらを向いた気がした。
「リン、頭下げて」
「へ?」
もう遅い。周囲が遠目でも頭を下げているのを眺めている間に、フォーエンはさっさと通り過ぎていった。
「こら、リン。陛下がお通りになるのに、ぼやっと見てたらダメでしょう!?」
「陛下が睨まれていたじゃない!」
「失礼にもほどがあるわ!!」
頭を下げていたのに、なぜ皆自分が見えていたのか。下げつつも目だけはフォーエンをガン見だったに違いない。怒られて、ルーシから所作を指摘される。
「陛下がいらっしゃったら、こうっ」
腕を太ももの方へ伸ばしたまま、袖を合わせて頭を下げる。立っている場合は胸の前で手を合わせないらしい。
剣に手を伸ばしにくい位置にするのが礼儀だそうだ。手の位置によっては腰帯にある剣が掴みやすい。そのため中腰では手を組む。
だったら、立っている時も胸の前で手を組めばいいと思うのだが、着物のシワが美しくないとかで、立ったままで両手を組んだりしないそうだ。色々あるね。
フォーエンが通り過ぎて皆落ち着いたか、各々建物に戻っていく。あれくらいの揺れで建物が傾げるとは思いたくないが、その怖さで外に出てきたのだろうか。
建物の耐震とかとても気になってくる。
「リン、そろそろ時間になるから、行きましょう」
ユイに声を掛けられて、午前の仕事が終わる鐘の音が鳴ったのに気がついた。
「へ?」
ルーシが力一杯理音の袖を引っ張るので、よろけて壁に頭をぶつけるところだった。
視線の先、遠目にある渡り廊下で、次々に跪く女性たちの先に身長の高い男を含む団体が歩いている。
中心にいるのはフォーエンだ。後ろからお付きの人が追って、塊となって動いていた。
「素敵…」
ルーシが星に願うように両手を胸の前で組んで、うっとり言った。
よく見ると、周囲にいた女子たちが皆、同じようにフォーエンを見ている。遠目だからと跪いたりはせず、惚けるように見つめた。
レイセン宮の女官たちも、フォーエンが来ると浮き足立つような雰囲気はあるが、遠くにいるとこんな感じなのだろう。
そう考えると、最初の自分の反応って、結構ひどかったんじゃないかと思い直す。まず女性と思っていたし、その後男だと気づいても、綺麗顔好きじゃないとか思っていた。
よく考えなくても結構ひどい。
そんなフォーエンをうっとり見ることはないが、遠目で眺めることはないので、やはり目で追ってしまう。
最近夜にしか会わないので、寝間着姿ではない着物は久しぶりに見た。
濃い紺を基調とした着物に金色の刺繍が見える。上掛けに白か灰色のものを着ていたが、女性たちが明るい暖色系を着ているのを見ると、フォーエンの服はとても目立っている。
女性たちは通りすぎていったフォーエンが見えなくなると、吐息をつきながら動き始めた。
学校内で憧れの先輩をつい見ちゃう。みたいなことを友人が言っていたが、気分はそんな感じなのだろう。相手は皇帝陛下様であるが。
「どこに行かれるのかしら。こんな時間にお出でになるなんて、とても珍しいことよ。どなたかに会いに行かれるつもりなんだわ。レイセン宮へはこちらを通ったりはしないし」
そう言われて、どきりとした。
ここは後宮だ。フォーエンが後宮内にいるのならば、誰かに会いに行くために後宮へ入る。そうでなければ入る必要なんてないからだ。
心臓が突然波打つように、どくどくと言い始めた。
自分以外に、誰かに会いに行く。
そんなこと当たり前にある。誰かを選ぶには会って話をする必要があった。夜その人の部屋に行くことはしなくても、昼間話をしに会いに行くことは、当然あるのだ。
「ああ、どなたに会いに行かれるのか、気になるわ。早く戻りましょ」
気にならないふりをずっとしてきた。気づかされる度に、なんてことない話だと思ってきた。
それが、いざ現実になれば、こんなにも動揺するのか。
「リン?」
「いえ、寒いから、早く戻りましょう」
傷つくなと、毎回思う。
けれど、思っていても、どうやったって、息ができないくらい、苦しくなるのだ。
「先ほど陛下がいらっしゃっていたけど、どなたに会いに行かれたか、誰か聞いている?」
ルーシは戻るなりその話をして、皆の注目をあびた。
部屋にはユイやミアンがいる。ジョアンはいなかったが、その他に見たことのない女性たちもいた。服装が同じなので同じ仕事をする人たちだ。
一人はミアンと同じお団子二つの髪型をしており、淡い色の化粧をしていた。ミアンに雰囲気が似ている。名前はユエイン。
もう一人も二つお団子だったが、彼女は前髪が綺麗に切りそろえられていて、人形のように可愛い。名前はレンカ。
みんな歳は同じくらいだろうか。女性というより女の子だ。
部屋では火鉢を中心に集まっている。仕事が一区切りついて皆で暖をとっていたのかと思ったが、今まさにその話をしていたらしい。
「グイの方に会いに行かれたそうよ。今回の事件でお話がしたいとか」
ユイが冷静な返事をする。ミアンや他の女性たちも頷いた。すでに情報は得ているようだ。
今回の事件とは、先ほど聞いた後宮から行方不明になって、倒れて発見された女官のことだ。ルーシが驚愕に目を見開いた。驚く話らしい。
「わざわざそのためにお会いになるの?おかしいんじゃない?その話をされると言う前提を持っているだけで、グイの姫に会われるんじゃなくて?」
「わからないけれど、調べを聞きに来られたのは間違いないわ。グイの女官たちが騒いでいたから」
言ったのはミアンだ。丁度用があってグイの姫の棟の近くにいたらしい。仕返しのために様子を見に行っていたようだ。ユイに言われて口を尖らす。
「それだけならいいけど、気になるわよね」
「ウの方が姫を入内させたことに、グイの方がお怒りだって話だものねえ」
ユエインがため息交じりに言うと、皆が唸るように頷く。元皇帝の血筋とやらはやはり厄介らしい。そのため配慮して会いに行ったのではないかと言う意見だ。
「陛下はレイセン宮の姫以外、通われることはないって聞いてたのにね」
レンカが頬杖をついて口を尖らせた。
「陛下が御渡りになられて、やっと他の姫も機会があるのかとお待ちして、結局何もないのだって、他の女官から愚痴られたのだけれど。入内しても無駄よって」
ユエインとレンカが口々に言う。その言葉を聞いて顔を背けたくなった。ユイと目が合って、とても気まずい。
それ囮のためですし。何もございませんので心配しないでいただきたい。
口にするのをこらえて、聞こえないふりをする。微妙な話すぎて顔に出そうだ。
「レイセン宮の姫は全く姿現さないし、レイセン宮は警備が厳重だから、どんな方か未だわからないのよね」
ミアンがため息交じりに言う。隣でルーシがうんうん頷いた。ウの姫は最近後宮に入ったので、フォーエンと理音が一緒に現れたイベントに出席したことがないのだ。
イベントに出ることがなければ、理音は人々の目に触れない。
それは後宮にいる限り、フォーエンも同じだと思ったのだが、どうやら違うらしい。
月に一度、後宮の女性はフォーエンに会う機会があるそうだ。朝礼みたいなものがあり、そこに出席してご挨拶があるらしい。挨拶って、フォーエンがするのではなくて、女性たちが挨拶をするそうだ。
ただそれは団体で行うので、顔を覚えられるかと言ったら、中々難しいようだ。
それでも後宮の女性たちが唯一フォーエンに会える機会であり、その機会がなければフォーエンの顔すら見れない。
フォーエンに会わなければ何も始まらない。それを考えれば、大事な集まりなのだろう。
理音に至っては殆ど皆無だ。それは生きているんだか死んでいるか分からない存在で、死んだと思ってたら生きていたため、あやかしとか言われるわけである。
「陛下だって、結局、一度しかお目見えしていないものね」
入内した時に丁度その朝礼があったらしい。それでフォーエンを見た女官の皆様は、フォーエンに釘付けだったとか。
ただし女官たちは遠目なので、ほとんど見えなかったようだが、フォーエンが美女よりも美男という話は有名で、周知されているらしい。
美女って…。
「前よりずっとお近くでご尊顔を拝見できたけれど。とてもお近くにいらっしゃったのよ。ねえ、リン?」
「へ!?ああ、はい。そうですね」
いきなり振られて、挙動不審になってしまった。ユイの視線が痛い。
ユイ以外の皆が、いーなーとはもりながら羨望の目を向けてくる。
「結構、遠目でしたから」
苦笑いで返すと、ルーシがあれでもものすごく近かったのだと、噛みつくように言った。
なまじ後宮で見ることなどないのだから、殆どレアモンスター扱いである。それは皆フォーエンに釘付けになるはずだった。
羨ましがられて当然と、ルーシが鼻を高くする。その時だった。
めきり、と小さな家鳴りがしたかと思うと、一瞬めまいが起きたかのように身体が揺れた。
「きゃあ」
「何!?」
立っていた皆が地面にへばりつくように座り込む。一瞬ぐらっと揺れたが時間は短い。十秒もない。震度二あるかないかくらいの、小さな地震だった。
なのに、
「な、何が起きたの…!?」
「建物が揺れたわっ!!」
「たたり!?呪い!?」
ルーシとミアンは抱き合って怯え、ユエインは近くの壁にしがみついている。レンカは座り込んで棚に抱きついていた。ユイだけが立っていたが、若干中腰になっている。座ろうとして揺れが収まったのでやめた風だった。
「今のは、地震?」
「あれが!?」
「あんなに揺れるものなの!?」
「建物が鳴ったわよ!?」
口々に言う言葉から察すると、こちらは地震があまりないようだ。じっとしていなければ気付かないような揺れだったと思うが、立ち尽くして話していたせいでかなり揺れを感じたのかもしれない。
「ウの方の住む辺りでは地震は少いものね。この辺りはたまにあるのよ」
ユイの言葉に他の皆が嫌そうな顔をする。あれが何度も起きるの?と言う顔だ。
これだけ広大な国ならば、地域によって地震の多い少ないはあるだろう。ユイ以外の反応が激しいのも頷けた。
「リンも平然としてたわね。あんな揺れたのに」
「そうですね…」
年間どれほど揺れているのか、調べると驚愕するレベルの地震大国に、震度二なんてちょろすぎる。眠っていたら気付かないくらいだと思う。
そう思っていたら、外から喧騒がしてきた。出てみると女性たちが一様に不安げな顔して外に出てきている。これは地震が怖くて外に出てきたのではないだろうか。
「みんな怖くて外に出てきた感じ…」
「そうね。怖かったもの…」
そうかー、あれで怖いのかー。慣れってすごいな。
なんて思っていると、フォーエンが団体を連れて現れた。話は終わったようで、戻る途中なのだろう。渡り廊下を歩んでいる。
地震の揺れに恐れていた女子たちが、一斉に安堵とともにほうっと息をついた。
存在だけで癒しを施している。すごい存在感だ。
フォーエンは足早に過ぎようとして、一瞬、視線がこちらを向いた気がした。
「リン、頭下げて」
「へ?」
もう遅い。周囲が遠目でも頭を下げているのを眺めている間に、フォーエンはさっさと通り過ぎていった。
「こら、リン。陛下がお通りになるのに、ぼやっと見てたらダメでしょう!?」
「陛下が睨まれていたじゃない!」
「失礼にもほどがあるわ!!」
頭を下げていたのに、なぜ皆自分が見えていたのか。下げつつも目だけはフォーエンをガン見だったに違いない。怒られて、ルーシから所作を指摘される。
「陛下がいらっしゃったら、こうっ」
腕を太ももの方へ伸ばしたまま、袖を合わせて頭を下げる。立っている場合は胸の前で手を合わせないらしい。
剣に手を伸ばしにくい位置にするのが礼儀だそうだ。手の位置によっては腰帯にある剣が掴みやすい。そのため中腰では手を組む。
だったら、立っている時も胸の前で手を組めばいいと思うのだが、着物のシワが美しくないとかで、立ったままで両手を組んだりしないそうだ。色々あるね。
フォーエンが通り過ぎて皆落ち着いたか、各々建物に戻っていく。あれくらいの揺れで建物が傾げるとは思いたくないが、その怖さで外に出てきたのだろうか。
建物の耐震とかとても気になってくる。
「リン、そろそろ時間になるから、行きましょう」
ユイに声を掛けられて、午前の仕事が終わる鐘の音が鳴ったのに気がついた。
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