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176 ー目覚めー
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頭が熱いのは知恵熱でも出たからかもしれない。ラカンの城に戻り、ナモリに手当てを受けたが、体調が戻らず眠りについた。フォーエンに久しぶりに会えたテンションが高すぎたせいだと思う。
前に頭を殴られた時のように熱が出て、眠ることを余儀なくされた。フォーエンには話したいことがたくさんあるのに、フォーエンがベッドの脇にいるのを確認しては、眠りに落ちた。
フォーエンは見るたびに、ひどく悲壮な顔をしている。前のように、自分を心配しているのがわかる。
大丈夫だよ。と何度か言ったと思うのだが、フォーエンの顔色が冴えることがなかった。
だから、早く復活しないと。
「んーーーっ」
寝込んで三日目の朝。気分爽快で目が覚めた。
着替えさせてもらって、ご飯をいただく。もう元気だからもりもり食べられる。頭痛もめまいもなくなって、元気一杯。
「頭の怪我は腫れていただけだから、問題ないと思うけれど、あまり急激に動かさないように」
ナモリの診察を受けて、理音は頷く。最近頭を殴られすぎなので、大切にしたい。私の頭。
「足もまだ痛むようだね。最近歩いてはいたけれど、衝撃を与えれば悪くもなる。あまり無理しないように」
男を蹴り付けたりしたので、足の痛みがぶり返したようだ。そこも神妙に頷く。しっかり治さないと、何かあった時に走れないのは困る。足癖も悪いので蹴りができないのも困るのだ。
頭痛と熱のせいで、フォーエンと話すことがまだできていなかった。
なぜかハク大輔と名乗っており、レイシュンもそのように呼んでいた。レイシュンはハク大輔を知っていると思うのだが、顔を見たことがないのだろうか。
念の為、間違ってフォーエンと呼ばないようにしておいた方がいいだろう。
「あの、ジャカさんは?」
セオビのところから連れられた時、頭痛のひどさとフォーエンに会えた嬉しさで、ジャカをおざなりしてきてしまった。まだ毒について明確になっていない状況なのではないだろうか。
まさかまだセオビのところにいたりはしないだろうが、不安になってナモリに聞くと、いつも通りリンネと働いているとの答えが返ってきた。
「ちょっと、行ってきます」
「走ってはいけないよ」
「はーい。ありがとうございます」
あの後問題なく戻ってこれたようだが、レイシュンと話はしたのだろうか。毒の話がおざなりになるとは思わない。今フォーエンがいるので、ここから出て行った後に調べさせるのだろうか。
フォーエンが来た今、自分に深く問う真似はできない。そうなると、ジャカをどう扱うだろうか。
「リオン!」
「あっ、あ、あ」
回廊から庭に出ようとしたら、ナミヤとアイリンを伴ったフォーエンが、隣の棟からやってきた。さらに後ろに兵士たちがいる。
結構ぞろぞろ連れ歩いていたが、着ている着物はいつものくるぶしまでの長い着物ではない。ツーピースでパンツルックのブーツ姿だ。頭の上に細かい模様の髪飾りもつけておらず、白のリボンで一房をまとめている。
外向きの格好だが、中の着物は水色で羽織は紺色。模様はあるが派手ではない。パンツは黒で、ブーツは黒ベースの赤い縁と紐だ。いつもに比べればずいぶん質素に見える。
ハク大輔と名乗っているから、その出で立ちなのか。
その場で足踏みをして、理音は庭を見遣った。ジャカの方が緊急性が高い。
「後で!」
「は?」
理音は気にせず庭へと飛び出した。フォーエンのお怒りの、は?が聞こえたが、ちょっと後にしてもらう。あとで頭突きでもされそう。とか思いつつ、ジャカのいる方向へと走る。
普通にジャカが働いているのならいいが、それも自分がこの城から離れるまでではないだろうか。そんな不安がのぞいた。
とりあえずジャカに会って話をしなくては。
思った矢先、首元が、きゅっとしまった。
「うぐっ!」
「どこへ行く気だ!」
襟元を後ろから引いたのは、もちろんこの男だ。眉根を寄せるだけ寄せて、縦じわマックスである。
フォーエンはおかんむりで理音の襟元をしっかり掴んでいる。離す気はないと、力を入れた。
「ちょっと、薬草作ってるとこに」
「何のために」
「え、色々。ちょっと、後で!」
「何が後でだ。お前はっ。あれだけ寝込んで!」
「あ、もう元気。ご飯もいっぱい食べた。急いでる、急いでる」
フォーエンは、声に出さず、はあ?と口だけで言った。ガラの悪そうな仕草だったが、ちょっと構っている余裕はない。
「後で!」
理音の言葉にフォーエンは青筋を立てたが、口を閉じると怒りを鎮めるように、鼻から大きく息を吹いた。鼻息見えそうなくらいだ。
「どこへ行くと?」
「えっと、ずっと奥の方。城壁の近く。待ってて」
よく怒りを耐えたなと思いつつ、理音は再び足踏みを始めて進もうとする。
とりあえずこの場所よりずっと城壁に近い場所だ。部屋で待っていろと言うと、フォーエンは口を閉じたまま見下すように理音を見おろして、襟元を引いた。
「一緒に行く」
一緒に来ると、ジャカが話しづらくなるのではないだろうか。
そう思いながらも、ここで否定すると、再び移動を止められそうな気がするので、頷いて走り始める。
理音が小走りしてもフォーエンの大股一歩だ。とたとた走る理音に、フォーエンはナミヤ、アイリン、その他兵士を引き連れる。
小走りしながらナミヤとアイリンに向いて、軽く挨拶をしておく。
「お久しぶりです」
フォーエンの手前、気軽に話せないだろう、二人は苦笑いで頷いた。
なぜ二人がフォーエンについているのか。謎だ。ハク大輔と名乗っているのも謎だが、名乗っているからハク大輔の部下である二人を引き連れているのだろうか。
後ろの兵士たちもおそらくハク大輔の部下だと思われる。
前ナミヤの屋敷で見た顔がいたからだ。
考えてもわからないので、そのことは頭の隅に寄せた。今はジャカのことを考えたい。
「こんにちは。ジャカさん、いますか!?」
たどり着いた先、部屋をいつも通りと開いて、理音はジャカの姿を探した。部屋にはリンネがいる。薬草を刈ったばかりか、土間で薬草を布の上で広げていた。
「リオンさん。熱、下がりました?」
顔を見た途端、リンネはホッとした表情を見せた。熱で寝込んでいたことを知っていたようだ。頷いて、理音は部屋を見回す。
「下がりました。もう元気。あれ、ジャカさんは?」
「ジャカなら…」
言おうとして、リンネはびくりと肩を上げた。視線の先にフォーエンたちがいる。周囲を確認してから入ってきたのか、先にナミヤとアイリンが剣に手を当てていた。
「大丈夫です。仲間ですから。ジャカさんはどこです?」
「…倉庫、です。片付けをしていて」
理音はすぐに隣の倉庫の扉を開けた。
「ジャカさん!」
遠慮なしに勢いよく開いた扉の前で、ジャカがびっくりの表情をしていた。大きく見開いた目を瞬かせて、小さく肩を下ろす。
「大丈夫でしたか、リオンさん。熱がひどかったと聞いています」
「私は平気。ちょっと、どうなったのか、聞きたくて」
理音はそう言って扉を閉めようとした。すぐに手が伸びてきてそれを遮る。
「ちょっと、内緒話」
「何をだ。お前はっ」
「もうっ、後で。ナミヤさんアイリンさん、この人押さえておいてください!」
無理言うな。アイリンがそれこそ大きく顔を歪めて、口元だけで、は?と言った。ナミヤもさすがに無理だと首を左右に振る。
「後でってば。私はジャカさんに話があるの!」
「お前は、いい加減にしろ!」
フォーエンは我慢できないと、中に入り扉を後ろ手で勢いよく閉めた。ナミヤとアイリンを遮り、自分だけが部屋に入る。
それもまずいと思うのだが、またここで反論すると長くなるので、とりあえず放置した。
「この人は気にしないでください。それで、レイシュンさんは、何て」
ジャカは大きな目を再び瞬かせたが、フォーエンが青筋を立てていても無言でいるのを見て、理音の顔と見合わせながら、頭を静かに振った。
「何も。何も言われていません。何もです」
「何も?そうなるとやっぱり、私が城を出た後になるかもしれない」
理音の言葉にジャカは顔を歪めた。肩を強張らせて口をぎゅっと閉じる。
「毒はどこに?」
「それは…、既に処分しています。もうずっと前に、川に」
あの理音が流された川に落とせば、さすがにどうにもならない。それには安堵したが、まだ木がある。
「木の処分をしないと。根から掘って、崖から川に落とす方が安全かもしれません。ここで燃やすのを待つのは無理だわ」
「秘密裏に行うなんて無理です。毒の使い方を教えます。嘘の方法で」
ジャカは拳を握った。そうすれば誰かを殺そうとしても、未遂に終わるだろうと。
しかし、そうした後、ジャカがどうなるのか、考えたくはない。
「毒の方法をレイシュンさんが知れば、ジャカさんが処分されます。それはわかってますよね?」
全ては予想で、ただの想像でしかない。しかし、その想像が万が一にも当たった場合、ジャカに命はないだろう。毒の使用方法を知っているジャカを、放置するわけがない。
ジャカは口元を震わせた。そうして首を振って、決心したかのように強く口にする。
「ウルバスを殺した罰は受けます」
「その罰と、あなたが殺される理由は違うでしょう?」
そんな話をしているのではない。その罰についてはどう処されるか自分にはわからないが、だからと言ってレイシュンに殺されるのとは話が違う。
「伐採するだけでもいいでしょう。実さえできなければ、あの殺し方はできません」
確かにそうだが、それでもあの木は全てが悪用できる。実験でもすれば殺しは容易だ。
「証拠を残さず殺す方法は、実にしかないんですよね」
「そうです。実には猛毒が含まれる。口にした後、高確率で心臓が止まります。証拠も残らず病気として処理されるでしょう。けど、他の部位でも死ぬんです。吐いたり下ったりとか、服毒されたような症状も出るし、呼吸困難や麻痺にもなります」
だが致死量があれば死亡する。それでは意味がない。木が残れば毒自体が残ってしまう。
「枝を折って、それを刺すだけで殺せますよ」
「…そんな、猛毒なんですか…」
ジャカは実の使い方しか知らないため、あの木の毒性をわかっていない。
理音は息を吐いて頭を振った。ジャカの考えている毒だけではないのだ。
「あの木は全てが毒です。木も枝も葉も、全て。樹液を被れば失明だってします。燃やした煙でも人は死ぬ。強力な毒なんです。あれを残してはおけない」
そうすれば、やはり人気のない場所で燃やすか、川底に落として沈めるかしかない。それをレイシュンが行うだろうか。行うわけがない。だとしたら、秘密裏に木を始末するしかなかった。
それから、ジャカを逃がさねばならない。処分した後、ジャカがどんな目に合うのか、考えたくない。
「ジャカさんが、この城から出ることも考えないと」
「僕は…」
ウルバス殺しの罪をどうするのか。自分ではわからなかった。ウルバスは見捨てただけで殺しに関わっているわけではない。その男を殺した場合、この国でどんな罪に問われるのだろうか。
しかし、その罪に問われる前に、レイシュンが手を出すだろう。
「僕は、逃げることはできません。あの毒を使ったのは、事実ですから」
覚悟はできている。静かに言う言葉は微かに震えていたけれど、しっかりとした声音を持っていた。
「その木と言うのは、どこにある」
今まで無言を貫いていたフォーエンが言った。
今の会話で毒の木があるのはわかっただろう。理音は権力を目の前にして、ニヤリと笑った。
前に頭を殴られた時のように熱が出て、眠ることを余儀なくされた。フォーエンには話したいことがたくさんあるのに、フォーエンがベッドの脇にいるのを確認しては、眠りに落ちた。
フォーエンは見るたびに、ひどく悲壮な顔をしている。前のように、自分を心配しているのがわかる。
大丈夫だよ。と何度か言ったと思うのだが、フォーエンの顔色が冴えることがなかった。
だから、早く復活しないと。
「んーーーっ」
寝込んで三日目の朝。気分爽快で目が覚めた。
着替えさせてもらって、ご飯をいただく。もう元気だからもりもり食べられる。頭痛もめまいもなくなって、元気一杯。
「頭の怪我は腫れていただけだから、問題ないと思うけれど、あまり急激に動かさないように」
ナモリの診察を受けて、理音は頷く。最近頭を殴られすぎなので、大切にしたい。私の頭。
「足もまだ痛むようだね。最近歩いてはいたけれど、衝撃を与えれば悪くもなる。あまり無理しないように」
男を蹴り付けたりしたので、足の痛みがぶり返したようだ。そこも神妙に頷く。しっかり治さないと、何かあった時に走れないのは困る。足癖も悪いので蹴りができないのも困るのだ。
頭痛と熱のせいで、フォーエンと話すことがまだできていなかった。
なぜかハク大輔と名乗っており、レイシュンもそのように呼んでいた。レイシュンはハク大輔を知っていると思うのだが、顔を見たことがないのだろうか。
念の為、間違ってフォーエンと呼ばないようにしておいた方がいいだろう。
「あの、ジャカさんは?」
セオビのところから連れられた時、頭痛のひどさとフォーエンに会えた嬉しさで、ジャカをおざなりしてきてしまった。まだ毒について明確になっていない状況なのではないだろうか。
まさかまだセオビのところにいたりはしないだろうが、不安になってナモリに聞くと、いつも通りリンネと働いているとの答えが返ってきた。
「ちょっと、行ってきます」
「走ってはいけないよ」
「はーい。ありがとうございます」
あの後問題なく戻ってこれたようだが、レイシュンと話はしたのだろうか。毒の話がおざなりになるとは思わない。今フォーエンがいるので、ここから出て行った後に調べさせるのだろうか。
フォーエンが来た今、自分に深く問う真似はできない。そうなると、ジャカをどう扱うだろうか。
「リオン!」
「あっ、あ、あ」
回廊から庭に出ようとしたら、ナミヤとアイリンを伴ったフォーエンが、隣の棟からやってきた。さらに後ろに兵士たちがいる。
結構ぞろぞろ連れ歩いていたが、着ている着物はいつものくるぶしまでの長い着物ではない。ツーピースでパンツルックのブーツ姿だ。頭の上に細かい模様の髪飾りもつけておらず、白のリボンで一房をまとめている。
外向きの格好だが、中の着物は水色で羽織は紺色。模様はあるが派手ではない。パンツは黒で、ブーツは黒ベースの赤い縁と紐だ。いつもに比べればずいぶん質素に見える。
ハク大輔と名乗っているから、その出で立ちなのか。
その場で足踏みをして、理音は庭を見遣った。ジャカの方が緊急性が高い。
「後で!」
「は?」
理音は気にせず庭へと飛び出した。フォーエンのお怒りの、は?が聞こえたが、ちょっと後にしてもらう。あとで頭突きでもされそう。とか思いつつ、ジャカのいる方向へと走る。
普通にジャカが働いているのならいいが、それも自分がこの城から離れるまでではないだろうか。そんな不安がのぞいた。
とりあえずジャカに会って話をしなくては。
思った矢先、首元が、きゅっとしまった。
「うぐっ!」
「どこへ行く気だ!」
襟元を後ろから引いたのは、もちろんこの男だ。眉根を寄せるだけ寄せて、縦じわマックスである。
フォーエンはおかんむりで理音の襟元をしっかり掴んでいる。離す気はないと、力を入れた。
「ちょっと、薬草作ってるとこに」
「何のために」
「え、色々。ちょっと、後で!」
「何が後でだ。お前はっ。あれだけ寝込んで!」
「あ、もう元気。ご飯もいっぱい食べた。急いでる、急いでる」
フォーエンは、声に出さず、はあ?と口だけで言った。ガラの悪そうな仕草だったが、ちょっと構っている余裕はない。
「後で!」
理音の言葉にフォーエンは青筋を立てたが、口を閉じると怒りを鎮めるように、鼻から大きく息を吹いた。鼻息見えそうなくらいだ。
「どこへ行くと?」
「えっと、ずっと奥の方。城壁の近く。待ってて」
よく怒りを耐えたなと思いつつ、理音は再び足踏みを始めて進もうとする。
とりあえずこの場所よりずっと城壁に近い場所だ。部屋で待っていろと言うと、フォーエンは口を閉じたまま見下すように理音を見おろして、襟元を引いた。
「一緒に行く」
一緒に来ると、ジャカが話しづらくなるのではないだろうか。
そう思いながらも、ここで否定すると、再び移動を止められそうな気がするので、頷いて走り始める。
理音が小走りしてもフォーエンの大股一歩だ。とたとた走る理音に、フォーエンはナミヤ、アイリン、その他兵士を引き連れる。
小走りしながらナミヤとアイリンに向いて、軽く挨拶をしておく。
「お久しぶりです」
フォーエンの手前、気軽に話せないだろう、二人は苦笑いで頷いた。
なぜ二人がフォーエンについているのか。謎だ。ハク大輔と名乗っているのも謎だが、名乗っているからハク大輔の部下である二人を引き連れているのだろうか。
後ろの兵士たちもおそらくハク大輔の部下だと思われる。
前ナミヤの屋敷で見た顔がいたからだ。
考えてもわからないので、そのことは頭の隅に寄せた。今はジャカのことを考えたい。
「こんにちは。ジャカさん、いますか!?」
たどり着いた先、部屋をいつも通りと開いて、理音はジャカの姿を探した。部屋にはリンネがいる。薬草を刈ったばかりか、土間で薬草を布の上で広げていた。
「リオンさん。熱、下がりました?」
顔を見た途端、リンネはホッとした表情を見せた。熱で寝込んでいたことを知っていたようだ。頷いて、理音は部屋を見回す。
「下がりました。もう元気。あれ、ジャカさんは?」
「ジャカなら…」
言おうとして、リンネはびくりと肩を上げた。視線の先にフォーエンたちがいる。周囲を確認してから入ってきたのか、先にナミヤとアイリンが剣に手を当てていた。
「大丈夫です。仲間ですから。ジャカさんはどこです?」
「…倉庫、です。片付けをしていて」
理音はすぐに隣の倉庫の扉を開けた。
「ジャカさん!」
遠慮なしに勢いよく開いた扉の前で、ジャカがびっくりの表情をしていた。大きく見開いた目を瞬かせて、小さく肩を下ろす。
「大丈夫でしたか、リオンさん。熱がひどかったと聞いています」
「私は平気。ちょっと、どうなったのか、聞きたくて」
理音はそう言って扉を閉めようとした。すぐに手が伸びてきてそれを遮る。
「ちょっと、内緒話」
「何をだ。お前はっ」
「もうっ、後で。ナミヤさんアイリンさん、この人押さえておいてください!」
無理言うな。アイリンがそれこそ大きく顔を歪めて、口元だけで、は?と言った。ナミヤもさすがに無理だと首を左右に振る。
「後でってば。私はジャカさんに話があるの!」
「お前は、いい加減にしろ!」
フォーエンは我慢できないと、中に入り扉を後ろ手で勢いよく閉めた。ナミヤとアイリンを遮り、自分だけが部屋に入る。
それもまずいと思うのだが、またここで反論すると長くなるので、とりあえず放置した。
「この人は気にしないでください。それで、レイシュンさんは、何て」
ジャカは大きな目を再び瞬かせたが、フォーエンが青筋を立てていても無言でいるのを見て、理音の顔と見合わせながら、頭を静かに振った。
「何も。何も言われていません。何もです」
「何も?そうなるとやっぱり、私が城を出た後になるかもしれない」
理音の言葉にジャカは顔を歪めた。肩を強張らせて口をぎゅっと閉じる。
「毒はどこに?」
「それは…、既に処分しています。もうずっと前に、川に」
あの理音が流された川に落とせば、さすがにどうにもならない。それには安堵したが、まだ木がある。
「木の処分をしないと。根から掘って、崖から川に落とす方が安全かもしれません。ここで燃やすのを待つのは無理だわ」
「秘密裏に行うなんて無理です。毒の使い方を教えます。嘘の方法で」
ジャカは拳を握った。そうすれば誰かを殺そうとしても、未遂に終わるだろうと。
しかし、そうした後、ジャカがどうなるのか、考えたくはない。
「毒の方法をレイシュンさんが知れば、ジャカさんが処分されます。それはわかってますよね?」
全ては予想で、ただの想像でしかない。しかし、その想像が万が一にも当たった場合、ジャカに命はないだろう。毒の使用方法を知っているジャカを、放置するわけがない。
ジャカは口元を震わせた。そうして首を振って、決心したかのように強く口にする。
「ウルバスを殺した罰は受けます」
「その罰と、あなたが殺される理由は違うでしょう?」
そんな話をしているのではない。その罰についてはどう処されるか自分にはわからないが、だからと言ってレイシュンに殺されるのとは話が違う。
「伐採するだけでもいいでしょう。実さえできなければ、あの殺し方はできません」
確かにそうだが、それでもあの木は全てが悪用できる。実験でもすれば殺しは容易だ。
「証拠を残さず殺す方法は、実にしかないんですよね」
「そうです。実には猛毒が含まれる。口にした後、高確率で心臓が止まります。証拠も残らず病気として処理されるでしょう。けど、他の部位でも死ぬんです。吐いたり下ったりとか、服毒されたような症状も出るし、呼吸困難や麻痺にもなります」
だが致死量があれば死亡する。それでは意味がない。木が残れば毒自体が残ってしまう。
「枝を折って、それを刺すだけで殺せますよ」
「…そんな、猛毒なんですか…」
ジャカは実の使い方しか知らないため、あの木の毒性をわかっていない。
理音は息を吐いて頭を振った。ジャカの考えている毒だけではないのだ。
「あの木は全てが毒です。木も枝も葉も、全て。樹液を被れば失明だってします。燃やした煙でも人は死ぬ。強力な毒なんです。あれを残してはおけない」
そうすれば、やはり人気のない場所で燃やすか、川底に落として沈めるかしかない。それをレイシュンが行うだろうか。行うわけがない。だとしたら、秘密裏に木を始末するしかなかった。
それから、ジャカを逃がさねばならない。処分した後、ジャカがどんな目に合うのか、考えたくない。
「ジャカさんが、この城から出ることも考えないと」
「僕は…」
ウルバス殺しの罪をどうするのか。自分ではわからなかった。ウルバスは見捨てただけで殺しに関わっているわけではない。その男を殺した場合、この国でどんな罪に問われるのだろうか。
しかし、その罪に問われる前に、レイシュンが手を出すだろう。
「僕は、逃げることはできません。あの毒を使ったのは、事実ですから」
覚悟はできている。静かに言う言葉は微かに震えていたけれど、しっかりとした声音を持っていた。
「その木と言うのは、どこにある」
今まで無言を貫いていたフォーエンが言った。
今の会話で毒の木があるのはわかっただろう。理音は権力を目の前にして、ニヤリと笑った。
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