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148 ー手がかりー

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「毒であれば、君は何の毒だと疑う?」
 レイシュンはハードルを上げた。この人、自分に何を見出しているのか。

「わかりませんよ。口にしてからどれくらい経ってるのか正確にわからないんだし」
「わかったら、わかるんだ?」
 切り返してくるんじゃない。

 理音は頭をかきながら唸った。吐瀉物を調べられるわけではないのだから、何で当たったなんてわかるわけがない。調べてもわからないが。

「わからないですよ。食べたら吐くものなんてたくさんあるでしょうし。食べて違和感のないものなら、植物とか?嘔吐、下痢ときて、子供しか死ななかったとしたら、弱毒性のあるキノコとか?でも殺す気なら、もっと強い毒使うと思いますけど。子供しか殺してないなら、子供に恨みでもあったんですかね」

 子供しか死ななかった弱性の毒物。しかも一斉に嘔吐をもよおすような食べ物。
 ガロン族にその責を負わせようとするならば、肉を食べることを前提に、時間を合わせなければならない。やはり先導した人間が一番怪しいではないか。肉を食べさせようとして、渡す前に毒をかけるのだ。

 それをやれば簡単に犯人にされるわけだが。
 しかし、先に毒を飲ませてたまたま屋台の肉を食べて倒れたならば、一体いつ飲ませたのか。一斉に中毒になったのならば、同じ時間に飲ませなければならない。しかしシシブ族は外で野営していたので、毒は入れられない。

 理音はうーんと唸る。色々矛盾を感じる話だ。食中毒に思えるけれど、シシブ族にしかあたらない食中毒。食い合わせでも悪かったのだろうか。

「例えば、一緒に水とか渡してれば、その中に毒を入れることはできるでしょうけど。大人たちに重篤者はどれくらいいるんですか?」
「いや。大人はみなもう元気でいるよ。腹痛がひどかったようだけれどね」
「ん?」
「何だい?」

 大人は元気ときた。何だそれ。子供が死んでいるならば、大人だってそれなりに重症になるのではないだろうか。
 しかし、ならなかったらしい。嘔吐と腹痛、下痢などで体力の消耗はあったようだが、意識がなくなるなど命に関わる重症者はいないと言う。
 そんな毒あるのか?子供だけによく効く、子供向けの毒など。確かに子供の方が毒の効きはいいだろうが、大人にだってそこそこ効いたはずだろう。

「子供たちを診察した医者って、同じ人ですか?」
 理音の言葉に、レイシュンは一瞬動きを止めた。後ろにいたギョウエンに素早く目配せすると、ギョウエンはすぐに部屋を出て行く。
 それを見送って向き直ると、にこやかな笑顔のまま、赤の瞳を理音に向けた。鋭い瞳はまるで焔のように揺れている。

 この男の本質はこちらだろう。笑っていても、背筋に汗をかきそうな迫力を感じた。

「子供たちを殺した毒と、大人たちが体調を崩した毒は別と言うことかな?」
「そうであれば、わかりやすいかと」
 ガロン族とシシブ族は仲が悪い。お互い何かの引き金があれば争いになるほどに。
 それは置いておいて、別の誰かがシシブ族に恨みを持っていた。しかも子供に向けて強い悪意を。

 原因はともかく食中毒が本当に起き、その治療をすると見せかけて、たまたまそこにいた者が子供たちに毒を飲ませた。毒を飲んだ子供たちは呆気なく死に至る。
 しかし、軽い食中毒だった大人たちは毒を身体から出すだけで、簡単に治ってしまった。

「シシブ族は天幕で生活していたと言ってましたから、もしかしたらそこでみんなで同じ物を食べたのかもしれません。夜の内作って朝までそのままにして食べたりすれば、シシブ族だけが食中毒になります。軽症の食中毒であれば腹痛が起きるまで半日もかからない。そこでたまたまガロン族の焼いた肉を食べた。一族の争いなど気にせず食べようと、皆で決めていたかもしれませんね。そこで、朝食べた食事に当たってしまった」

 辻褄は合う。だがこれはただの想像だ。
 レイシュンはその想像に確率の高さを感じたようだ。今頃ギョウエンが医師を調べているだろう。

「シシブ族はその昔、土地を移動する際に別の部族を襲うこともあったんだよ。家畜を狙って、襲うそうだ。飢餓の時は特にね」
 ここでも飢えが出てくるのか。

 移動する部族に家畜を奪われた。家畜の乳や肉が得られなくなる。食事のない状況で糧を奪われたのならば、最初に命を落とすのは子供か年寄りだろう。
 その時に子供を失った親がいたかもしれない。

「昔の話なんだけれどね」
 レイシュンの呟きは微かで、哀しげに聞こえた。



 雨が降ると途端に冷えてくる。
 季節がまた変わるようだった。

「右手首の添え木は取るが、あまり動かさないように」
 毎日来る老人医師の検診で、右手のみやっと添え木が取られた。取れただけで、しっかり骨が治っているわけではなく、添え木が取れたことで手首を動かすと痛みがある。
 重みがなくなったが、添えるものがないため心許ない。雨が降っているせいか、腕が冷える気もする。厚手の添え木があった分、温度まで違う。

 足についてはまだ添え木は取れそうになかった。この間の事件で女に蹴りを入れたため、治りが遅いらしい。たまに添え木があるからと足をついて歩いてしまうので、尚悪いのだろう。
 レイシュンの計らいで、橋には卓と椅子がそのままにしてある。廊下で警備をしている兵士に言えば、気にせず部屋から出ることができた。

 この間の食中毒事件で犯人が捕まり、レイシュンの監視が若干緩んだと言うところか。しかし、未だ理音たちを襲った賊は足取りが掴めないらしく、襲われた理由もわかっていない。
 ハク大輔に連絡を取られているのかもわからなかった。

 怪我が治るまではここにいて良さそうだが、フォーエンやハク大輔などにここにいることを知らせない限り、王宮に戻るのは難しい。
 中庭の卓に肘をつきながら、理音は階下の池を眺めた。椅子には膝掛けがあり、遠慮なくそれを使わせてもらう。

 ここに来ると侍女がお茶を持ってきてくれると言う、至れり尽くせり状態なのである。正直、得体の知れない者を客として扱っていただいていて、申し訳ない気持ちでいっぱいなのだが。
 そしてまた礼をどうするか考えながら、中庭を眺めるのだ。

 雨でも中庭を眺められるのはいい。叩きつける雨音を聞きながら、その下で流れる小川と池をゆるりと眺める。風流である。暇人すぎて、申し訳ない。

 池にはいくつか置かれた岩があり、その岩と岩の隙間に花が植えられていた。小さな中洲がプランタ代わりになっており、そこにも食べられる草が生えている。

「ウワバミソウ、ヨメナ、桔梗。渋いな…」
「何が渋いの?」
 呟きを拾われて、理音は頭を上げた。レイシュンがゆるりと歩いてくる。後ろにはいつも通りギョウエンがいて、更に後ろに兵士たちを伴っている。

 この城の主人であり、この州の州侯であるレイシュンはお付きの人も多い。フォーエンもぞろぞろ引き連れてやって来るが、レイシュンも同じだ。自分の城であっても安心はできないのだろう。
 ここでもがばがば警備である。それはどこもデフォルトなのに驚きを隠せない。

「そこに咲いている花の種類が、渋いなと思いまして」
 橋から子供のように顔出して、理音の指先を見やる。ラインナップが渋いと言って理解してくれるかどうか。

「よく野草を植えているなって」
「紫の花だね」
「桔梗ですね。食用でありながら薬になるものも植えてますし、見ていて飽きないです」
「本当に詳しいんだね」

 星だけでなく野草にも詳しいのは祖父の賜物だ。ついでに石にも詳しかったりする。星に石はつきものなのだ。何の成分を含んだものが地球にぶつかっただので、石の種類も詳しくなった。普通の女子高生にしては若干ずれた知識だと言われる。それは否定しまい。
 パワーストーンが好きな友人からは、そんなことより意味を覚えろとパワーストーンリストを渡されたこともあるので、更に無駄な知識を得ている。

 レイシュンは隣に座るかと思ったが、立ったまま理音を見つめて、一度息を吐いた。おかしな雰囲気に、理音はゆっくりと立ち上がる。レイシュンは何かを持ってきたようだった。
 レイシュンの後ろの兵士一人が何かを抱えていた。それは布に包まれていて、何を持っているのかわからなかった。
 荷物に向いていた目線は、レイシュンに呼ばれたことでそちらに移動した。

「リオンちゃん。君に、見せたいものがあったんだ」
「見せたいもの?」
 問う間に、荷物を抱えた兵士が近付いて来ると、理音の一歩手前で足を止めた。
 男の持っている荷物はよく見るとそれは木箱で、変に生臭い匂いがした。
 何かを思い出す匂いだった。けれどそれを口にするには、どこか寒気を感じたのだ。

「あまり君には見せたくないんだけれどね。確認をしてほしいんだ」
「確認?」
「君を襲った者が、これかどうか」

 言葉の意味を、自分が間違えて理解したのかと思った。
 だが、その正方形の木箱からの匂いと、レイシュンの苦い表情に、とった意味が間違いでないと認識した。
 木箱の中には入っているものは、多分。

「見覚えあるかな?」
 開けられた蓋からどす黒いものが見えて、理音は確かに身じろいだ。それを受け止めたのはレイシュンだ。仰け反りそうな身体を支えてくれる。
「謝って済むことじゃないけれど、これも必要なことなんだ。集団の死体が山の草間に残っていて、これはその中の一つなんだよ。顔がわかりそうなのはこの男だけだったんだ」

 理音を襲った男たち。それらは山へと逃げていった。その山の中、遺体が落ちていた。集団で。だとしたら、確認しなければならないだろう。それらが理音を襲った男たちの残骸なのか。
 理音は意を決して、そろりと上から目を下ろした。

 中にある男の髪はざんばらで、結んでいた髪も落武者のように垂れている。目は見開いており、それが古いお化け屋敷の人形のように思えた。
 ただ、匂いがひどい。蓋を開けた時に感じたが、近付けば尚更臭った。
 見たことがあるかと言われればあるような気がするし、ないような気もする。
 顔を覚えていられるほど冷静でなかったし、逃げるので精一杯だった。だから簡単に知っている顔とは言い切れない。
 顔色の悪さと腐食気味な皮膚がプラスして、断定などできるわけがなかった。

「わかりません。首領らしき男は覚えていますが、他の男たちは殆ど覚えてないんです」
 丸い男と話した中心人物は覚えている。けれど、その男はこの首ではない。他の手下たちにこんな顔がいたような気がしても、それは気がするだけで、確かでない。

 死んだ男の首を直視することは容易くなかったが、理音はしっかりとその首を見た。それでもわからなかったのだ。
「そう。ごめんね。変な物を見せて」
「いえ…」
 払うような仕草に兵士たちは会釈し、その場を離れて行く。

「集団の死体ってことは、皆殺された可能性があるんですね」
 理音たちを襲い、それを終えて、他の者たちから殺された。口封じのために。丸い男と同じく、通じていたことを知られないために。

「そうだね。君を襲った者に指示をしたその人間は、かなり用心深いようだ。通じていた者を殺し、実行者たちを殺す。殺されていた者たちの素性は改めるけれど、そこから犯人までたどり着けるかは、わからない」
 皆殺されては、依頼主にたどり着けないかもしれない。

 こちらの身分をどう証明するのか理音にはわからない。それが日本ほど確かなものではないことはわかる。
 どの程度まで犯罪を暴けるのかは、この世界では不安が残った。

 沈んだ心を掴むように、理音は袂をぎゅっと握った。
 犯人を見つけなければ、亡くなった人たちに詫びても詫びきれない。
 フォーエンに伝え、罰を与えてもらわない限り。

「おいで。部屋に入ろう。ここは少し冷えるでしょう。何なら抱えてあげようか?」
「いえ、結構です」
 間髪ない返答にレイシュンは軽く笑う。場を和ませようとしてくれたのか、ゆるりと頭を撫でた。

 下を向いていても仕方がない。顔を上げると、レイシュンはもう一度微笑んだ。

 理音のあしらい方にもレイシュンは慣れてきたのか、つれないなあと言いながら、さして気にはしていない。だから理音も気にする必要がなかった。
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