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139 ー長い時ー
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城を出て町を抜け、門をくぐった先、窓から覗く景色はいつも通りで、畑と遠目に見える山々は変わりばえのないものだった。
強いて言うなら緑が薄くなっただろうか。夏が終わり秋冬とのんびり進まず、こちらは途端に寒くなる季節の変わりを持つようで、その季節に追いつくためにさっさと葉の色を落とさねばならないのかもしれない。
山の上は緑を持ちながらもまばらに黄色の一角が見える。日陰になりやすいところは紅葉が見られた。
畑にある緑は既に黄色い。麦でも収穫しているのか、腰に藁のようなものを横にしてぶら下げている農民たちが目に入った。
実りの秋か、人の姿が畑で見られる。
馬車の近くを歩んでいた人々は、乗っている者が何者か知らずとも地面に平伏し頭を下げた。豪奢な馬車と伴う従者の数を見れば、とりあえず頭を下げるのだろう。下げて咎められることはない。
謂れの無いことで咎められたくないだろう。牧歌的でのどかな景色は平和に見えるが、それが当たり前でないことを皆知っている。
粗相はない方がいいわけだ。
とは言え、理音からすれば頭を下げられるのに抵抗感がある。仮初めの姿は敵だけが知ればいい。
理音は外を見るのをやめた。けれど馬車の中に話しかける相手もいないので、馬車の中で充電器を出してそれを窓に引っ掛け、今できることをすることにした。
ガタゴトと馬車は進んでいく、時折石に引っかかりガタリと大きく揺れるが、速さは一定で直線を進んでいるようだった。
スピードは体感で公道の車移動の速さ以下。四十キロメートルも出ていないだろう。さすがに誘拐された時のように猛スピードで走り続けるわけではない。
「この速さで十数日か…」
そう考えると、思ったより遠い場所ではないような気がする。
途中休憩もとるだろう。何せ馬車である。ガソリンで動いているわけではない。休憩もとりつつ、馬も交替させるかもしれない。何日もかけて同じ馬を走らせるのはさすがに負担がかかりすぎた。
地図をもらっておけばよかったな。と今更気付く。何と言っても前回のようなことになっては困るので、進みながらフォーエンに町の名前を聞くつもりだった。地図も持ってくると思っていたし、説明ももらえると思っていたので、すっかり失念していた。
「前回の二の舞はごめんだなあ」
馬車の中でフォーエンに教えてもらうつもりだったのがいけなかっただろうか。前勉強をしておけばよかったわけである。どうせ暇だからと思っていたのが仇になった。
長旅なのに一人。気楽だが、それはそれで寂しい。
普段ならばフォーエンに話しかけてはわからないものを教えてもらえるのに、それがないと何だかすぐに眠ってしまいそうだった。
揺れは車のそれとは違い、どちらかと言うとバスのタイヤの上の座席に座った気分。上下の揺れは時折お尻を浮かせてくれる。
お尻を浮かせる以外手持ち無沙汰でやることもないので、結局眠りに誘われるのは案外早かった。
フォーエンと一緒にエシカルへ行った時を夢うつつの中で思い出す。
あの頃は自分の言葉がフォーエンに通じなかった。それでも旅が楽しく感じたのだから、あの頃既にフォーエンに惹かれていたのかもしれない。
だからだろうか。一人で馬車に乗ることが、こんなにつまらないものだとは思わなかったのだ。
いくつかの集落を抜けて、荒野に戻る。それを過ぎて小さな町に入った時は既に夕闇で、門のあるそこをくぐれば一夜過ごすことになるのだとわかった。
町の中も馬車を走らせて辿り着いた宿は、宿でもその辺の宿ではなく、どちらかと言えばお屋敷。城とまではいかないが、この小さな町にある一番大きそうな建物に通されたので、一人でいてもフォーエンの連れとして扱われているのは間違いがなかった。
女官に連れられて部屋に入れば、そこは落ち着きのある部屋でありながら豪華さは保っている。
窓枠の細かな彫り、寝台の柔らかさや天幕の布の滑らかさはどこかの高級コテージさながら。テーブルランプの装飾は不思議な模様で辺りに光を届けており、異国情緒あふれる雰囲気が感嘆のため息をつけさせる。
けれど食事はそこに運ばれ、タライに入れられたお湯をいただいて、軽く湯浴みを済ませれば手洗い以外、外に出ることを許されなかった。
厳重に警備されていると言うよりは、閉じ込められている感。
いつも通りの扱いが囮を思い出させた。
「フォーエン、着いたのかなあ」
呟きはどこにも届かない。
部屋に女官はいない。着替えや食事の手伝いに三人がいたが、寝巻きに着替えさせられたらそのまま頭を下げて出て行った。
元々一人が知っている顔なだけで、話したことはない。彼女たちが無言で理音の世話をするものなので、彼女たちに何かを聞くのはやめておいた。余計なことを言って囮に気付かれたくないし、何かしら話してボロを出したくない。
しかし、そのお陰で、フォーエンがどうしているか聞くことはできなかった。
少し遅れて進む。それは少しではなく、一日。もしくは数日。まさかの中止の可能性もあった。
何せ理音は囮である。今回の旅はフォーエンが動く予定と謳っておきながら、自分だけが出発した。理音を人質として取られても良いのだから、可能性としてはフォーエンは来ないことの方があり得た。
「あり得すぎる」
呟きに頷く者はいないが、理音には納得するものがあった。
フォーエンがその時理音を本当に遅れて行くと思っていても、あとでコウユウに行くのを中止しましょうとでも言われれば、文句は言っても理音は王都を発っている。後の祭りだ。別々に行動するのならば、行くふりをして行かない方がフォーエンは安全。
自分がコウユウならそうする。
心臓に重みを感じるのは、それが現実であるからだろうか。
それが事実となれば、一体どこに向かうかもわからなくなってきた。もしかしたら捨てられる可能性も出てくるのだ。
最近の理音の行動に、コウユウは少なからず苛立っているだろう。
フォーエンを看病したことも、襲われてフォーエンに心配をかけたために、フォーエンに近い場所で働くことを許されたことも。そして極めつけの男色噂を知らしめた張本人である。
「殺すわ~」
殺られるかもとは思ったが、コウユウは本気で殺るかもしれないと、今更ながら首筋に寒気を感じた。
この場所がどこであるか、地図でもいただいておいた方がいいのだろうか。かと言って暗殺者でも出てきたら、地図云々言っていられる場合ではないのだが。
深く考えても答えは出ない。とりあえず睡眠不足は全ての敵だ。暗殺者が出てきても逃げられる体力は持っておきたい。
最近、普通に当たり前にそんなことを考えるようになった。環境に慣れている証拠だろう。
そう思って寝台に横になって、瞼を下ろす。瞼にうつる彼は憂いの顔を見せていた。
心配してくれるだろうか、自分の身を。そんな顔をしなくてもいいのに、けれどどこか嬉しさを感じたなんて言ったら、本当にコウユウに殺されそうだ。
子犬の目でこちらを見るのだから、大丈夫だよ、と頭を撫でてやりたくなる。やったら怒られて殴られそうだが。
これは特権だ。ほんのり心に暖かさを感じるくらい、許してもらいたい。
意地悪くフォーエンの憂い顔を思い出して、理音は一瞬で眠りに落ちた。
旅を始めてから二日目。
馬車の中から見える同じ風景は続き、手持ち無沙汰で一日を過ごす。
フォーエンには会えない。会うことはないかもしれない。
三日目。
二日目と同じく。
四日目。
同じく。
五日目…。
同じ日々が続き、十日目の夕方だった。それが起きたのは。
ああ、これを狙っていたのか、それとも偶然だったのか。それはわからない。
ただ起きた時にやはりと思い、けれどそれで終わりとは思いたくなかった。
あと数日で自分は帰れるだろうと考えていたからだ。
帰る日が来る。
それを望んでいたかはともかく、帰るつもりだった。
ガタン、と馬車が大仰に音をたてて止まった時、何事かと思う前に眠りの中で体重が前に動いて、座席からずり落ちて馬車の中で転げながら目が覚めた。
どこを打ったのか、身体中が痛い。数日の間馬車の中でじっとしていたことと、今の衝撃でどこぞかを打ったようで、あちこちが痛かった。
窓の外は少し日が陰って見えるか、西日と共に雲が流れて来ている。すんと鼻に水の匂いを感じた。雨が降っているのだろうか。微かに生臭い。
ゆっくりと起き上がろうとする間に、従者がばたばたと動き始める音が聞こえた。
何かおかしなことがあったのだろうか。何事が起きたのか考える前に、馬車の扉は勢いよく音を立てて開いた。
「お逃げください!賊です!」
男の焦った声とその仕草。理音をすぐにでも馬車から出そうとして、手を引いてくる。
その動作と言葉の意味に驚いている間に、ドガドガと地面を叩きつける音が耳に届いた。
何が響いたのかわからない。けれどそれは遠くから聞こえ、地鳴りのようにも思えた。それを遮るように従者が声高に叫ぶ。
「矢を番えた者が数十名!馬で追ってきます。岩陰に隠れここを離れます!この人数では相手に太刀打ちできません!」
裾を踏みつけそうになりながら従者に促されて馬車から降りれば、確かに馬の蹄の音が聞こえる。地面を叩く音は馬の走る音だ。遠くを見れば砂けむりも見える。弓矢を持っているかはよく見えなかったが、馬が走ってこちらに向かってきていた。
その馬へ向かって行く者たちの姿も見える。剣を片手に、砂けむりに立ち向かおうとしているようだった。
「兵が時間を稼ぎます。どうぞこちらへ!」
兵が時間を稼ぐ。けれど、さっき太刀打ちできないと言わなかっただろうか。
それにここから見ても人数が少なすぎる。一緒に来ていた兵士は十数人。砂けむりはそれ以上の人数に見えた。
ひゅうっと冷たい風が肌に突き刺さる。雨は降っていなかったが、首筋に水滴が滴った。
一瞬で身体中に汗をかいた気がした。これから起こることを想像しなくとも、背筋に汗が流れた。
強いて言うなら緑が薄くなっただろうか。夏が終わり秋冬とのんびり進まず、こちらは途端に寒くなる季節の変わりを持つようで、その季節に追いつくためにさっさと葉の色を落とさねばならないのかもしれない。
山の上は緑を持ちながらもまばらに黄色の一角が見える。日陰になりやすいところは紅葉が見られた。
畑にある緑は既に黄色い。麦でも収穫しているのか、腰に藁のようなものを横にしてぶら下げている農民たちが目に入った。
実りの秋か、人の姿が畑で見られる。
馬車の近くを歩んでいた人々は、乗っている者が何者か知らずとも地面に平伏し頭を下げた。豪奢な馬車と伴う従者の数を見れば、とりあえず頭を下げるのだろう。下げて咎められることはない。
謂れの無いことで咎められたくないだろう。牧歌的でのどかな景色は平和に見えるが、それが当たり前でないことを皆知っている。
粗相はない方がいいわけだ。
とは言え、理音からすれば頭を下げられるのに抵抗感がある。仮初めの姿は敵だけが知ればいい。
理音は外を見るのをやめた。けれど馬車の中に話しかける相手もいないので、馬車の中で充電器を出してそれを窓に引っ掛け、今できることをすることにした。
ガタゴトと馬車は進んでいく、時折石に引っかかりガタリと大きく揺れるが、速さは一定で直線を進んでいるようだった。
スピードは体感で公道の車移動の速さ以下。四十キロメートルも出ていないだろう。さすがに誘拐された時のように猛スピードで走り続けるわけではない。
「この速さで十数日か…」
そう考えると、思ったより遠い場所ではないような気がする。
途中休憩もとるだろう。何せ馬車である。ガソリンで動いているわけではない。休憩もとりつつ、馬も交替させるかもしれない。何日もかけて同じ馬を走らせるのはさすがに負担がかかりすぎた。
地図をもらっておけばよかったな。と今更気付く。何と言っても前回のようなことになっては困るので、進みながらフォーエンに町の名前を聞くつもりだった。地図も持ってくると思っていたし、説明ももらえると思っていたので、すっかり失念していた。
「前回の二の舞はごめんだなあ」
馬車の中でフォーエンに教えてもらうつもりだったのがいけなかっただろうか。前勉強をしておけばよかったわけである。どうせ暇だからと思っていたのが仇になった。
長旅なのに一人。気楽だが、それはそれで寂しい。
普段ならばフォーエンに話しかけてはわからないものを教えてもらえるのに、それがないと何だかすぐに眠ってしまいそうだった。
揺れは車のそれとは違い、どちらかと言うとバスのタイヤの上の座席に座った気分。上下の揺れは時折お尻を浮かせてくれる。
お尻を浮かせる以外手持ち無沙汰でやることもないので、結局眠りに誘われるのは案外早かった。
フォーエンと一緒にエシカルへ行った時を夢うつつの中で思い出す。
あの頃は自分の言葉がフォーエンに通じなかった。それでも旅が楽しく感じたのだから、あの頃既にフォーエンに惹かれていたのかもしれない。
だからだろうか。一人で馬車に乗ることが、こんなにつまらないものだとは思わなかったのだ。
いくつかの集落を抜けて、荒野に戻る。それを過ぎて小さな町に入った時は既に夕闇で、門のあるそこをくぐれば一夜過ごすことになるのだとわかった。
町の中も馬車を走らせて辿り着いた宿は、宿でもその辺の宿ではなく、どちらかと言えばお屋敷。城とまではいかないが、この小さな町にある一番大きそうな建物に通されたので、一人でいてもフォーエンの連れとして扱われているのは間違いがなかった。
女官に連れられて部屋に入れば、そこは落ち着きのある部屋でありながら豪華さは保っている。
窓枠の細かな彫り、寝台の柔らかさや天幕の布の滑らかさはどこかの高級コテージさながら。テーブルランプの装飾は不思議な模様で辺りに光を届けており、異国情緒あふれる雰囲気が感嘆のため息をつけさせる。
けれど食事はそこに運ばれ、タライに入れられたお湯をいただいて、軽く湯浴みを済ませれば手洗い以外、外に出ることを許されなかった。
厳重に警備されていると言うよりは、閉じ込められている感。
いつも通りの扱いが囮を思い出させた。
「フォーエン、着いたのかなあ」
呟きはどこにも届かない。
部屋に女官はいない。着替えや食事の手伝いに三人がいたが、寝巻きに着替えさせられたらそのまま頭を下げて出て行った。
元々一人が知っている顔なだけで、話したことはない。彼女たちが無言で理音の世話をするものなので、彼女たちに何かを聞くのはやめておいた。余計なことを言って囮に気付かれたくないし、何かしら話してボロを出したくない。
しかし、そのお陰で、フォーエンがどうしているか聞くことはできなかった。
少し遅れて進む。それは少しではなく、一日。もしくは数日。まさかの中止の可能性もあった。
何せ理音は囮である。今回の旅はフォーエンが動く予定と謳っておきながら、自分だけが出発した。理音を人質として取られても良いのだから、可能性としてはフォーエンは来ないことの方があり得た。
「あり得すぎる」
呟きに頷く者はいないが、理音には納得するものがあった。
フォーエンがその時理音を本当に遅れて行くと思っていても、あとでコウユウに行くのを中止しましょうとでも言われれば、文句は言っても理音は王都を発っている。後の祭りだ。別々に行動するのならば、行くふりをして行かない方がフォーエンは安全。
自分がコウユウならそうする。
心臓に重みを感じるのは、それが現実であるからだろうか。
それが事実となれば、一体どこに向かうかもわからなくなってきた。もしかしたら捨てられる可能性も出てくるのだ。
最近の理音の行動に、コウユウは少なからず苛立っているだろう。
フォーエンを看病したことも、襲われてフォーエンに心配をかけたために、フォーエンに近い場所で働くことを許されたことも。そして極めつけの男色噂を知らしめた張本人である。
「殺すわ~」
殺られるかもとは思ったが、コウユウは本気で殺るかもしれないと、今更ながら首筋に寒気を感じた。
この場所がどこであるか、地図でもいただいておいた方がいいのだろうか。かと言って暗殺者でも出てきたら、地図云々言っていられる場合ではないのだが。
深く考えても答えは出ない。とりあえず睡眠不足は全ての敵だ。暗殺者が出てきても逃げられる体力は持っておきたい。
最近、普通に当たり前にそんなことを考えるようになった。環境に慣れている証拠だろう。
そう思って寝台に横になって、瞼を下ろす。瞼にうつる彼は憂いの顔を見せていた。
心配してくれるだろうか、自分の身を。そんな顔をしなくてもいいのに、けれどどこか嬉しさを感じたなんて言ったら、本当にコウユウに殺されそうだ。
子犬の目でこちらを見るのだから、大丈夫だよ、と頭を撫でてやりたくなる。やったら怒られて殴られそうだが。
これは特権だ。ほんのり心に暖かさを感じるくらい、許してもらいたい。
意地悪くフォーエンの憂い顔を思い出して、理音は一瞬で眠りに落ちた。
旅を始めてから二日目。
馬車の中から見える同じ風景は続き、手持ち無沙汰で一日を過ごす。
フォーエンには会えない。会うことはないかもしれない。
三日目。
二日目と同じく。
四日目。
同じく。
五日目…。
同じ日々が続き、十日目の夕方だった。それが起きたのは。
ああ、これを狙っていたのか、それとも偶然だったのか。それはわからない。
ただ起きた時にやはりと思い、けれどそれで終わりとは思いたくなかった。
あと数日で自分は帰れるだろうと考えていたからだ。
帰る日が来る。
それを望んでいたかはともかく、帰るつもりだった。
ガタン、と馬車が大仰に音をたてて止まった時、何事かと思う前に眠りの中で体重が前に動いて、座席からずり落ちて馬車の中で転げながら目が覚めた。
どこを打ったのか、身体中が痛い。数日の間馬車の中でじっとしていたことと、今の衝撃でどこぞかを打ったようで、あちこちが痛かった。
窓の外は少し日が陰って見えるか、西日と共に雲が流れて来ている。すんと鼻に水の匂いを感じた。雨が降っているのだろうか。微かに生臭い。
ゆっくりと起き上がろうとする間に、従者がばたばたと動き始める音が聞こえた。
何かおかしなことがあったのだろうか。何事が起きたのか考える前に、馬車の扉は勢いよく音を立てて開いた。
「お逃げください!賊です!」
男の焦った声とその仕草。理音をすぐにでも馬車から出そうとして、手を引いてくる。
その動作と言葉の意味に驚いている間に、ドガドガと地面を叩きつける音が耳に届いた。
何が響いたのかわからない。けれどそれは遠くから聞こえ、地鳴りのようにも思えた。それを遮るように従者が声高に叫ぶ。
「矢を番えた者が数十名!馬で追ってきます。岩陰に隠れここを離れます!この人数では相手に太刀打ちできません!」
裾を踏みつけそうになりながら従者に促されて馬車から降りれば、確かに馬の蹄の音が聞こえる。地面を叩く音は馬の走る音だ。遠くを見れば砂けむりも見える。弓矢を持っているかはよく見えなかったが、馬が走ってこちらに向かってきていた。
その馬へ向かって行く者たちの姿も見える。剣を片手に、砂けむりに立ち向かおうとしているようだった。
「兵が時間を稼ぎます。どうぞこちらへ!」
兵が時間を稼ぐ。けれど、さっき太刀打ちできないと言わなかっただろうか。
それにここから見ても人数が少なすぎる。一緒に来ていた兵士は十数人。砂けむりはそれ以上の人数に見えた。
ひゅうっと冷たい風が肌に突き刺さる。雨は降っていなかったが、首筋に水滴が滴った。
一瞬で身体中に汗をかいた気がした。これから起こることを想像しなくとも、背筋に汗が流れた。
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