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133 ー淡いー

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 つまらない口上。意味のない言葉。
 それをよくわかっているのは、隣に座る彼だろうが。

 フォーエン誕生祭。お誕生日会に、フォーエンは不機嫌を決め込んだ。
 不機嫌と言っても、理音に見せるような嫌そうな顔ではなく、無表情の、霧氷をはった感情の何もない、その冷えた作り物のような顔。
 それを並んで言葉を発する者たちの前で、いつまでも続けている。

 あの顔、疲れないのかな。
 正直な感想を口にせず、並んで口上を述べる者たちの言葉を耳にしながら、手許のスマフォで来る者来る者を写真に収めた。
 隣の男が不機嫌すぎる上に挨拶のお客様が多すぎて、横でむしゃむしゃご飯を食べられる状況や雰囲気ではない。なので、それに集中するしかなかったわけだが。

 ご飯食べたいけど、フォーエンがなー。
 別に食べるなとは言われていない。何となく、食べながら言葉を聞くのが憚れただけだ。
 エシカルにいた時と同じく、フォーエンは上っ面の口先だけの話を快く聞こうと言う気概はない。
 下らないと思っているのが隣でひしひし伝わってくる。
 何せ皆がおべっかのように同じ言葉を繰り返してくるので、さすがに理音も飽きてきていた。

 みなさん、同じ言葉しか言えないのか。
 お誕生日おめでとう。は言うだろうけれど、それ以外の言葉が同じである。
 そして理音にはあまり意味がわからなかった。けれどみなが同じようなことを言うので、仰々しい最高敬語を使っているのであろうと思われる。
 多分、誕生日おめでとう。健やかに過ごしてね。的な言葉かなー、なんて適当に思いながら、とりあえずは来る者の顔を覚えようと必死に見ていた。

 ヘキ卿やハク大輔、シヴァ少将、その他知らないおじさんが続いたわけだが、その並びから行けば偉い順だろうか。
 ヘキ卿、結構偉かったのか。とか失礼なことを思いつつ、口上を終えた後、しっかりこちらにも大きく頭を下げてきた。
 私にはいいのに。と口に出したかったけれど、ヘキ卿と自分との距離が意外にあって、そんな声をかける真似ができなかった。
 案外距離があるのである。そこまで近づいてこない。近づけないようにしているのかもしれないが。

 ハク大輔もフォーエンに挨拶をした後、理音に深々と頭を垂れる。
 何か居心地悪い。わけだが、フォーエンがその辺りからかなり不機嫌になり始めていたので、声もかけられなかった。
 シヴァ少将に続き、彼も頭を下げたのだが、多分彼はこちらに視線を留めたままだった。睨まれていたのかもしれない。それは見えなかったが、頭を上げた時にどうにも睨まれたような気がした。

 自分、何かしたっけ。
 恨まれる真似をしただろうか。
 小河原が自分を睨むことはないが、彼が他の女生徒に睨むようにそれをされると、何だか切なくなるのは、自分が今フォーエンの隣にいるからかもしれない。
 本来なら、こんな所にいるべきではないのだと、シヴァ少将に言い訳をしたくなるのだ。

 そうして続いた次の男は理音に頭を下げたりしなかった。まあ、そこから後の人間は理音をちらりと見るだけで、誰も頭を下げなかったのだけれど。
 その後はフォーエンハーレムの団体から挨拶があり、ウーランを筆頭に女子たちのガン付けを受け。…そこは目を逸らさせてもらった。女子怖い。
 その内いなくなるからしばらく我慢してくれよと思うのだが、それは口にできないので睨まれた視線から目を逸らすだけである。怖いな。

 そして今、流れ作業的にご挨拶が続いている。なっがい。
 やっとそれが終わった頃には、理音がぐったりと疲れきっていた。何もしていなくて、ただ言葉を聞いていただけなのに。
 しかし、フォーエンは無表情のまま。エシカルの時と同じ、身動き一つせず前を見据えている。
 視線の先はわからなかった。彼の前に広がる光景は広場で、直線上にいるのは催しが始まる舞台である。
 席を立つまでその顔のままなのだろうか。
 声をかけるのも難しい。
 理音は辺りを撮ることに集中した。

 ヘキ卿やハク大輔の方を見やると、ハク大輔の側にナミヤとウンリュウ、他にもちらほらナミヤの屋敷で見た顔が控えていた。
 なるほど、この距離ならば自分の顔を覚えていても通りだ。ウンリュウは覚えていなかったが。
 その更に遠くに、リン大尉が見える。多分側にいるのはユウリンだろう。遠目なのではっきりはしないが、リン大尉の後ろに控えているようだった。
 リン大尉はさすがに遠い。身分順で座っているのがそれでわかる。
 リン大尉は挨拶に来なかった。来たのは前にいる者たちばかりと言うことならば、皇族など身分の高い者となるのだろう。

 前にフォーエンが見せてくれた朝議にいるだろうから、擦り合わせて見た方が良さそうだ。
 写真だと、動いている人物と見分けがつきにくいものである。特にここにいる人間は年をとるとどうやら髭をたくわえるようで、髭面はどうも同じ顔に見えると言う罠だ。
 髪型も皆お団子であるし、個性がないと覚えられないのである。

 スマフォとタブレットを駆使して、誰が誰だと確認していると、やっとフォーエンがこちらを向いた。
「うんざりする長さだったな」
 あ、それ言っちゃうの。
「顔に不機嫌出てたもんね」
「不機嫌?」
 あれ、本人自覚ない。
 真顔で無言で無表情。その上少し目が鋭い。そんな時は不機嫌である。
 それを言うと、フォーエンはどうして目を丸くさせた。
「気づいてないの?」
「そう言うことを言うのは、お前だけだ」
 まあ、皇帝陛下に不機嫌なの?なんて誰も言わないだろうが。
「エシカルでもそうだったけど、ああ言うの、嫌いなんでしょ?あんだけ長ければ面倒だからわかるけど」
「面倒を通り越して、鬱陶しい」
「わー」

 まあ実際鬱陶しい口上であっただろうが。
「でもお誕生日会じゃん。おめでとうなんだから、あれは忘れて楽しみなよ。何か始まるっぽいし」
 舞台下でお姉ちゃんたちが踊り始めている。太鼓や笛の音が聞こえて、何とも楽しそうな音楽が流れてきた。
 しかし、それにもフォーエンは興味なさそうだ。人のタブレットを見やって、これが誰だと話し始めた。
「いや、いいよ。後でいいよ。お祝いなんだから、見てあげなよ」
「あれが面白いと思うか?」
 綺麗なお姉ちゃんたちの踊りに失礼な男である。衣装とかもこってて、珍しいもの見たさに録画しようとか思っているのに。

「どうせ見飽きる」
 一言でばっさりだ。容赦ない。
「お誕生日会なんだからさー。フォーエンのお誕生日会だから、フォーエンの見たいものじゃなきゃ意味ないけどさ。結構日にちも過ぎちゃったんでしょ?」
 内乱だの自分の怪我だので、かなりの日数が過ぎているはずだ。
 やっと初の皇帝陛下誕生会なのだから、本人に楽しんでもらいところだが、そうはいかないらしい。

「やっぱり内輪でできればよかったね。ご飯とかさ、みんなで食べて。わいわい。お夕飯一緒の時に、やればよかったねえ」
 ツワに伝えてそれをすればよかったのだ。いつまでもずるずる日が過ぎてしまったので、誕生日会を本当にやるのか疑問を持った時に、一緒に食事をして祝えばよかった。
 それを言うと、フォーエンはどちらかと言うと、きょとんとした。
 フォーエンにしては珍しいとぼけた表情で、どこか不思議そうな顔をした。
 何でそんなことを言うのか?の顔である。その顔に、何でだと問いたい。

「ちゃんと当日祝いたいじゃん。フォーエン好きなものないの?次もし日にちがずれちゃうようなことあったら、ヘキ卿とかハク大輔とかに祝ってもらいなよ。私もお誕生日は友達に祝ってもらうよ。ケーキ食べに行くの」
 こちらにケーキなんてものはないので、残っていた写真を見せてやる。花火がついているケーキを友達に奢ってもらったのだ。
 フォーエンは、やはりきょとんとした。それから、小さくふっと笑った。
 珍しい、緩やかな微笑み。
 一瞬垣間見えた、小さな笑み。

「これがけーきか?」
「そー。甘いよ。果物乗ってて、スポンジふわふわ。生クリームふわふわ。生クリームこっちじゃ作れないかな。どうかな」
「食い物ばかりか?」
「おいしいんだって。今度作ってあげようか。ケーキは難しいけど、クレープとかなら作れると思うんだよね。私がいるとこ、キッチンあるでしょ?ご飯作るとこ。そこでできると思うのね。材料あるだろうしー。果物こっち多いしな」
「お前が作るのか?」
 作れるのか?みたいな顔を笑ってしなくていい。
「作れるし。クレープくらい作れるし。今度ツワさんにお願いしてみよっか。ダメかな。怒られるかな。フォーエンに変なもの食べさすなって」
 まず間違いなくコウユウは大反対であろう。こっそり行いたいところだ。

「構わない」
 静かな声音。緩やかな笑み。
 あれ、機嫌いい?
 あまり見ることのない、フォーエンの穏やかな笑顔だ。
 まあ、やはり一瞬ではあるのだが。
 仏頂面に疲れてきたのかもしれない。
 何せさっきまで、ずっと同じ顔だったのだから。
 口上が終わったので機嫌も戻ってきたようだ。余程つまらなかったようである。確かに聞いているのは辛かったわけだが。

「あ、すごいすごい、見て見て!何あれ、サーカス?パントマイム?」
 舞台はいつの間にか演目が変わって、背丈の倍はある足の長い男たちが、大股で歩んでいる。その下を傘のようなスカートで踊る女性たちがいた。
「ああ言うのは、好きなのか?」
「え、楽しい。イベントっぽい」
「いべんと?」
 疑問詞困る。
「うーんと、総合的に大きな催しのこと。よく広場とかでやってるの見るけど、こんなにたくさんの人が動くのはあんまりないからさ。すごいね」
「お前でも、すごいと思うものはあるのか」
 ぽそり。その一言は多分、フォーエンにとっては重い。
「思うよ。すごいなって。あのさ、私の世界は少しだけ時代が進んでるけどね、でもそれだけだよ?文化とかが違うから、見たことのないものはすごいって思う。フォーエンが頭にしてるのとかさ、建物の細かい装飾とかね。すごいなーって。よく作ってるなーって。見てて色々楽しい」
「価値があるように見えるからだろう?」
 価値はあるだろうが。これを何て説明すればいいのだろう。

「技術ってとこ。熟練度ってあるでしょ?続けてきた価値みたいなの。私の国にもいるよ。けど、それと同じじゃないじゃん。純粋に、すごいなって思う。思わない?手作りでしょ?」
「手作り以外にあるのか?」
 そのコメント説明するのむずい。
「こう言ったものを作るまでの長年の努力というものはあるがな」
「そうそう。それそれ。だからね、すごいって思うことたくさんあるよ」
 言うと再びふっと笑った。どうした、今日はお疲れ様か。

 無防備な笑いである。何とも珍しい。こんな人が多い時は中々笑わないのに。
 その顔をもっと見たくてつい頭を傾げた。下から覗き込もうとすると頭から垂れ下がっていた花の飾りがチリリと鳴った。
「邪魔そうだな」
「それ言っちゃあ…」
 台無しである。

 藤のような飾りがいくつかの房になって垂れ下がる。それが揺れればお互いに掠れて音が鳴る。
 フォーエンはすくう様に触れると、指で軽くこすってから静かに戻した。
 そう思ったら、その先が首筋に触れて、うなじを微かに撫でていく。
「あ、あたま、もげちゃうよ」
 言ったらフォーエンは大きく吹き出した。
 いやだって、そんな風に触れるから、触れると言うことは近いから、目線も困って目が右往左往した。
 それから首元がゆるりとぬくんで、驚くくらい頰が熱くなった。
 それを知られる前に、乗っていたカツラが落ちたら困る的なことを言いたかっただけだ。
 なのにもげちゃうなんて言ったものだから、横にいる男はお腹を抱えて笑うのである。そんな笑えること言ってないだろ。
 実際頭に触れたら、カツラと髪飾りがずるりと落ちると思うのだ。ギャグである。それが転がって階段へ落ちて行ったら間違いなくコントだ。

 フォーエンは時折お腹を抱えて、我慢する様に笑う。舞台上で大口開けて笑うわけにもいかないのだ。
 機嫌はきっと最初よりずっといい。撮った写真を眺めて、誰が誰と教えてくれる。途中舞台下のヘキ卿と目が合って、手を振ろうとしたら怒られたけれども。

 緩やかで穏やかな笑み。人前では見ない、静かな微笑。
 珍しい顔をされると熱があるのか疑いたくなるところだが、やはりここは自分のお誕生日会だからか、機嫌も良くなってきているようだ。
 本人ご機嫌ならばそれがいい。

 この会がどれだけ豪華でお金のかかるものなのかとくと説いていたわけだけれど、機嫌が良くなって何よりだ。せっかく祝いの席なのだから、本人が楽しまなければ大勢の催しも無駄になってしまうのだし。などと考えていると、目の前で桜色の飲み物がグラスに注がれた。
 隣でフォーエンがその盃を持って、飲む様に促してくる。

「これ、お酒?」
「飲めないのか?」
 まあ、飲めないわけであるが。飲むことができるかどうかは、今の所謎である。
「飲め。祝いの酒だ」
 度数の少なそうな、淡く薄い、輝く飲み物。甘酒程度であればいいが、さてどうか。
 フォーエンは盃を持ったまま、理音がそれを手にするまで待っている。乾杯でもするのだろうか。
「おいしいの?」
「さあな。私も飲んだことがない」
 特別なお酒なのだろうか。

 理音はそれを手に取って軽く香りをかいだ。花のような甘いかおり、微かに爽やかな香りもする。
 桜の香りでもするかと思ったが、ジャスミンの様な独特の香りを感じた。
 それを口に含むと、隣でフォーエンもそれを含む。
 こちらの祝い方なのか、同時に飲み干して、理音は微かに残る味を喉元で感じていた。

「おいしーね、これ。甘いさっぱり。お酒な感じしなかった」
「そうだな。花の蜜の酒だ。それ程強くない。軽めのものだから」
「お祝い用の特別なものなの?」
 言うと、フォーエンは瞳を細めた。
「祝い用だ。特別な酒だからな。まず飲むことはない」
「へー」
 フォーエンは静かに笑った。

 フォーエンが笑うと自分も嬉しく思う。
 穏やかに笑って、彼が今後を過ごせればいいのに。
 それを望まなければならない、彼の取り巻く状況が哀しくてならなかった。
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