上 下
132 / 244

132 ー怒りー

しおりを挟む
 今、おかしな言葉を聞いた。

 だんしょく。って聞こえた。

 男?いや確かに、今自分は男の格好である。その出仕の子供を助けに、フォーエンたる皇帝陛下が、直々に拉致された場所に行き、抱きかかえて後宮に戻った。
 それだけ聞けば、確かに首を傾げる話である。
 だがしかし、

「いや、ちょ、待って。今、変なこと言った。男色!?しかも、噂たってる!?︎は!?」
「そう言われているよ。だから、妃たちに通うことがないのかと」

 どっと汗が噴き出した。誰だ、そんな恐ろしい噂を流したのは。
 ちなみにこの国が、その点でどの程度の許容がされているのかわからない。だが話し方からすると、とてもではないが納得しきれないと言っているように思える。
 一応、聞いてみる。

「そ、あの、皇帝陛下云々はともかくだ。そーいう、同性の恋愛は、こっちはやっぱりある、の、かなー?」
「あるはあるけど、皇帝陛下は問題になるよ。後継がいなくなる」
「ですよね!」

 何だか泣きたくなってきた。
 自分のせいで、フォーエンが男色家として噂をされる。
 妃をとらない理由ができてよかったね。なんて言ったらきっと殺される。
 誰にって、コウユウにだ。

「それは殺されるわ。さすがに終わったわ。えー、もー、私、ダン大将に殺される。やだもう、本当にやばい。誰、そんなアホな噂流したのー!死ぬわ。これ、私死ぬわ。やだーもー、ダン大将に会ったら終わるー!」
 理音は頭を抱えて座り込んだ。
 フォーエンが恐ろしく怒ったとしたら、コウユウも同じく恐ろしく怒っていることだろう。
 この噂にどう対処するのか。考えるだけで死にそうになる。理音がだ。

「これ以上、恨みかいたくない。怖い。あーもー、今度会う予定あるのに、絶対目で殺される。目線だけで死ぬ!もう、バカじゃないの、そんな噂流したやつ!」
「違うのかよ。結構、納得されてる方多いぜ。あれだけ美しければ、男でもって」
「おい、こら!いや、それはわかるけど!」
「わかるのかよ…」

 実際初めて会った時、女だと思ってたわけで、それで織姫に相手がいても、全く何も違和感がない。
 フォーエンを知らなければ、へー、くらいのものである。
 だがしかし、フォーエンを知った今、それは納得いかない。
 しかも、妃は今後持つと言っているのに、そんな噂がたっては何かと問題になるのではないのだろうか。ならないのか?

「出仕の子供一人に、皇帝陛下がお出になられたんだ。しかも、助けに行かれたのがご本人だからね。場所を聞かれてすぐにリオンを探しに行かれたから、ダン大将も確かに驚かれていた」
「だろうね。あー、怖いわー。ただでさえ私、あの人に嫌われてるのに。絶対嫌味言われる。はっきり言ってくるかも、余計なことしやがってって。言ってくるわ。怖い!」
 目に浮かぶ光景である。蔑んだ目で見られて、余計なことをしてくれたと遠回しに叱責されるだろう。

「皇帝陛下がリオンを抱いたまま走っておられたのは、結構な人が見ていたからね。そう噂されても、仕方ないと思う」
「おおおおお」
 頭を抱えるしかない。暗殺理由が決まった。
 皇帝陛下フォーエンに、男色家と言う噂を決定づけたことである。

「死んだ。さよなら、私」
「死ぬなよ。本当に違うわけ?」
「んなわけあるか。何でそうなる。それで納得しちゃう、皆さんもひどいよね。わかるけど!」
「わかるんだ…」
「わかるわ。初め女だと思ってたし。でも、あの人女っぽくないから、全然。私より気が強いから。キレると怖いもん。そう言えば私も怖かったな、皇帝陛下が怒ったの見た時。いきなりキレるんだよね。時々子供っぽいくせにすぐ怒るし、すぐ殴るし、優しいけどキレると怖い」

 つくづく、能面な割に感情は豊かだと思う。顔に出さないだけで。
 それがわかりやすく感じたのは最近だが。
「そんな噂が本人に届いてるのかなあー。だから、ヘキ卿のとこに飛ばされたのかも。ヘキ卿と一緒にいれば、変なこと聞かれないだろうし」

 そう考えて、待てよと思う。
 それって、遠回しに肯定したようなものではないだろうか。
 理音を守るために、ヘキ卿に守らせている。
 つまりそれって、男色ですと言ったも同然。
 セイリンも気まずそうにそれを顔に出す。

「ダメじゃん」
 がくりと膝をつくと、セイリンも苦笑いしかできない。
「結局、どう言うことなんだよ。何で皇帝陛下がお出になられたんだ?」
 聞かれると困るMAXだ。この質問をされないように、会わせられなかったのかもしれない。
「私は皇帝陛下に恩があって、皇帝陛下はそれを気にしてくれるだけだよ。私はほら、外国から来たし、前はこっちの言葉わからなかったから、皇帝陛下に言葉を教えてもらったの。あの人は、優しいから」
「だからって、皇帝陛下が直々に?」
「拾った手前、捨てられないだけだよ。別にそんだけ。だから皇帝陛下は気にしてくれるし、仕事もくれる。その代わり周りの人間はいい顔しないし、やってられないんだろうけどね。私はそう言うとこで、あぐらをかいてるわけ。皇帝陛下が言えば周りも仕方なく許してくれるけど、実際あり得ないでしょ。それは皇帝陛下が命令してるからで、本当は言うことなんてききたくないんだよ。どこの馬の骨なのかもわからないのを、皇帝陛下が引き取ったんだから」

 ただそれだけ。
 それを気まぐれだと思って、周りは信じてくれないだろうか。男色家より余程納得のいく答えだ。

「そうだとしても、あそこまでお怒りになられるなんて、誰も彼も驚かれていたよ。まるで、鬼神のようだと」
「鬼神の如くお怒りになられたって、みんな知ってるからなあ」
 セイリンとハルイは顔を見合わせる。
 誰もが驚いた、フォーエンの怒気。
 心配をかけたのだろうか。そこまで、怒るまでに。

「よく、わからない。私に何かあっても、怒るようなことじゃないから。何か他に、理由があるんじゃないかな」
「そんなんじゃねえだろ。どう考えたって、お前が行方不明になって怒ってたんだから。出仕の子供一人いなくなっただけで、宮廷が大騒ぎだったんだぞ」
「でも、私が行方不明になったくらいで、そんな大騒ぎになる話じゃないんだよね。何だろな。勝手にいなくなったって思われたのかな。そしたら怒るの、わかるんだけど」

 それなら納得する。フォーエンの運命左右云々によりこんなに待遇を良くしてもらっているのに、そこから逃げ出すとなれば、彼も怒りにかられるだろう。

 だが、そんな理由ではないのだと言うのは、少なからず気づいていた。
 フォーエンの中で、囮と言うものが忘れさられたようだ。
 だからと言って、理音のためにそこまで憤るのもおかしな話なのだが。

「ともかく、心配かけた、って言うより、驚かせてごめんね。まさか、そんな大事になってるとは思わなかった。ずっと微熱あって、眠ってたから」
「怪我、ひどかったんじゃねえの?まだ包帯してるし」
「髪も切られたの?あるまじき短さだけど」
「子供でもダメな短さ?頭殴られた時に髪が切れちゃったから、揃えたんだよね。そしたら、切ったことすっごく怒られて」
「短すぎだろ、それ。ちんぴらみたいだぞ」

 ナラカほどの短さではないのだが、髪が短いとちんぴら呼ばわりか。
 それはフォーエンも怒るわけである。しかも、男でその反応なのだから。
 フォーエンとは結局、あの後話していない。髪の毛の件もうやむやになった。

「リオン?」
「そろそろ戻る。ご飯食べなきゃ。また来るね」

 二人に別れを告げ、建物へ戻る。
 フォーエンに次会っても、同じ話はしないだろう。口にしたくない会話について、フォーエンは口をつぐむことを徹底している。潔く話さない。それは前からずっと同じ。
 今回の件も、聞いても何も教えてくれないんだろう。フォーエンは自分の感情について、なおさら話さない。

 彼の真実を知り得ることはできないのだろうか。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

やさしい異世界転移

みなと
ファンタジー
妹の誕生日ケーキを買いに行く最中 謎の声に導かれて異世界へと転移してしまった主人公 神洞 優斗。 彼が転移した世界は魔法が発達しているファンタジーの世界だった! 元の世界に帰るまでの間優斗は学園に通い平穏に過ごす事にしたのだが……? この時の優斗は気付いていなかったのだ。 己の……いや"ユウト"としての逃れられない定めがすぐ近くまで来ている事に。 この物語は 優斗がこの世界で仲間と出会い、共に様々な困難に立ち向かい希望 絶望 別れ 後悔しながらも進み続けて、英雄になって誰かに希望を託すストーリーである。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。

新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

処理中です...