群青雨色紫伝 ー東雲理音の異世界日記ー

MIRICO

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128 ー回復ー

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「リオン!頭を怪我したって聞いたんだよ。しかもその髪型、殴られて髪を痛めたのかい!?なんて痛ましい」
 口早にヘキ卿は詰め寄って、それを言ってきた。

 予想以上の勢いで、理音が面食らった。
 そこまでではないですよ、と言っても、聞いてくれない。まだ包帯をしていたせいで、それがなおさら拍車をかけているのかもしれない。
 痛ましいと何度も言って、頰にかかっている髪の一房を耳にかけた。

「あの日の陛下は、それはとても恐ろしい顔でね。一体、何事が起きたと思ったんだよ。きっと君に何かがあったのかと。案の定、出仕の子供が行方不明になったと聞いて…。陛下は危殆(きたい)に瀕(ひん)することではないかと、深く案じられたのだろう。ひどくお怒りになられていた」
「皇帝陛下が、ですか」
 フォーエンにも心配をかけていたのだ。それについて謝るのを忘れていた。
 目が覚めてフォーエンがいたことに安堵しすぎて、殴られたことを忘れかけていたほどである。その後しばらく会わなかったせいで、自分が死にかけたこともよくわかっていなかった。

「ヘキ卿にもご心配かけたみたいで。ありがとうございます」
「君は危険に身を投じることが多いからね。今回は違ったようだけれど」
 ヘキ卿も事実は知っているか。その話はどこまで伝わっているのだろう。
 フォーエンが出仕の子供のために怒っていた。そんなこと普通はあり得るのかどうか。
 何も話されない不安はある。それを口にしていいのかがわからないからだ。
 フォーエンのことを外で話したりはしないが、ヘキ卿のように関わりがあることを知っている相手には、基準がわからないと、うっかりまずいことを話してしまうのではないかと思ってしまう。

 ヘキ卿は、理音が囮であることを知らない。
 囮と思われていなければ、一体何だと思われているのか疑問だが、フォーエンの華とか言うのだけは大きな勘違いだと言っておきたい。
 
「今日から、よろしくお願いします」
「うん。まずは私の働く棟を教えるね。それから、君に指導する者を紹介しよう。私以外に君が何者なのか知る者はいないから、何かあれば私に言うといい」
 言いながら、ヘキ卿は理音を連れた。

 ヘキ卿は前に行ったハク大輔の隣の棟で働いているらしい。
 理音は朝、いつも通り裏道を通ってレイセン宮を出た。
 庭園の裏通りを通って、外廷へ出る。そこから子供たちのいる棟に行くまで人気のない回廊を通り、再び庭園に入って…。まあ、とにかく結構歩くわけだ。

 王宮は広い。本当にどれくらいの広さだかわからないが、理音が考えるよりずっと巨大で、迷子になるには簡単な広さである。
 そのため、子供の出仕をする時、一人の官吏が道案内をしてくれた。行き帰りを一度だけ教えてくれた人で、余計な話を一切しなかった若い男の人だったのだが、今回もその人が来るかと思えば、待っていたのは、

「あんな場所に一人で行き来するなんて、陛下も少しリオンの安全を軽視されすぎているのではないだろうか」
 ヘキ卿は何やらぶつぶつつぶやいている。
「私が来てよかったよ。案内は往復一度で良いと聞いているけれど、やはり毎日迎えに…」
「いや、いいです、いいです!大丈夫ですから!」
「けれどね。君は大切な陛下の…」
「今、私男なんで!子供で出仕してたって言うのに、ヘキ卿に毎日お迎え来てもらってたら、なおさら何者かってなっちゃいますよ」
「そう、そうだよね…」
 ヘキ卿は理音の説得にしゅんっと肩を下ろす。
 いや、一体いつからそんな過保護キャラに。

 今回心配させすぎたせいか、ヘキ卿は理音のお迎えを買って出てくれた。
 ヘキ卿がわざわざ理音のために、朝っぱらから人気のない広大な庭の、木の陰でつっ立っていたのだ。
 ヘキ卿だってフォーエンと同じで朝議なども出席し、お忙しい身分。卿の身分が上から何番目なのか聞いていないが、高位ったら高位である。
 そんな人が庭でぼんやり待っていて、理音を見るなり犬のように走ってきて、理音の体調を問うてきたのだから…。

 うむ、ここでも別件で、死ね死ね案件となりそうで怖い。
 しかも、裏道からヘキ卿の働く建物のある場所は、思った通り結構歩かねばならない。
 そもそもレイセン宮から外廷へ出る裏道は、おそらくこの王宮を出るための裏道だと思われる。建物から離れ、さらに外に出るために作られたのだろう。
 王宮から出られる道があると、理音はふんでいる。そうでなければ、あの道を作った意味がない。それを探そうとは思わないが、その裏道を知っているフォーエンも、何なんだろうと思わずにはいられない。そして、今まで誰が住んでいたやらである。
 そんな裏道のある場所なので、ヘキ卿が立ち寄るような所では全くない。

 ヘキ卿はこれからのことを話しながら、理音の歩みに合わせて案内した。
 普段誰も通らない道を通っているのだろう。案外石畳の回廊は壊れかけているところが多く、よそ見をしていると足を引っかけやすい。それをヘキ卿が丁寧に気遣ってくれる。
 チャラ男。もといイケメン枠のヘキ卿が、にこやかな笑顔をたたえながら、人の歩幅を気にしつつ道案内をしてくれるのだ。
 モテるのわかるなあ。とか、言いそうになる。

 どちらかと言うと、仕事ができて素敵。ではなく、この人めっちゃ私のこと気にかけてくれる。素敵。みたいな。それで身分もあるわけで、
 などと失礼なことを考えながら、広い庭園と長い回廊、背の低い壁面をくぐりを続けて、ヘキ卿の働く建物にやっとたどり着いた。
 もちろん建物前には衛兵がいる。ヘキ卿を見るなり、びしっと脇に寄って、頭を下げた。脇にいた理音には目もくれない。ヘキ卿が連れているならば問題はないと言ったところだ。

「そうそう、リオンに言っておくけれど、こちらの棟は前君がいたところよりも身分のある者が訪れるから、立ち回りには気をつけてね」
「ああ、はい」
 子供たちが入られなかった建物の中だ。それはヘキ卿を訪れる高位の人間も多いだろうし、それ相当な人間がうろつくはずだ。前のように足ドンとか蹴り合いとかやっていたら、軽くクビになりそうである。
 高位の人間は服装が違うので見ればわかる。そう言うのには近づかないように気を付けようと、頭の中で算段する。

「基本、返答を求められない限り話してはいけないけれど、私には気にしなくていいから」
 うん?今ヘキ卿、不思議なこと言った。
 話しちゃいけない?
「えと、相手方が、話していいよって言わないと、私は話しちゃいけないんですか?」
「うん。気をつけてね?あ、私は大丈夫だよ!?」

 ヘキ卿は焦って、もちろんわからないことがあったら、色々質問するんだよ?なんて言ってくれるが、ヘキ卿にも話しかけちゃダメなの!?ではなくだ。問題はそこではない。
 全てが繋がった。
 理音はがっくりと足元から崩れ落ちそうになった。
 ハク大輔に外廷で会った時のことを思い出す。

 そりゃ、ウンリュウが驚愕するわけである。どれだけ焦ったか、そして罰が下されないか、やきもきしただろう。
 ハク大輔に外廷でお会いできた時、まず入室の、こんにちは、から始めた気がする。しかも結構な気安さでぺらぺら話した気がする。話している時も、近づきすぎたのかもしれない。
 ウンリュウが常に微妙な顔をしていたわけだ。
 いや、そこは注意しようよ。明らかにダメな行動ですよね?
 これからは、まず服装を確認しなければならない。道に迷っても気軽に声をかけてはならないのだ。
 やらかしそうな気しかしない。

「私の棟にはそう言う相手はいないから、問題ないよ」
 にこにこ。にこにこ。ヘキ卿はどことなく上機嫌だ。元気そうで何よりだが、この人の方こそ体調は大丈夫だったのか心配になる。
 何日も経っているとはいえ、ヘキ卿の立場も微妙だろう。その足を引っ張らないように勤めなければ、申し訳ない。

 短気は損気。喧嘩しないように気を付けよう。
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