群青雨色紫伝 ー東雲理音の異世界日記ー

MIRICO

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126 ー罰ー

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「…なん、だ。その髪」

「あ、フォーエン、いらっしゃーい」
「いらっしゃいじゃない!何だ、その頭!」

 フォーエンは部屋に入ってくるなり、信じられない物でも見たかのようにふらついて言ってきた。
 そこからの大声である。

 後ろでツワと女官たちが、気まずそうな顔で部屋の隅に立っている。
 やっぱりな、の表情がみな同じだ。

「短い方が楽で」
「何がだ!お前、ただでさえ短すぎる髪だと言うのに、どこの幼児だ!」
 幼児はこんな髪型をするのか。思いながら、頰にかかる髪をくるくると指に絡める。
「楽でいいよ?」
「何がだ!」

 同じことを言うと、同じ言葉で返してきた。
 全く有り得ないと、よろけて机にもたれかかるほどである。
 こめかみを抑え、ため息すら出ないといった風で、あたかも夢だと言うように頭を振った。
 そんな頭振っても、変わらないよ?とは言うまい。
 再び理音を見やるその目付きは、珍獣でも見る目付きである。
 結構気に入っているのになー。と間延びした発言をすれば、フォーエンは机を思いっきり叩いてくれた。

「そんな髪の短い女がいるか!市井にすらいない!女としての自覚はあるのか!」
 髪が短いくらいで、ひどい言いようである。
 流行りは変わるものだぜ?とか余計なことは言わないでおく。本当に青筋立てて怒ってるよ。
 しかし、理音は全く気にしていないと、自分の短くなった髪の毛を撫でた。

「ベリーショートにしないだけいいじゃん。別にそれでもよかったんだけど、まだやったことないから似合うかわからなくて」
「何だ、べりーしょーとって」
「えっとね、こんくらいの髪の長さ」
 言って親指と人差し指をちょこっと開く、それを見てフォーエンはわなわなと震えだした。
「いい加減にしろ!そんな頭で、宮廷に出れると思うなよ!」
「あ、もう出ていいの?元気になったから、復帰したかったんだ」

 全くもって気にしていない。

 理音の適当さに、フォーエンはとうとう力が抜けたと椅子に座り込んだ。しばらく黙り込んだ後、大きくため息を一つ。
「嫌になっていないのか?」
「何が?」
 首を傾げる理音に、フォーエンは何とも言えない顔をした。
「犯人、捕まったんでしょ?」
「ああ。だが今後、また同じことが起きるかもしれない」
 同じことが起きるのは、囮として当然わかっていることだ。それに対してフォーエンが何を気にしているのかが、理音にはわからなかった。

「仕事、楽しかったよ?友達もできたし」
 セイリンとハルイは弟みたいなものだ。精神年齢が低いと自負している理音は、むしろ気が合って丁度いいくらいに思っている。それに仕事は単純で、理音でも動くことができる。
 レイセン宮でじっとしているよりはずっとましなのだから、続けていいのならば続けたい。
 また何かあれば、それはそれだった。次からは背後も気にしようと思いながら。

「死にかけた」
 フォーエンは重く、低い声音で言った。

 死にかけたかどうかは、自分にはわからない。ただまずいな、とは思った。このままでは危険だろうと。けれど今はもう安全で、あの時のことは辛かったなくらいの記憶でしかない。溺れた時と同じ、危なかったと認識しただけだ。

「助かったしさ。で、誰が見つけてくれたの?そー言えば、誰が犯人だったの?多分二人はいたはずなんだけど」
 声の質を考えれば二人だ。それ以上いたようにも思えない。協力者がいるかもしれないが、あの場所にいたのは二人だけだった
 結局のところ、一体誰が理音を狙ったのか聞いていない。フォーエンにはずっと会えなかったし、その理由を聞く機会もなかった。

「お前を狙ったのは、その辺の下級官吏だ。お前に下らん嫌がらせをしていた童の、親戚筋にあたる」
 下らない嫌がらせをされていたのを、なぜ知っているのだろう。
 首を傾げつつも、ミンランの親戚筋とやらが、なぜ理音を狙ったのかを疑問に思った。
「その親戚は、私が囮ってこと知ってたんだ?あれ、だから嫌がらせされてた?」
 あんなちんけな嫌がらせが効くと思っていれば、それはそれでレベルが低すぎるのだが。そんなものなのだろうかと思っていると、そんなわけあるかと一蹴された。

「お前、嫌がらせに対抗していたらしいな。しかも、逆に怯えさせたと聞いたが?」
 どこからそんな話を聞いてくるのだろう。セイリンとハルイに事情聴取でもしたのだろうか。
「しょうもない嫌がらせしてくんだもん。そりゃ、やり返すでしょ?」
「聞き返すな。お前がただでは起き上がらぬ女だとはわかっているが、怯えるって何だ」
「えー、別にー。壁ドンならぬ、足ドンしただけ」
「…何だそれ」
「殴る蹴るの暴行はしてない。…あ、蹴るはしたか」
 とは言え、一度きりである。暴力を振るわれても、同じくらいでやり返しただけだ。文句は言わせない。

「…お前、武官の下で働いたことでもあるのか…?」
 およそありえないことを、フォーエンは真面目な顔で問うてきた。蹴りくらいで何を言うかである。
「お前に嫌がらせをしていた童が慕っていた男に、ホウと言うのがいた。犯人はそいつだ。お前に嫌がらせをしていたのも、ホウの指示だった」
「何で?」

 囮関係でなければ、何の関係だと言うのだろう。
 大体ホウなんて男は知らない。聞いたこともない。知らない内に失礼でも働いていただろうか。うむ、それはあり得る。
 しかしフォーエンは、それこそ下らないと吐き捨てるように言った。
「お前は、逆恨みされただけだ」

 何じゃい、それ?

 要点はこうだ。
 ホウは官吏と言っても下級官吏で、身分から言えばミンランの父親にも程遠い。それでもミンランが懐いたのは、ミンランの母方の親戚筋の末弟で、小さな頃からの知り合いであるためだ。
 今までのミンランが行なってきた子供たちへの虐めの内いくつかも、ホウからの指示であった。
 ホウが、あいつは生意気だと言えばミンランはその通りと同意し、宮廷から追いやる嫌がらせをした。それに味をしめたミンランは嫌がらせを繰り返し、ホウはそれに対して更に嫌がらせの方法を教えた。
 新しく入ってきた子供の中、虐めがいのありそうな子をターゲットにし、虐めを行なってきたわけだが、そこに得体の知れない理音が加わる。

「噂で、お前がラファレイの紹介を得ていると聞いていたのだろうが、お前に確かな身分はない。ホウはお前が何者なのか調べたようだが、誰の関係者かわからなかったのだろう。その内、ラファレイの紹介であったかどうかも正確な噂か怪しいとふんだ。ならば貶めても問題なかろうと。そしてやるのはホウ自身ではなく、成人前の子供だ」
 ホウは身分が低いが、ミンランは違う。そこでミンランを使って指示をすることにしていた。ミンランは懐いたホウの言う通り、虐めを繰り返す。そして、理音にまで手を出してきた。

「エンセイと親しく話していたお前を見て、それでもどの身内でもないことにやっかみを持ったようだ。ラファレイにエンセイ、身分がないくせに、なぜ関わりがあるのかと。ただの逆恨みだ」
「え、ちょっと待って。私、そんなことで殺されかけたの?そんなことで!?︎」
 あまりに理由がしょぼすぎる。しょぼいどころか、本当にただの逆恨みすぎる。
 身分がないことで虐めようとし、身分がない上に高位の人間と親しげにしていると知って、更に恨みを持ったわけである。
 そんな意味のわからない理由で、人を気絶させるほどの力で殴ってくるとは。呆れて物が言えない。

「囮も何も関係ないのに、殺されかけるとか。ちょっと、それ何なの?殴られ損?」
「既に罰した。もう、お前に触れることはない」
 フォーエンは冷たく言い放った。感情のない言葉だ。
「…罰したって」
 どこからどこまでだ。そして、それはどんなものなのだ。
 フォーエンの口調は強いものだった。それがどんな意味を残すのか、想像に難くない。

「刑法、あるんでしょ。そういうの、乗っ取って行うんだよね」
「お前が気にすることじゃない」
「気にすることだよ。規則を覆すことは、国の規則を無視することになるでしょ?」
 この国の法がどうなっているか知らないが、倫理や道徳心は薄いであろうと思っている。普通に死刑とかありそうなのだ。何せ命の重みがとても軽い。
 日本であれば傷害罪で、理音が無事な分、懲役か罰金あたりだろうか。

 フォーエンは理音を手招きして呼ぶと、頰に触れて腰に手を伸ばしてきた。引き寄せられて、座っていたフォーエンの瞳を間近で見やる。
 フォーエンの濃紺の瞳は憂いを帯びて、理音を見つめていた。
 心配をしたのだろうか。眠り続けた理音を。確かに目覚めた時、彼はひどく泣きそうな表情をしていた。
 それでも、罪にはそれ相応の罰でなければならない。罪以上の罰を与えてはならないはずだ。
 フォーエンは理音の心を見透かすように、緩やかになだめるように頰を撫でてくる。

「今までのツケだ。被害がお前だけでないことを考えれば、十分な罰が下される」
 ホウには余罪がありすぎる。重刑であるのは間違いないのだ。
 それは納得できるようで、フォーエンの答えは理音が知りたい確たる話ではなかった。
 フォーエンはホウがどうなったかは口にしない。

「出仕の子供は、二度と宮廷に入ることを許さぬ。父親はいとまを取らせた」
 ミンランも、指示されていたとは言え実行犯である。罪は免れない。
 子供であるため、その父親に累が及ぶのは当然の話なのだ。
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