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124 ー黒ー

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 耳に響く、しじまが痛い。

 痛いような気がした。それが耳の中ではなく、頭の痛みだと気づくのに、時間はかからなかった。

 気がついたのは、何かが耳に届いたからだ。

 何かを言い合っているか、一人は甲高く、一人は泣いているように呻きながら話している。
 話の内容は、よくわからなかった。ただ、人が二人いて、言い合っているのはわかる。一人が怒鳴り散らせば、一人が泣くからだ。

 体が冷えているのか、寒気で震えた。辺りが暗いのか、自分の目がよく見えていないのかがわからない。どこからか風が流れてきてそのせいで寒いのだろうが、もう日が暮れているのだろう。夜になって気温が下がってきているのだ。
 二人は言い合いをやめると、そこから離れていった。ケンカはやめたらしい。物音を立てないように歩きながら、足音が遠ざかっていくのが聞こえた。


 少しずつ手足の感覚が戻ってきていたが、やはり目が見えなかった。どうやら目隠しをされているようだ。それから、くつわをかまされている。人生二度目の猿ぐつわだ。声を出さないように結ばれている。そして、手も足も動かない。

 前に拉致された時のような状況だった。頭が痛いのは殴られたせいだろう。そんなところまで同じである。
 ただ違うのは、寒気がひどいことだ。

 昼間は暑かったのに、なぜこんなに温度が低いのだろう。目隠しのせいでどこにいるのかわからないため、辺りを確認することもできない。
 帯にカッターやペンを隠し持っていても、いきなり頭を殴られたらどうしようもない。次からはヘルメットがいるんじゃないかと、本気で思う。

 白昼堂々と、白昼でもないが、夕暮れのまだ人のいる時間帯に、よくも人の頭をボールのように叩いてくれるものである。
 ひどい痛みなのは道具を使われたからだろう。側頭部の痛みと共に、髪に垂れるものがあって、その匂いで血が流れているのに気づく。
 これだけ思い切りよく頭を殴られたら、そろそろ頭が悪くなりそうだ。

 状況を把握するには、まずは落ち着くことだ。理音は自分がどんな状態なのか、ゆっくりと確認することにした。
 手足を動かしながら、拘束している物を取ろうとする。足首と膝と、それから手首に紐がまかれている。手はやはり後ろ手で結ばれていて、腕が痛い。起き上がりたいが、頭痛がするせいか、起き上がる力が出なかった。
 自分がいる場所もわからない。動きはないので、また馬車の中というわけではないが、四方に触れる物がなかった。地面は床のようなので部屋の中だとは思うが、風が入ってくるところを考えると、閉めきられた部屋ではなさそうだった。

 頭痛がひどすぎて、意識を保つのが難しい。殴られたせいだろう。血液が多く流れているせいではないとは思う。そこまで血は流れていない。
 体を捻って仰向けになろうとすれば、軽くめまいがした。ぐるりと頭の中で体が回る感覚を覚える。
 波に揺られているような、酔うような感覚だ。

 気持ち悪いな。
 そして寒い。

 凍死はしないだろうが、低体温症になりそうだ。
 震えから、意識朦朧、血管の収縮。呼吸が荒く、体温が徐々に低下していく。

 考えて、頭の中でかぶりを振る。そんな最悪の状況を考えるならば、できることを考えるべきだ。
 まずは手足を何とかするのが先だろう。
 もそもそ動いていれば緩まるかと思ったが、中々上手くいかない。寒気がひどく、動きが鈍った。指先が震えて、手がかじかんでくる。

 ああ、これは、まずいな。

 この寒気はまずい。震えが止まらず、指先は氷のように冷たくなってきている。
 大体、どれくらいここに放置されているのだろう。今が何時かもわからなかった。
 息をすれば段々荒くなってきた。身体中が震えてくる。痙攣を起こしているのか、がたがたと震えてきた。
 一度落ち着かなければ、このまま感情に押し流されそうになる。

 寒すぎて震えて、何が起きているのかわからない恐怖に苛まれる。
 寒さだけでも何とかしたいのに、風がその思いを吹き消した。
 冷えた風が入るのだ。一体どんな場所なのだろう。王宮の中なのか、それとも外なのか、それもわからない。
 風のせいでか頭痛が増してくる。考える力がなくなりそうになって、何とか手足を動かした。その腕に鋭い痛みが走る。

 何かが腕に刺さった。大きな棘にでも刺されたような痛みで、それが腕の中にまだ入っている。床の板がささくれていたか、理音が動いたせいで突き刺さったのだ。どうやら板もボロボロの場所に寝かされているらしい。
 痛んだが、それでも腕を動かした。とにかく手の紐を取らなければ話が進まない。
 けれどきつく結ばれているか、ビクともしない。時計をしていたが、それよりも手の方に結ばれているので、時計も腕にめり込みそうだった。

 寒気で意識が飛びそうになる。かじかんだ指先は動きにくく、何度か動いては休むと、その間に意識が朦朧としてきた。

 起きているのか、自分でもわからなくなる。
 動いていたのか、眠っていたのか、境界が曖昧になって、いつしか眠りについた。





 一面に続くエメラルド色の中、美しき極彩色のサンゴ礁と、そこに隠れるように色鮮やかな魚が優雅に泳ぐのを見ながら、息苦しさと焦りを我慢したことがある。
 足がつくはずなのに、地面を蹴ることができない。海の色はエメラルドでありながら透明で、地面が見えるのに足の指先に感触がなかった。

 ああ、溺れているんだ。

 そう気づいた時には大量に水を飲んで、息苦しさに身悶えもできなくなっていた。
 目の前の景色だけは、よく記憶している。
 自分がどれだけ焦り、手足をばたつかせたことか。
 焦れば焦るほど、地面がどこだかわからなくなる。落ち着けば簡単に顔を上げられるのに。

 海の中は寒い。
 指先も冷えて、感覚が薄れてくる。

 沈む体はすでに動かすことができず、ただ目の前に青色の美しい魚が横切ったことを鮮明に覚えている。
 綺麗だな。と思った。
 一度しか見なかった、濃い青の、宝石のような輝いた魚だ。

 ぼやけた色に影がかかって、時折黒と混じった色が目に入った。闇と、微かに橙とその中心に濃い青が見える。何かに反射したように紺や青に見えて、それが何なのかぼんやりとした頭で考えた。
 どこかで見たことのある色だ。

 耳の中ではざわめきがひどく、波の音のようにも聞こえた。
 溺れた海は夏にしては少し冷たくて、そのせいで手足の感覚がないのだと思った。
 また溺れたのだったか、溺れた時のことか、何なのかよくわからない。
 ただ波の音のようなノイズの中に、聞いたことのある音があって、それが何の音なのか考える。
 その時波が起きて大きく揺れた。揺れているのは頭の中で、目が回るのか先ほどの色が見えなくなった。
 周りの色も変わっていき、黒から灰色、橙となって、再び黒が目に入った。それは揺れて、時折頰や首元に触れた。

 微かに感じるものが何なのか考える間に、再び黒へと戻った。
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