群青雨色紫伝 ー東雲理音の異世界日記ー

MIRICO

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123 ー衝撃ー

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 理音は大股でミンランに近づいた。
「な、何だよ!」
 まだ何もしていないのに、いかにも怯えてくれてむしろ助かる。

 理音は大仰に肩を叩いてみせた。
「何だよ!俺は何もしてない!」
 俺はって、じゃあ誰がやったわけか。何ともしょぼい子供だ。
「まだ、何も言ってないけど」
 ミンランは持っていた木札をぎゅっと握りしめる。

 子供らしく、どうやら口だけのようだ。いきり立っていた割には、そこまで気は強くない。
 理音は肩に置いた手に力を入れた。ミンランの体がぴくりと強張る。
「因果応報って言葉、知ってる?」
「なに…」
「あんまり無茶しちゃうと、後で面白おかしく返ってくるってこと。行きすぎは毒になるよ。わかってる?」
 理音の迫力に、ミンランは顔を歪めた。年上からの脅迫に恐れおののいたのか、それともそんなこと言われ慣れていないせいで怯えたのか、どちらともだろう。

「あとねえ。友達は大切だよね」
「え…?」
「他に手を出したら倍に返すから、安心してね。今回の分含めて」
「お、俺じゃない!」
 脅しは早く効いたようだ。顔面を真っ青にして木札を握りつぶした。

 協力者がいるとは思わなかったが、ミンランは理音の迫力に怯えきって、今にも犯人を話しそうになっている。
「なら、誰がやったの。何のために」
 ただムカついたからとか、そういう話だったら間違いなくぶん殴りにいくつもりだ。かといって、他の誰に何かをされる理由がないのだが。
 ミンランは唇を噛み締めると、何かを言おうとした。
「おい、お前たち、もう鐘が鳴ったぞ。寮へ帰りなさい」
 出仕は時間になれば速やかに寮に戻らなければならない。職員に注意されて、理音はもう一度ミンランに向き直した。

「誰が何してるかなんて知らないけど、いい加減にしないと、私はやり返すからね。他の子たちにやっても同じだから。くだらない真似をすれば自分に戻ってくるってこと、よく覚えておきなさい」
 理音の言葉にミンランは大きく頷く。余程怖かったのか、目尻に涙を浮かべた。
 表向きだけの虚勢をはった子供だ。頭を撫でてやって、さっさと文を持って行けと伝えて倉庫に戻ることにした。

 あれでまたやってくるようならば、もう変わるまい。今までうまく弱い者を選んでいたのだろうが、それを間違えてしっぺ返しを食らった。これに懲りて今後同じ真似をしなければいいのだが。
 気になるのは協力者がいたことだ。しかも、本人はやる気がなかったのだろう。理音が脅した時点でそれをやめようとしていたかもしれない。他に人がいて、そいつがやっているのならば、そいつがまたやってくるだろうか。
 そうなると、別の意味合いが発生する。生意気な者や弱い者を狙っているのではなく、理音自身を狙ったとしたら?
 だとしても、こんな嫌がらせの類を行ってくるはずはない。子供の嫌がらせである。頭の悪い者がする、くだらない行為だ。それを悪だとも思わない、タチの悪い真似。

「リオン!」
「セイリン、ハルイ、出られた!」
 倉庫の方へ歩いていると、前からセイリンとハルイがやってきた。特に問題はなかったか、手を振って走り寄ってくる。
「鍵を壊してもらった。後で説明聞かせろって。でも鐘が鳴ったから、寮に戻れって言われた」
「後で寮に聞きにくるみたいだ」
「寮にかー」
 寮へ聞きに来られても理音はいない。その職員はそれを知らないだろう。

「んー、わかった。別の人に私から説明しとくよ。職員さんたちに話が回るのは少しかかるかもだけど」
「僕から説明しておくよ」
「ありがとセイリン。あと、二人ともごめんね。巻き添えにしちゃって」
「大したことないって」
「リオンが冷静すぎてびっくりしたくらいかな」
 それは自分が二人より年上だからではないだろうか。
 ただの部屋に閉じ込められても、そこまで焦ったりしない。それに経験もある。体育倉庫の方が閉じ込められたら厄介である。

「ミンランには協力者がいるみたい。そいつが今回やってきたらしいから、まだ誰かわからないんだけど」
「協力者って、あいつだけじゃないのかよ」
「じゃあ、鍵もそいつが持ってるのかもしれないのかな」
「どうだろね。もう捨てたかも。でもとりあえずあの子は私に怯えてたから、もうやらないでしょ」
「怯えてんのかよ…」
「脅したの…リオン…?」
 二人とも疑いのまなこである。やったんだろうな。の目つきで理音を見やった。

「円満だよ。解決。協力者は明日にでもちゃんと聞こうかなって。今日はもう戻らなきゃでしょ。時間、平気?」
「そうだね。寮へ戻らないと怒られる」
 セイリンの言葉にハルイも仕方ないと寮への道へと戻っていく。出仕は基本時間厳守だ。協力者の話はまた明日だと、二人の背を見送った。

 しかし、何ともおかしな話だ。一番偉そうにしていたミンランが、もう理音への嫌がらせをやめようとしていたわけである。だとしたら、誰が理音を倉庫に閉じ込めようなどと思うのだろう。
 ああいった虐めのやり方は、グループのボスがやらない限り他の者は手を出さないと思っていたのだが。
 一緒にやるのはできるが、自分だけではできない。グループのボスが促しているだけで、他の者の意思はボスに比べて低いからだ。策士のようにボスを動かしているなら話は別だが、ボス本人が中心に行動しているならばそうはならない。
 彼らのグループを見ていた感じ、ミンランがお山の大将のように振る舞っていたので、ミンランが一人でいきり立っていたのかと思っていたのだが、そうではないのだろうか。
 大体なぜ狙われたのかわからない。理音自身、見た目で弱々しく見えるとは思えないし、すぐにやり返したことを考えれば、虐めのターゲットにされやすいタイプではなかった。


 理音はのんびり考えながら、後宮への道を進んだ。
 嫌がらせを受けたのは、いつ頃だっただろうか。いきなりぶつかってきたのは、いつだったか。
 特に日にちなどを見ていないのでいつかはわからないが、出仕をして少し経ってからだった気がする。
 丁度、ヘキ卿やシヴァ少将に会った頃だっただろうか。
 それを思い出しても、きっかけがわからない。
 まあ本人にそれを聞いてもいいのだが。それが手っ取り早いだろう。

 そう思って、考えるのをやめ顔を上げた時だった。側頭部に衝撃が走って、目の前が眩んだのは。

 地面がどこにあるのか、空がどこにあるのか、一瞬わからなくなった。
 唯一わかるのは、自分を見やっている男が見たことのない男で、官吏らしき格好をしていることだけだ。

 けれどそれも微かになって、何も見えなくなった。
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