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121 ーいたずらー

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 日が高く昇る中、理音は頼まれた荷物を別棟に運んでいた。

 フォーエンのお誕生日宴が近づいている中、一時的に使わない荷物を部屋からどかさねばならなくなったため、その手伝いをすることになったのだ。
 宴に使う祭具のあれこれや、その書類あれこれがあまりにもありすぎて、内廷は軽くプチパニックである。重要な書類などがそのパニックに巻き込まれて何処かに行ってしまわないよう、整理を余儀なくされたわけだ。
 フォーエンが言うように宴には多大な人と金が動き、宮廷の騒がしさは今まで感じたことがないほどになっていた。

 ただでさえ延期になった宴に、フォーエンの不調と民部の風邪流行により、行程もそこそこ押しているらしい。押していると言うより、延期しまくっているわけだが。
 そのせいか、部屋の中ではよく慌てた職員に出会う。急ぎ足で廊下をすぎる姿も何だか切羽詰まっていて、慌ただしい。

「リオン!これも運んで!」
「はーい」
 セイリンに指示され、理音はせこせこと荷物を部屋から運び出す。
 書類の束は重いが、子供たちに比べれば自分の方が腕力はあるはずだ。それでも回廊を往復すれば、軽く汗をかいた。
 何と言っても外の日差しは強い。建物の外に出て日陰にいれば感じないのだが、日に当たると刺すような痛みを感じる。普段屋根のないところに行かないので知らなかったが、意外に暑い。

「リオン、そこに荷物置いてくれる?」
「んー。他の部署の人たちは、整理とかしてないんだね。子供、私たちだけ」
「他の部署は、まだ仕事が終わってないんだよ」
「もう夕暮れになるのにね」
「これからもっと忙しくなるだろうから、早めに終わらせてもらうと助かるんだけどね。今回は初めての皇帝陛下の誕生の宴になるから、用意もかかるだろうし」

 なるほど、今回は初お誕生日宴なわけなので、そのための準備も時間がかかるのだろう。
 持ってきた荷物はしばらく使わない書類らしく、それを棚へとしまっていく。宴が終わればまたこれを戻すので、並べて置いた方がいいと言われ、しっかり整理しながら詰めていった。

「子供の出仕って、手紙ばっか持ち歩くのかと思ってた」
「そうだね。こんな雑務は僕たちがやる仕事じゃないかな」
「そうなの?」
「でも、今は余裕がないってところだと思うよ。今回は特別だね」
 それぐらい忙しい。猫の手も借りたいところなのか。

「くっそー。これ、すげー重いー」
 ハルイがどすんと箱を地面に置いた。置いた衝撃で地面から埃が舞う。
「ハルイ、大切に扱わないと、壊れるよ」
「つったってー、重いんだよ。まだごっそりあった。これ、明日も仕事終わりにやんだろ。外あっつくてきつい」
「ねー、日差し痛いよね。湿気ないから日差しさえ避ければそこまでなんだけど」
「で、これどこ置くんだ」

 順番に棚に詰めて、また荷物を取りに行く。書類は薄い木でできた札のような物が多いので、紙よりずっと重い。それを三人で運んで、奥から棚に並べても、部屋の棚はまだ埋まらない。ここに全部詰めるつもりならば、あと何往復するのだろうと、不安に思う。

 倉庫の中は棚がずらりと並び、まるで図書館のようになっていたが、端の方にはつづらや木箱があり、大きな荷物もしまっているようだった。書庫ではなく倉庫なので、大きな荷物も運ばれている。
 物を置けば何度も埃が舞った。窓を開けたいが、天井高のあるその部屋には窓が目線の位置にない。書物や札があるからか、日焼けを避けるように天井近くに小さな窓が並んで位置していた。

 その窓にはブラインドのように薄い板が横に重なっている。斜めになっているので、ブラインドと同じ作りだろう。誰かがはしごでも使って空気の入れ替えはしているようだ。
 そのブラインドの後ろは格子になっている。まるで牢屋のようだったが、泥棒避けだろう。木でできた格子だが、高さがあるので外からは入るのは困難である。
 その窓から日が漏れていた。その光に当たって、舞った埃が煌めいている。

「そろそろ鐘も鳴るから、もう少しやったら鍵を閉めてもらおう」
 倉庫に運んだとは言え、書類自体は重要だ。部屋の鍵があるので、終わったらしっかりと閉めなければならない。
 その鍵はこの倉庫の管理者である衛士(えじ)が持っていた。なので、終わったら衛士を呼びに行き閉めてもらう。
 何度か荷物を取りに行っては、三人で倉庫の中に荷物を入れた。
 そうして、繰り返し荷物を運んで棚に詰めてを続けている時、それは起こったのだ。

 ガタンと大きな物音がして、三人は音の方へ向いた。
「何、今の音」
「…戸が、閉まった?」
「え、何でだよ」
 奥にいたせいで、引き戸は見えていなかった。
 ハルイが急いで立ち上がって、出入り口まで走っていく。

「何で、動かねえ」
 理音たちもすぐに追いつくと、ハルイが一生懸命引き戸を引いていた。
 引き戸を力一杯動かしているようだが、コントのようにおしりに体重をかけているだけで、全く動かない。叩いたり押したりもしたが、ガタガタ鳴るだけで、引き戸は動かなかった。
「鍵、閉められた?」
 セイリンの呟きに、三人は顔を合わせた。なぜそんなことになるのか、理解できない。
 けれどふと、セイリンが思い出したように声を漏らした。そうして、理音を申し訳なさそうに見やったのだ。

「閉じ込められた?」
 そう耳にした時に、中学の女子のいじめみたいだなと思った。体育倉庫に閉じ込めるような、馬鹿らしい、あれだ。
「あのクソガキかな…」
 思いつく人間が一人しかいない。前科がありすぎているのに、よくこういう陳腐な真似をするものだと、理音は大きくため息をついた。
「ミンランの野郎ならやりそうだぜ。けど、どうする、この戸、鍵閉められたら壊すなんて無理だし」

 部屋には出入り口が一つだけ。引き戸になっており、その戸は重く厚い。銀行の金庫のような重厚さはないが、押したくらいで壊れるようなものではなかった。
 鍵は入る時に扉の真ん中で施錠されていた。引き違いの戸錠だが、内側から開けられるようになっていない。開ける想定をしていないのだろう。
 学校の引き戸のように窓ガラスがあるわけではないので、外の様子もわからないし、誰かが外にいるかもわからなかった。
 常々思うのが、こういうシチュエーションで困るのがトイレだよな。と緊張感のないことを頭に浮かばせて、振り切るように理音は天井近くにある窓を見上げた。

「窓から出れるかなー」
「無理だろ。格子があるのに」
「でもあれ、木で作られてるから、布と何か硬い棒とかあれば壊せるかもしれない。ただ壊した後、降りれるかな。あの狭さだと顔から落ちることになるし、大声上げても声届く距離じゃないよね」
 よりによってこの倉庫は別棟で、中庭と広場を越えた先にあった。後ろは園林で建物がない。助けを求めても、誰かに気づいてもらえるかどうか。

 見上げた窓は正方形で、間隔を開けて幾つか並んでいる。窓を開けるにははしごが必要なので探したが、それらしきものは見つからなかった。
 人一人入ることはできるが、窓の周りには縁も何もなく、手を引っ掛けるようなつっかえもない。足から降りるには寝そべって降りるしかなさそうだが、つづらでも使って段差を作って上っても、そこで寝そべるのは難しそうだ。

「ハルイが一番小さいから通り抜けられるだろうけど、ちょっと高さがな。窓は無理かなあ。戸は引き戸だし、そっちの方が出れるかな」
「いや、だから鍵って」
「戸の厚さは強硬でも、地面がさ。そこまで精密さはないでしょ。戸自体を上げれ外れたりしない?」
「は?」

 中学時代、体育倉庫に閉じ込められたことを思い出す。
 部活の先輩から嫌がらせを受けたわけだが、理音は精神が強靭な方なので、焦ることもなかった。
 その時は引き戸をずらして外し、外に出た。トイレに行きたくなったらどうしてくれると、早い段階で引き戸を壊しにいった懐かしい思い出である。

 中学時代なぜ虐められたかという話だが、兄の友人である男に気安く近づくのが生意気だ(家で夕飯食べた人にどうやって近づかないで食べるんだよ)とか、どうでもいい話なので割愛する。
 古い体育倉庫の引き戸は錆びて、端の方は腐食し崩れかけていたので、そこまでの力を必要としなかった。片方を上げて隙間をつくり逆側も同じく上げたら、簡単に開いた。
 内側からだからできる技だろう。外側からでははまりにくい。
 さて、それをこの扉でできるだろうか。

「リオン、どうする気なの?」
「スライドさせるこの部分が固定されてなければ、こんなの簡単に開くんだけど」
 障子などはそれで簡単に外れる。障子紙を貼るために簡単に取れるようになっているが、それと原理は同じだ。
 引き戸をぐっと押しながら上げてみると、引き戸と地面の間に小さく隙間ができた。

「あ、浮いた」
「この引き戸重いな。ちょっと難しいかな」
「でも、少しはずらせそう」
 扉の端が僅かに浮いて、はまっていたレールからほんの少しずらすことができた。けれどこれぐらいではどうにもならない。全体的に浮かすことができれば、下から戸を押して外すことができるのだが。

「戸が厚すぎて、できないかな」
「逆側があんまり動かない」
「固定されてるかな。そんな技術持ってるのか。厚いから無理なだけかなー」

 本来窓や戸などは、外れないようにストッパーが付いているものだ。そういったものをつける技術があるならば、この厚さの戸を浮かせても押して外すのは難しい。
 セイリンは考察する理音を心配気に見つめた。セイリンでも閉じ込められたりすると不安になるのだろうか。
 理音はその頭をつい軽く撫でてやる。

「お便所行きたくない?平気?」
「平気…」
「何で、便所だよ」
「いや、行きたくなったら終わりだからね。大惨事だよ」
「え、そっか。まずいじゃんか!」
「最悪、その辺でしてもらうことに」
「嫌だ!」

 理音はケタケタ笑った。やばいのはむしろこちらである。トイレに行きたくなる前に何とかしたい。
 セイリンが隣でふっと笑った。

「何か、緊張感ないよね。僕はどうしようかと思ったけど」
「問題はお便所だけなんだよ。ここで眠っても問題ないし。お腹は空くけど我慢できるし。その内誰かが心配して来てくれるかもしれないしね。だから問題はお便所であってだな」
「何度も言うなよ。行きたくなるだろ!」
「まあまあ、ごめん、そっちちょっと任せていい?私、窓何とかしてみる」
「どうするの、理音」
「格子を壊してみる」

 理音は窓を見上げ、口端だけで笑った。
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