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120 ー情報力ー

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「あんまこの辺うろついてると、私フォーエンに言うよ」
 中庭の大きな松の木の後ろに隠れるようにしているナラカに、理音はちらりと横目を向けて言った。

「言えやいいだろ。何もできん」
 言われてそこも反論できない。前にナラカを王宮で見た時は兵士の格好だった。それが今度は職員である。コスプレの用意は多数可能のようだ。
「このまま連れてくって手が」
「アホだなお前」
 あっけらと言って、ナラカは面倒そうに頭をかく。

 いつもない首の後ろに伸びた毛は、おそらく付け毛だろう。飾り程度に背中に流していたが、引っ張ったら怒られるだろうか。
 全く似合っていない内廷の服。襟元をきっちりと合わせて帯もしっかりと結われている。モスグリーンの着物に薄い黄色の帯は、あまり身分の高い者の色ではないが、人数は多い。
 だからだろうか、一人妙な者が混ざっていても不審に思われないのは。
 とは言え、易々と張り込んでは、紛れ込んでいる。
 内廷から後宮に行くまでにも抜け道はある。それを考えれば外から内廷に入る道があるだろうか。
 
「まー、特に何も起きてないよ。出仕するようになって噂話とか耳に入るようにはなったけど、それも大したことは聞かないし。常識を学べるようになったくらい?」
「ハク大輔とヘキ卿を顎で使うやつに、常識があるとは知らなかったな」
 そこまで知っている。
 ハク大輔とヘキ卿を顎で使った覚えはないが、他から見れば似たようなものかもしれない。結果的に、繋ぎをつけてもらうために、彼らの身分を使ったのだから。

「あの二人は今後、皇帝のために動くことだろう。シヴァ少将はどうするかわからないが」
「病弱って言ってたもんね。でも、もう大丈夫なんだって。見た感じ体調悪そうな気はしなかったけど」
 シヴァ少将は、健康そのもののようにも思えた。長く休んでしっかり治してきたのかもしれないが、その割には痩せているようにも見えないし、どこが悪かったのかと疑問に思う。

「ほとんど動けないほど悪いと言われていたんだがな。治る兆しが見えたと母親の弟が言い始めて、それから早かったな。今では休まず出仕を続けている。死相が出ていた男とは思えない働きぶりだ」
「そんなに悪かったんだ。私も会ったけど、元気そうだったな。こないだ睨まれちゃって、仲良くなることなさそう」
「睨まれた?何でだよ」
「わかんない。二度目に会った時に、ちらって横目で見られて。人違いで声かけちゃったからそのせいだろうけど」
 ハク大輔とヘキ卿と、共にいたために、不審がられたのだろうか。それとも、理音が知らぬ間に失礼を働いていたのか、おそらく後者だろうが。

「何やってんだ、お前」
 ナラカは呆れるように言ってくれる。どうせ、何かしたのだろうと付け足して。
「ねえ、あの人元気になったら、皇帝の後釜狙っちゃう感じはあるの?」
「わからないな。言った通り死にそうすぎて頭数にも入らなかった。今後シヴァ少将の体調によって何か変わるかもしれない」
 健康であれば、寄生するように触手を伸ばしてくる獣たちが現れるのだろう。
 ヘキ卿に群がった内大臣と妻のように。

「休む暇もないね」
「皇帝の運命だろ」
 それがまた哀しいことだ。
「フォーエン体調どうなのかなー。元気になったのかなー」
「様子見に行かないのかよ」
「囮が何を」
「そりゃ難儀だな」
「うるさいよ」

 フォーエンの体調がどうなっているかなど、誰に聞けばいいものか。聞いてわかるものなのか。聞くとしてもツワしかいないのだが、理音にわざわざ伝えてくる者はまずいない。
「夜はお前のところに通い始めてるんだろ」
「そーね」

 オセロして話して、寝る。それが二回。その後すぐに風邪引きになった。次はいつになるやらだ。
 会いたくても会いに行けない、フォーエンが来るのをただ待つだけ。好きな人をそうやって大人しく待つだけなんて、自分には耐えられない気がする。
 囮だから我慢するだけ。フォーエンとは何の関係もないから、待つしかできないだけ。

「通うって、面白いよね。皇帝ってほんと大変」
「四六時中一緒にいたいってか?」
「そうゆんじゃないけど、一緒に暮らす感じはないんだなあって。一般市民には理解できない。次どこ行こうとか、今度何しようとか、相談もできないよね。何せ一緒に外に出かけらんないし」
「当然だろが。皇帝であって、人じゃない」
「神のおわす場所か。本人見てると全然そんなの感じないけど、存在するためのあれこれは何て不自由で、息苦しいのかって、思う。そーゆーの考えると、フォーエンに何かしてあげれればなって。そんだけ。帰る前に何とかしてあげれればな」
「…お前は、能天気だな」
「よく言われるー」

「全てがお前の通りになるわけないんだよ。そこに同情する意味なんてない。皇帝は皇帝だ。存在があっての国となる。理屈じゃねえんだよ。感情なんて無駄なもんで、何かをなすのにどう切り捨てて持ち上げるかが重要な場所にいる。そのさじ加減を間違えた時、皇帝が死ぬ時だ。お前みたいな適当さは命取りになる」
「それも知ってる。前に知った。世界が違うことを。理解しようとは思えないし、それに対して口を挟む気はない。だから、できることをしようと思った。彼のために、私ができることを。私はここには残らないし残れない。だからそれまでの間だけでも、彼の不自由さに僅かでも緩みを作りたいだけだわ」
 そのために囮はする。彼の敵を一人でも減らすために。

「自分が邪魔なら切り捨てられることもわかってるし、彼に何か求めてるわけでもないよ。自分の身の丈は知ってるからね」
「皇帝のために死ぬ覚悟もないくせに、でかい口叩くなよ」
「死ぬのが全てじゃないでしょ。死んでどうすんのよ。手助けもできない」
「死ぬことが必要なこともあんだよ」
 ナラカは、重大な選択をしてきたのだろうか、やけにこだわって話している。

「私は平和の国から来たからね。この国の切迫した状況は全くわからないし、理解できない。平和になるまでだって、多くを犠牲にしただろうし、正義も悪も一緒くたで、今の自分から見れば、何でそんなことしたのかって疑問になるからね。でもさ、それは他所から見たもので、中にいて感じたことじゃない。その時の覚悟なんて、その時にしかわかんないよ。そうなった時に、私は決める。考えたって、どうせその通りにはいかないんだから」
「お前が狂暴なのはよくわかってる」
「ね、私も最近知った」
「馬鹿じゃねえの。今の皇帝は守るほどの男じゃねえよ。さっさと囮を終わらすんだな」

 ナラカはそう言って理音に背を向けた。
 ナラカに言われずとも、そろそろ二ヶ月ちょっとが過ぎる。
 否応なく元の世界に戻されるだろう。天気が良ければ今度こそ、だが。
「ナラカ、次来るならレイセン宮に直接来なよ」
「行けるかよ。あそこは最近警備が厳しくなってんだから」
「厳しく…?」

 後ろ手で別れを告げると、ナラカは庭園の中に消えていった。あそこから今度はどこへ行くのだろう。やはりナラカは、協力者がいるほどの大きな組織の中にいる人間のようだ。情報伝達も収集力もどこか違う。バックに余程の人がいるのかもしれない。

 レイセン宮への道を戻ることにして、歩きながら理音はナラカの言葉を思い出した。
 レイセン宮の警備が厳しくなっている。なぜだろう。囮のためにセキュリティのもろさを放置するのではなかったのだろうか。厳しくしたら敵が入り込めない。
 暗殺者を入れないようにして、囮の意味はあるのだろうか。
 他に何か意図があって、警備を厳しくしているのだろうか。
 夜はフォーエンが来ることがある。その時ばかりは厳しくするのは当然なので、その時の警備を言っているならわかるのだが。

 ともかくナラカは、今後どういう方向に進んでいくのか謎な男だ。フォーエンに好意的でないことは確かだが、彼に上司がいれば、その人の意向如何になるだろう。あれだけ協力者がいれば、ナラカが一番上とは考えられない。他にトップとなる者がいるはずだ。
 勢力などは理音はわからない。それを知り得るには、ハク大輔やヘキ卿の近くがいいのだが、それも難しい。

 自由にならないのは自分も同じ。
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