群青雨色紫伝 ー東雲理音の異世界日記ー

MIRICO

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113 ー内廷ー

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 ハク大輔に連れられたのは、人が数人いる部屋だった。

 入るぞ、と一言だけで無遠慮に扉を開け、ダン大将はどこだ。と再び一言。中にいた人たちは、何でここにハク大輔とヘキ卿が来たのかわからないと、慌てて頭を下げた。

「ダン大将でしたら、内廷でございます。朝方行かれたきり、お戻りになっておりません」
「そうか、ならばすぐに話がある故、呼び寄せよ。内廷門前で待つ」
「は、え?しかし」
「急ぎだ。早々に伝えよ」
 二度は言わないと、ハク大輔は踵を返す。ヘキ卿もそれに習うので、理音も同じく回れ右をした。

「意外に、思わぬことをやるね、ハク」
「そうでもなければ動かぬだろう。ダンが内廷へ行ったきりならば、」

 ハク大輔はその続きを言わなかった。コウユウが内廷へ行ったままならば、何なのだろう。
 フォーエンの住まいは内廷にある。後宮のことだろうが、理音はフォーエンが内廷のどこに住んでいるかは知らない。同じ敷地内とは言え、理音が歩む道は決まっており、フォーエンに教えてもらうための勉強部屋か、宴などに出るための広場しかない。
 ハク大輔は内廷門前まで歩むようだ。

 再び歩んで、結構歩んで、理音は知っている道に出たのに気づいた。レイセン宮から出て、宴のために広場へ行く際に通る渡り廊下である。宮廷と内廷を分ける道だ。  
 理音のいるレイセン宮は、ここから別の廊下を渡り、長く歩いた先にある。隔たれた場所に造られた、広い敷地の一角にある建物だ。

 渡り廊下はいくつかに分岐している。理音がレイセン宮を出る時は、裏道のような廊下を渡った。顔を見せたくないのだろう。だから後宮内でも脇道を通ることになる。後宮の中心を通るわけではない。
 渡り廊下は道のように長い。その両脇に庭が広がっている。その庭を過ぎて大きな朱色の巨大な門の前で、二人は足を止めた。

 ここでも衛兵の数は多く、誰も通っていないのに護りが固い。
 こちらの道はおそらく内廷の正門だ。理音も通る、おしゃれをした時にだけ使える、出入りに許可がいる門。

 しばらくするとその門が開き、中からコウユウが出てきた。
「お待たせして申し訳ありません。急ぎの用と伺っておりますが」
 頭を下げたコウユウは、目に見えて顔色が悪かった。熱がありそうなわけでなく、どこか疲れきっている感じだ。
「思わしくないのか」
「これは私の体調が優れぬだけでございます。御用のほどは」
 コウユウはフォーエンの具合に口を開く気はないと、自分の体調に変換した。それが理音には嫌な予感を感じさせた。コウユウがそこまで疲れきっている理由は、フォーエンの相当な不調としか思えないのだ。

「リオンを皇帝陛下に会わせたい」
「何を、仰っているのかわかっておられるのですか?」
 コウユウは下げていた頭を上げた。睨みつけるそれは完全な否定である。そこまでかと思うほど、ひどく怒るように強い口調で言ったのだ。

「承知している。ヘキ卿も同じ意見だ。皇帝陛下であればお許しいただけるだろう。取り合っていただきたい」
 取り合えるのだろうか。理音はそちらの心配をした。それを見越してわざと言ったのだろうか。
 取り合えるほどの体調なのだろうか。
 コウユウは顔色を変えない。お休みになられているので。と断るだけだ。

「リオンが、皇帝陛下に言葉があるそうだ。それをお前は止められるのか」
 ぴくりと眉を動かしたのはコウユウだ。一度表情を崩したように思えた。微かだが前で組んでいる手に力が入った。

「その装いでは、お入れすることはできません。一度お召し物をお変えください。それと、お二人はここまでに願います」
「承知している。行くぞ、エンセイ」
「リオン、無理はしてはいけないよ」
「あ、ありがとうございます」

 今の会話でコウユウが断れない理由は何だろうか。
 理音の言葉を止められない。それほどの存在になっているようにしか聞こえなかった。
 そこまでなのだろうか。フォーエンの運命を左右するという意味は。
 だが、コウユウは明らかに拒否の意を持っていた。
 にこやかな大人の男性。初めの印象はただそれだけだった。けれど、

「レイセン宮へ戻り、服装を変えていただきますよう」
「はい…」
 静かに言われた言葉は、どこか蔑むようで、冷淡な響きを持っていた。


 レイセン宮には、いつも庭園の裏通りを通って行く。屋根はあるが時々途切れて、雨でも降れば濡れてしまうなといつも思っているのだが、今の所雨の中通ることはなかった。
 細い道のそれは草木で隠れ、間違いなく偉い人が通る道ではない。途中、壁面に見せた隠れた扉をくぐる。それはつたに絡まれた扉で、一見して扉には見えない。

 後宮内でこう言う侵入経路作っておくってどうなんだろうと思うのだが、本当にどうなんだろう。
 道は壁に囲われた通路になっており、ここには屋根があった。高さのない通路で、ここで剣を振り回したりはできない。人一人入るだけの通路なので、逃亡用の道なのかどうか、外廷で働く時はいつもこの道を通る。
 途中には小部屋があるが、壁際に棚がそって並んでいるだけで、他に調度品のない不思議な小部屋だ。いくつもある引き出しの中には何も入っていない。ただ一つだけ、理音の服が入っている。そこで今着ている配達員用の服を脱いで、女官の着る服を羽織る。
 着方は教えてもらえているが、帯を簡単に結ぶだけで、理音はその小部屋を出た。

 ここを出てまたしばらく行くと、別の小部屋に入る。そこは隠し扉になっており、扉を閉めると壁の模様に見えた。開ける時は一度扉を押し、更に上げないと開かない。
 この部屋は書庫の倉庫で、書庫である隣の部屋に繋がっている。書庫と言ってもこのレイセン宮の主人は理音となっており、使う者はいない。そのため自由に行き来ができた。

 そうして、人気のない裏道のような隠れた廊下を通り、また別の部屋に行く。
 そこにはすでにツワがおり、着るものを用意していた。
 いつもここで着替えて自分の部屋に戻るのだが、今日は違う。

 フォーエンと外廷で会うには、それなりの装いをしなければならない。装うのにはそこそこの時間がかかる。
 着物を着るようなもので、下着となる肌襦袢のようなものから、長襦袢と一枚一枚重ね着をしていく。帯締めが何度もあり、最後に締めた帯には装飾が細かな帯留めをつけた。
 美しく光り輝く宝石の散りばめられた帯留めだ。細工も細やかで、壊さないように気を使う。
 そして、服を着ればそれで終わりではない。
 次は髪型だ。理音の髪は宮廷にいる子供の男の子よりも短く、女としてはあり得ない短さだった。そのため付け毛を使い、長さを足すのである。それで髪型を作り、幾つかの髪飾りを飾った。
 それから化粧だ。顔が変わるくらいは盛る気である。それこそ化粧水からベースに白粉からチークまで、しっかり塗りたくる。

 総時間二時間はいつでもかかかる。けれど今日は短い方だ。急いでいるをツワに伝えて何とか短く切り上げてもらうと、ツワが後ろに歩みながらフォーエンがいる場所まで連れていってもらうことにした。

 ツワは前を歩かない。後ろに従って理音の後ろを歩む。理音は急いでいる姿を見せないように堂々と歩けと指示されて、軽く早足で先へ進んだ。
 通る道はいつも人気のない道を通っていたのだが、今回はフォーエンの部屋ということで人気の多い道を通るしかないらしく、その姿、理音がレイセン宮にいる者だとして歩まねばならないという、急いでいるの面倒な話になってしまっているのだ。

 廊下を歩む女子たちは、一体あれは誰だと訝しげに見て行く。けれど後ろにいるツワを知っているか、そのツワを見ると急いで頭を下げた。
 ツワって、結構すごい人なのかもしれない。そのツワの前を歩く理音などは、何あの女。であろう。けれど彼女たちは声をかけるでもなく、頭を下げながらこそこそと理音が何者なのかを小声で話すに留めていた。
 女子たちはの相手などしていられないので、とにかく先へ進むだけである。

 やっと女子のいない廊下に進んだ頃、ツワが後ろで小さく呟いた。
「皇帝陛下御所でございます」
 ああ、入ったんだな。と辺りを見て納得した。豪華さがまた違う。廊下の手すりや格子、壁の模様や窓の作りまで、細かさが際立った。

 おとぎの国だ。どちらかと言うと綺麗な妖怪でも住んでいるようで、先にいるのは化け物のような気がしてきた。
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