群青雨色紫伝 ー東雲理音の異世界日記ー

MIRICO

文字の大きさ
上 下
110 / 244

110 ー壁ー

しおりを挟む
 その日の夜、やはりフォーエンが来るはずがなく、それから二日経ち、三日目に不穏な噂が流れた。
 今回の病で、初めての死人が出たのだ。

「亡くなったのは、民部の方らしいよ」
 荷物回収を行っている中、その話はどこかしらで耳にした。
 歳のいった方だったらしく、病に罹って六日ほどで亡くなった。熱が続きそれが下がらず、そのまま亡くなったのだ。
 ツワにフォーエンの様子を聞いてみたが、正確にはわからなかった。ただあまり良くないらしい、と言う曖昧な言葉だけだった。
 実際わからないのだろう。五日も体調が悪ければいいわけがないし、まだ治っていないのであれば、悪いに決まっている。
 人気のない場所を歩けば、別の噂も耳にした。

「皇帝陛下が、同じ病に罹られたとか」
「お倒れになってから、回復の兆しがないらしい」
 やはりあの夜、ツワにでもフォーエンの体調が良くなさそうだと伝えるべきだった。今更後悔しても遅いが、それくらいならできたことだ。
 こうやって人の話を又聞きして待つなんて、耐えられなくなってくる。
 何とかして会いに行けないものだろうか。祈祷しているくらいならば、自分が看病した方がマシな気がしてくる。
 しかし、ヘキ卿には難しいと言われてしまった。
 考えて考えて、やはり無駄だと思っても、それでも何とかしたいと思えば、それをすぐに決行した。

 ヘキ卿の部屋へ行くことにしたのだ。

 初めはセイリンに聞いた。ヘキ卿がどの建物にいるかを。
 セイリンなら大抵のことは知っているし、的確に指摘してくれるので、理音にとって助かる存在だった。
 ヘキ卿も何かあれば来ていいと言っていたし、そもそも遠慮する余裕はなかった。だから、セイリンに聞いたのだ。
「ヘキ卿がいらっしゃる建物は、ここから二つ行った建物だけれど、お会いしたいの?」
「そう。ちょっと頼みたいことがあって」
「ヘキ卿に頼みって、そんなこと言えんの、お前だけだわ」
 ハルイは呆れ顔を見せながら汁物をすすった。

「行っても通れるかわからないよ。建物に入るには許可がいるし、衛兵がいるから無理には入れない」
 ヘキ卿がいる建物は、フォーエンがいつもいる政務室から近いらしく、そこの建物は他と違って厳重に守られている。許可がいるのは当然だった。
「でも、ヘキ卿がいつこっちに来るかわからないし、時間がないから早く会いたいの」

 ヘキ卿は、たまにこちらの建物にいることがある。
 偉い人が何をしに来るかと思うのだが、こちらの建物にヘキ卿の管轄があるらしく、顔を出すようにしているらしいのだ。
 だがそれはまちまちで、いつ来るかがわからない。
 だったら、会いに行った方が早い。
 夕方仕事が終わったら、ヘキ卿が帰る前に会えればいいのだが、セイリンはそれに対して渋い顔をする。

「ヘキ卿に文を渡しても、お会いできるかなんてわからないし、文が渡るかもわからないから、リオンの場合行った方が早いのかもしれないけど、可能性は低いよ?」
「とりあえず行って、ダメなら別の手を考える」
 ダメ元である。とにかくやってみなければ先へ進めない。それに時間もないだろう。
 フォーエンが回復に向かっているのならば、それでいい。そうでなければ、よろしくないと言うシンプルな話だ。
「なら、今行っておいで。昼時だからお部屋にはいらっしゃらないかもしれないけれど、皆仕事を休んでいる。お忙しい時に行って追い払われるよりは、確率があるかもしれないからね」
「おいおい、本気かよ」
「ありがと。じゃあ、行って来る!」
「いやいや、無理だって」
 ハルイはしつこく無理だと言い張ったが、セイリンが場所を教えてくれると立ち上がった。
「おいで、リオン。案内するから」
 セイリンの言葉にハルイは無理を口にしたが、席を立つと結局一緒についてきた。

「あちらの建物には、左局と右局があるんだ。ヘキ卿がいらっしゃるのは左局で、祭りなどを統括する省がある。儀式などは式部、宴などは治部。それから、今話題になっている民部。ヘキ卿がいらっしゃるのは中務になる。皇帝陛下が行われる物事全てを管理される場所だ」
「それくらい、知っとけって」
 話を真面目に聞いている理音に、ハルイが茶々を入れる。宮廷にいるのに、それぐらいなぜ知らないのかと言う顔だ。
「衛兵が扉の前にいる。見えるよね」

 渡り廊下の先、建物の扉は閉まっており、そこに衛兵が四人いた。
 建物に入りにくいように、門の前にいる衛兵の前に、木でできたハードルのような柵が交互に幾つか置かれている。
 障害物代りだろう。誰かが突進してきても、ハードルの柵があると勢いが消される。
 廊下の先を封じているだけでなく、その建物は高い壁で隔てられていた。窓から侵入すらできない。
 レイセン宮のように、宮ごとに壁が造られ、行き来を封じている。
 なるほど、さすがに厳重だ。完全に許可のある者しか入られないのだろう。
 あれを何とかスルーできないものだろうか。

「許可がなければ入れん」
 だよな。ハルイが隣でぼそりと言う。

 衛兵たちは虫を払うようにして手を振った。
 服の色だけで判断されているらしく、その服ではこちらには入れないのだと、きっぱりと断られる。
 確かに、レイセン宮でも女官たちは同じ服装をしている。ツワだろうが誰だろうが、同じ色で同じ素材の服だ。
 それはレイセン宮で働く者たちの色であって、他では使われていない。

「ヘキ卿に、お伝えいただけませんか」
「そんなの無理に決まっているだろう。その服装では、こちらには入れない決まりだ」
「リオン、諦めろよ。元々無理だったんだって」
 しかし、ここで黙って帰るわけにはいかないのだ。
「ヘキ卿に取り次ぎを。彼自身から来ることを許されている」
 扉が開けば、知っている人間がいるかもしれない。
 リン大尉かユウリンに話がいかないだろうか。

「ハク大輔でも誰でもいい。ヘキ卿に話があると伝えて。時間がないの」
「何を無茶なことを、そう簡単にハク大輔やヘキ卿に会えるわけがないだろう」
 衛兵たちは呆れ顔で理音を見やった。
 いくら出仕を許されている子供でも、この扉に関しては特別はないと、断固拒否の姿勢だ。
「なら、その扉を開けて。リン大尉に伝えてもらえれば、ハク大輔に伝わる。扉を開けて」
「…リオン」

 ハルイが困惑顔でこちらを見ている。セイリンは無言だが、さすがに緊張しているか顔が強張っていた。
 リン大尉がここにいるかは知らないし、ハク大輔もどこの配属なのかさっぱり知らないが、知っている名前を呼ぶしかない。
 今すぐにフォーエンに会いたいのだ。ヘキ卿に会って、何とかしてもらうしか手がない。

「彼は、ハク大輔の紹介を得ているんですよ。ここで蔑ろにすれば、問題になるのでは」
 セイリンが援護射撃をした。
 冷静にそんなことを言われれば、衛兵たちもさすがにたじろぐ。
 しかし、一度顔を見合わせたが、子供の言葉に耳を貸すつもりはないと、一人の衛兵が理音を廊下から払おうとした。
 目立つなとフォーエンから言われている。だが、ここで怯んでいたら、会える日がわからない。

「皇帝陛下からも許しは頂いている。その扉を開けて」
 予想外の名前を出したせいで、衛兵たちが顔を引きつらせた。
 さすがに皇帝陛下は無理があると、ハルイがオロオロし始める。
 そこでどっしり睨みつけてくれなければ迫力がない。セイリンも冷や汗をかいていた。

「開けた方がいいぞ。その子供は特別だからな」

 突然、どこからか届いた声は扉からではなく、建物の先を遮る塀の向こうから聞こえた。 
 聞き覚えのある声の主は、中庭で休憩でもしていたのか、しばらくすると建物の扉を開けたのだ。
「リオン、今度は宮廷で出仕か。忙しいな」

 親しげな話し方と声で誰だかわかったが、一瞬気後れした。
 現れたのは、だらしなさを発揮するはだけた胸元はしまい、深い青地に紺色の縁取りをした着物をまとった男だ。いつもの触覚も後ろ髪に縛ってお団子をしている。
 すっきりしすぎて、見ただけなら、誰?と問い返しているところだ。

「ウンリュウさん!?」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない

ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。 既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。 未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。 後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。 欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。 * 作り話です * そんなに長くしない予定です

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

婚約破棄の甘さ〜一晩の過ちを見逃さない王子様〜

岡暁舟
恋愛
それはちょっとした遊びでした

【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね

江崎美彩
恋愛
 王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。  幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。 「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」  ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう…… 〜登場人物〜 ミンディ・ハーミング 元気が取り柄の伯爵令嬢。 幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。 ブライアン・ケイリー ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。 天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。 ベリンダ・ケイリー ブライアンの年子の妹。 ミンディとブライアンの良き理解者。 王太子殿下 婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。 『小説家になろう』にも投稿しています

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1巻重版)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

処理中です...