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102 ー言葉ー

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 フォーエンはデバイスを駆使して、小河原の写る写真を探す。
 段々不機嫌な顔になるのは何故なのか。理音の服装が露出系なのが気にくわないのか。とりあえず、もう見ていられるのも気が引けるので、デバイスを取り上げた。

「シヴァ少将に似てるなって、思っただけ。それよりフォーエン、何か用あったんじゃないの?こんな時間に来ることないでしょ」
 話題を変えると、フォーエンは微かに眉を吊り上げた。こちらも聞いて欲しくない話のようだ。

「宴の日にちが決まった…」
「やっと決まったんだ。よかったね、お誕生日会。でもこんな遅くなるんだったら、内輪でできればよかったのにね。その方がフォーエンも楽しめるでしょ?」
「内輪?」
「内輪。仲良い人とかと。ご、えーと、友達とかと、ご飯食べたり」

 ご両親と言いそうになって、慌ててやめた。
 フォーエンの父親は殺されている。
 母親のことは聞いていないが、聞いていいかがわからなかった。
 殺されやすいこの皇族関係では、もしかしたら亡くなっている可能性があるからだ。
 親戚とは王位継承で揉めている話しか耳にしておらず、ハク大輔とヘキ卿はともかく、他はわからないので迂闊なことが言えない。

「誕生日だったらその日の内にお祝いしたいし、できないんだったら内輪でやってればよかったのにね、って」
「どうでもいい」
 フォーエンは機嫌も変えず、感情のないままそんなことを口にする。
 折角の二十歳の誕生日なのに、こちらでは節目ではないのだろうか。
「皇帝になって、初めてのお誕生日会でしょ?出し物とかたくさんあるの?前みたいに」
「前回は国の創建を祝う宴だ。今回の宴も無駄な催しだが、これもやめさせるにはまだ難しい。皇帝の誕生を祝わなければ面目が立たぬと、うるさいからな。その金を別のことに使った方が余程価値がある」

 宴は金がかかる。そんなものに使うくらいならば、内政に使いたいのだろう。
 今回の謀反でも、払わなくていい費用を払わなければならなくなっているのだから、そう思うのは当然なのだろう。戦争にも行っている。その分の費用だって国が払うのだから。
 宴といえばとにかくお料理である。材料費に調理時間、配膳や片付け、それだけでも多く人が動き金が動く。
 踊り子や音楽、出し物、その進行と管理。宴の間の仕事の停止。
 考えれば考えるほど、確かな大金がちりとなるわけだ。

「国民も楽しめるものがいいのにね。宴って王宮の人たちだけでしょ。各地の食べ物屋さん集めるとか、王宮のご飯の試食とかできればいーのに。そんなのあったら私絶対行くー」
「…食い意地がはっているな」
「いーのー。おいしいもの食べれれば幸せなのー」
「宴で食べればいい。好きに食べろ」

 囮役としてフォーエンの隣に座るのは決定である。また針のむしろとなるわけだが、今回は言葉がわかる。嫌味などが耳に届きそうだ。

「あれ、宴ってことは、もう配達員は終わりってこと?」
 気づかれたら囮の意味がなくなる。それに宴に出るということはここに人がいるのだと皆が知ることになる。
 そうであれば、昼もここにいなければならないのではないだろうか。何せ前回は、ウーランという妃がここに進撃してきた。

 せっかく外に出られて、お仕事も慣れ始めてきたのに。
 理音は残念を顔に書いて肩を下ろしたが、フォーエンは違うのだと否定する。
「通常通り外で働けばいい。宴の際はツワに化けさせろと伝えてある」
 つまり厚化粧でごまかすということである。結構適当なものだ。
「宴で私の隣に座する者が、宮廷に出仕などをしていると誰も思わん。あとはお前が余計なことを話して気づかれたりしなければ問題ない。特にエンセイには余計なことを言うな。あれが一番面倒だ」
「エンセイ?」
 誰じゃい、それ。
「ヘキのことだ」
 ヘキ卿は何も知らない。だが名で呼ぶ仲なのだ。
「名前呼びするくらい仲良しなら、教えてあげればいいのに。私もその方が助かる」
「黙っていろ」
 そう言って、蛇のような目つきで睨んでくるのは何故なのだろう。
 仲がいいんだか悪いんだか、ヘキ卿はフォーエンに懐いているのは間違いないので、フォーエンにこだわることがあるのかもしれない。

「昼はここは閉じる。夜は私が通う。別の人間がここに訪ねることはない」
 前にヘキ卿が言っていた、フォーエンがお相手の方のところへ通う。とは、そんな相手がいるのを見せて、敵を呼ぶことである。
 身分も何もない出所不明な女を、皇帝が囲っている。そんな噂は既に浸透している。怪しげな女を囲うことで不満を煽る。わかりやすく皇帝の寵愛を受けるその女を狙う者もいれば、フォーエンを狙う者もいるわけだ。
 敵をわかりやすくする手立ての一つとは言え、不憫でならない。フォーエンは多くの敵を見つけるために、自身ですら囮にしている。

「睡眠時間、短くなっちゃうね」
 今日のように夜中十時近くから話していたら、戻るのは深夜を過ぎるだろう。こちらの朝は早いので、睡眠時間が確実に削られる。
 敵をおびき寄せるためとはいえ、フォーエンの負担が気になるところだ。
 フォーエンは無言で返した。それくらいは大したことないのだろうか。

「もうちょっと早く来れば、もっと早く自分の部屋戻れるんじゃないの?夜はやっぱりこれくらいの時間になっちゃうの?って言うか、まだ自分の部屋戻らなくていいの?ほんとに寝る時間減っちゃうよ?」
 しっかり眠らなければ、会議中などで眠くなったりしないのか不安である。自分なら授業中眠っている。英語の時間なら間違いなく爆睡だ。
 理音の心配に、フォーエンは眉をピクリと上げた。

 フォーエンはいつも通りに話しているが、今日はどことなく不機嫌である。
 ピンと伸びた背筋と姿勢。片手だけを机に置いているが、もたれているわけではない。だらけることを知らない姿勢だ。
 けれど、時折よそを向く。これは、結構機嫌がよろしくない時の、彼の仕草だった。
 目を合わせないのだ。話す時は目を合わせるのだけれど、会話がないと他へ視線をやる。
 今日は、ここに来てからずっとそれである。
 来た時に気づいたけれど、まだ不機嫌なのが気になってくる。やはり何かあったのだろうか。

「不機嫌だね。何かあったの?」
 聞いたらもっと不機嫌になるのに、つい聞いてしまった。案の定フォーエンの眉が眉間に近寄る。
「ツワに何か聞いたか?」
「ツワさんに?何を?」
 フォーエンは答えなかった。他所を向いて返答がない。
 質問をしておいて無言である。何だこいつ。

 無表情が基本のフォーエンは、考えていることがあまりよく読めない。顔に喜怒哀楽が出にくいのか、出さないようにしているのか、表情は豊かではない。
 不機嫌だとわかるのは、目線を逸らす仕草と雰囲気からだ。
 初め話ができなかった頃に、表情や雰囲気を見て感じていたせいか、それだけは読むことができた。

 ヘキ卿の言う通り、側にいて笑い合うとは全くのデタラメである。大抵馬鹿にして笑うことが多いし、むしろそれ以外に笑うことがあるのかというほどだ。
 お互いが楽しくて笑っているというのとは違うだろう。
 言葉が話せるようになってもフォーエンといるとわからないことだらけで、言葉を話せる前と後でも条件は同じのような気がしていた。

 話せない時も、フォーエンが何を言いたいのかわからない。
 話せる今でも、フォーエンが何を言いたいのかわからない。

 フォーエンに話す気がないのだから、それも当然なのだが。
 話したくないのならばそれは仕方がない。話したくなれば話してくるだろう。しつこく聞いても、どうせフォーエンが話さないのはわかっていた。
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