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101 ー訪問ー

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 こちらは夏になったのか、日中の日差しは夏のそれだ。じりじり照る光は眩しく、外へ行くともわっとした熱気を感じる。
 渡り廊下を通ると、日差しを感じてじんわり汗をかく。生暖かい風が首筋を通り過ぎ、日本の蒸し暑い日々を思い出す。
 しかし、それも夜になると変わる。
 夏の暑さはどこへいったか、急激に冷えて気温が下がった。風が吹けば少し肌寒いほどだ。なので夜に外へ行く時は、羽織を持って出た。いつも通りの星空を見る習慣である。

 空は大月、テイカクが輝いている。前に比べてサイズが大きい。
 前に星が流れた時見た大月より大きいのだ。これが最大になり星が流れれば、自分はこちらに流される。大月が最小になり星が流れれば、あちらに流される。
 前回戻れなかったのは、大月が最大になっていたから戻れなかったのだろう。流星は見えた。けれど月が大きくて、条件が当てはまらなかった。
 こちらとあちらの時間軸が矛盾しているとわかった以上、これから帰った場合あちらがいつになっているかも想像がつかなかった。数時間かもしれないし、何日も経っているかもしれない。

「うらしま太郎はやだな」
 それをここで考えても、きりがないのだが。

 理音はノートパソコンを開くと、いつも通りの日記を書き始めた。これをやらないと正確な日付がわからなくなるのだ。
 ヘキ卿に会ったことと、シヴァ少将に初めて会ったことを記す。
 小河原にそっくりなシヴァ少将は、着物がとても似合っていた。小河原は意外に着物が似合うのである。浴衣もきっと合うのだろうと思うと、夏祭りなどで着せたくなる。
 頼めば着てくれると思うのだ。自分も着ることになってしまうだろうが。

 日記を保存してノートパソコンをしまうと、空を見上げた。満点の星はまるでプラネタリウムにいるように、近くで瞬いているように見えた。天の川のような帯はこちらには見られないが、星雲はいくつか見られた。
 目視で見える空の美しさは、空気が汚れていないことと、地面を照らす光の少なさのおかげである。
 星の位置は前から観察しており、その位置を確かめる。前ここにいた時とは違う星空に、理音は小さく息を吐いた。

「やっぱ、宇宙なんだよな」

 星の位置は季節によって変わる。それはこちらも同じ。毎日同じ時間に同じような場所にあればそれは星で、星とは別の動きをしていれば惑星だ。この地面を持つ惑星以外に恒星を横切る惑星もあったのだし、この惑星もどこかの銀河に位置しているのだろうか。
 別世界は別惑星だったりするかもしれない。だとしたら、流星に流されているのは正しいのかも。などと考えてみる。
 ぼんやりと空を見上げていると足音が近づいてきて、そちらに顔を向けた。ツワだ。

「リオン様、陛下がいらしゃいますので、お部屋にお戻りください」
「はーい」
 返事をしてツワの言う通り部屋に戻ることにしたが、夜にフォーエンが来るのは珍しいことだった。こちらに戻ってきてからは初めてである。
 昼間会うことができなくなったので、そのせいだろうが、しかし結構な夜だ。時間もそろそろ十時近いかもしれない。この時間の訪問は、初めてではなかろうか。

「何かあったのかな」
 理音の呟きにツワは反応せず、代わりに着物をよこしてきた。袖を広げて着ろのポーズである。
「今夜は、こちらを召しませ」
 寝間着で会うな、とはツワは言わない。この時間に来る方が悪いんじゃんなー。なんて言ってみればツワはやんわりと笑って、皇帝陛下の思し召しでございます。を口にする。ので言うのはやめておいた。

 ツワは忠臣らしく、フォーエンから命令されたことには、完全に譲らない。
 ここから出る際、主に着物を着ることが多いが、理音の拒否が通ったことはない。袖を広げてにっこりは、間違いなく拒否できない案件である。なので大人しく従った。
 腕を通した着物は、いつも昼間に着せられる何羽織かと思うようものではなく、浴衣のように薄手のものだった。どうやら、外に出るわけではなさそうだ。
 思った通り、寝間着で会うな。であろう。

 着終えて待つこと数十分。フォーエンが来る様子がないので、再びノートパソコンを開く。暇任せに小説を読むことにした。こういうことをやっていると、途端に眠くなるのだが。
 ベッドで寝転んでいたらまた寝てんのか。って顔をされるであろうか。されてもいいから寝たい。
 本気でうとうとし始めた頃、にわかに物音がしはじめて目をこすった。どうやらやっとご登場だ。数人の足音と布の擦れる音が耳に入って、理音は立ち上がった。

「どうしたの、こんな時間に」
 扉の先には、艶やかな髪をなびかせた男が立っている。
 それにあくびをしながら言ったので、相手は若干目を眇めた。無表情の威嚇をしてくる男である。
 無言で部屋に入り込むと、後ろで勝手に扉が閉まった。フォーエンといる時は大抵ツワと数人の女性が扉の側で待機するのだが、今日はそれはないようだ。
 まあ、時間が時間だしな。と思いながらフォーエンを見やった。気のせいか不機嫌である。
 来てすぐ不機嫌とは、いかがなものだろうか。何か嫌なことでもあったのか。機嫌が悪いのか問うと怒る可能性があるので、椅子を引いて座りなよと促す。

「何をしていた」
「小説—、物語を読んでた。この時間に文字見てると、眠くなるよね」
 宿題とかがいい例だ。英語なぞ読んでると一瞬で眠くなる。
 フォーエンは、馬鹿だろ。を顔に出してノートパソコンを覗き込んできた。
 デバイスが開いていたら見るのは、フォーエンの通常モードである。

「今日、ヘキ卿に会ったよ。ちょっと痩せたね」
「今までのつけだ。働いて痩せるくらいが丁度いいだろう」
 きっぱり言い放つこの男、鬼だ。容赦ないにもほどがある。
 確かに一度は頑張れと言ってヘキ卿が頑張れなかったので、害虫を見るように扱っていたのだろうが、それにしても厳しい。
「何かあったら言いなさいよって。ヘキ卿、囮のこと知らなかったけど、いいの?勘違いしてるから、ちょっと言葉に困った」
「…使えるなら使っておけ」
 やはり鬼である。
「あと、シヴァ少将、に会った。従兄弟なんでしょ?」
「ああ。今日は朝議だったからな。皆集まる。ニイフェンは病がちだったが、最近になって顔を出せるようになった。子供の頃から病弱で、宮廷に上がるようなってもほとんど来ることがなく、しばらく休職を願っていたが、出てこられるほどには治ったと」
 ニイフェンとはシヴァ少将の名前だろう。やはり従兄弟であるだけあって、名前で呼ぶ関係なのだろうか。

「最初見た時にね、彼氏にそっくりですごく驚いちゃって、名前で呼んじゃった」
「彼氏とはなんだ?」
 予想外の質問きた。
「恋人だよ。恋人…って言い方微妙だけど。男友達よりもっと仲良い。付き合ってる人」
「…お前に?」
 真面目な顔をして問われたので、さすがに眉を逆立てる。
 失礼な返答である。確かにまさかの彼氏ではあるが、一応は告白もされてお付き合いしていただいている。まぎれもない彼氏だ。
 真顔のままで答えを待つ辺りが、また腹立たしい。

「私にもいるんです。彼氏が。帰ればいるんです。要くんって言って、写真見してあげる。シヴァ少将にすごく似てるの。ほんと驚き」
 最近だと部活紹介の写真があったはずだ。その日にちをクリックして、データをあけてみせる。
 理音と小河原が二人で写っている写真だ。小河原は照れているか、頰がほんのり赤い。

「何だ、この格好」
 小河原の顔よりそちらが気になったと、フォーエンは不機嫌に言い放った。
 言われて気づく。理音はヴィーナスの格好をしている。制服よりも露出のある、腕出し、足出し、胸元もあいたコスプレ衣装だ。
「これはコスプレって言って、学校で出し物したの。その時の服。友達とかもこんなだよ。こっちだと肌出すのダメなのはわかってるけど、私の世界じゃ違うから」
 部活紹介の時の写真をぱらぱらとめくる。神話の衣装に身を包んだ友人たちや、ユニフォーム姿で舞台にいる小河原が写し出される。
 そこから、桜を見に行った公園の写真が出てきた。小河原と二人で桜を前に撮ったものや、小河原の盗み撮りショットがいくつも出てくる。

「この男と、お前が恋人?」
 確認されると、どうも頷きにくい。
 実際彼氏でも、まだ小河原のことが完全に好きなわけではない。それだけでなく、フォーエンの前でそれを認める勇気が出なかった。
 けれど、そこで否定することも難しい。小河原は純粋に理音を好いてくれている。その気持ちを無下にしたくない。
「こ、くはくされて、そーゆー方向で考えようって、なったの。まだ付き合ってそんなに経ってないんだけど、一緒に出かけたりはしてる。要くんは私の前だとすぐ照れちゃって、それ見てるとほんとに私のこと好きなんだなってわかるから、私もそうなれればいいなって。これから、恋人になる予定」
 いたたまれなくなって、理音はノートパソコンをしまった。
 フォーエンのことが好きだとわかっても、フォーエンと想いが通じることはない。それはわかっているが、やはり彼の前で恋人を紹介するのは気が引けるのだ。

 自分でも最悪だなと思う。
 けれど、フォーエンの前でその話はできるだけしたくないし、それでも小河原のためにも嘘はつきたくなかった。

 これから小河原を好きになれると言ったのは、自分なのだから。
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