上 下
85 / 244

85 ーすべきことー

しおりを挟む
 クビだ。これは間違いなく。
 ヘキ卿、ぽかんとしていました。

「ナラカに何て言お」
 まだ何も見つけていないのに、大失態である。
 仮にも、皇帝になるかもしれない人だと言うのを忘れていた。
 さすがのヘキ卿も怒ることだろう。

 いやしかし、どう考えてもヘキ卿のやる気のなさが理解できない。
 何かに困窮しているわけではないのだから、働かなくてもよいのだろうが。
 それにしても、何かしらの理由があって、何かを諦めているとしか見えないのだ。
 だからだろうか、

「やっぱあの人、白だよな」

 ヘキ卿は、武器など集めていない。
 フォーエンであれば、あんな比喩を敵に話したりしないと思うのだ。まるで相手を鼓舞するような言葉を。

 自分は抗う。お前は抗わないのか?

 フォーエンがどんな会話をするか、実際のところはわからない。
 通訳なしの言語初心者が会話して感じた、フォーエン図である。彼がどんな話し方をして、何を語るかも想像だ。
 けれど、フォーエンの性格は、何となくでもわかってきていた。
 妥協を許さない、スパルタ教育を施す男だ。ヘキ卿が悩んでいれば、きっと一括くらいするだろう。そしてその後の、害虫を見る目である。自分も勉強を疎かにすれば、その目を見ただろう。

「思いっきり見下すからな、あの人」
 ため息を、空に一つ吐き出した。


 クビになる前に、自分も動かなければならない。まだ見ていない場所があるだろう。
 あとは妻たちがいる棟だ。あちらはどうも入りづらい。さすがに警備が多いからだ。

 ヘキ卿自体は屋敷の人気のない所を選んでいるので、彼の近くに警備もいないが、妻たちは違う。子供もいるため、それを守る従者がやたらうろついていた。
 裏から回って庭に入り、回廊から屋敷内に入るしかないだろう。先ほど入った裏手からであれば、人気は少なかった。
 ヘキ卿がまだいるかもしれないので、庭を大きく迂回して、逆側から裏手に入ればいいはずだ。遠回りだがヘキ卿に会うよりいい。

 歩きながら頭の中で計画を考えて、思うのだ。
 ヘキ卿が白の場合、一体誰が、と考えるわけだが。
 わかりやすく、次の候補は自動的に妻たちになった。
 ヒステリックな妻、何番目の妻なのかはわからないが、彼女の父親は内大臣である。
 例えばフォーエンが倒れた場合、次のハク大輔かヘキ卿が皇帝の候補となるだろうが、内大臣の娘と言うのであれば、ヘキ卿を有利にできるかもしれない。
 彼女の望む皇帝の妻。それを得るために内大臣の父親も動くのだろう。
 内大臣が関わっていれば、なおさら謀反は楽になるのではないだろうか。
 内大臣の名に群がる者たちが、フォーエンに反旗を翻してもおかしくない。

 今回は大きな謀反となる。ナラカはそう思っている。
 それなりの力がある人物が動いていれば納得の話だ。
 そして、武器や食料を隠すにはもってこいの場所だと思うのだ、この屋敷は。
 何と言っても人が少ない。搬入した品を運んでも気づかれにくかった。

「でも、やっぱり夜かな」
 夜であればうまく運べるかもしれない。ヘキ卿が物の搬入など、確認もしてないだろう。 
 昼間であれば屋敷内をぶらぶらしているため知られやすいが、夜であれば外に出ていることがあるかもしれない。女性に会いに行くこともあるようなのだから。

 あと気になることと言ったら。
「ヘキ卿が動けないことって、何かな」
 ヘキ卿が働いたとして、何が不都合になるのだろう。
 彼が働いても、更に高位になるわけではないので、無駄な時間とでも言いたいのだろうか。だが、不都合となればまた別の話である。
 しっかり働けば、フォーエンが怒ることもない。働かない方がフォーエンの怒りを買う。
 何なのかは考えても仕方がなかった。ナラカにその辺りのことを聞こう。

 そう言う時に限って、あの男は夜に来ないのである。いつものタイミングの良さはどうした。
 クビになりそうなことも伝えなければならないのに。


 そうこうしている内に、数日が過ぎた。特にヘキ卿から何かあるでもなく、相変わらず掃除をするふりをして、武器や食料を探す日々である。しかし、それも長く続かない。

「リオン」
 呼ばれた声に、振り向かずとも誰かわかった。
 もう、お呼出しがかかった。ヘキ卿である。
「何でしょうか。ヘキ卿」
「桶に水を入れて、持っておいで」
「桶に水?」
 何に使うのか。体罰とか。いやいや。さすがにそれはないだろうが、掃除を真面目にしろとお叱りを受けるのだろうか。

 井戸から水を汲んで桶を運ぶ。
「どこ行った、あの人…」
 確か、離れの無人の棟に進んだように思えたのだが、姿が見えない。
「リオン、こっち」
 その棟の中で、ヘキ卿が手を振った。

 そこは回廊に繋がった小さな棟で、部屋が幾つかあるそこは、倉庫として使われていた。 
 一本の廊下を挟んで部屋が連なっているのだが、人は全くいない。
 そこはもう調べた。
 部屋の中は使われていない調度品が置かれ、多くが埃を被っており、ここを掃除しなくていいのか掃除長に問うたからだ。ここは物置だから掃除をする必要はないと言われ、逆に怪しいとふんだ場所である。
 だが、何も見つけられなかった。
 部屋は格子のある窓で中が見られるのだが、埃が全く動いていなかった。人が入れば足跡も残り、埃の積もり方も変わるからだ。それがないため、ここは本当にいらない物の倉庫だと認識した。
 ここに何の用なのだろう。桶の水を何に使うのだろう。

「ここ、廊下、掃除してくれる?水使ってね」
「は?はい」
「うん。よろしくね」
 ヘキ卿は、それだけ言って姿を消した。
「え?それだけ?」
 これはこの間の嫌がらせだろうか。人に説教する暇があれば掃除をしろと。
 しかもわざわざ桶に水である。水拭きしろと言うことだ。
「何だろな…」
 さすがに堪忍袋の尾が切れたと言って、それで掃除をやらせるならば、かなりちょろい罰なのだが。
 ならば仕方ないと掃除を始める。

 いつも扉は開いていて、袋小路に埃がたまっていた。そのせいで部屋の中もかなり汚いと思うのだが、部屋へは入れないので廊下だけを掃除するしかない。
 風上から掃きだして、外へと追いやる。
 埃に混じって砂が多い。あまりこちらに人が来ないので、掃除もしないのだろう。屋敷内はぴかぴかになっている場所が多いのだが、倉庫などは話が別だった。内大臣の娘がうろつく辺りは綺麗にしているのかもしれない。

「倉庫っぽいところは汚いから掃除しろってこと?」
 罰が掃除くらいなら、クビにならないですみそうだ。
「よし、雑巾掛け!」
 理音はとりあえず気にせずに掃除をすることにした。モップがあれば楽なのだが文句は言えない。お尻を上げて突っ走る。屋敷の廊下に比べれば距離は短く、ちょろいものである。
 しかし、なぜここの掃除を指定したのかが疑問だが。それともまだ次を用意しているかもしれない。倉庫っぽいところ全部掃除しろ、ならばそこそこの嫌がらせになった。何せ、この屋敷は無駄に広い。倉庫の多さも指の数では足りなかった。

「って、わ、」
 そんなことを考えながら突っ走っていると、何かに雑巾が引っかかった。勢いがそれによって止められて、お腹で地面にダイブする。
 膝と顎をしこたま打った。前にも同じようなとこを打ち付けた気がする。

「いってー、何に引っかかった…?」

 見やった先、雑巾が何かに引っかかって置いてきてしまったのだが、それを考えるよりもそこに何かがあるのだと感じた。
 廊下の一番奥から、手前に少し行ったところ。
 くぼみがある。
 一つ、二つ。

 この廊下の模様は碁盤目である。縦にも横にも線が続いている。
 例えばキッチンの床下収納のように開くことができても、目に合わせて開け閉めができれば目立つことはなかった。

 地下倉庫がある。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【R18】幼馴染な陛下は、わたくしのおっぱいお好きですか?💕

月極まろん
恋愛
 幼なじみの陛下に告白したら、両思いだと分かったので、甘々な毎日になりました。  でも陛下、本当にわたくしに御不満はございませんか?

【完結】身を引いたつもりが逆効果でした

風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。 一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。 平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません! というか、婚約者にされそうです!

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

王命を忘れた恋

須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』  そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。  強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?  そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

処理中です...