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74 ー盗みー
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「あーあ」
制服を着込んでスタンバイしていたわけだが、残念な結果に終わった。
「切り替えよ」
帰られると信じて生きていくしかない。
散歩でもして頭の中を切り替えて、冴えた頭を少しでも和らげるために、朧月でも見てさっさと眠ろう。
星は見えないが、月は時折流れる雲の隙間から見え隠れする。それを眺めるのも一興だ。
中庭に入るために回廊をのんびり歩いて、屋敷に隠れようとする大月を見上げる。
夜はいつも疲れて眠ってしまうので部屋から見る月夜ばかりだったが、久しぶりに外で見るとやはり美しい。
サイズの大きさが、普通の月よりも迫力がある。
物音一つしない夜の空に時を忘れそうになると、それはごとりと耳に届いた。
どこかで物音がした。
近くではない。少し遠目の、小さい音ではあったが、けれど耳に覚えのある音だ。
それは確か、木箱を地面に落とした音。
そう気づけば足が倉庫に向かっていた。ここから建物を挟んだ奥の塀に近い、人のいない離れた場所。
たどり着いた先、男たち数人が倉庫から荷物を運び出している。声もかけず、静かにただ黙々と。
盗みならば声を上げるべきだ。
悲鳴でも上げれば衛兵がやってくる。重みのある荷物を持って逃げることは不可能だろう。
運んでいる間に捕まるのがオチだ。
けれど、声は上げられなかった。
見知った顔がいる。
錠を管理しているアスナと、従者の一人。後三人はわからない。
手際よく荷物を台車に乗せて積み上げていく様は、急に思い立って行っているわけではないだろう。
倉庫はもう満杯で、次に荷物が来たら入らないほどである。物がなくなればすぐに気づかれる。しかも錠の管理はアスナで、錠に何の細工もされず中の物が盗まれたならば、アスナが真っ先に疑われるだろう。鍵を盗まれたと言っても、罪には問われるはずだ。
なのに。
大胆な盗みとしか言いようがない。
誰も箱の中を確認していないのだから、箱だけそのままにして中身を持っていけば気づかれずに済むのに。一気に箱が無くなれば、誰だって盗まれたとすぐに気づく。
台車に乗せるだけ乗せてこのまま彼が荷物と一緒に逃げるのならば、そこで大声を上げて衛兵を呼べばいいだろうか。
台車に荷物を乗せきると、男たちは移動し始めた。しかし、どう言うことかアスナと従者は部屋へと戻っていく。
男三人だけが荷物を運び出しているのだ。
あれではあとでアスナが罰せられるのではないだろうか。鍵の管理を怠ったと。
まごまごしていると、アスナたちは屋敷に入ってしまった。ここで声を上げてもアスナともう一人が共謀していた証拠が出せない。
逆にアスナに目をつけられてしまうだけだ。
もっと早く声を出していればよかった。
しかし、この間にも台車が運ばれていく。
迷っている暇はなかった。
理音は近くに落ちていた拳ほどの石を手にすると、屋敷の窓へと思いきり投げつけたのだ。
ガシャーンと言う破砕音が響くと、すぐに声が聞こえてくる。ガラスの割れた音に衛兵が何事かと集まってくるのだ。
男たちは慌てて台車を押す。
逃げられる前に、理音はもう一度石を投げつけた。
今度は男たちに近い屋敷の窓だ。
衛兵が気づいて声を上げる。男たちは台車を捨てて走り出した。
「どうした!」
今まさに気づいた。そんな顔をして衛兵へ走り寄っていく。アスナは衛兵に混じると、何事が起きたのかと白々しく紛れていく。
ここにいるとアスナに気づかれる。理音は集まる男たちを尻目に、自分の部屋に急いで戻った。そしてさも今起きたように、シュンエイの部屋へと走った。
「何かあったの?」
「わかんない。急に騒がしくなって」
キノリの問いをかわして、シュンエイの寝所を守っていた従者の警備に混じった。
「何があったんだ?」
「わかんない。シュンエイ様は?」
「ご無事だ。一体何があったのだろう」
「泥棒でも出たのかな」
従者たちが往々にして廊下を走った。シュンエイも目が覚めたか、ユムユナが声をかけている。
自分の姿は見られていないだろう。
台車は置いていったのだから盗みは止められたが、アスナともう一人の男が屋敷に残ったままである。
彼らが盗みに関わっている証拠がないので、自分が誰かに伝えても信じられないだろう。
しかし、アスナが盗みとは、少なからずショックである。親しい兄のように感じていたのに。
「失礼致します。ユムユナ様。先ほど何者かが盗みに入り、何も持たず逃げ去った模様です」
男たちは捕まえられなかったのか。従者の報告に内心がっかりした。
捕まえれば芋ずる式に、もしかしたらアスナたちも罪に問えたかもしれないのだが。
パーテーションの後ろで、ユムユナは静かに立ち上がった。
「シュンエイ様はお休みです。静かになさい。侵入者はアスナに任せるように。大尉のご迷惑にならぬよう動くようにと伝えなさい。事を大きく荒立てぬよう。お前たちはもう戻って休みなさい」
「え?ですが」
従者が言った。理音も同じ事を聞き返そうとした。今侵入者があったのに、ここを守らなくていいのかと。
「アスナに任せればよい。お前たちはお戻り」
ユムユナの言葉に従者は首を垂れつつも、納得のいかない顔で引き下がっていく。理音もその後につくように、部屋を下がった。
引っかかることは、この王都に来てからままあるわけだが。
思い返してみると、引っかかることは、初めから道筋よく並んでいたのかもしれない。
荷物が多く送られてくる。
それを倉庫に入れろと言ったのはユムユナだ。中の確認もせずに積み上げて、それを指示するのはアスナである。錠の鍵を持っているのはアスナで、盗みに加担しているのもアスナ。
そして、今の言葉、アスナに任せる。
わかりやすく繋がっている。
「でもな…」
部屋に戻って一人、布団に入り込んで空を見上げた。まだ空は曇っている。
「そのうち売っちゃうからって言ってたんだし、そのお金、ちょろまかせばいいじゃん?」
なぜ、わざわざ夜中に運ぶような真似をしたのだろう。台車で運んで、今回のように見つかれば大事になるのに。
まず、台車が入り込んだ時点で門番もグルになるわけだが。
この屋敷に近い門を守る者とアスナたち、ユムユナを加えて、およそ七人は今回のことを知っている。もしかしたら、もっといるかもしれない。
あちこちに不穏な輩がいるわけである。
ユムユナが関わっているのならば、頭となるのは彼女だろう。彼女より上の身分はいないからだ。
シュンエイは関わっていないはずだ。だが、ユムユナたちが盗みを働いていると、シュンエイに伝えても何もならない。彼女は実質ただの子供で、周囲の良し悪しに判断もつかないだろう。
だとしたら大尉に伝えるのが妥当であるが、理音が大尉に伝えても信じられる証拠がないのだ。どうにもならない。
安全そうで安全ではない、この屋敷ですら。
犯罪に巻き込まれても逃げる場所がない。次の日川に投げ捨てられて、土左衛門もありえる環境なのだ。
あの時に声を上げないで正解だった。アスナに見られていたら、殺されていたかもしれない。
「フォーエンもこんなかな…」
どこへ行っても、誰を信じていいのかわからない。
陰謀の渦巻く中。彼は比べものにならないほど、危険の渦中にいる。
「助けてあげれればな」
囮でも何でも、彼の安寧のために手助けできることがあるならば、できることがあるならば、手を差し出すのに。
制服を着込んでスタンバイしていたわけだが、残念な結果に終わった。
「切り替えよ」
帰られると信じて生きていくしかない。
散歩でもして頭の中を切り替えて、冴えた頭を少しでも和らげるために、朧月でも見てさっさと眠ろう。
星は見えないが、月は時折流れる雲の隙間から見え隠れする。それを眺めるのも一興だ。
中庭に入るために回廊をのんびり歩いて、屋敷に隠れようとする大月を見上げる。
夜はいつも疲れて眠ってしまうので部屋から見る月夜ばかりだったが、久しぶりに外で見るとやはり美しい。
サイズの大きさが、普通の月よりも迫力がある。
物音一つしない夜の空に時を忘れそうになると、それはごとりと耳に届いた。
どこかで物音がした。
近くではない。少し遠目の、小さい音ではあったが、けれど耳に覚えのある音だ。
それは確か、木箱を地面に落とした音。
そう気づけば足が倉庫に向かっていた。ここから建物を挟んだ奥の塀に近い、人のいない離れた場所。
たどり着いた先、男たち数人が倉庫から荷物を運び出している。声もかけず、静かにただ黙々と。
盗みならば声を上げるべきだ。
悲鳴でも上げれば衛兵がやってくる。重みのある荷物を持って逃げることは不可能だろう。
運んでいる間に捕まるのがオチだ。
けれど、声は上げられなかった。
見知った顔がいる。
錠を管理しているアスナと、従者の一人。後三人はわからない。
手際よく荷物を台車に乗せて積み上げていく様は、急に思い立って行っているわけではないだろう。
倉庫はもう満杯で、次に荷物が来たら入らないほどである。物がなくなればすぐに気づかれる。しかも錠の管理はアスナで、錠に何の細工もされず中の物が盗まれたならば、アスナが真っ先に疑われるだろう。鍵を盗まれたと言っても、罪には問われるはずだ。
なのに。
大胆な盗みとしか言いようがない。
誰も箱の中を確認していないのだから、箱だけそのままにして中身を持っていけば気づかれずに済むのに。一気に箱が無くなれば、誰だって盗まれたとすぐに気づく。
台車に乗せるだけ乗せてこのまま彼が荷物と一緒に逃げるのならば、そこで大声を上げて衛兵を呼べばいいだろうか。
台車に荷物を乗せきると、男たちは移動し始めた。しかし、どう言うことかアスナと従者は部屋へと戻っていく。
男三人だけが荷物を運び出しているのだ。
あれではあとでアスナが罰せられるのではないだろうか。鍵の管理を怠ったと。
まごまごしていると、アスナたちは屋敷に入ってしまった。ここで声を上げてもアスナともう一人が共謀していた証拠が出せない。
逆にアスナに目をつけられてしまうだけだ。
もっと早く声を出していればよかった。
しかし、この間にも台車が運ばれていく。
迷っている暇はなかった。
理音は近くに落ちていた拳ほどの石を手にすると、屋敷の窓へと思いきり投げつけたのだ。
ガシャーンと言う破砕音が響くと、すぐに声が聞こえてくる。ガラスの割れた音に衛兵が何事かと集まってくるのだ。
男たちは慌てて台車を押す。
逃げられる前に、理音はもう一度石を投げつけた。
今度は男たちに近い屋敷の窓だ。
衛兵が気づいて声を上げる。男たちは台車を捨てて走り出した。
「どうした!」
今まさに気づいた。そんな顔をして衛兵へ走り寄っていく。アスナは衛兵に混じると、何事が起きたのかと白々しく紛れていく。
ここにいるとアスナに気づかれる。理音は集まる男たちを尻目に、自分の部屋に急いで戻った。そしてさも今起きたように、シュンエイの部屋へと走った。
「何かあったの?」
「わかんない。急に騒がしくなって」
キノリの問いをかわして、シュンエイの寝所を守っていた従者の警備に混じった。
「何があったんだ?」
「わかんない。シュンエイ様は?」
「ご無事だ。一体何があったのだろう」
「泥棒でも出たのかな」
従者たちが往々にして廊下を走った。シュンエイも目が覚めたか、ユムユナが声をかけている。
自分の姿は見られていないだろう。
台車は置いていったのだから盗みは止められたが、アスナともう一人の男が屋敷に残ったままである。
彼らが盗みに関わっている証拠がないので、自分が誰かに伝えても信じられないだろう。
しかし、アスナが盗みとは、少なからずショックである。親しい兄のように感じていたのに。
「失礼致します。ユムユナ様。先ほど何者かが盗みに入り、何も持たず逃げ去った模様です」
男たちは捕まえられなかったのか。従者の報告に内心がっかりした。
捕まえれば芋ずる式に、もしかしたらアスナたちも罪に問えたかもしれないのだが。
パーテーションの後ろで、ユムユナは静かに立ち上がった。
「シュンエイ様はお休みです。静かになさい。侵入者はアスナに任せるように。大尉のご迷惑にならぬよう動くようにと伝えなさい。事を大きく荒立てぬよう。お前たちはもう戻って休みなさい」
「え?ですが」
従者が言った。理音も同じ事を聞き返そうとした。今侵入者があったのに、ここを守らなくていいのかと。
「アスナに任せればよい。お前たちはお戻り」
ユムユナの言葉に従者は首を垂れつつも、納得のいかない顔で引き下がっていく。理音もその後につくように、部屋を下がった。
引っかかることは、この王都に来てからままあるわけだが。
思い返してみると、引っかかることは、初めから道筋よく並んでいたのかもしれない。
荷物が多く送られてくる。
それを倉庫に入れろと言ったのはユムユナだ。中の確認もせずに積み上げて、それを指示するのはアスナである。錠の鍵を持っているのはアスナで、盗みに加担しているのもアスナ。
そして、今の言葉、アスナに任せる。
わかりやすく繋がっている。
「でもな…」
部屋に戻って一人、布団に入り込んで空を見上げた。まだ空は曇っている。
「そのうち売っちゃうからって言ってたんだし、そのお金、ちょろまかせばいいじゃん?」
なぜ、わざわざ夜中に運ぶような真似をしたのだろう。台車で運んで、今回のように見つかれば大事になるのに。
まず、台車が入り込んだ時点で門番もグルになるわけだが。
この屋敷に近い門を守る者とアスナたち、ユムユナを加えて、およそ七人は今回のことを知っている。もしかしたら、もっといるかもしれない。
あちこちに不穏な輩がいるわけである。
ユムユナが関わっているのならば、頭となるのは彼女だろう。彼女より上の身分はいないからだ。
シュンエイは関わっていないはずだ。だが、ユムユナたちが盗みを働いていると、シュンエイに伝えても何もならない。彼女は実質ただの子供で、周囲の良し悪しに判断もつかないだろう。
だとしたら大尉に伝えるのが妥当であるが、理音が大尉に伝えても信じられる証拠がないのだ。どうにもならない。
安全そうで安全ではない、この屋敷ですら。
犯罪に巻き込まれても逃げる場所がない。次の日川に投げ捨てられて、土左衛門もありえる環境なのだ。
あの時に声を上げないで正解だった。アスナに見られていたら、殺されていたかもしれない。
「フォーエンもこんなかな…」
どこへ行っても、誰を信じていいのかわからない。
陰謀の渦巻く中。彼は比べものにならないほど、危険の渦中にいる。
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