上 下
70 / 244

70 ーウーゴー

しおりを挟む
「市場操作をしてるって、噂なんですか?本当のことなんですか?」

 重要なのはそこだ。

 人の噂などは適当なもの。
 しかも、情報社会ではないこの世界において、噂が回るには時間がかかる。その分、ばらまかれた噂の火消しにかかる時間は相当なものだろう。

「本当かどうかよりも、こう言うことが多いと言うことが重要かな」
「多いって、お砂糖以外にあるんですか?」
 ナミヤは頷いた。アイリンも男も、ただ黙って頷く。
「この間あったのは、米だよねー。飢饉でもないのに、買う量に制限がかかった。その前は塩。で、その前が大豆」
 こちらの食生活はわからないが、見事に家庭に直結する食材たちであるようだ。

「皇帝陛下って、バカなんですか?」
 とりあえず聞いてみる。彼らがフォーエンに不満を持っているならば、それはもう楽しく教えてくれるだろう。
「ここまで来ると、バカとしか言いようがないよねー。市民の食事に大事な物を、端から潰してくわけだから。物は変わっても使う頻度は高い物ばかり。さすがに堪忍袋の尾が切れるって感じかな」
 ごもっともである。アイリンの言葉に理音は頷いた。
 理音だって現実にそんなことされたら母親が切れるのが想像できた。バターですら文句を言っていたのに。

「しかしリオンとやら、ここで皇帝陛下を罵るのは構わないが、外ではやめておけ。首を取られるぞ?」
 また随分な話をしてくる男だ。実際、皇帝の文句は言ってはならないのだろうが。
「ここではいいんですか?」
 突っ込みしか起きない。
「役人に聞かれては困ると言うことだ」
 ナミヤは役人ではないのだろうか。側近であるからまた違うのか。

 それはともかく、
「皇帝陛下がバカってのはいんですけど、それで嬉しい人って、どれくらいいるんですか?」
「わからないな。皇帝陛下をよく思っていない者はいるかもしれないが、市民にとってはどうでもいいことだろう。市場を荒らして値上げさせる者ではなければな」
 男は静かにそう答えた。

 特に動じた感じもなく、いきり立つことも、同調してフォーエンを陥れるような言葉も使わない。
 ナミヤとアイリンは、一瞬目線をお互いに合わせたのに。
 あからさまな引っ掛けだっただろうか。
 この男は表情が読めない。それを暴くのは子供である自分では難しいようだ。

「そりゃそうですよね。お菓子食べれないの、やだなあ」
 適当にごまかして、理音はお茶をすすった。
 さっさと退散した方が良さそうだ。空気を悪くして今更気付く。
 彼らに皇帝の何かを言うのは危険だ。彼らがどう出るのか、まだわからない。

「皇帝陛下が即位された後、星が流れた。それを不吉と思う者が多いのは、確かだがな」
 男は理音の言葉をさして気にしていないのか、突然話題を変えた。
 静かな声の中に、どこか哀れむような声音を含んでいる。
「星、ですか」
 流星のことだろうか。理音は首をかしげる。

 そう言えば、フォーエンからもその絵を見せられた。
 星が流れて木の下で人々が倒れている。不吉の兆し。

「流星なんて周期なんだから、いつだって回ってくるのに。だったら彗星なんてどうなっちゃう」
 ぼんやり考えたことを口にして、理音は月食で右往左往する王宮の人々を思い出した。
 彗星など、落ちてくる火の玉レベルであろうか。
 その昔、空気がなくなったら困ると、桶に水を溜めて息を止める練習をしたように。それが二十世紀の話なのだから、ここでは生死に関わる大問題なのだろう。
 
「星の流れが恐ろしくないのか?」
 男は怪訝な顔で問うた。
「むしろ、何で怖いんですか?あんなに綺麗なのに」
「空から無数の星が流れば、それだけ人が死ぬと言う」
「世界中探せば、流星の数くらい死んでると思いますよ。だとしても、全然流れてない時に人が死なないのかって、そゆわけじゃないでしょ」
 言いながら祖父のことを思い出す。
 流れ星を見た後に祖父を失った。タイミングによって偶然そうなっただけでも、やはり不吉と思うのが人の思想か。
 でもなあ、と思う。
 それを全てフォーエンにつなげてほしくない。

「見えてる星が全てじゃないんだし、宇宙なんて果てしないんですから、星ぐらい流れますよ。流星なんてタイミングだし、たまたま今の皇帝が即位してる時に流れちゃっただけでしょ」
「何を言っているかはわからんが、凶星は予言もされていたほどだ。皆が恐れる理由がある」
「予言ですか?」
 どの世界にも予言はつきものか。男は神妙な顔をして言った。ナミヤやアイリンも同じような表情を見せてくる。
 そんな曖昧で非科学的なことでも、彼らにとっては重要な情報なのだろうか。
 だがしかし。

「星が流れるのは予測できますし、流星があるなんていい記念じゃないですか。あんまりないことだから怖いことかもしれないけど、綺麗なんだからいいじゃん。何年に一回とか何十年に一回、もしかしたら何百年に一回の、天体一大スペクタクルを楽しまないなんて損しちゃう。そんなことで良し悪しって、他に例があるんですか?毎度流星流れてアホな皇帝ばっか続いたら、信じないことはないけど」
 言いたいことを言って口を閉じる。
 そろそろ喧嘩腰を止めようとしたのに、更に喧嘩を売ってしまった

 どうにもフォーエンのことを貶されると苛つくらしい。
 理音は居心地悪いとその場をとっととお暇することにした。お茶を飲み干して立とうとすると、男はそれを遮るように口にした。
「ウーゴの木があれ以上枯れなければ、民も安心するだろう」
 不思議な言葉である。ウーゴとはあのままの状態、葉も花もない状態が普通ではないのだろうか。

「あれって、枯れてるんですか?」
「枯れつつある。だがあの姿になってもう何十年だ。葉を茂らせていた頃を知っている者ももう少なかろう」
 葉がなる木なのか。
「枯れちゃうとダメなんですか?」
「あれは国の繁栄を映し出す神木だ。あれが枯れば国も終わる。今辛うじて木のままで生きているが、これからどうなるかわからない。皇帝陛下がこの国を導き安定させれば、ウーゴの木は変わるだろう」
「葉っぱが出てくるってことですか?」
「そうだ」

 それは何とも不思議なことである。
 神木と呼ばれ、柵に囲まれた場所に植わっているわけだ。フォーエンが国を守れば木の成長がよくなるとは。
 しかし、今の所、枝だけの木である。

「あれ?じゃあ、あの木を切ったらまずくないですか?」
 理音の疑問に三人は同じ顔をした。何を言っているんだお前は。である。訝しむどころか大きく眉を八の字にし、一同睨みつけてきた。
「ウーゴの木を切るとは、許されぬ行為だ」
「リオン、何かやったの?それは死刑にも処される行いだよ?」
「ウーゴの木が枯れば国が終わる。それを自ら行うなどと恐ろしいことだからね?」
 三人三様口々に言いやる。しかし、言い方は違うが内容は同じ。

 だが、それをやっていたのはフォーエンだ。
 あの蜜を得るのは大変恐ろしいことになってしまうのに、フォーエンは気にせず切りつけ口にした。その後の彦星だって同じである。その蜜を理音は持っているのだから。

「皇帝陛下はやらないんですか?こんな木、切っちゃえって」
「なるわけなかろう!」
 一括である。

 ならばフォーエンにとって、取るに足らないことだったのだろうか。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王女、騎士と結婚させられイかされまくる

ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。 性描写激しめですが、甘々の溺愛です。 ※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

獣人の里の仕置き小屋

真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。 獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。 今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。 仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。

異世界召喚されたけどヤバい国だったので逃げ出したら、イケメン騎士様に溺愛されました

平山和人
恋愛
平凡なOLの清水恭子は異世界に集団召喚されたが、見るからに怪しい匂いがプンプンしていた。 騎士団長のカイトの出引きで国を脱出することになったが、追っ手に追われる逃亡生活が始まった。 そうした生活を続けていくうちに二人は相思相愛の関係となり、やがて結婚を誓い合うのであった。

慰み者の姫は新皇帝に溺愛される

苺野 あん
恋愛
小国の王女フォセットは、貢物として帝国の皇帝に差し出された。 皇帝は齢六十の老人で、十八歳になったばかりのフォセットは慰み者として弄ばれるはずだった。 ところが呼ばれた寝室にいたのは若き新皇帝で、フォセットは花嫁として迎えられることになる。 早速、二人の初夜が始まった。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

【完結】嫌われ令嬢、部屋着姿を見せてから、王子に溺愛されてます。

airria
恋愛
グロース王国王太子妃、リリアナ。勝ち気そうなライラックの瞳、濡羽色の豪奢な巻き髪、スレンダーな姿形、知性溢れる社交術。見た目も中身も次期王妃として完璧な令嬢であるが、夫である王太子のセイラムからは忌み嫌われていた。 どうやら、セイラムの美しい乳兄妹、フリージアへのリリアナの態度が気に食わないらしい。 2ヶ月前に婚姻を結びはしたが、初夜もなく冷え切った夫婦関係。結婚も仕事の一環としか思えないリリアナは、セイラムと心が通じ合わなくても仕方ないし、必要ないと思い、王妃の仕事に邁進していた。 ある日、リリアナからのいじめを訴えるフリージアに泣きつかれたセイラムは、リリアナの自室を電撃訪問。 あまりの剣幕に仕方なく、部屋着のままで対応すると、なんだかセイラムの様子がおかしくて… あの、私、自分の時間は大好きな部屋着姿でだらけて過ごしたいのですが、なぜそんな時に限って頻繁に私の部屋にいらっしゃるの?

処理中です...