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61 ーおつかいー

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「君、どこかで会ったことあるかな?」

 突然の質問である。会ったことなどあるはずがないので否定をするが、ナミヤは穴が開くほど見つめてくる。
 目線のやり場に困るだろうが。
 理音はいただいたお茶を飲んで、目線をそちらに移した。

「おかしいな。どこで見たんだろう。ねえ、ウンリュウ、彼に会ったことはないかな?」

 見たことがあると言っても男のようである。
 一応、服装としては理音は男性のものを着ている。であれば、ナミヤがどこかで会ったことがあるのは、男性かと思われるのだが。

「俺は知らんな。見れば覚える顔だが」
 そんな特徴ある顔をしているだろうか。自分が二人を見たら忘れないだろうが、逆は難しかろう。
 ウンリュウは背丈があり、体つきもがっしりしている。しかも胸がはだけているものだから、その胸筋もよく目にできた。
 ナミヤは逆に細い肢体に色っぽさがあるが、その割に骨格が男のそれで、袖から見る手首や指は、案外筋張っていた。痩せていてもよく見れば男だとわかる体つきだ。

「うーん。どこでだったかなあ」
「いえ、私こちらに来てまだ数週間ですし、そんなに外には出ないので、多分人違いだと思います」
「そうなの?けれど、見た気がするんだよ」

 ナミヤは唸りながら顎を撫でた。そこまで気になることなのかよくわからないが、似た人を知っているのだろう。
 こちらに来て外に出たのは数えるほどである。例えナミヤに出会うことがあったとしても、顔を覚えられるようなことはない。
 理音はナミヤが悩んでいる間に茶を飲み終えて、さっさとおいとましようと席を立ちかけた。しかし物音が聞こえると、すぐにそれはやって来たのだ。


「あれー、お客さん?可愛い子どうしたの?」

 こちらの人にしては髪の色の明るい男が声をかけてきたかと思うと、後ろからも男たちがずかずかと入り込んで、部屋があっという間に人だらけになった。

「何だ、お前ら早いな。そんな時間か?」
「早く着いちゃっただけー。ねー、これどこの子?こんにちは」
 微笑まれたが距離が近い。
 理音の座る椅子の背に手をかけて、男が一人、上から覗き込んできた。後ろに仰け反って転びそうになると、ナミヤが軽く叱咤する。
「やめなさいよ、アイリン。怯えてるでしょう。お使いを頼まれた子だよ。ちょっとお茶を飲んでいたんだ。お前たちもここに入ってこなくていいから、外にいなさい」
 ナミヤがしっしと手で追い払うと、男たちは素直に外へ出て行く。しかし、皆何ともがたいがいい。体つきがどこのスポーツ選手か、筋肉質である。着物の上からわかるほどに胸板があった。

 そんな男たちが廃墟のようなこの屋敷に集まって、一体何をするのかである。
 ウンリュウもその後を着いていったが、代わりにアイリンが席について、なぜか茶を注いで休みだした。

「今日、早めにいらっしゃるって聞いたから、早く来たんだー。実はもう財布の中が空で」
「一体何に使ったの。お前は浪費ぐせがあるんじゃないかい?」
「そんなことありませんー。ねえ、ところで君は女の子?」
 突然質問がこちらに投げかけられて心臓が飛び跳ねそうになったが、何とか堪える。
 一応男のふりをした方がいいと言われているので、違いますと首を振って、そろそろ失礼しますと席を立った。
「引き止めて悪かったね。またあるだろうから、その時はお菓子も用意しておくよ」
 またあるのか。それは言わず、理音は頭を下げるとその場を後にした。ウンリュウが気づいて軽く手を上げる。そこにも頭を下げた。

 何とも親しみ易い人たちである。ただしかし、あんなに男が集まって来て一体あそこで何をしているのか、だが。
 それについては疑問に思わない方がいいだろう。首を突っ込んだりして関わるのはよろしくない。自分はただ、文を渡すだけの役だ。
 気になるのは、あそこで給料をもらうのか?なのだが。それも何の給料かは尋ねる真似はできない。
 あんな寂れた屋敷で、豪腕そうな男たちが集まり給料をもらうときたら、想像に難くないわけである。

「ごろつきの給料か…」
 そこに文を送るというユウリンである。怪しさに箔がつくというものだ。

 おんぼろの屋敷から出て男たちが見えなくなると、理音のお腹がぐうと鳴った。
「お腹すいたな…」
 何せこちらの食事は二食である。お菓子もないので腹は鳴る。自由にできるお金はまだもらっていないので、その辺で買い食いもできない。腹は鳴る一方だ。

 ユウリンのお使いは、こき使われているわけではないが、歩くことが多いせいで足腰が強くなりそうである。なので、次からは水を持ち歩こうと思った。ペットボトルがあるので、そこに入れて持ち歩けばいい。
 ナミヤが言うようにまたあるようならば、水は持ち歩いた方が安心だった。やはり長く歩けば喉は渇く。

 そしてその言葉は本当で、ナミヤの屋敷を含めいくつかの場所を何度も使いに出されたのだ。



 あれから数日。
 いつも通り、本日もまた、文を届ける仕事である。
 今回もまた遠く、一日がかりのお使いだった。

 壁に囲まれた細い路地は目印がなく、地図通りに歩まねば間違いなく迷子になる。
 地図の読めない女ではない理音は苦労なく道を抜けたわけだが、辿り着いた場所が場所で、一人あんぐりと口を開けて佇んだ。

「また廃墟…」
 これがまた、ナミヤの屋敷より、もっと寂れた屋敷であった。
 壁は辛うじてあるが、壁の瓦はほとんどない。壁の向こうは木々が茂り、薄暗いどころか森の奥のようになっている。
 門番はもちろんおらず、門は閉まっているため、またも大声を上げて人を呼ぶことになった。が、人など出てこないわけだ。
 仕方なく、また正門から失礼した。しかし、今度は屋敷も見えず、ただ森のようであった。
 建物が蔦で侵食されている。葉がびっしりと生えて、まるでログハウスのようだ。
 廃墟再びだ。よくある廃墟スポットと言っても過言ではない、廃墟ぶりである。
 一応声をかけて中に入るが、やはり人の気配はなかった。

「またか…」
 こう言うところにお使いにくると、やはり大尉はおかしいと思ってしまう。
 いや、怪しいだろう。
 一体何のために、こんな廃墟にいる人間に文を渡すのかと言うのだ。

「すみませーん。誰かいませんかー」
 返ってくる声はない。理音は仕方なしと奥へ入った。前回ナミヤが池で釣りをしていたのを考えれば、昼寝とかしててもおかしくない。と思う。
 ずいずい入り込み、奥から何か響いた音が聞こえて、そちらへ足を向けた。

 金物を叩く音が聞こえる。その音に導かれるように進むと森がはけ、何もない広場に入った。そこから先、見えたのは煙である。小さな建物から煙が上っていた。
 人がいるようだ。
 建物の隣には土壁の倉庫のような建物があり、その隣には空箱か、幾つもの木の箱が積み重ねられていた。そこと渡り廊下で繋がっている建物から音が聞こえて、理音はそちらを覗いた。
 朱色の明かりと、煙と、水蒸気が立ち込める。一度穿つと水にそれを入れて熱を冷まし、再び炉に入れて、朱色の熱がそれを明るくさせた。
 鋳物だ。何の鋳物か、近づこうとした時、その人は気づいた。

「誰だ」
 黒と白のざんばら髪で、首にタオルを巻いた髭面の男だった。ぎろりと睨みつけた瞳は、誰と問うより作業を邪魔するなと凄まれた気がした。
「すみません。声をかけたんですが、お返事がなかったもので。草からの者です。お渡ししたい物が…」
「ちょっと待ってろ」
 最後まで言う前に、男はもう一度鋳物を穿った。形作られていくその線を見て、それが武器であると気づく。
 刃先は長い。細さから言って、多分、刀であろう。

 熱さで流れる汗を拭き、炉の爆ぜる音と穿つ音が交互に聞こえてくる。
 男は一人で刀を打っているようだった。他に人の気配がない。男の周りには何本かの武器が置かれているが、それらはまだ作り終えていないようだった。剥き出しで並べられている。
 さすがに理音も武器を間近で見るのは慣れない。何となく扉から離れて、男の視界に入らないように脇で待つことにした。

 刀の煌めきはあの時のことを彷彿とさせる。

 金属の重なる音、それから悲鳴。
 謀反が起きた、あの日のことが鮮明に脳裏に浮かんでくる。

「おい」
 体が硬直して、一瞬で体温が下がったのがわかった。
 足に力がなくなって、つい座り込む。
「…おい、大丈夫か?顔色が」

 おかしいのだと思う。

 かんざしで人の手をついたことがあるくせに、あの日のことは恐怖として覚えている。
 夜中暗殺者に襲われそうになった時より鮮明で、色があったからかもしれない。
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