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 長い壁が終わると、雰囲気が変わる。

 商店街のような場所に入ると、途端に活気が見られた。
 店舗前で声を出す人、荷物を運び、道端で談話する。何かを焼いてそれを客に渡す。

 前に馬車から見た王都と変わりなく、人々の営みが見えた。
 大通りに出れば馬車が行き交っている。廃れた場所でなければ安全であろう。スリはわからないが、暴力的な行いがあるようには見えなかった。
 皆で一緒に行列を作っていた時は人が多かったので安全と思ったが、一人では話が違う。そう思っていたが、左程心配する必要はなさそうだ。
 人が少ない場所に入った時は気をつけるか。

 地図を確認し直して、理音は先へと進んだ。迷子にはなっていない。
 目的の場所は王宮に近いようで、歩めば歩むほど、朱の壁色がはっきりと見えるようになってきていた。
 ただその分内城壁も近づき、その高さが相当なものだとわかってくる。

 こんなに城壁は高かっただろうか。それとも前より更に高くしたのだろうか。

 強固な壁は町と王宮を隔てていた。
 堀に囲まれた王宮は、まるで幅の広い大きな川に隔たられたように対岸が遠い。そこからの城壁である。
 堀の幅だけで圧倒されるものがあって、どうにも不思議な感覚を得た。

 ここまで、この中は遠いものだったのか。

 普通ならば堀を渡り、城壁の中に一歩も入ることはできないのだろう。
 身分で言えばあり得ない格差があるのだと、今更ながら納得した。それが食事に現れるわけだと思うのだ。
 今いる大尉の家ですら、食事は質素な物である。
 シュンエイはまた別だが、従者である理音には従者らしく豪華な食事はない。
 それが当然だとわかっている。
 ただ王宮での食事を考えると、何とも豪華なものだったのだと再認識したわけだ。
 あれを標準として考える方が悪いのだが、まず最初に最高級の待遇を受けたせいで、理音の標準値がおかしな所で設置されてしまったわけである。

 やっと自分の身の丈に合う場所に来たな。と一人納得して、城壁を横目に目的地へと歩んだ。



「草からの者です。お渡しください」

 訪ねたお屋敷は、それはまた長い壁に囲まれていた。

 表玄関ではなく裏からと言われていたのだが、裏側がどこを指すのかわからず、一周してしまった。
 それがまた長い。
 一周に何分かけたかわからない。
 大尉の屋敷に比べれば、かなり広大な敷地である。
 裏側も何も門がいっぱいありすぎて、どれが裏門なのかわかったものではなかった。
 仕方がないので、正門から完全に反対側に位置する小さな門で、警備の者に文があると伝え、やって来た従者に渡したわけである。
 従者の返事は、特にこれといっておかしな所はなかった。
 返事の文を待てとか何か言葉をもらうことはなく、ただ渡しただけで終わり、不安だった何かは、肩透かしに終わった。

 いや、終わってよかったわけだが。

 とりあえず、来た道を戻り家に戻ろう。
 行き帰りに結構時間をとられるものだ。
 その帰りの途中だった。王宮へ繋がる道を跨ごうと歩んでいたら、ふと何かが目に入ったのだ。行きには気づかなかったが、公園のような広場がある。そこに見たことのある木を見つけて、理音は近づいた。

 ウーゴの木だ。
 枝ぶりは立派で棚があり、そこに枝を乗せている。

 外にあるウーゴの木は枝が弱いのかもしれない。フォーエンの所にあったウーゴは町中にあるようにしな垂れてはいなかった。エシカルの城の中にあった木も同じだ。
 町では剪定がうまくいっていないのだろうか。相変わらず枝だけの木ではあるのだが、あの木はやはりこの国のシンボルなのだろう。
 葉もなければ勿論花もないわけで、一体どうやって増えていく植物なのか、不思議である。
 あれで枯れているわけではないようなので、ずっとあのままなのだろうけれど。
 ただ、ウーゴの木の特別感はどこでも同じなので、あれを奉っているのは間違いなさそうだった。

 神聖なるウーゴの木。
 蜜をとれるのは、フォーエンだけなのかもしれない。
 あの木の周りには柵があり、人々は入ることも許されないのだろう。
 あの下で眠っていた理音が、怒られるわけである。
 ここに来た時に、二度もあの木の下で眠っていたわけだが。

 その時だった。大通りでざわめきが聞こえると人々が端に避けはじめ、地面に額を付けてそのまま動かなくなったのは。
 何かしらの行列が通っているのだ。それが何なのかはわからないが、かなり高位の人間なのだろう。
 理音は脇道にいて、それを立ったま眺めた。家の影に隠れて道の後方を見やると、成る程大行列である。
 旗を持つ男が先を歩み、後ろから身なりの洗礼された女性や剣を持った従者が続き、飾られた馬車を囲んでゆっくりと進んでいく。
 額ずいた人々は、彼らが過ぎるのを静かに待ち続けるのだ。

 この時代の皇帝陛下が通っているのだろうか。
 エシカルへ出た時も、もしかしたらこれ位の行列だったのかもしれない。
 自分がいる馬車からは前後が見えなかったので、どれくらいの行列かはわからなかったが、多くの従者がいたのは覚えている。
 多くの兵士を連れて進んでいたのかと思っていたが、確かに女性も連れていた気はする。あくまで胡乱な記憶なのだが。

「こら、頭を下げてなさい」
 若い母親が、小さな子供に跪くように小声で注意した。
 当たり前のように傅いて、皇帝陛下を敬う。フォーエンが同じくそうされていたように。
 今の皇帝がフォーエンからどれくらい後の代なのかはわからないが、彼の血筋は絶やされずに同じ時代を経ているのだろう。
 もしかしたら、長い治世が続いているかもしれない。だとしたら、平和になっているのかもしれない。

 それが、彼の時代からあったのならばいいのに。
 そう思って、元来た道を戻った。


「リオン、おかえり」
 戻って扉を叩けば、従者でなくユウリンが迎えた。
 従者がいると言っていたのに、本人である。
 やっぱり、この人仕事してないんじゃないの?と疑いたくなる。

「文は伺った通り、従者の方にお渡ししました」
「そうみたいだね」
 また気になる返答をしてくる男だ。
 どんな意味で言ったのか、問うことはせず、そのまま戻ろうと一礼して去ろうとすれば、また頼むからよろしくね。ときたものだ。
 お断りしたい仕事である。

「面倒くさいな…」
 小さな呟きは、誰にも聞こえないだろう。

 そうみたいだね。って言葉がまた腹立つ。
 相手からの返事はないのだから、従者に渡したとか実際はわからないだろう。なのに、そうみたいだね。と言える理由。
 それは、理音がユウリンの手の者に、つけられていたことになる。
 監視がいたとしたら厄介であり、たちが悪い。手紙を誰かに渡さないか、渡し間違えないか、密かに見張っていたわけだ。
 それでいてまたお願いするとは、逃げることはできないし、寄り道もできないぞ、と言われているようなものだ。

 面倒な仕事である。

 ただ手紙を出しに行くだけなので危険はないとわかったが、何度も続くようなら話は別だ。今後厄介な事案に発展する可能性だってある。そう考えると、いつも警戒しなければならなそうだった。
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