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54 ー仕事ー

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「本当に、ありがとうございました」
 理音は深々と頭を下げた。

 男三人は、気をつけて頑張れと激励してくれる。
 手を振って応えると、彼らも同じく応えて、見えなくなるまで手を振ってくれていた。

 今回もラッキーである。
 案外、運がいいのだと思いがちだが、ここにいるだけで運が悪いことは言うまでもない。
 それはともかく、
 花嫁行列は町中で厳かに進んだ。
 町中までは。

「ねえ、あんた女なんだって?名前何て言うの?」

 出てすぐである。
 町の門を出て、早速側を歩いていた女が声をかけてきた。
 キノリと名乗った女は、理音の前を歩いていた女で、歩きながら後ろを向いて話しかけてくる。
「よく、男の格好の従者なんて選んだね。だって、絶対こき使われるよ」
 キノリ曰く、お嬢様は男嫌いを含めかなりの我がまま娘であり、気に入らないことがあればすぐに癇癪を起こす、問題児らしいのだ。
 女であって、男の格好をした従者をほしがったのは、都で買い物に行かせるためだろうと言われている。とのことである。
 女より外に出やすい男の格好。それはお使いだらけだろう。と言うわけだ。
「へー」

 買い物か、できるかな私…。と別のことが心配になる。
 何せ、この世界でまだ買い物をしたことがない。
 店の名前も、店に何があるかの理解もない。
 店名を聞いて、地図をもらわなければならないかもな。と本気で心配になる。

「でも、一人部屋はいいわよね」
「そうなんですか?」
 他の人たちは相部屋なのだろう。
 男の従者でも他の女子たちと同じ部屋にならないのか、と不思議に思っているとしっかり答えをくれた。
「あんたが女だって知ってんの、私たちだけだって。もちろん、旦那様にはお知らせするらしいけどね。でもほら、あんま大きい声で男装させた女中がいるって言って、他の人たちに聞かれると、旦那様の立場が悪くなるじゃない?商家から嫁した娘が、おかしな趣味持ってるって」
「ああ、なるほど。男としてやってけとは言われたけど、黙ってろってのも入ってるのか。気づかなかった」
「バカだねあんた。そんなことはっきり言ったら、自分ちのお嬢様が頭をおかしいって言ってるようなもんじゃない。だから、言わないのよ」

 なるほど。いいおうちは難しい。
 実際、おかしな要求だ。とは思っているが、それはやはり表には出したくない話なのである。
 お嬢様の我がまま小間使いができる、男の格好の女は使い道が多いのだろうが、それを外に知られるのは話が違う。
 黙ってても気づかれないものなのか。女であることに気づかれないものも切ない気がするのだが。
「ま、あんたみたいな奇特な女はいないだろうから、男だと信じてもらえるだろうね」
 その言葉を聞いて、案外適当に安心してしまったのは、単純さであろうか。
 

 歩き続けて数日。
 寝泊まりして歩いて、寝泊まりして歩いてを続け、足が棒どころか豆だらけで、もう歩けないと思い始めた頃、やっと辿り着いたその場所は、理音にとって感慨深いものがあった。

「やっと着いたわ。何て綺麗な町なのかしら。ねえ、リオン、見てあれが王宮よ」
 指差された方向を見上げると、見えた景色に覚えがあって、理音は涙が出そうになった。

 遠目に見える城は変わりなく朱色に染まり、眩しいほどに美しい。
 城は山の頂にあるようで、内城の壁に囲まれたその中心に、いくつもの朱色の建物が見えた。
 初めてここに来た時に、迷路のような道の塀の上から見た景色より、ずっと遠い。
 あそこは内城壁の中だったため、もっと建物が近かった。
 外城壁の壁門に近い場所から見る王宮は遠すぎて城を細かく見ることは叶わないが、この場所からは城を囲む内城壁全体が見渡せて、それが新鮮に思えた。

 歩いて王都に入るのは初めてである。
 実は、城がどんな風に位置しているかは、よく知らなかった。
 この城を出入りした時は馬車の中で、格子のはまった馬車から見える景色はテレビのように窓枠の中で動くだけ。前方後方共に見渡すことはできなかったからだ。
 今更、かなり小高いところにあるのだと、初めて気付く。
 確かに長い坂道を下りたのは覚えているのだが、あそこまで高い山にそびえているとは知らなかった。
 そして、広さが驚きである。それこそ東京ドーム何個分である。それが何個入るかもわからない広さだった。横幅だけでそれほど大きく、奥までどれくらい続いているかもわからない。
 もしかしたら、あの頃に比べてもっと広くなっているかもしれないし、建物もふえているかもしれない。
 けれど、朱色の煌めきだけは同じように思えた。変わりない色に思えた。

「あそこに皇帝陛下がおられるなんて、考えられないわ」
 キノリはうっとりと、その小高い山を見つめた。
 遠い彼方の、神とも言えるお方である。この表現は後で聞いた。
 後宮に住まわる多くの妃たちに囲まれて、優雅に暮らしてらっしゃるのかしら。と付け加える。
「妃たち…」
「そうよ。身分も教養も、美貌も備えたお妃様たちが洋々に暮らしてらっしゃって、皇帝陛下のご寵愛を受けるんだわ。何て素敵なのかしら。私も後宮で働きたい。働けたら、もしかしたら、皇帝陛下に見初められたりするかもしれないでしょう?」
「そんなものなんですか?」
「例えばようっ!」
 ばしりと背中にビンタを食らって、理音は転びそうになる。何て馬鹿力なのか。
 痛んだ背中をさすりながら、理音たちは再び歩みだした。まだこれから、嫁ぎ先の家まで歩かなければならない。
 痛む足を引きずるようにして、理音は足を進めた。

 都を囲む城壁内に入ると町になるが、その町中に入っても、家と家の隙間から王宮が目に取れた。小高い場所に城があるので、町に入り建物が邪魔しても、城を囲む内城壁が見えなくなることはない。
 ここから見ると、何と遠い存在なのだろう。
 あそこに一時期住んでいたとは、とてもではないが信じられない。

 あの王宮の中に、後宮と呼ばれる場所がある。
 妃たちが暮らす場所と言われれば、確かにフォーエンはたくさんの女の子に囲まれていた。
 まだ特別な人は選んでいないようなことは言っていたが、ふと思う。あの女の子たちの誰かと、それは一人でなく何人もの女の子と、そう言った特別な関係になったのだろうと。

 あの後、誰かを選んだのだろうなと。

 心に何かのしかかるものがあっても、理音はそれをさすって堪えようとした。
 とりあえず、ウーランはやだな。と好みはあるが、それを言ってもである。
 考えても意味のないことだ。フォーエンはもうここにはいない。そうわかると、王宮には何の興味も持てなかった。ただ、あの色が懐かしいと思うだけだった。
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